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一つの闇






はぁっ、はぁっ……!!



山の舗装されていない荒れた道を走る。
もはや道とは言えない道で、それすらも段々狭まり壁を伝いながら行くしか手段がなくなってきた。



そっちへ行った!

逃すな!



自身を追う声が遠くから聞こえ、更なる焦りが生まれる。
早く逃げないと。



……ッ!!



僅かな足場でいつ崩れるか分からないなか、最悪なことに発作が起こってしまった。

谷風が吹き付ける中で咳をしつつ、決して意識だけは失わないように先だけを見据えて進んだ。
ここで落ちてしまったら元も子もなくなってしまう。





日が完全に落ちて、これ以上は進めなくなった夜。

焚き火を着ける訳にもいかなく、暗い洞窟のなか凍える体を外套で包み神経を尖らしながら夜を過ごした。

最初はとても辛かったけれど、半年も経った今ではもう既に慣れてしまった。

けれどたまにいつまで続けなければいけないのかと泣きたくなってしまう。

きっとそれが自分の本心なのだろう。

世界が曇り、闇に堕ちた今は希望という言葉は既に過去の遺物だ。
希望も何もあったものじゃない。

何故自分だけがこんな目に合わなければいけないの?

ボロくなった布切れ同然の外套も自身を暖め癒す機能も果たさなくなった。

日に日に酷くなる身体の状態も体力の限界を示しているのだろう。
いや、体力よりも精神の限界かもしれない。

反比例するかのように闇の力が毒の様に蝕んでいくのだ。
酷くなるにつれ夢見も悪くなった。

今は追われる身だから眠れないのはあり難くもあるが、疲労は溜まっていく一方でとても辛い。
きっと酷い隈も出来ているだろう。

髪の毛も散切りだし、肌も荒れるばかりで傷も化膿している箇所もあった。




もうやだ。
帰りたい。




何度そう感じ思っても、決して口には出したくはなかった。
もし言葉にしてしまったら、二度と元の世界へ帰ることが叶わなくなってしまいそうだったから。




* * * * *





「待てっ!!」



ぬかるみで脚元が不安定ななか、追っ手から逃れる為にふらふらと走った。
体力はない方だったが、このお陰で今まで少しでも息切れしていたのに、全く息切れしなくなった気がする。
皮肉なものだ。大半はこの忌々しい力の所為でもあるけど。

しかし、精神が限界ですでに無意識のまま脚を動かしていた。

自分よりも強い者から逃げるという、本能のようなものが原動力だ。
この状態じゃ、勝ち目はない。
寧ろこの手を血で染めたくない甘えがあった。


今まで平和な日本で生きてきた。

完璧な平和とは言い難いけれど、確かに身の安全はある程度守られていたのだ。



――そんな世界で生きてきた自分が人を殺せる訳がないじゃないか……。



目の前には崖しかなく、下を見やれば闇しかない。
普段なら脚が竦むがすでにその感覚も麻痺してきた。



「さあ、我々について来て貰おうか」

「余計なことはしないことだ。もう足を動かす力も無いだろう?」



少しずつにじり寄ってくる女ゲルド賊達。
崖を背にして自分はただぼうっと突っ立っていた。

此処で捕まっても、どうせ死ぬか洗脳しかないんじゃないか?


じゃりじゃりと足音がして、次に崖の底から風の音が聞こえた。

霞んだ視界のなかで、目の前の敵には目もくれずどんよりとした曇り空を見ていた。



――あーあ、最後に見た空がこんな曇天、かぁ。



不穏な空気を感じ取ったのか、ゲルド賊は脚を早めてきた。


けれど、遅い。



吸い込まれるように闇よりも深い深淵へと身を投げた。



別に恐くなかった。

もう疲れてしまったから。


急速に落ちていく身が、まるで闇に包まれているようで容易く意識は微睡んでいった。

あの子の面影が今更浮かぶけれど、どうしようもない。
もうすぐ意識さえも無に帰ってしまうのだろう。




“くすくす”



子供の様な笑い声が反響して僅かに耳に届く。けれどそれっきりで耳はもう機能を果たさなくなった。



“うふふっ!ふははっ!力が欲しいっていうからあげたのに、まさか奪われちゃうだなんて……こちらも予想外だよ!しかも、女の子に!”



ひどく愉快そうに、馬鹿にした声色でけたけた笑う。



“けれど君なんかがソレを扱えられるかなぁ?人も殺せないあまちゃんが……。おや、もう気絶しちゃったか”







誰かに抱きしめられているような温かい感触を感じ、
本当に意識が薄れていった。




いったいあの声は誰だったのだろうか。






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