はじまり
ガノンドロフによってハイラル城が落城し、世界が闇へと一変した様子を大梟はただじっと見つめていた。
ハイラルの行く末を見たくて腕を翼へと変え大空から見つめていた。
今では親しい友人たちも永い生涯を終え、変わり果てたハイラルにいるのは自分一人だ。
いや、一羽か。
しかしその長いようであっという間だった人生も終幕が降りるまで刻刻と迫っている。
時の神殿の奥、退魔の剣が眠る間にて時の勇者は七の時が過ぎるまで眠りにつかなければいけなかった。
分かっていた。
勇者はまだ幼い。
幼さゆえに体がある程度成長するまで、身を守る為に聖三角の一つとマスターソードと共に封印させた。
しかし、あの少女が幼い勇者と共に時の神殿へ訪れなかったのは驚愕した。
誤算ともいうべきだったのかもしれない。
自分が生きていく場所ではない世界へと訪れてしまったにも関わらず、必死にこの世界に染まろうと頑張っていた。
だから魂もハイラルの世界の一部として馴染んできていた。
体の一部が変化したのはその所為だ。
しかし少女はガノンドロフの闇の力の一部を吸いあげてしまった。
その力は魂に絡みつき、彼女の生命力を奪わんとするだろう。
何が原因か……、彼女が異世界の住人だからかは分からないままだ。
恐らく、この問題の鍵は…………。
「ホウ……この老いぼれに何か用かの」
闇が溢れるように霧が立ち込めて、そこから人影が一つ現れた。
「息災?……くくっ、もうよぼよぼかケポラゲポラ。
いや、賢者ラウルか」
燕尾を靡かせて、不毛の土地には似合わないウィングチップの新品の紳士靴をコツ、コツ、と地面を叩いた。
「お前がこの世界に来てから可笑しな事だらけじゃ」
「ガノンドロフのクーデターは何もしちゃいないよ。全てあの盗賊王の意思さ」
「……あの少女がこちらに来たのもお前の仕業かの」
「ふふっ……さあ、ね」
なかなか口を割らない男に溜め息を吐いた。
「あまりことが過ぎると女神から罰が下るぞ」
「なんで?僕はあの子を助けただけだ。
それに今、女神達からの罰を恐れながら生きる者なんていないだろうね。
皆明日まで生きていけるかで精いっぱいだ」
逆らえば死。
暗黒の世界となったハイラルには時の勇者が現れるまで救いはない。
そうしたのは紛れもなく自分だ。
長い月日を待たなければならない。力なき民が今も淘汰されているのだと思うと、全ての賢者と共にでしか時の封印を行えない術なき自分を恨んだ。
これはハイラルの試練なのだ。
「さてと、せっかく来たのに説教されるなら僕はもう行くよ」
「お前は……あの子をどうするつもりじゃ?」
「それはあの子次第だなぁ。
平和な世界から来た娘だ。自らの甘えによって自滅するか、血反吐を吐いてでも這い上がる、か……。
ま、それで魂が磨かれれば…僕は万々歳なんだけれどね」
「……何の目的で近づくのかは知らんが、あの娘と勇者の邪魔はするでないぞ」
「ハイハイ」
適当に返事をして去って行った。
あれでも出会った当時はあんなのではなかった筈だが……。
何故あの少女に執着するかは知らないが、あやつにも何もなければいいのだが……。
もし目に余る行動をして女神達の目に止まったら何があるか分からない。
この命尽きて賢者として目覚めたなら、女神達に聞いた方が良いのだろう。
何故あの少女が世界を渡れたのかを。
* * * * *
「もうこの世界とはさよならになるけど……いいの」
世界と世界の境い目に降り立つと後ろから声を掛けられた。
『……うん、これ以上は私は……いや、俺は関わらない方がいいよ』
じゃないと更に深く関わってしまいそうで。
当初の目的を忘れてしまいそうだ。
「……そう、ならこの道をまっすぐ進むといいわ。そしたら私たちの世界に戻ることが出来るから」
『ありがとう……フロル』
「…………ねぇ、あなたはそれでいいの?」
『……え、フロル?なんか言った?聞こえづらか……』
「……ううん、なんでもないわ。
急ぎましょう」
『え、うん。そうだね。
……この呪いが進行する前に』
まだ痛みはないがゆっくりと進行するこの呪いはいずれ激しい痛みを伴うだろう。
その前に、リンクのために自分が出来ることをしなければ。
たとえ、本当の自分ではない姿で再開することになっても。
友から友情の証にともらった腕輪が、この不思議な空間から放たれる光によって綺麗に輝く。
それは何となく、自分を応援してくれているようで。
ただのこちらの思い込みだけどぎゅっと腕輪を握った。
これから自分が世界で行なう全てに希望と勇気が持てるように頑張りたい。
だから、元の世界へ帰るのはもうちょっと先延ばしにしよう。
でも…絶対に、帰ってくるから。
『さぁ、行こう』
これからを選択する時だ。
前だけを見て進まなければいけない。
目の前に広がる小さな光を目指してゆっくりと歩み出した。
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