リクエスト
愛しい時間/一夜×椿:いちゃラブ


愛しい時間





「『可愛いの? それともセクシーなの?』ってよく言うじゃない」
「はぁ……?」

 一夜は聖祈の言葉に耳を傾けながらも、初めて聞いた質問に疑問府を浮かべた。
 それでも聖祈の話は構わず先に進む。

「ウサギちゃんは、やっぱりセクシー系がタイプだよね」
「ぇ……?」

 聖祈は純銀整のクロスをキラリと光らせ、一夜の顔を覗き込んでくる。
 しかし頭の天辺から足の爪先まで。セクシーという単語がピタリと当て嵌まる色男に問われても、一夜は疑問しか浮かばない。

「だって椿姫、セクシー系でしょ」
「……そうで、しょうか?」

 不意に出された恋人の名前。けれども椿は聖祈のように制服を着崩したりしない。身嗜みはキッチリしているタイプだ。
 一夜の疑問府は益々数増やす。

「そうそう。彼シャツで眠る椿姫とか想像するだけで――今夜は寝不足決定だよ」
「止めてください」

 聖祈の頬がだらしなく緩む。一夜は脳内妄想の取り下げを申し出た。
 おそらく聖祈の想像の中では、椿がとんでもない事態に陥っているのだろう。

「え〜? ちゃんとウサギちゃんもセットでご出演だよ。吸血鬼なボクに惑わされた、美少年二人の白濁に濡れる一夜って筋書きで――」

 けれど聖祈の唇は軽快なリズムを刻み、聞いてもいない妄想内容をペラペラ語り出す。
 底抜けなポジティブさは聖祈の魅力の一つだが、今はそれを引っ込めてほしい。

「あ、『一夜』って言うのはウサギちゃんの名前とかけてみたんだけどね。そんなわけでどうだい? 今夜実演して、み・な・い」
「演るわけないだろう!」

 氷の矢どころか、氷柱が聖祈に降り注ぐ。勿論、降らせているのは椿だ。
 今は休み時間。一夜は廊下で聖祈に捉まっていたのだ。
 椿はそれを救いに現れた救世主。上級生の聖祈にも凛と立ち向かう。

「アハハ。椿姫の演技力なら大丈夫、大丈夫。さぁ、エロい役にもレッツトライ!」
「断る! 僕の一夜を厭らしい妄想に巻き込むな」

 しかし冷たい視線もなんのその、聖祈は自由な羽を舞わせる。椿のこめかみには青筋が出現した。

「いや、そもそも。半径三メートル以内に近付くな。純粋な一夜が穢れてしまう」
「ぁ……椿」

 椿は一夜を自分の隣へと引き寄せ、聖祈を威嚇する。一夜は気が気でない。此処は他の生徒達も行き来している場所だ。
 友人同士の戯れ合いに見えるのならば、問題ない。しかし一夜は、椿の愛情に喜ぶ頬の熱を隠せないのだ。

「そう言われると、益々弄りたくなっちゃうな」
「ッ!」

 聖祈は腕を伸ばし、一夜の首筋をツツ〜となぞる。
 情欲を刺激するような聖祈の愛撫に、一夜の鳥肌が育つ。

「言った傍から、この色魔」

 椿の声が怒りに震える。聖祈の指をペシリと払い除け、一夜を更に遠ざけた。

「桜架先輩に“有りのままの真実”を報告されたくなければ、一夜に触るな」
「ワォ! その脅し文句はズルイな。ハルちゃんの怒り顔を想像するだけで、ゾクゾクしちゃうじゃない」

 聖祈は身を捩ってハートを乱舞させる。
 一夜へのちょっかいはピタリと止まり。桜架の存在が聖祈への牽制に成ったのだと、窺い知れた。




 それから時間は流れ、放課後。部活動も終り。一夜と椿は帰路を歩んでいた。

「今日は聖祈先輩に、セクハラされませんでした」
「そうか。それは何よりだ」

 どちらからともなく手を繋ぎ、指を交互に絡ませる。所謂恋人繋ぎ。それでも一夜の外見では、『本物の恋人同士』だと思われない。
 心情的には残念だ。が、好奇の視線が集まる要因に成っていないのならば、幸いだと思う。

「折角の『お泊りの日』に、君から別の男の匂いがしては、残念だからな。良かった」

 椿は一夜の報告にホッと胸を撫で下ろす。

「ぇ、分かりますか? 匂い」
「ああ。あの男は香水を付けている。一夜の匂いとはまるで違う」

 一夜は椿と繋いでいない方の腕を持ち上げ、鼻に近づける。そして袖口をクンクンと嗅いだ。そこからは衣類の匂いがするだけで、香水の香りはしない。

「ふふ。子犬みたいだ。可愛い」
「っ!」

 椿の呟きが耳に届く。それは一夜の仕草に対しての感想だ。

「恋は不思議だな。世界一格好良い一夜が、可愛らしく見える」

 恋の魔法に魅了された吐息を漏らし、椿は秘そやかな悩みを打ち明ける。けれどそれは、世間の人間が感じているものとは真逆の感情だ。
 童顔の一夜は、どちらかと言えば可愛らしい顔立ちをしている。整った容姿をしているのに、同年代の女子が騒がないのもそれが原因だ。

「椿……!」

 一夜の心にむず痒い幸せが広がる。椿の愛情は惜しみなく与えられる宝物だ。

「俺も、椿を綺麗で格好良い人だと思っています」
「そうか? でも、ふふ。ありがとう」

 照れたように咲く椿の微笑み。それは一夜の前だけで咲く特別な恋の花だ。




 ◆◆◆




「いらっしゃい。一夜クン」
「はい。お世話になります。お姉さん」

 一夜は深々と頭を下げる。今日は雪白家に泊まりに来ていた。
 明日は休日。毎週末という訳ではないが、一夜と椿はお互いの家に泊まる事も少なくない。
 一人暮らしの一夜の家に泊まる方が、二人の時間は楽しめる。けれど時々、『お呼ばれ』という形で雪白家に招かれるのだ。
 理由は単純。菜花からのラヴコールだ。

「きゃん。今日も可愛いわ。ねぇ椿くんと一緒に、『生きびな』演らない?」
「ぇ……?」
「姉さん! 一夜が困惑してる」

 ふわりと花の笑顔を咲かせる菜花。椿は姉の提案に反対する。
 姉弟を包む空気は温かく、椿に棘はない。一夜の心もつられて綻ぶ。

「椿くんね、十二単も似合うのよ」
「それは、竹取物語を演った時の写真……!」

 ほら、と。菜花はアルバムを取り出す。ページをパラリと捲れば。やんごとない衣装を身に纏う、幼い椿の姿が瞳に飛び込んでくる。
 高貴な和の姫君。菜花の弟自慢も納得の艶姿だ。

「かわいい」
「ッ! 一夜まで。だから昔の写真は、見られたくなかった」

 一夜も思わず、その単語を音にしてしまう。無意識に飛び出していた言葉に、椿がショックを受ける。

「ぁ、女性に見えた訳では……椿の子供時代が……可愛いと思って……それで、あの」
「駄目。キスしてくれないと、許さない」

 澄ました表情は何処へやら。椿は拗ねた口調で甘い誘惑を囁く。

「あらあら。お姉ちゃん、お邪魔かしら?」

 菜花が席を立つ。椿の冗談だろうスキンシップに、気を利かせたのだ。

「お姉さん……ぁ、」
「うふふ。ゆっ〜くり、お茶の用意してくるわね」

 菜花は一夜がひき止めるよりも早く、楽しそうにリビングを出て行った。




「ふふ。僕の機嫌を取るなら、今の内だぞ。一夜」
「っ、椿」

 椿の腕が甘えた子猫のように絡まる。
 けれど妖艶に囁かれる台詞とは裏腹に、椿から不機嫌さは感じられない。

「それとも、部屋に行くか?」
「それは未だ……」
「未だ?」
「ぁ……っ」

 それどころか、耳朶をカプリと甘噛みされる始末だ。
 椿は甘えた子猫モードで、一夜の反応を楽しんでいる。つまり本気の誘いではないのだ。

「椿……俺、本当にしたくなります」
「ん、――」

 一夜は素早く口付けを終わらせる。これ以上遊ばれては、理性が崩壊してしまう。

「ァ……。本気になっても、僕は構わないのに」

 残念そうに呟かれた独り言。無意識の産物は一夜の鼓膜に拾われ、心臓を高鳴らせた。
 しかし一夜は理性の扉に鍵を掛ける。

「――何だ、終りかよ。つまんねーな」

 リビングの入り口に、緋色が立っていたのだ。

「秋空さんが、見ています」
「ん? そんな男、僕には見えないな。目の錯覚じゃないか?」
「テメー。クソガキ。山吹にチクってやろうか!」

 ドスドスと足音を立て。緋色が近づいて来る。それでも椿の瞳は、一夜以外の存在を映そうとしない。

「ハァ。本当に粗野な男だな。埃が立つだろう」
「……」
「良い度胸だ。今日こそ伸してやんぜ、クソガキ」

 緋色が拳を握る。椿は一瞥もせず、一夜の髪を弄り始めたのだ。

「大体、貴方が何故居る」
「菜花に呼ばれたんだよ。『皆でお泊り会しましょう』ってな!」
「……」

 飛び交う言葉は棘だらけ。しかしそれは、長年続いている習慣のようなものだ。
 一夜は椿と緋色の会話に水を指さないよう、口を噤む。




 ◆◆◆




 そんなこんな時間を過し、一日の終りは目前。今日も一夜は椿の色々な顔を見た。
 怒っている顔。照れている顔。可愛い弟の顔。ツンと澄ましている顔。そして、愛しい恋人の顔。
 一夜だけの宝物もあれば、一夜では引き出せない魅力まで。椿は一夜の瞳を惹き付けて離さない。大好きだ。

「つばき」
「どうした、眠れないのか? 一夜」

 そして一夜は、愛しい体温を抱き締めながら揺蕩う。恋人の特権と、甘えてみたのだ。
 一夜は椿の前だと、感情の芽が育ちやすい。地中深く沈み、陽の光など知らなかった種が一気に芽吹く。
 栄養源は椿の愛情。スクスク育って、頬の筋肉が綻ぶ。開花する笑顔は未だ未だぎこちないけれど、椿は喜んでくれる。

「お休みのキス。してください」
「ふふ。ああ、いいよ」

 ふわりとやわらかい。愛しい時間。それは一夜と椿が紡ぐ大切な宝物だ。



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