リクエスト
新しい出逢いにカンパイ/チャラ男×真面目:ほのぼの


 金木犀の香り薫る秋の昼下がり。一人の男性がメガネショップの扉を開けた。
 均整の取れた肉体を流行の最新ファッションで包み、ムスク系の香水を纏っている。脱色を繰返した髪は元の色を忘れてしまったように、数ヶ月の経過でその髪色を変えてしまう。

「コンニチハ〜」

 何処か気だるげに言葉を発した男性は、展示されている商品を通り過ぎ。一人の青年を瞳の中に閉じ込める。

「いらっしゃいませ」

 冷水のように澄んだ音が世界に生まれる。銀縁の眼鏡をカチリと掛ける店員は真面目で出来ていた。
 数ヶ月でその身に纏う色を変えてしまう男性とは、違う世界に存在しているような清潔な青年。



新しい出逢いにカンパイ




「注文したサングラス、届いてる?」

 客である男性は、店員である青年に己の要望を伝えた。
 男性の視力は優秀で、二十五年という人生の中で一度も眼鏡の世話になった事はない。
 その男性が眼鏡溢れるメガネショップに脚を踏み入れた理由は、愛読書であるファッション誌に載っていたサングラスに一目惚れしたからだ。

「はい。直にお持ちします」

 男性の用件を聞き入れた店員は店の奥に姿を消した。
 平日の昼下がり。男性の他に客の姿はなく、シーンと静まった空気が数秒間続いた。

「、……あふ」

 暇だ。アクビを噛み殺しながら、男性は思う。
 昨晩も深夜まで遊び歩いていた。終電の時間はとうに過ぎ、気づけばネットカフェで朝を迎えていた。
 モーニングサービスを注文し。眠気覚ましの為に飲んだコーヒーが苦く、男性は砂糖を大量に投下した。
 苦いものが苦手。甘いものが好き。人生楽しく、ケセラセラ。それが男性の私生活で、信条だった。
 真面目の“ま”の字も持ち合わせていない男性は同種の友を多く持ち。一夜限りの愛を甘い蜜のように垂れ流し続けていた。

「お待たせ致しました」

 産まれたままの黒髪をカチリと撫で付けた青年が、男性の世界に再び現れる。
 制服のボタンを襟首まで留め、洋服を着崩した経験など一度もないような凛とした佇まいだ。

「こちら、で。宜しいでしょうか?」
「ああ、コレコレ。何時も行く店では売切れでさ。入荷に数ヶ月掛かるとか、言うのよ」

 サングラスの収められたケースに男性の長い指が伸び、純銀製の指輪が鈍く光る。
 最新作。流行。人気。限定品。希少価値。それは男性の好きな言葉。好きなモノ。

「数ヶ月後とか、ありえないでしょ?」
「……」

 長い時間が経過すれば、それだけ『最新作』という言葉の魔力が薄れる。
 数ヶ月先には別の“新しいモノ”が、男性の興味を支配しているのだから。その頃に手に入れても、意味などないのだ。

「ご購入。ありがとうございました」

 男性が世間話という名の無駄口を叩いている間に、青年はテキパキとサングラスを包み。男性に差し出した。
 そこには無駄な動作一つ存在せず。青年は黙々と仕事をこなしていた。

「キミ。無愛想だね。接客業なんだから、愛想笑いくらいしなよ」
「……」

 男性は一昨日購入した、若者に人気が高いブランドの財布を取り出し。精算を済ます。
 その間も、青年は無駄な音を生み出さず。真面目な店員の顔を崩さない。

「またのお越しを、お待ちしています。――そう言っても、貴方はもう来ないでしょう」

 そんな相手に愛想を振りまいて、何になるのか。青年の瞳が男性の派手な顔を映し、唇を動かす。
 確かに男性は何時も、街の繁華街に建っている“人気ショップ”を利用している。今回、この店に脚を運んだのはそのショップに目的の商品が無かったからだ。
 そうでなければ、街外れに建つ小さな店の存在に気づきもしなかった。青年の城たるこの店は、男性のとってその程度の価値しかない。
 そして、最新のサングラスを入手するという目的が果たされた、今。男性の興味は皆無に等しい。

「キミは、オレがキライなの?」
「業務中ですので、個人的な感情はお答えできません」

 男性はどうでもいいように、青年の感情を訪ねる。
 他人が――特に青年のような真面目一本筋の人間が、自分にどのような感情を抱くか。男性はそれを少し考え、納得した。

(まぁ、気に入らないだろうな)

 まるで違う世界の存在。真面目に生きている人間を、詰まらない人生だと思っていそうな。軽薄な外見。

「ねぇ。今夜、暇?」

 石鹸の香りがする清潔な青年は、今まで男性の周りに居なかったタイプ。新しい人間。
 今時、絶滅していそうなほどの堅物。希少価値の高い青年に、男性の興味が俄然湧き上がる。この青年の存在が新鮮な間に、食してみたい。

「オフなら――個人的な感情、教えてくれるんでしょ?」
「……は?」

 男性からの誘いに、青年は意味が分からない、と。いうような表情を浮かばせた。
 気が合えば、ホテルへゴー。そんな付き合いを繰返していた男性に、青年の反応は新鮮だった。

「お客様。当店では、従業員への度を越した質問は受け付けておりません」

 青年はズレた眼鏡を中指で押し上げ。呆れたように息を吐いた。



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