ジルとベル―美しい双子が愛した罪―
薔薇に酔う2


「今年の夏季休暇はドチラに?」

 朝の挨拶よりも早く、耳にする言葉。
 最近の話題は夏季休暇の内容で持ち切りだ。

「実家へ帰るくらいだ」

 簡潔に答えるジル。
 同じ返答を口にするのは、本日10回目。それも3日前から続いている。
 いい加減、変化の無い質問に飽きていた。

「折角できた友人と長期間離れ離れ、ワタシ淋しいです。ねー、ベル」

 アランが悲しそうに瞼を落とし、嘘泣きを装う。

「僕もだよ。アラン」

 ベルはアランに付き合いつつも、笑みが崩れない。
 アラン転入から約一ヶ月。アランとベルの友情は順調に進んでいた。

「でも、久し振りの家は楽しみだな」

 懐かしい実家へ思いを馳せるベル。
 帰省は約半年ぶりの事だった。

「頬がにやけてますわよ」

 アランの口調はぎこちなさが抜けつつ有る。
 けれどたまに、可笑しな口調が明後日の方向から飛んでくる。

「お前と離れ離れでも、俺とは四六時中一緒に居るからな」

 ジルは二人の間に割り込んだ。ベルの肩を引き寄せる。

「羨ましいだろう」

 フフン、と自慢げに鼻を鳴らす。
 ジルの気も長期休暇を前に緩んでいた。

「兄さん……もう、兄弟なんだから当たり前だよ」

 ベルがジルの肩を窘めるように軽く押す。
 けれど照れている事は明白で、ベルの頬は赤味が差していた。

「ジ、ジル君」

 後方から声がかかる。
 双子が揃って振り向くと、ダグラスが佇んでいた。

「あの……おはよ、う」

 伏し目がちに挨拶を述べる。ダグラスの声は普段から小さく弱々しい。

「ああ」

 ジルはベルの肩を解放して、ダグラスと向き合った。
 途端、ダグラスの喉が詰まる。

「……ッ、ん」
「ん?」

 小首を傾げるジル。その動きに合わせて、烏羽色の髪がサラリと流れる。
 前髪を無意識に整えると、窓から差し込む陽光が手の甲に当たった。
 今日は朝から晴天だ。灰色の雨雲も、顔を出していない。

(休み時間まで晴れていたら、ベルを散歩へ誘おうか)

 何時ぞやの約束を思い出す。
 その間もダグラスはモジモジしている。
 ジルに理由は分からない、が。

「ローズガーデンへ行こうか」

 脳内の計画が、つい口に出た。

「へ? え、ぇえッ!?」

 叫ぶダグラス。
 火が点いたように顔が真っ赤だ。

「あの、あのッ」

 組んだ両手を胸の前でギュッと握り締める。

「ぼ、ぼく……と?」

 ダグラスは一歩踏み出した。ジルの瞳を覗き込む。

「あ、口にしてたか?」

 油断していた口許を右手で隠すジル。
 独り言を聞かれたかと思うと、気恥ずかしい。

「え? ん、だね」

 ダグラスが残念そうに俯く。
 そこで初めて、ジルはダグラスの勘違いに気付いた。

「あ〜……」

 参ったな、と。頬を掻く。

「みんなで行こか。この際」

 これも自分の口が招いた結果だ。ジルはダグラスの事も優しく誘う。

「う、うん!」

 ダグラスが嬉しそうに何度も頷く。
 そんなに薔薇が好きなのか、とジルは単純に思った。

「みんなの中に、僕は入ってるの? 兄さん」

 ベルがジルの腕を引く。

「勿論。ベルが居ないと、始まらない」

 ジルはベルと向き合い、可愛い弟を真っ直ぐ見詰めた。




「美しい薔薇の許――ソレは男同士が愛を確かめ合う秘密の場所」

 真紅の花弁が陽光を受けて輝く。
 薔薇独特の濃厚な香りが鼻腔を満たす。
 トンネルのように続く蔓薔薇のアーチを潜り抜け、四人はローズガーデンへ到着した。

「ああ、古代ギリシャの言葉だね」

 ベルがアランへ相槌を打つ。
 相変わらず、アランの口が雄弁に滑る時は気障ったらしい。

「ベルも恋しい相手と愛を語りたくなりますか?」
「秘密。って事にしてくれると助かるな」

 ベルの瞳が一瞬、ジルの横顔を窺う。
 ジルは気付かないふりをして、一面の薔薇に見惚れた。
 世界各地から集められた薔薇苗は何百株にも及び、ガーデンの隅々まで美しく飾っている。
 薔薇の満開時期と云えば初夏だが、スクール自慢のローズガーデンは冬季を除いて色鮮やかだ。
 計算され尽くされた薔薇位置も庭師の優秀さを感じさせる。見事な庭園だ。
 ジルも第三者の目が無ければ、ベルと愛の調べを語り合っただろう。

「ジ、ジル君は……どの色が好き? ぼくはね、黄色」

 ダグラスがジルの横へ立ち、勇気を振り絞って問い掛ける。

「そうだな」

 ジルは薔薇を見詰めて考える。
 薔薇は薔薇だらかこそ美しく。花色の好みまで詳しく考えた事はなかった。

「真紅、かな。薔薇らしい」

 結論も何の気ないもの。最初に観た花色だった。

「そっか……うん。そっか」

 ダグラスが噛み締めるように何度も呟く。

「薔薇の話なら、俺よりアランの方が似合うと思うが」

 何だか期待が重い。
 ジルは首を捻り、アランを見た。
 咲き誇る薔薇と美男子は、やはり絵になる。

「ん〜? ワタシ今、オ兄サンに褒められましたか」

 アランも横を向き、ジルを見た。

「褒めてはいない」

 素っ気なく答えるジル。

「そう。兄さんは“真実”を言っただけだよ。アラン」

 ベルがにこやかに言葉を足す。
 因みにベルの立ち位置はジルとアランの間だ。

「ベル、余計な事は言わなくていい」

 声を潜めてベルに耳打つジル。

「ふふ。照れ屋な兄さん、可愛いな」

 ベルの肩が楽しそうに揺れる。
 ジルとアランの仲はあまり発展していない。しかし二人の友情を望んでいるベルは事ある毎に橋渡し役を買って出ようとするのだ。
 ありがた迷惑ではないが、ジルの気は乗りきらない。

「照れてない」

 そう言うとジルはベルの腰に両手を伸ばした。コチョコチョ擽る。
 細やかな仕返しだ。

「ひゃっ……あははは」

 ベルの腰がくねる。逃げようとするその反応が楽しくて、ジルの頬は綻んだ。

「もう、擽った……い」

 ハァハァ。
 ベルの呼吸が弾む。
 澄んだ瞳も生理的な涙に濡れて、宝石の様にキラキラ輝く。

(ッ……、まずい)

 ジルは慌てて両手を引っ込めた。

「どうしたの?」

 ベルが不思議そうに問う。
 しかしジルは口を固く引き結び、そっぽを向いた。

「……」

 言える筈がない。
 ベルの表情に、夜の姿を重ねてしまった事など。

「いや。何でもない」

 そう言いつつも、ジルの頬は熱を持ち始めている。

「嘘。頬が薔薇の様に真っ赤だよ」

 ベルが声を潜めて、ジルへ耳打つ。
 お見通しだよ、と言われた気がした。

「夏の暑さにやられたと思ってくれ」

 羞恥が湧き上がる。
 ジルは理性を奮い立たせて、表面上は何でもない様に振る舞った。
 しかしそれも、ベルはお見通しだろう。
 魂と魂が繋がった双子独特の感覚が、今はとても気恥ずかしい。

「え? ジル君、大丈夫」

 ダグラスがわたわた問う。彼はジルの苦しい言い訳を本気にしたのだ。
 何だか申し訳ない。
 ジルは頬熱を急ぎ冷まして、ダグラスと向き合った。

「ああ。大袈裟に騒ぐ程じゃない。久し振りの晴れ間に体温調節が追い付かないだけだ」

 これまた苦しい言い訳。

「オヤ。オ兄サンは病弱なのですか?」

 アランが首を捻る。彼の脳内では“貧血で倒れるジルのイメージ”が作られている事だろう。
 しかしジルはまったくの健康体。風邪を引いた記憶も片手で数え終わる位だ。

「違う。が、」

 今は話を合わせた方が得策だろうか。
 そんな狡知恵が頭の隅に浮かぶ。
 ジルは再び体勢を変えて、アランとベルの顔を交互に見た。

「薔薇の香りに酔ってしまったんだよ。ね、兄さん」

 すると、ベルが助け船を出す。

「あ〜。香水とか、苦手なタイプでしたか」

 納得するアラン。
 ローズガーデンを満たす薔薇の香りは濃厚で、巷の女性達を虜にする香水にも負けない香しさだ。視覚のみならず嗅覚まで、薔薇に満たされる。
 薔薇を好む者は『素晴らしい』の一言だろうが、苦手な者は『咽返る』と倦厭しそうだ。
 幸いジルは中間者。
 足が知らず知らずの内に後退する事も無い。
 香水に関しては女性に囲まれた経験が無いので分からないが、逃げ出す程ではないだろう。と、現時点では思っている。

「でも大丈夫ですよ。ステキなレイディとお知り合いになれば、すぐ癖になりますから」

 艶っぽい声で、アランが言う。

「想像してください。白い肌が上気して、香水が匂い立つ色っぽい光景を」

 腹から胸板へ。
 アランの両手が己のボディーラインを妖しく撫で上げる。
 匂い立つ男の色香と薔薇の香りが相俟って、より一層艶美な色が付く。
 うら若い女性がこの場に居たら、艶やかな吐息を間違いなく零していただろう。

「生憎だが、女性に興味は無くてな」
「オヤ、勿体ない。では、ワタシには?」

 肩を竦めるアラン。そのまま冗談めかす。

「もっと無い」

 ジルはキッパリ答えた。
 愛を語り合う相手がベル(同性)だからと云って、ジルの興味は男性全般に及ばない。
 あくまで愛は一つだけ。
 例えアランが全裸で寝っ転がっていても、失笑しか浮かばないだろう。

「おーう。フラれてしまいました。ショックでーす」

 アランが嘘泣きを装う。

「この悲しみはベルに慰めて貰いましょう」
「待て」

 ジルは氷点下の声で引き止めた。

「油断も隙も無いな。この男」

 ベルは俺の恋人だぞ、と。言ってやりたい心境のジル。しかし顔には出さない。

「アラン、ごめんね。兄さんにフラれた人を慰めるのは、何か“卑怯”な気がして……っ」

 ベルが震える瞼を辛そうに伏せる。演出過剰なその反応は、間違いなく演技だ。

「ベルも何を言っている」

 例え台詞自体が本音でも。

「コイツのノリに付き合わなくていい」

 ジルは呆れたふりをするしか、手段がないのだ。

「ごめん、兄さん。楽しくて。つい」

 ベルが顔を上げて、笑顔を見せる。
 人懐っこいその笑顔を見ていたら、ジルは許すしかない。

「仕方ないな」

 シロップよりも甘い愛情がトロトロ零れる。

「わぁ。兄さん大好き」

 兄弟愛の範囲内で伝えられる本音も、軽口衣を纏うベルの唇も。
 今すぐ奪ってしまいたい程、甘い。

(俺もだよ。ベル……)

 ふと風が吹く。
 薔薇の花弁が一斉に揺れて、妖艶な花蜜が香り立つ。
 その風はベルの髪も悪戯に揺らして、ジルの頬を綻ばせる。

 薔薇に酔うとすれば、今、この瞬間。

 ジルは一歩踏み出して、ベルとの距離を詰めた。
 男同士が愛を語らう秘密の場所。その魔力も相俟って、ジルはベルの頬に指先で触れた。
 ベルも直ぐに真似をして、ジルの頬を指先でなぞる。

 嗚呼――恋の熱が胸の奥で疼く。

 二人は同時に微笑み合って、妖艶な薔薇の香りに酔い痴れた。

「え……?」

 ダグラスの目が見開く。
 信じられないモノを見たと云う様に揺らめく瞳が、絶望の嵐を誰にも知られず生み出そうとしていた。



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