馬の仔エポナ
『……ん…………』
頭が痛む様な感じがして起き上がる。
酷い寝覚めが悪いけれど何か変な夢でもみたのだろうか。何をみたのか記憶に無い。
覚えてなかった。
ぽろ、と目もとから何か零れて手の甲に当たったのは水だった。
涙だ。
どうやら相当な夢を見ていたらしい。
悪夢か……。
『こちらに来てからあの夢は見ないな……』
よく覚えてないけど、あれは水族館に続く道だったはず。
『……あれ?そういえばリンク達は?』
隣はもぬけの殻でぐちゃぐちゃなまま布が投げ出されていた。剣と盾はそのままだから、きっとすぐ近くだろう。
全く……いつも得物は持てとインパに言われていたじゃないか……。
外から話し声が聞こえるからマロンと話をしているのだろう。
邪魔するのもなんだかと思ったが、このまま寝れるはずがないので夜風に当たりに小屋を出た。
虫のささめきと木々の葉が触れ合う音が密かに聞こえ、程よく冷たい風が頬を撫でた。
「あ、姉ちゃん起こしちゃった?」
『いや、リンクは?』
「起きたばっかだよ」
『そっか。いやさ、素敵な歌声が聞こえたから。
マロンちゃん声綺麗だね』
「やだ綺麗だなんて!!」
頬に手を当てながらしかしバシバシと容赦のない張り手が襲ってきて、さすが農家の娘とか訳の分からない感心をした。
いつも藁を持ち上げりゃ筋肉も発達するし太らねえよ。
「ねぇ聞いてよ姉ちゃん!エポナと仲良くなったんだ!!」
口元が黒く白い鬣、茶色の滑らかな毛並みのまだポニーほどの仔馬がリンクに戯れていた。
「エポナよ。まだ生まれて少ししかたってないから人に慣れてないの」
《ユキセはどうかしら?》
少し離れた距離でエポナと同じ目線になるようにしゃがんで手を差し伸べてみる。
しばらくすると口を手に触れて擦り付けていたが、すぐにマロンのもとへ戻っていった。
『はは、駄目みたいだね』
「え―――!?いけると思ったのに!!」
「でも、反応は悪くないよ?」
『頭の中で馬刺し思い浮かべたからかなぁ』
「「エポナ食べちゃ駄目!!」」
『嘘だってば…………(汗』
ここって馬を刺身にして食べる習慣あるかなと思ってたらエポナが怯えた気が。
嘘、ごめん、冗談だってば。
* * * * *
「ユキセたちはなにか夢ってある?」
『夢かぁ………ばく然としててわからないなぁ』
「わたしはね、素敵な王子様が現れることなの!」
「俺はそーだなぁ……。もっと世界を見てみたい!」
満月が天辺にいてもなお元気にしゃべり続けるリンクたちに、自分はただ向いている方向のただ遠くを見つめていた。
マロンは素敵な王子様が現れること。
リンクは世界を見てみたいということ。
私は……
なんだろ。
そろそろ進路について考えなきゃいけない時期だったのを、今の今まで忘れてた。
将来は自分で切り開く者だと言うけど、不景気な社会の中で果たして自分がやりたい事ができるだろうか。
いや、できるかどうかの前に何をやりたいのか、それが出てこなかった。
そんな時期に、自分は訳もわからず異世界なんかに……しかもゲームの世界に飛ばされて牧場にいるし……。
昔の自分じゃ流石に想像出来なかったよ。
ほんと不思議な体験だよなぁ……。
ひんやりした少し冷たい空気を吸って、ゆっくり吐き出した。
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