リクエスト
叶わぬ願い1/TSF:女体化高校生→彼女有り幼馴染
「なっ……ななな何じゃこりゃぁああああああ!?」
甲高い女性の絶叫が響く。
朝日を反射する艶やかな黒髪。
片手で回ってしまう括れた細腰と、繋がる丸みを帯びたヒップライン。
豊かに実った乳房は張り、形、共によく、中心を彩る粒も綺麗な桃色に染まっていた。
誰の目から見ても『美少女』の部類に入る彼女を驚愕させたモノとは何なのか?
それは誰あろう、彼女自身の変化。昨日まで無かったモノが増え、逆に有ったモノが跡形もなく消えている。
「最低最悪の悪夢。クソッ。神頼みなんてするんじゃなかったぜ」
ドス黒い悪態を吐き捨てる美少女。大よそ女性らしくない口調は、人生最大の混乱によるものではない。彼女が昨日まで何の支障も無く発していたものだ。
そして彼女は昨日まで、『彼女』ではなかった。
脳内に蓄積された記憶は一ミリの誤差もなく同一。
住み慣れた自室も、着慣れたTシャツと短パンも。何一つ変わらない。
いっそ本当の悪夢なら良かった。
けれどこの『超常現象』は紛う方無き現実で、辛い真実。地獄に突き落とされた絶望だった。
「なぁ、何がアンタの気に障ったんだよ――神サマ」
見慣れた天上を見上げて、不満をぶつける。彼女の名前は――勇(いさむ)と云う。
笑えない冗談でも、両親が悪ノリで付けたキラキラネームでもない。彼女が17年間親しんできた名前は、勇ましい男性名だったのだ。
そして昨日――正確には就寝するまでの間、勇はその名前がよく似合う『少年』だった。
『我(われ)は其方(そち)の願いを叶えたと云うに。文句を垂れるとは礼儀を知らぬ童(わっぱ)じゃな』
冷たくぬるっとした低音が脳内に突如響く。それは耳から入って来たのではなく、勇の脳内に直接侵入して来た。
とても人間業とは思えない。勇は背後に言い知れぬ恐怖を感じた。
「ゆ、幽霊……か?」
霊感など無いけれど、振り向きざまに問い掛けてみたりする。
何事にも恐れず立ち向かえ。勇はその言葉を男らしさの象徴だと思っている。そして昨日まで、確かに実行していた。
「ほぅ、我をあのような“下賤な者共”と同列に語りよるか。本に無礼な童じゃ」
何も無い空間が歪み、光の粒子が集まる。ソレは数秒の内に完全な固体として現れ出でた。
「なっ……!?」
勇が眼を見開いたまま固まる。
「フフ。どうした、神の神々しい姿を目にするのは初めてか?」
謎の人物は満足げに微笑み、自らを『神』と呼んだ。
「我が名は白蛇(はくじゃ)。其方が“泣いて縋った”蛇神なるぞ」
ゾクリとした冷気が空間を支配する。それは神聖と云うよりも、圧迫感が遥かに勝っていた。
「白蛇……」
冷や汗が勇の頬を伝う。彼女の身に、何故この様な災難が訪れたのか。それは昨日の夕方まで遡る。
「アンタまさか、あの時の蛇なのか……?」
勇は魂を奮い立たせて、白蛇を観察した。
足元まで伸びる長い髪。その一房一房が意思を持った白蛇(しろへび)の様にうねっている。
まるで和風メドゥーサだ。石化の能力は有していない様だが、だからと云って安心感は微塵も浮かばない。
「やっと気付きよったか。亀のように鈍間な童じゃな」
妖しく光る深紅の瞳も、極限まで白い肌も。すべてが理解の範疇を超えている。
一つだけ幸運を上げるとすれば、白蛇が美しかった事くらいか。他人を惹き付ける妖艶な美貌。膨らんでいない胸元を確認すれば白蛇の性別は分るが、彼の容姿は勇がコレまで眼にした全生物の中で一番美しかった。
性別等と云う概念が粉々に打ち砕かれる程に。男も女も関係なく、白蛇を知った者は一人残らず魂を奪われるだろう。それは無論、勇も例外ではなかった。
失恋の新鮮な傷跡が急速に乾いてゆく。
けれど今は首を横に振らなくてはならない。雄の本能も、勇は失ってしまったのだから。
「違う。オレは女に成りたかった訳じゃない!」
腹に力を込めて、大声を張り出す。その声も高く可憐な女性のモノだ。勇は本能的に自分の声とは思えず、嫌悪感を抱いた。
「長い髪も華奢な腕も無駄な脂肪が詰まった胸も要らない! 今直ぐ元の身体を返してくれ!」
鍛え上げた男の肉体が恋しい。自慢の腹筋も低く野太い男の声も、昨日まで『自分』だった全てが。
けれど叶わない。白蛇は勇の訴えを鼻先で笑い捨てた。
「無理じゃ。一人の願いをそうポンポン叶えられるか。精々一度まで。そして其方の願いはもう叶ったであろう」
「叶ってねーよ!」
勇が空かさず噛み付く。
「大体、なんでオレの前に現れた。この滑稽な姿を嘲笑う為かッ!?」
異性を惹き付ける膨よかな胸の中心を力任せに叩き付ける。反動で揺れる乳房も、勇にとっては眼を背ける対象でしかなかった。
「……気持ち悪いんだよ。こんな身体」
嫌悪感を包む事無く吐き捨てる。勇は女性が苦手だった。
そして名を言えぬ唯一の愛を奪った女性を憎んでいた。
(――嗚呼、つまりコレは罰なのか)
ふと頭を掠めた考えが胸を刺す。
「アンタ――神サマも、同性愛は罪だと教えに来たんだろう?」
ならば、勇は納得出来る。彼女の想い人は昨日まで同性だった、幼馴染の少年なのだ。
勿論許されざる恋路。しかも幼馴染の彼には、可愛らしい“女性の恋人”がいた。
誰もが認めるベストカップル。唯一勇だけが、憤りを感じていた。
報われない恋情だと理解していても、一方的な独占欲だと自覚していても。女性だと云う理由だけで彼に選ばれた彼女の顔を真っ当に見られなかった。
『ぶざけるな。最初に好きに成ったのは、オレだぞ!』と、理不尽に叫んで二人の仲を引き裂く夢を何度も見た。
けれど勇の片想いを微塵も知らない彼は笑顔で彼女との親交具合を報告してくる。親友の仮面から零れる涙にも気付かず。
『勇も早く彼女作れよ。そんでダブルデートしようぜ!』と、無邪気に語りかけてくる。
その度に勇は軽く笑んで、『オレに惚れてくれる良い女がいたらな』と冗談を返した。
不可能な未来図だと、自分が一番理解していても。彼の楽しそうな笑顔を崩せなかった。
そんな勇が愚痴を零す場所は近所の神社。祭や受験の前で無い限りは参拝客も少なく、貼り付けた仮面を外すには絶好の場所だった。
白蛇を祀る珍しい神社だとは知っていたが、実際に“生きた白蛇”を見たのは一度きり。そう、昨日の夕方だ。
茜色に染まる空と涼しい秋風の感覚を、勇は今も覚えている。
たった一匹。大きく立派な白蛇が神木の松に巻き付いていた光景と共に。
「けどほっといてくれよ! 片想い位、オレの勝手だろう!」
勇は感情のままに叫んだ。
雛鳥の恋だと自分でも自覚している。けれど、簡単には引けない。十年以上も秘めていた恋なのだ。
女々しくとも気持ちがられようとも、勇は間違った感情だと思えない。
例え全てを統べる神サマの言葉でも聞けないのだ。
「そのような事はせぬわ」
白蛇がサラリと告げる。
その容赦無いぶった切りに、勇は一瞬キョトンとした。
「は?」
気の抜けた声で聞き返す。
「しかし、我が生まれた頃は特に禁忌でもなかったがな。何時の間にか“西洋かぶれ”が蔓延したものよ」
白蛇は表情を変える事無く言い放った。
「ん、何を惚けておる? 衆道こそが美しき男の生きる道ぞ」
心底不思議そうに小首を傾げる。
「じゃ、なんで?」
勇は白蛇の意図が分らず、拳を握り締めた。
同性愛に偏見の無い神なら、何故自分の身体を女体などにした。と、頭の中がグチャグチャになる。
「言ったであろう。其方の願いじゃ。想い人を奪った女が羨ましい、と我に訴えたであろう」
五本の指が眼前まで伸び、勇の視界を唐突に奪う。
明るい世界が暗く染まり。白蛇の声も段々と遠ざかって行く。
「そら、観せてやるぞ。もしもの世界を――」
叶わぬ願い
『ピピピピピ』
規則正しい電子音が部屋中に響き渡る。
「ん〜……」
勇は手探り状態で目覚まし時計を探し当て、そのまま電源を切った。
ボーと、目を覚ます。
「……変な夢、見たな」
寝返りをコロンと打って、手の甲を額に当てる。すると、細くしなやかな指先に朝日が温かく触れた。
「オレが男として生きている世界」
可憐な唇が笑みを作る。穢れを知らない紅色は化粧を施す必要も無いほど艶やかだ。
「プッ、アハハハハ。ありえねーわ」
身体をくの字に曲げて笑い転げる美少女。性格や口調は“男勝り”だと言われているが、彼女は歴とした女性。しかも恋する乙女なのだ。
早朝の起床も愛しい彼に会うが為。
ベッドから起き出ると身支度をテキパキ整え、足早に自室を出る。一階へ続く階段も跳ねる様に下りた。小気味良い足音がトントンと鳴る度に長く艶やかな黒髪も左右に揺れる。
「母ちゃん、おはよー。友樹起こしに行って来るわー」
途中キッチンに顔を出して、朝食作りに精を出す母親と朝の挨拶を軽く交わす。
玉子焼きの焼ける甘い匂いが鼻孔を擽った。
「はいはい。いってらっしゃい」
母親が慣れた様子で手を振る。確認するまでもなく、勇の恋心は母親に筒抜けなのだ。
気恥ずかしくは有るが、反対されるよりも数万倍増しだ。勇はふわふわした気分で自宅を出た。
目的地は直ぐ隣。
有り触れた話だが、勇の恋する相手は幼馴染なのだ。そして何とも都合の良い話だが、その相手――友樹(ともき)の両親は一年前から海外赴任で家を留守にしていた。
つまり友樹は現在一人暮らし。勇は幼馴染の特権をフルに使って、世話を色々と焼いていた。
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