ラヴァーズ・メモリアル
春、遠からじ1/聖祈×桜架


10万HITアンケート第1位:聖祈と桜架の出会い。




 春うらら。
 桜の花が咲き誇り、世界を薄桃色に染める。4月初旬。
 世間の空気は浮き立ち、真新しい制服に身を包んだ少年少女達が桜並木を初々しく歩む。
 今日は、入学式。

「えへへ〜。光ちゃん、待ってよ〜」

 下ろし立ての制服も壁に掛けたまま、呑気な寝言が聞こえる。
 春眠暁を覚えずというけれど、彼が眠りについたのは深夜だ。その理由は単純で夜遅くまで遊び歩いていたのである。
 高校入学を機に一人暮らしを始めたのだが、荷物も整理せず、部屋の片隅で山を作っていた。
 自由奔放に生きる彼の名前は天羽聖祈(あまうせいき)。セクシーな下睫がチャームポイントの新人モデルである。









「……んー! ああ、そっか。今日入学式だっけ」

 目覚ましの音が鳴り終わり、随分たった頃。聖祈が徐に起き上がった。
 色気たっぷりの男の裸体に純銀製のクロスがキラリと光る。聖祈の寝衣はお気に入りの香水と、従兄弟に貰ったクロスだけなのだ。

「今、起きた。もう遅刻決定だよ。参ったね」

 時間を確認すれば、時計の短針が午前9時を教えていた。
 そんな状況でも焦る事無く、聖祈は取りあえずメールを制作する。そしてそれを一人の人間に送信した。

「さて、支度しよっと」

 返信を待つ間にベッドを抜け出し、全裸状態のままバスルームへ向かう。例え遅刻確定でも朝シャンは欠かせない。

「ふ〜ん、ふふふーん」

 ほかほかの湯気を纏い、聖祈はボディミストを手にした。香水の香りも仄かに残る肌へ躊躇なく別の香りを吹き付ける。
 そしてシルバー・グレイの髪を乾かしながら自室へ戻ると、ケータイのランプが光っていた。

『愚か者』

 待っていた返信文は短く、素っ気ない。顔文字も使い、構って欲しい心情を匂わせたのだが無駄だった。

「もう、光ちゃんの……ドS」

 ケータイ画面を見詰めたまま、聖祈の瞳が潤む。袖にされた悲しみに、ではない。

「でもそこが堪んない! 嗚呼、朝からゾクゾクしちゃう」

 自分で自分の肩を抱き締め、聖祈は身をクネクネ捩る。全裸で悦に入る姿は変質者一歩手前である。
 光ちゃん事、星宮光輝(ほしみやこうき)。それは聖祈が慕う従兄弟の“お兄ちゃん”だ。




 ◆◆◆




「何をやっとるかお前はっ!」

 そして入学式の会場へ到着した聖祈は、真っ先にお説教を食らう。怒りの角をにょきりと生やす教師は恰幅の良い中年男性だ。

「入学式に遅刻するような生徒、初めてだぞ!」
「そうなんですかー。先生の“初めての男”になれて、光栄でーす」

 長身の聖祈よりも頭一つ分は低い教師。その肩が言い知れぬ怒りにワナワナと震える。

「そこへ直れ、この色ガキがぁぁあああ!!」

 天を劈く絶叫が講堂中に響き渡った。粛々とした空気が一気に騒めく。

「アハハハ。先生、パワフルですね」

 何百という視線が聖祈に注目する。普通の人間なら居心地が悪くなる状況だ。
 しかし聖祈はまるで反省せず、羽根のように軽く笑んだ。その耳には購入したばかりのピアスがキラリと光っている。
 入学早々、天羽聖祈が『問題児リスト』に名を連ねた事は言うまでもない。




「……ん、なに?」

 そんな騒ぎの中、一人の生徒が重い瞼を開ける。
 入学式の席には問題なく腰を下ろしたが、彼の意識は夢の世界を旅していたのだ。

「お前、よく寝れるな」

 隣の席に座る少年が呆れて声を掛ける。
 しかし寝惚け眼の少年は、ふんわりと優しい微笑を浮かべた。

「うん、夜が遅くて。ぼく、天体観測が趣味なんだ」

 人目を惹くレモン・ブロンド。青空のような蒼い瞳。そしてスラリと高い身長。日本人離れした容姿は遠い異国の血を感じさせる。
 彼が学園の王子様と称されるのに、時間はかからなかった。




 ◆◆◆




「天羽ぅうう! 何だその恰好は!?」

 今日も今日とて、昼前に登校した聖祈。その耳に聞きなれた教師の怒号が飛んでくる。
 入学式から一週間、聖祈がお説教されない日は無かった。

「カッコイイでしょ? 昨日の撮影で気に入って買い取っちゃいましたー」

 悪びれもなく腕を捲り上げ、真面目な教師に純銀製のブレスレットを見せる。
 ごついスカルが何個も繋がっている、迫力満点の一品だ。それなりに値は張ったが後悔はしていない。

「私は、学校にジャラジャラとアクセサリーを付けて来るなと、いっとるんだ!」
「先生、アナタの“愛”は嬉しい。でもボクは、生徒である前にモデルなんです!」

 聖祈が珍しく真剣な表情を作り、己の美学を訴える。
 服やアクセサリー。身に付ける物を魅力的に着こなし、憧れの対象になる事が聖祈の仕事。
 例えそれがプライベートでも気を抜く気は無い。だから聖祈は頭の天辺から足の爪先まで、お洒落を欠かさないのだ。

「屁理屈をこねるな! 今のお前は勉学に励む学生だ馬鹿者!」

 しかしそれは、明らかな校則違反だ。教師の怒りは更に深まる。

「兎に角、それは没収して」
「お断りしまーす」

 右手首に迫る教師の正論をヒラリと避け、聖祈は軽やかなステップを刻む。
 すると周りに居る野次馬の誰かが、声援代わりの口笛を「ヒュー」と吹いた。

「ラヴコールをありがとう。それでは先生、オルヴォワール」
「待たんか、コラァアア!」

 その見知らぬ誰かにハート付きのウィンクを贈り、聖祈は教師の正義から脱け出す。

 大胆にはだけた胸元。そこに大切な宝物が輝いていない事にも気付かずに。




「あれ? ウソ、でしょ」

 全身の血の気が一気に下がる。
 ふと、微かな身の軽さを感じた聖祈。真っ先に胸元を確認すれば、クロスが消えていたのだ。

「どうしよう、光ちゃんに怒られる……!」

 何処までも前向きなポジティブさも置き去りに、聖祈は動揺する。
 可愛い顔してサディストな光輝の怒りが怖いのではない。聖祈自身が大切な宝物を無くしたと、報告したくないのだ。
 急いで振り向き、Uターンする。今日立ち寄った場所を虱潰しだ。

 丁度時間は昼休み。モデルをしている聖祈は、女子からの誘いも多い。
 普段ならば喜び勇んで女子の花園に参加するのだが、今日は探し物をしていると丁重な断りを入れた。
 しかし教室の隅や廊下の端まで探しても、シンプルなネックレスは見つからない。

「もしかして、もう誰かに拾われちゃった?」

 むなしく空に問いかける。
 一番可能性の有った学園裏手側の渡り廊下。教師とバトルを繰り広げた其処も、隅々まで探した。
 けれど結果は変わらず。空腹を満たす暇も無いまま、昼休みは終わろうとしている。
 春の微風は心地良く、ほかほかの気温は平和そのものだ。蒼い空には紋白蝶がヒラヒラと飛んでいる。

「いい天気。こんな日にアンラッキーが起こるなんて、神サマは意地悪だね」

 春を彩る桜の花弁がサラサラと風に流れる。こんな状況でなければ、お花見を楽しみたい程だ。
 桜は満開時期を過ぎても美しく、陽光に輝く新葉も瑞々しい。

(でも、今見たいのは“藤”かな)

 藤花の時期は未だ先だ。聖祈が本当に見たいのは、その花と同じ髪色の少年。
 しかし、光輝は別の学園に通っている。しかも男子校だ。

(今頃、ボクの知らない教師や上級生や同級生や下級生を……足で使ってるんだろうな)

 嗚呼、羨ましい。

(ボクも光ちゃんの足蹴にされた〜い!)

 落ち込んだのも束の間。聖祈は己の脳内妄想に「ウェヘヘヘ」と涎を垂らす。
 締まりのない顔は、とても人生のピンチに直面している人間とは思えない。やはり彼はどんな時でもポジティブの塊だった。

「あの、君?」

 その時、穏やかで優しい声音が背後からかかる。
 反射的に振り向き、聖祈は息を飲んだ。絵本の中から抜け出したような王子様が、居たのだ。

「もしかしてこのネックレス、君の物かな?」

 王子様の掌の中で純銀製のクロスがキラリと光る。それは正しく、聖祈が探していた宝物だ。

「ありがとう、ずっと探していたんだよ。お礼にボクと、お茶でもしない?」

 大切なクロス事、王子様の右手を握り締める。二つの幸運が同時に訪れ、聖祈のテンションは最高潮だ。
 ストライクゾーンが広く、誰にでも好意を抱く聖祈。その対象は同性にまで羽を広げている。
 少しでも気に入れば即ナンパ。甘い口説き文句がスラスラと喉の奥から湧き出て来る。

「偶々拾っただけたから、そんなに気を遣わなくてもいいよ」

 しかし王子様は聖祈の下心に気付かず、優しくふんわりと微笑んだ。



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