ラヴァーズ・メモリアル
※甘く蕩けるハニー・ナイト2
「まったく、あの猫馬鹿め」
綺麗に整えた髪型をクシャリと乱す。
貴族の嗜みとやらに付き合わされ、ヨハネスも煌びやかな衣装に身を包んでいたのだ。
しかしクリストファーが着慣れたソレも、ヨハネスにとっては息苦しいだけの仮装に思える。サッサッと脱ぎ去り、洗濯籠へ放り投げた。
そしてシャワーを軽く浴び、寝衣に着替える。
最高級のシルクでもなんでもない、安物の寝衣。派手な装飾品も付いていないソレに着慣れた安堵感が浮かぶ。
(今日はもう寝るか)
どうせクリストファーの帰りは遅い。律儀に待っていても、時間の無駄遣いだ。
ヨハネスはベッドに身を横たえ、瞼を閉じる。真っ黒に染まる視界が直ぐに夢の扉を招いた。
「――……君がいないと、つまらないではないか」
どれくらいの時間が経過したのだろう。
ベッドが軋み、他人の気配がヨハネスに覆い被さる。ズシリとした重みが腹を圧迫し、瞼を薄く開けた。
「みぃ〜」
心成しか淋しそうに鳴くスノー・ドロップ。最初に見えたのはソレだった。
しかしヨハネスの身体に乗っている重みは猫一匹程度の軽いものではない。人間一人分、それもヨハネスと変わらない少年の重みだ。
「……何がしたいんだ」
「端的に言えば……構って欲しい」
半分寝たまま腕を伸ばす。
予想通り、ヨハネスの指先は艶やかなプラチナ・ブロンドに触れた。夢とは思えないほどリアルな髪の感触だ。
「それで夜這いか?」
ヨハネスはムクリと起き上がり、眠りを妨げた人物と向き合う。
眠気はすっかり冷めていた。
「だが、上品な誘い方ではないな。クリス」
「違う。君の寝顔に文句を言っただけだ」
悄気ていた雰囲気は何処へやら、クリストファーはプイっと顔を逸らす。
しかしその耳朶は羞恥を教える朱色だ。
「そうか」
短く言って、ヨハネスは細い腰に腕を回す。そして気高い恋人を引き寄せ、キュッと抱き締めた。
「ッ……そうだ。私が寝込みを襲うような人間だと思われては困るな」
寝惚け眼を装うヨハネスには気付かず、クリストファーが息を飲み込む。
伝わる心音はドキンドキンと恋の旋律を刻む、素直な音色だ。
「フフフ。本当にお前は――ベッドの中だと素直で可愛いな」
その明らかな動揺が面白く、ヨハネスは忍び笑う。
貴族と一般庶民では生きている世界が違って、お互いのすべてを理解する事は不可能だ。
それでも『恋人の絆』は確かに存在している。それはとても愛おしく喜ばしい感情だ。
「みぃ〜っ」
二人の間に挟まれたスノー・ドロップが、「苦しい」と言うように抜け出す。
そのまま床にトンと下りれば、首輪に付いた鈴がチリンと鳴った。
「あ、スノー・ドロップ」
クリストファーが名残惜しそうに右手を伸ばす。
その視線の先には、真っ直ぐ自分の寝床へ向かうスノー・ドロップの後ろ姿。
「主人の逢瀬に気を利かせたか。賢い猫だ」
愛猫の行動を冗談めかし、ヨハネスは夜の色を纏う。
此処からは恋人同士の甘い時間だ。
◆◆◆
「どうしてお前は脱がし難い服ばかり着る」
胸元も袖口も、純白のフリルが贅沢に飾るカザノバブラウス。フリルの海に沈むボタンは探しづらく、そのまま引き千切ってしまいたい。
しかしそんな事をすれば、野獣だなんだと騒がれそうだ。
ヨハネスは二つの“面倒”を天秤にかけ、薄暗い視界の中で指先に神経を集める。
「ぁ、……ヨハン――んんっ」
不意に、白い指先がボタンとは違う突起に引っ掛かった。夏物の生地は薄く、肌の感触も幾分か分かり易い。
その正体には気付いたが、ヨハネスは敢えて素知らぬふりをした。
「しかも、今日のボタンは外しづらい」
「それ……アン……ちが」
シーツに沈むクリストファーの肩がビクンと反応を示す。
それでもヨハネスは悪戯を止めない。堅いボタンを穴へ通すように敏感な粒の根本を何度も引っ掻く。
「ふ、……服の下にボタンはない……ンン」
「そうか? お前はよく分からん服を着ているからな。そういうものが有っても可笑しくないだろう」
「無い……アンン!」
弛みなく弄られる粒は段々と芯を持ち始める。服の上からでも分かるソレを、ヨハネスはギュっと摘まんだ。
グミのような弾力が指先を楽しませる。
「ッ、……本当は分かっているのだろう。この意地悪男」
そこまですれば流石のクリストファーも気付いたようで、柊色の瞳がキッと睨みを飛ばす。
美形が凄むと迫力が違うと言うが、クールなヨハネスはそれをサラリと避けた。
「気付くのが遅いぞ。猫馬鹿男」
プラチナ・ブロンドに隠れる耳元に唇を寄せ、そっと囁く。
「それとも感じて、本気で止められなかったのか?」
「ぁ、アン……っ……違う、ン」
腹から掌を滑り込ませ、直接肌を撫ぜる。
滑らかな感触に交ざる汗がしっとりと吸い付き、男にしては柔らかな肉の感触が心地良い。
「着衣のままというもの、想像力が掻き立てられる」
面倒なボタンの取り外しを止め、ヨハネスの指先は探索を続けた。
淡い桜色が派手な洋服の下でどんな風に変化しているのか。見えないからこその興奮が脳を痺れさせる。
「君は好くても、私は服が張り付いて邪魔だ」
「脱ぎたければ自分で脱げ、お前の服は面倒くさい」
「ふぁ……アン」
首筋に顔を埋め、ヨハネスは食い付くように舌を這わせる。
震える喉仏から普段は隠れた項へ。ヨハネスの唇が移動する度に、クリストファーは切ない吐息を零す。
「なんという傍若無人! スノー・ドロップの可愛らしさを凝縮して注入したい」
「出来るといいな」
しかし油断していると、甘やかされて育ったお坊ちゃんは臍を曲げる。
ヨハネスは一度息を吐き、起き上がった。
「下は脱がせてやる。上は自分でなんとかしろ」
「下って……うわ、待て……心の準備がまだ」
湧き上がる羞恥に抵抗を見せるクリストファー。
しかしヨハネスは構わず、両足を持ち上げた。ベルトを外し、膝丈のキャロットもスルスルと剥いてゆく。残るは恥部が隠れる下着だけだ。
「早く上も脱げ。それとも、汚したいのか」
「アア! ……ふぁんっ、ヤン」
グッと力を込め、下着の上からクリストファーの芯を刺激する。快楽の雷に打たれたように波打つ姿態が扇情的だ。
「ううっ……。君は本当に意地悪……だ」
おずおずとクリストファーの指がボタンに伸びる。柊色の瞳は涙で潤み、今にも雫が流れ出そうだ。
「クッ……袖のボタンが固い。何だこれは、誰がデザインした?」
小さく数も多いボタンは所有者自身も外し難いようで、羞恥に震える指先は何度も失敗を繰り返す。
そんな難解な洋服を不慣れな人間に任せようとしたのだ。少しはヨハネスの“面倒”も理解しただろう。
「優しい相手が好みなら、幾らでも物色出来ただろう」
片手で奮闘するクリストファー。ヨハネスは「寄こせ」と、彼の右腕を奪う。
残るボタンは袖だけ。何とか外し終わり、フリルに溢れたブラウスを床へ落とす。
「何処でだ?」
クリストファーがこてりと不思議そうに小首を傾げる。その仕草に、輝くプラチナ・ブロンドが肩口を滑った。
「お前が嬉しそうに参加した交流会で、だ」
「戯言を。幾ら猫が可愛くとも、私に獣姦の趣味はないぞ!」
柊色の瞳が『心外だ』と訴える。しかしヨハネスはそんな特殊趣味を最初から疑って等いない。
「飼い主の方だ。お前の頭は猫しか詰まっていないのか」
「うん……。ひゃあん、やん」
ヨハネスも寝衣を脱ぎ去り、クリストファーの裸体に覆い被さる。合わせた肌は熱く、沸騰しそうな程だ。
それは確かな興奮と欲望の証し。ヨハネスは美しい躰のラインを撫で、待ち焦がれる芯に指を這わせた。
「それは肯定か?」
「違う。君がさわっ――あぁああん」
くちゃにちゃ。夜の帳が下りる空間に卑猥な水音が交ざる。
快楽の海に沈むクリストファーの嬌声は甘く蕩ける砂糖菓子のようだ。
「ああ、思い出した」
ぴくぴくと震え、先蜜を流す男の芯。解放を望むソレを前に、ヨハネスの脳裏は別の物を連想させた。
「な、……何処へ行く?」
欲望を高める手を止め、ベッドからも下りるヨハネス。
当然だがクリストファーの声はシュンと沈み、絶望にも近い疑問が浮かぶ。
「別に意地悪じゃない。少しだけ待っていろ」
「それが意地悪だというのだ。生殺しのまま放置される、私の身にもなってみろ」
クリストファーが身を捩り、切なくシーツを握り締める。その頬は火照り、呼吸も色っぽく甘い。
ヨハネスも男だ。その状況の辛さが分からぬ訳でもない。しかし冷静な理性の欠片を拾い集め、足を進めた。
学習デスクの上に置いた紙袋。オマケだと貰ったそれが、ヨハネスの目的だ。
「ハァハァ――ヨハン、あん……もう、早く」
生理的な涙が滑らかな頬を伝う。
涙腺の脆いクリストファー。その泣き顔も、ヨハネスは見慣れたものだ。
しかし夜のそれは艶めかしく、フツフツとした情欲が湧き上がる。
「一分も経過していないだろう」
冷静さの奥にマグマの欲望を隠し、ヨハネスは美しい恋人の姿を眼下に収めた。
窓からは月光が差し込み、丁度良いスポットライトに成っている。
「……なんだ、それは?」
紅茶色の紙袋から一つの瓶を取り出し、サイドテーブルへ一端置く。
その中身は半分ほどで、トロリとした花蜜が入っている。所謂、蜂蜜だ。
「今日、調味料の入れ替えが有ってな。古くなった蜂蜜を貰った」
パカリと蓋を開ければ、甘く芳醇な香りが鼻腔を擽る。
流石は全生徒の舌を満足させるコック長が厳選した蜂蜜。多少古くとも純度の高さを感じさせる高級品だ。
「しかし俺は、勿体ない事に蜂蜜を余り口にしなくてな。その使用方に悩んでいたところだ」
「それが、な――うわっ!」
たった今思い付いた前置きをスラスラと述べ、ヨハネスは瓶を横に傾ける。蜂蜜はトロリと零れ落ち、白い素肌を甘く飾った。
「ローションだと思えば、むしろ口に入れても安全だろう」
「ベトベトするが」
腹に垂れる蜂蜜を人差し指で掬い取り、クリストファーの唇へ差し出す。彼はクンクンと匂いを確かめ、ペロリと舐めた。
ぬるりと温かな舌の感触に、ヨハネスの息も「んッ」と、色っぽく詰まる。
直観的な思い付きだったのだが、思いのほか良い感じだ。
「ん、ちゅぱっ……。紅茶に入れれば良いのではないか?」
蜂蜜を綺麗に舐め取り、クリストファーが口を離す。月光に照らされる唾液が銀糸のように尾を引いた。
「優雅なティータイムなど、俺には似合わんな」
上品な貴族が集う優雅なお茶会。ヨハネスの興味は毛ほども惹かれない。
「そんな事はない。私は何時でも歓迎するぞ!」
しかしクリストファーは予想外に食い付く。上半身をムクリと起こし、ヨハネスの左手に自分のそれを重ね合わせた。
右手は蜂蜜の瓶を持っているので、それは自然な選択。なのだが、ヨハネスの心臓は思わぬ不意打ちにドキリと高鳴る。
「そうか……。お前が喜ぶなら、付き合っても良いが」
休日は隙間なく仕事を入れていたので、デートらしいデートもクリスマス以来皆無だ。
今更ながら、『構って欲しい』という言葉が心に響く。
「ただし、俺とお前だけの茶会だ」
「それは駄目だ。スノー・ドロップを仲間外れには出来ない」
「フッ。了解、次の休日は二人と一匹で過ごそう」
ピタリと合わせた掌をどちらともなく握り直し、ギュッと隙間も無いほど指を絡ませ合う。それは約束の合図だ。
「――しかしその前に、俺はお前を喰いたい」
「っン、あっやぁん……!」
美しい恋人を再びシーツに縫い付け、瓶を傾ける。
トロトロの蜂蜜は甘く蕩ける夜の情熱を――グチュグチュヌルヌルに染め高めた。
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