リクエスト
のんびりゆっくり攻略中/のんびり高校生×育ち盛り小学生


 寒い冬の必需品。
 温かいコタツと甘酸っぱい蜜柑。更に可愛い猫が加われば、其処はもう桃源郷。

「一歩も外に出たくな〜い」

 ふにゃふにゃに気が抜ける。
 氷の塊をぶつけられたような北風の強い攻撃も、癒される。
 幸多(こうた)は高校から帰宅すると、真っ先にコタツの中へ潜った。
 愛猫のジュリエッタ(品種:マンチカン)も気持ちよさそうに眠っている。頭だけをちょこんと出して、ぬくぬくと。

「俺、今度生まれ変わったら猫になろう」

 幸多はジュリエッタの頭を撫で、独り言をのんびり呟く。
 茶トラ模様の猫毛はふわふわ。夢見る寝顔は『可愛らしい』の一言。何より一日中コタツに潜っていても怒られない。
 最高じゃないか。
 ウトウト揺蕩う眠気に身を任せ、幸多はゆっくり瞼を閉じた。




のんびりゆっくり攻略中





「みぃ。みぃ!」

 ジュリエッタの鳴き声が楽しそうに弾む。
 同時に鳴る鈴の音は、猫ジャラシに付いているものだ。チリチリチリと、軽快なリズムを刻む。

「……ん、誰? かーさん?」

 半分寝たまま瞼を開ける幸多。
 元気に飛び跳ねるジュリエッタの短い後ろ足。最初に見えたのはそれだった。
 楽しそうだな、とボンヤリ思う。

「あ、幸(こう)兄ちゃん。やっと起きたね」

 凜と響く声音が脳に浸透する。
 幸多は上半身をむくりと起こして、頭を左右に振った。眠気が引っ込む。

「和(なごむ)じゃないか。どうした?」

 すっかり冷めた緑茶を啜り、喉を潤す。
 居間もすっかり明るく、電気が付いている。どうやら1時間ほど熟睡していたようだ。
 腹の虫がグーと鳴る。

「そろそろ晩ゴハンの時間だな。なぁジュリエッタ」
「みぃ〜」

 愛猫へ呑気に話しかける幸多。
 トテトテ近寄って来るジュリエッタの愛らしさに癒される。

「伯母さんいないよ。母さんと出掛けた」

 衝撃の事実をアッサリ告げる和。
 彼は幸多の従兄弟で、隣の家に住む幼馴染。育ち盛りの12歳だ。

「え?」
「今日、コンサートの日。忘れてた?」

 目を丸くする幸多へ、和がカレンダーを指差す。
 今日の日付には赤い丸で印が付いていた。でかでかと大きく、浮かれたハートマーク付きで。

「あー。今日だっけ」

 そういえばと、幸多は思い出す。
 巷で人気の男性アイドルグループ。
 そのコンサートチケットは入手困難で、念願叶って手に入れた母親も一週間前から燥いでいた。和の母親と一緒に。

「幸兄ちゃん、揺すっても叩いても起きないから。伯母さんも呆れてたよ」
「ははは。本当にコタツの魔力は強大だな」
「みぃ〜」

 ジュリエッタを膝の上へ引き寄せる幸多。彼は何時でもマイペースだ。
 和の冷えた視線が幾ら突き刺さっても、気にしない。年上の余裕で可愛いとさえ思う。

「じゃあ、今夜は鍋でも作るか」

 名残惜しいけれど、幸多はコタツから抜け出す。
 するとジュリエッタが横を通り過ぎ、先に駆けて行く。キッチンへ向かったのだ。




「ほら和君、たんと食べなさい。育ち盛りでしょう」

 声音を高く変え、母親の口調を真似る幸多。
 コタツの上には出来立て熱々の鍋が鎮座している。野菜や肉をバランスよく取り分けて、和へ手渡す。
 父親も帰りが遅く、今夜は2人と1匹の夕食だ。
 幸多は和が生まれた頃から面倒を見ている。立場的にも心情的にも、殆ど兄だった。
 けれど唯一、特別な秘密が有る。それは和に対しての愛情が、普通の兄以上に育っている事だ。
 和は誰の目から観ても可愛らしい。母親達が熱を上げるアイドルにも負けない美少年だ。
 涼やかな目元が将来の有望株を教えている。

「全然似てないよ。幸兄ちゃん、30点」

 性格も落ち着いていて、滅多な事では取り乱さない。スマートなクール系だ。
 成長も著しく、5年後は幸多の身長も軽く抜かされているだろう。

「ははは。和は厳しいな」

 自分のお椀にも具を取り分ける幸多。
 その合間に、和の様子をチラリと窺う。口許に豆腐を近付け、フーフーと冷ます横顔が本当に可愛らしい。
 因みにジュリエッタは和の膝に移動して、蜜柑のように丸まっている。可愛さ特盛状態だ。

「今夜は寒いし、泊まっていきな」
「唐突に何……まさか淋しいの?」
「んー。俺より和が、独りの部屋は摘まんないと思って。家にはジュリエッタもいるし、寝るまで楽しいよ」

 夕食が終わって『はい、サヨウナラ』では余りに味気ない。
 それに母親達の帰宅はコンサートの興奮を引き摺って、深夜になるだろう。

「ね。泊まっていきなよ。そんで、寒くないように一緒に寝よう」

 海老つみれをハフハフ頬張る幸多。
 照れも下心も無く、一人の兄として言葉をかける。

「別に、僕は淋しくない」

 和が恥ずかしそうに俯く。
 幸多は空いたお椀におかわりをよそいつつ、可愛い弟分を見守る。
 和は子供扱いが好きではない。背伸びしたがりのお年頃なのだ。
 それでも幸多はついつい甘やかしてしまう。
 和が可愛いから。弟としても、恋する相手としても。大好きだから、だ。

「でも、幸兄ちゃんが、淋しいなら……一緒に居てあげる」




 ◆◆◆




 ぬくぬく。
 幸多はベッドに潜り、自分以外の温もりに頬を緩めた。

「あ〜。和、温かーい。コタツの魔力にも匹敵するなぁ〜」

 幸多は和を後から抱き締めて、冗談めかす。
 風呂上がりの髪からはシャンプーの香りがする。甘い花の香りは家族共通のものだ。

「よく考えたら、別に同じベッドで寝る必要はないんじゃない?」

 狭いし、と。和が身を捩りながら言う。
 火照る頬の朱色は湯上りだからか、それとも照れているのか、どちらにしても可愛らしい。

「逃げるな。俺の人間湯たんぽ」

 モゾモゾ動く細い腰。幸多は両腕に力を籠めて、和の身体を繋ぎ止める。

「寒い夜には温もりと癒しが恋しい。和も大人になれば分かるさ」
「ジュリエッタがいるだろ」

 和が呆れたように息を吐き出す。
 ベッドを出て行く素振りも止め、身体から力を抜く。無駄な抵抗だと悟ったようだ。

「みぃ〜」

 その一方でジュリエッタが嬉しそうに尻尾を振る。呼ばれたと思ったのだろう。
 ベッドの上までピョンと飛び乗り、枕の横に腰を下ろす。

「おー。ジュリエッタも一緒に寝るか?」

 幸多は布団を捲り上げ、愛猫を招く。
 ジュリエッタは直ぐに潜り込んできた。和の腹付近で丸くなる。

「みぃ〜み」
「ああ。おやすみ〜」

 幸多はジュリエッタと夜の挨拶を交わし、上布団を整え直す。
 しかしノホホンと愛猫に癒される幸多の腕の中で、和の表情が強張った。

「これ、大丈夫?」
「ん? 何が」

 うつらうつら。幸多は温かい布団の魔力に抗いながら和に応える。

「僕、ジュリエッタの事……潰さないかな?」

 和が振り向き、不安そうに幸多を見詰める。
 幸多はジュリエッタとの共寝も慣れたものだが、和は初めての経験なのだ。

「平気だよ。和は寝相もいいし、ジュリエッタに酷い事もしないだろう」

 不安を取り払うように和の頭を撫でる幸多。その口調は柔らかく、優しい旋律を奏でる。
 やはり和は未だ未だ子供だ。大人ぶっていても、幸多を頼ってくる。其処が可愛く愛おしい。

「うん……。幸兄ちゃんも、潰さない?」
「ん、大丈夫。和もジュリエッタも、大好きな宝物だから。大切にするよ」

 その本当の意味を、和は知らないけれど。幸多は構わず、可愛い従兄弟をのんびり攻略中だ。
 ゆっくり、甘やかしながら。誰よりも可愛がっている。



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