リクエスト
星屑コンペイトウ3


「うん。甘くて、美味しい」

 子狐クンの頬がトロリと蕩けました。太郎クンの心配も一瞬で吹き飛びます。

「じゃあ、もっと食べる?」

 嬉しくなった太郎クンは、子狐クンの掌へコンペイトウを追加しました。こんもり小山が出来上がります。

「ありがとう。でも、太郎クンの分が減ってしまうよ」

 小瓶の口元まで入っていたコンペイトウは、もう半分以上無くなっていました。

「良いんだ。コンペイトウが減った分だけ、心がポカポカ温かくなるから」

 折角のコンペイトウが無くなるのは少し残念です。けれど太郎クンはそれ以上に、子狐クンの喜んだ顔が見たいのです。

「キツネくんがぼくと同じモノを好きになってくれて、とても嬉しい」

 だって太郎クンは――

「キツネくんの事が好きだから」

 何処までも純粋に、そう思ったのです。

「え……?」

 キョトン、と小首を傾げる子狐クン。稲穂色の髪がその動きに合わせて、肩口をスルリと滑り落ちました。
 太郎クンの瞳が惹き付けられます。

「ボクはお邪魔みたいだね」

 お兄さんも空気を呼んで立ち上がり、お仕事へ戻りました。丁度、別の迷子さんがテントを訪れたのです。
 つまり、太郎クンと子狐クンは現在二人っきり。心臓がまた、ドキンと高鳴ります。

「コンペイトウよりも飴玉よりも、キツネくんの事が大好き!」

 純粋な感情が純粋なまま、太郎クンの口から飛び出ます。

「えへへ。言っちゃった」

 恥ずかしさで頬が真っ赤な太郎クン。気分が不思議と高揚して、走り出したい程でした。

「あ、あの……ボクは」

 子狐クンの頬も段々と、朱に染まって行きます。

「いや。ボク、も。太郎クンの事が……好き……かも」

 最後の言葉は小さく言って、子狐クンは俯きました。恥ずかしいオーラが幼い全身を包み込みます。
 太郎クンは「可愛いな」と、思いました。

「“かも”。なんだ?」

 意地悪を仕掛ける太郎クン。もっと確かな応えを、子狐クンの口から直接聞きたいのです。

「だって、今日初めて会ったばかりだし……よく分からない、よ」

 独り言の様にポソポソ呟く子狐クン。

「ぼくも今日会ったばかりだけど、もう大好きだよ!」

 太郎クンは明るく言葉を足しました。無意識の追い討ちです。

「うっ……そう、だった」

 子狐クンの喉が詰ります。

「ぼくね。将来は宇宙飛行士になるんだ」
「え? そう、なんだ」

 突然変わった話題に、子狐クンが顔を上げました。

「うん。だから、キツネくんの事も連れて行ってあげるね!」

 素敵な未来図が、太郎クンの脳内で構築されてゆきます。初めて自覚した甘い感情に、心が浮き立っていたのです。

「キラキラのお星さまを見ながら、一緒にコンペイトウを食べよう」

 ね、と。太郎クンは笑顔で小指を差し出しました。指切りげんまんの合図です。
 けれど――

「ごめん。約束は、出来ないんだ」

 子狐クンは膝の上に置いた両手を固く握り締め、約束を誓う小指を引っ込めてしまいました。

「え?」

 突如崖下へ突き落された様な衝撃が、太郎クンの幼い心を襲います。失恋の涙もぶわりと競り上がって来ました。
 けれどグッと我慢。太郎クンは強い男の子なのです。なんとか零れずに済みました。

「あ、違うよ。太郎クンの事が嫌いになったんじゃ、ないよ」

 子狐クンが慌てて、ハンカチを差し出します。太郎クンはそれを受け取って、ほんの少しだけ濡れてしまった目尻を拭いました。
 四角形に折り畳まれたハンカチは若葉の新鮮な薫りを纏っていましたが、太郎クンはソレを気に留めませんでした。最近では様々な香りの柔軟剤が有りますから。特に不思議だと思わなかったのです。

「ボク……今日しか、太郎クンと会えないんだ」

 子狐クンが思い切って告白します。それは太郎クンにとって、今までで一番強い衝撃でした。

「キツネくんは……遠くから来たの?」

 恐る恐る開いた口が小刻みに震えます。
 太郎クンはこれからもずっと、子狐クンと会えると信じていたのです。たった一度の出会いだなんて、夢にも思っていませんでした。

「ごめん。言えないんだ」

 怯えた小動物の姿が、子狐クンの影に重なります。それはとても辛そうで、太郎クンの心はギュッと締め付けられました。
 遠い。
 隣に居る筈の存在が、別次元に存在している様な。苦しい感情。
 幼い心にソレは重すぎて、太郎クンは子狐クンの右手を握り締める事しか出来ませんでした。

「折角、お友達になれたのに。ボク……太郎クンとは“違う”から」

 ポロポロ零れる言葉の滴が子狐クンの頬を悲しく濡らします。
 太郎クンはハンカチの濡れ面を引っくり返して、綺麗な面を子狐クンの頬へ付けました。ゆっくり。子狐クンの悲しみを拭き取る様に拭います。
 子狐クンの悩みは、太郎クンには分かりません。
 けれどそれがどうしたと云うのでしょう。
 二人はもう出会ってしまったのですから。始まった感情は誰にも――本人にも、止められないのです。
 そして太郎クンの願いは一つだけでした。

「悲しまないでよ。キツネくん」

 優しく優しく言って、太郎クンは子狐クンの瞳を覗き込みました。
 真新しい滴が提灯の灯りを反射して、お星さまの様にキラキラ輝いて見えます。
 けれど太郎クンに見惚れる暇は有りません。ハンカチで素早く拭き取って、元の明るい瞳へ戻しました。
 大好きな相手の笑顔が見たい。それは単純明快な、何処までも純粋な願いです。

「ぼく、難しいお話は苦手だけど……全部が同じヒトなんていないと思うよ」

 的外れな応えかも知れませんが、太郎クンは一生懸命考えて伝えました。子狐クンが息を呑み込みます。

「だからキミが無理だと言っても、ぼくは夢を変えない。大人に成ったら、キツネくんと一緒にお星さまを見て仲良くコンペイトウを食べるんだ」

 このワガママを許してくれる、と。太郎クンは純粋な瞳で問い掛けます。

「……ん」

 子狐クンは暫く迷ったのち、小さく頷きました。それは太郎クンの願いを受け入れたと云うより、根負けした印象を強く感じます。
 けれど一歩前進した事に変わりは有りません。
 太郎クンはニコリと微笑みました。

「えへへ。嬉しいな」
「でも、約束は出来ないよ?」

 最後に弱い釘を刺す子狐クンの声も照れ臭さを含んでいます。本当は彼も太郎クンとの未来図が嬉しかったのでしょう。
 だって二人は未だ、年端も行かない子供同士なのですから。素直に感じた感覚が一番大切なのです。
 種族の壁とか昔の偉いヒトが勝手に作った理とか。そんな難しい事を考えるのはもっと先の、大人に成ってからでもいいでは有りませんか。




 その後すぐに太郎クンのお母さんが戻って来て、二人は同時に驚きました。なんと、子狐クンのお母さんが一緒に居たのです。

「ああ、ああ。良かったわ坊や、無事に見付かって」

 狐のお母さんは子狐クンの姿を確認すると、一目散に駆け出しました。勢いを保ったまま、愛しい息子を抱き締めます。

「うん。お母さん」

 子狐クンも大好きなお母さんに身を預けて、浴衣の袖をギュッと握り締めました。
 感動的な再会シーンです。太郎クンも釣られて、目頭が熱くなってきました。
 しかし、幸と不幸は時に表裏一体。別れの時間は刻一刻と迫っています。

「太郎クンが一緒に居てくれたから、ボク淋しくなかったよ」
「まぁ、そうなの」

 子狐クンのお母さんが顔を上げて、太郎クンの様子を窺いました。その瞳には警戒心が宿っています。
 けれど太郎クンは気付かず、頭をペコリと下げました。

「それじゃあ、坊や。もう帰りましょうか」

 狐のお母さんは軽い会釈を返すと、子狐クンの手を取り立ち上がりました。
 太郎クンに、そそくさと背を向けます。

「え、花火は見ないの?」

 子狐クンは戸惑いながらも、狐のお母さんを引き止めました。
 打ち上げ花火は夏祭り最後のお楽しみのなです。今帰ってはお祭りへ来た意味が有りません。

「分って坊や。残念だけれど、花火会場は此処よりも混んでしまうの。もう迷子は嫌でしょう?」
「でもボク、太郎クンと未だ一緒に居たい」

 ポロリと落ちた言葉の欠片が、太郎クンの耳にも届きます。
 太郎クンは居ても立ってもいられず、子狐クンの許まで駆け出しました。

「ぼく、秘密の場所知ってるよ」

 勢いに任せて叫びます。
 未だ一緒に居たいのは、太郎クンも同じでしたから。




 石段をトントン駆け上がり、最後の一段を同時に踏み締める。それだけの些細な事で、太郎クンと子狐クンの頬はふわりと綻びました。
 そして太郎クンの案内した秘密の場所とは、高台に建つ小さな境外社(せつまつしゃ)でした。歴史を重ねた輪郭が暗闇にボゥと見えます。
 街灯も提灯もない此処は人が寄り付かず、静寂だけが夜の友でした。
 漆黒の夜空には何千何百もの星屑が輝いていましたが、その美しさを目にする存在も現在は僅か四人だけです。

「わぁ! すごーい」

 元気な声が弾けました。子狐クンが満点の星空に感動したのです。

「太郎クン、ありがとう」
「どういたしまして。でも、花火は未だ始まってないよ」

 気が早いなー、と。太郎クンはホクホク気分で思いました。

「ううん。こんな素敵な場所を教えてくれて、ボクと未だ一緒に居てくれて――の、ありがとうだよ」

 子狐クンは態々言い直して、太郎クンへ感謝を伝えました。
 太郎クンの頬に朱が昇ります。

「ん、そっか」

 嬉しい。
 嬉しくて、嬉しくて。太郎クンの心臓はドキドキと高鳴って来ました。
 その時――

『ヒュードンドンドン!』

 大輪の花火が夜空に打ち上がりました。まるで太郎クンの心情を投影したかの様なタイミングに、照れくささが増します。

「綺麗だね」
「うん。今まで観たどんな花火よりも」

 二人は同時に手を繋ぎ、花火を最後まで楽しみました。
 コンペイトウもお喋りが進む度に姿を消して、小瓶の中には透明の思い出だけが詰まっています。
 三時間にも満たない出逢いと別れ。それは何年だっても忘れられない、二人の宝物に成りました。




星屑コンペイトウ







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あきゅろす。
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