リクエスト
星屑コンペイトウ2


「ぼくもお母さんと来たんだ」

 そう言うと太郎クンは右手を差し出しました。

「一緒に探そう」
「え?」

 キョトンとする子狐クン。太郎クンからは善意しか感じられません。

「あ、ぼくは迷子じゃないよ。お母さんはあそこに居るから」

 太郎クンは一瞬焦って、踊りの輪へ視線を向けました。
 綺麗な女の人が、太郎クンへふわりと微笑みます。彼女がお母さんなのでしょう。太郎クンと面差しがよく似ています。
 そのお母さんも踊りの輪を抜けて、太郎クンの許までやって来ました。

「あら。太郎のお友達?」
「いえ、ちが」
「うん。そうだよ」

 太郎クンが子狐クンの言葉を遮り、お母さんへ頷きます。
 着々と築かれる包囲網に、子狐クンは唾をゴクンと呑み込みました。

(早く逃げないと)

 煮えたぎる鍋のイメージが、子狐クンの脳裏にグツグツと再現されます。

「ぼくね。キツネくんのお母さんを探してあげるの」
「まぁ、大変。キツネくんは迷子さんなのね」

 一方、太郎クンとお母さんは真剣そのもの。周りを見渡し、子狐クンのお母さんらしき女性(ひと)を探します。

「あの、一人で探せます……から」

 子狐クンは二人の間をソロソロと抜け出しました。
 しかし太郎クンがすぐに追いかけて来ます。

「遠慮する事ないよ」

 太郎クンは子狐クンの右腕を捉まえて、心配そうに言いました。

「でも」

 子狐クンにはお母さんの教えが有ります。
 それに太郎クンが子狐クンに親切なのは、“自分と同じ人間”だと、信じているからです。
 もしも正体を知れば、どう思うでしょうか。子狐クンはその反応も怖くなってきました。
 たった数分話だけですが、太郎クンの事を悪い人間だと思えなくなってしまったのです。
 それは野生の動物として甘い考えでしょう。
 子狐クンは自分自身を「しっかりしろ!」と奮い立たせます。

「キミは、お友達じゃないし……」

 歯切れの悪い拒絶。
 子狐クンの小さな心臓は嫌な音で軋みました。

「そんなの」

 太郎クンの眉が切ないハの字に曲がります。
 何だかとても悪い事を言った気がして、子狐クンは瞼をギュッと閉じました。
 この間に太郎クンが立去ってくれれば一番良い。そんな事を心の隅で思います。

「そんなの……これから成ればいいよ!」

 しかし太郎クンは引きませんでした。力強く言い切って、子狐クンの腕を引き寄せます。
 子狐クンはその弾みで瞼を開けてしまいました。

「ぼく、キツネくんの役に立ちたいんだ!」

 太郎クンの真剣な眼差しが、子狐クンの視界一杯に広がります。

「どうして?」

 捉まれた腕が熱を持ちます。それは子狐クンの体を一気に登って、頬まで到達しました。

「ボクは、」

 言い淀む子狐クン。
 自分が人間じゃないなんて、口が裂けても言えません。

「キミに酷い事を言ったのに」
「酷い事?」

 小首を傾げる太郎クン。キョトンとした表情が、子狐クンの喉をムズムズさせます。

「友達じゃ、ないって」

 シュンと沈んだ声音で、子狐クンは言いました。

「じゃあ。本当は友達だと思ってくれていたの?」

 キラキラ。
 太郎クンの瞳に歓喜の星が輝きます。

「えっと」

 子狐クンは困ってしまいました。

「分かんない」

 何せ狐仲間はいても、人間の知り合いはいないのです。子狐クンは自分の中で生まれつつ有る感情が、正しい友情かどうかも不明瞭なのでした。

「えー」

 太郎クンが残念な声を上げます。

「あ、ごめん」

 子狐クンは思わず謝ってしまいました。

「別に、怒ってないよ」

 太郎クンはそう言うと、人懐っこい笑顔を見せました。子狐クンもホッと胸を撫で下ろします。

「でも、ぼくとお友達に成ってくれると嬉しいな」

 太郎クンは子狐クンの腕を掴んでいた手を下へ滑らせました。そのまま子狐クンの右手をギュッと握り締めます。

「……うん。ボクで良ければ」

 素肌に感じる太郎クンの体温は陽だまりの様に温かくて。子狐クンは自然と頷いていました。

「キツネくんだから、良いんだよ」

 太郎クンが今日一番の笑顔を見せます。それはとても嬉しそうで、子狐クンの心臓はキュッと鳴りました。




 ◆◆◆




「はい。じゃあ、今から呼び出しコールをするから。きっとすぐに来てくれるよ」

 夏祭り実行委員会の名札を浴衣の上袖に付けた男の人が安心させる様に微笑みます。彼は子狐クンの特徴をメモ帳にサラサラと書き取り、呼び出しマイクの許へ向かいました。
 此処は『夏祭り迷子センター』に成っている集会用テントです。太郎クンは子狐クンの手を引いて、パイプ椅子へ座るように促しました。
 子狐クンが素直に腰を下ろすと、太郎クンも隣の席へ座ります。

「良かったね」
「うん。ありがとう」

 子狐クンはそう言うと、周りを興味深そうに見渡しました。

「迷子のお知らせです。6歳くらいの男の子が、お母さんを探しています。浴衣は蜻蛉柄で、髪型はポニーテール。思い当たる方は『夏祭り迷子センター』までお越しください」

 優しい声音がマイクを通り、スピーカーから流れ出ます。
 男の人は20代前半の若者でしたが、太郎クンや子狐クンの目には“立派な大人のお兄さん”に見えました。
 自分も何時か、あんな大人の男に。
 そんな憧れが、幼い胸中に芽生えます。

「太郎、ゴメンね。お母さん、お手洗いに行きたくなっちゃったの。キツネくんと二人で此処に居られる?」

 お母さんが太郎クンの耳元へ唇を寄せて、恥ずかしそうに言いました。

「うん。大丈夫。お母さん、行ってらっしゃい」
「出来るだけ、早く戻ってくるわね」

 そう言うとお母さんは集会用テントを足早に出て行きました。

「太郎クンのお母さんも行っちゃったね」

 子狐クンの両肩が寂しそうに萎みます。

「うん。でも、すぐに戻って来るよ。もちろん、キツネくんのお母さんもね」

 太郎クンは子狐クンの手を優しく握り締めました。子狐クンも直ぐに握り返してくれます。
 ホワホワと温かな空気が場を包み込み、二人は同時に微笑みました。

「君達はとても仲の良いお友達だね」

 お兄さんが戻って来ます。彼は優しく微笑み、身を屈めました。二人と目線を合わせる為です。

「良かったら、どうぞ」

 お兄さんはそう言って、二つの飴玉を差し出しました。オレンジ色の包み紙がその味を教えています。

「わぁ。お兄さん、ありがとう」

 笑顔でお礼を伝えると、太郎クンは子狐クンと手を離しました。お兄さんから飴玉を受け取って、一つを子狐クンへ「はい」と渡します。

「どういたしまして」

 お兄さんも優しい笑顔を返してくれます。
 けれど子狐クンだけは違っていました。自分の掌に乗せられた飴玉を不思議そうに見つめていたのです。
 まるで初めて見た様な反応に、太郎クンは小首を傾げました。
 甘い甘い飴玉は、子供の大好物中の大好物では有りませんか。甘いお菓子が大好きな太郎クンは余計に気に成ってしまったのです。

「甘いモノは苦手だった、かな?」

 お兄さんも申し訳なさそうに問います。

「コレは甘いの?」

 子狐クンはキョトンとした顔で、疑問を返しました。

「キツネくんって、変わっているね」

 太郎クンが何の気なしに言います。

「え!?」

 子狐クンは咄嗟に、自分の頭を両手で覆い隠しました。そして間髮を入れず振り向いて、背中――いえ、お尻の少し上部分を確認します。

「良かった。大丈夫だ」

 ホッと胸を撫で下ろす子狐クン。
 太郎クンは驚きのあまり目をパチクリしました。

「キツネくん?」
「あ……その」

 わたわた慌て出す子狐クン。しかし頭は両手で押さえたままです。
 幼い瞳にも、焦りの涙がじんわり溢れてきました。

「何も……聞かない……で」

 蚊の鳴くような小さな声。小刻みに震える肩口を見ていたら、太郎クンの心臓はキュッと切なく締め付けられました。
 そして同時に、子狐クンが嫌がる事は決してしない、と決めたのです。

「うん。分かった」

 太郎クンは「安心して」と、頷きました。

「太郎クン」

 子狐クンの涙が流れる前に引っ込みます。

「そうだ。コンペイトウは知ってる? これも甘くて美味しいんだよ」

 太郎クンは巾着の口元を緩め、コンペイトウの小瓶を取り出しました。

「お星さま!?」

 子狐クンが驚きを上げます。
 太郎クンは1時間前の自分を思い出して、心が擽ったくなりました。

「手。出して」

 コルク栓をゆっくり引き抜く太郎クン。
 子狐クンが恐る恐る両手を頭から外します。反動で盛り上がった髪の毛が動物の耳の様に見えました。
 けれど太郎クンは何も言わず、子狐クンの両手に小瓶を傾けました。コンペイトウがコロコロ出てきます。

「わぁ」

 子狐クンの瞳がキラキラ輝きます。
 飴玉の周りにコンペイトウが集まって、まるでお月様と星屑の様では有りませんか。

「とても綺麗だね。本当に食べ物なの?」
「うん。とても甘いお菓子だよ」

 太郎クンは自分の掌にもコンペイトウを出して、空いている方の手で三粒摘まみ上げました。あーん、と口を大きく開けて躊躇なく抛り込みます。

「う〜ん。美味し〜い」

 優しい甘みが口内に広がって、太郎クンの頬っぺたはトロリと蕩けました。
 その様子を真剣に見ていた子狐クンも喉をコクンと鳴らします。食欲が刺激されたのです。

「ほら、キツネくんも」
「う、うん。いただきます」

 子狐クンはコンペイトウと飴玉を左手に寄せ集めました。その中からコンペイトウを一粒摘まみ上げ、恐る恐る口許へ運びます。
 そして戸惑いがちな唇をゆっくり開けて、コンペイトウを人差し指の先で「えいや」と押し込みました。
 カリッ。コリッ。
 健康的な八重歯がコンペイトウを噛み砕く音が、実際よりも大きく聞こえます。
 それは幻聴――いいえ、極度の緊張感が聴覚を鋭くさせたのでしょう。
 太郎クンはこんなにも真剣に、お友達の食事風景を見守った事が有りません。
 心臓もドキドキと高鳴って、身体の奥底に太鼓が隠されていた様です。

(キツネくん……気に入ってくれるかな?)

 太郎クンは唾をコクンと呑み込みました。コンペイトウを含んだばかりの口内は未だ甘く、喉を通る唾も甘さを含んでいました。
 緊張感がほんの少しだけ、和らぎます。



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あきゅろす。
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