ジルとベル―美しい双子が愛した罪―
相容れない食堂
場所を食堂へ移し、四人は交流を続けた。
ジルとベルが隣の席。アランとダグラスは双子の正面に、それぞれ腰を下ろす。
何百人もの寄宿生が集まる食堂は賑やかで、様々な会話が飛び交っていた。
「わぁ。美味しそうですね」
アランの目が輝く。
熱々に焼けたステーキとボイル野菜。それと付け合わせのヨークシャー・プディングが、本日の夕食だ。
神への感謝を紡ぐと、早速手を伸ばす。
しかし――
「ウッ!」
ステーキを一口含んだ瞬間、アランの表情がパキリと固まった。
「……お、お肉がカタイでーす」
地獄の底へ突き落されたような衝撃が、アランの喉奥から這い出る。
「そうか?」
ジルも一口含む。
何度も炙った牛肉は肉汁が抜けきり、食感がパサパサだ。モグモグとよく咀嚼して、ゴクンと呑み込む。
「ランチのサンドウィッチは、美味でしたのに……」
暗く落ち込むアラン。どんより雲を背負う。
「ランチ? もしかして、アフタヌーン・ティーの事か」
ああ、と。思い当たるジル。
今日の昼はイギリス自慢のアフタヌーン・ティーを紹介がてら馳走したのだった。
サンドウィッチのような軽食もティースタンドに盛られていたので、アランはそれをランチセットだと思っていたのか。
「Oui. 紅茶もデザートも美味でした」
フォークとナイフを持ったまま、二口目に踏み出せないアラン。
サンドウィッチやフルーツタルトを優雅に食していた午後の光景が最早懐かしい。
「食文化の違い、かな」
ベルも気付いたようで、ジルに耳打つ。
ジルはベルに頷くと、アランを見た。
「名言を教えてやろう」
淡々と告げる。
「腹に入れば、みな同じ。料理の味など二の次だ」
「カルチャーショッ苦!」
顔面蒼白のアラン。
彼が育ったフランスは世界屈指の美食大国だ。
対してイギリスの食文化はティー(紅茶)文化ほど発達していない。
調理方法はシンプルで、限界まで火を通す。味付けもコックではなく、各自が行うスタイルだ。
つまり基本的な味付けは塩コショウも振っていない薄味。素材の味が勝負なのだが、諸々の事情によりそれも難しい。
双子は産まれた時からそうなので慣れている。が、アランは目に見えて萎んだ。
「コレから何を楽しみに生きて行けばヨイのでしょう?」
「大丈夫! アフタヌーン・ティーは美味しいよ」
明るく励ますベル。
しかし夕食に対してフォローがない辺り、自覚はあるのか。
「おお、ベル。ワタシ、友情には恵まれた」
アランの目が大袈裟に輝く。
「……」
ムスッとするジル。
ヨークシャー・プディングを無言で食む。
「ジ、ジル君……眉間に皺が出来てる。こわい顔だ、よ」
ダグラスが小声で報告する。
彼の席はジルの正面だ。
「すまない。プディングの欠片が喉に引っかかった」
ジルも小声で返す。
それから自制心を己に言い聞かせて、嫉妬の芽を摘み取った。
(友達くらい、他にもいる。俺はベルの兄で恋人だ!)
ほら、大丈夫。負ける要素など一つも無い。
ジルは凪いだ心で水を飲む。
「もし“レイディ”だったら、付き合いたいですよ」
問題発言をサラッと口にするアラン。
「ぶっは!」
ジルは思わず水を吹き出した。
ゲホゲホ咽る。
「良かった。男で」
冗談を返すように言いながら、ベルはジルの背中を擦った。
上下する掌が優しく心地良い。
「おーう。カタイですね。心に決めた相手がイルのですか?」
アランの興味が燃え上がる。
「ゲホゲホゲホッゲホッ」
ジルは更に咽返った。
水が変な場所に入った。自分に、そう言い聞かせる。
けして“動揺”などしていない。
「ジ、ジル君……大丈夫?」
ダグラスが食事の手を止めて、わたわた訪ねる。
「あ、ああ」
何とか頷くジル。涙目だった。
「ベルにアプローチかけると、クールなオ兄サンがオモシロクなりますね」
アランが何の気なしに言う。
「偶然だよ。ね、兄さん」
ベルがテーブルナプキンを差し出す。
ジルはそれを受け取って、目尻に溜まる涙と口許を順に拭った。
「隠すコトないですよ」
アランの目尻がニマニマ和らぐ。
「な、何を」
ギクン。
ジルとベルの両肩が同時に跳ねる。
(まさか、僕達の関係に気付いてた……のかな?)
(いや。兄弟愛の許容範囲は越えていないはず)
横目でアイコンタクトを交わす双子。
内心ハラハラだ。
「“ブラコン”は恥ずかしいコトないですから」
カラカラ笑うアラン。
他意が有るのか無いのか、微妙なトコロだ。
「ブラコ……そう見えるのか?」
ジルは探るように問うた。
アランは知り合ったばかりの人間だ。今までの態度がもしも演技で、とんでもない正体を隠していたら。
同性愛の罪で牢獄に繋がれる人間も多い時代だ。しかも二人は近親相姦の罪も犯している。
裁かれる罪の重さは如何許りか。けして軽くはない筈だ。
そう思うと、緊迫感が何十倍にも増して心臓をギュッと締め付ける。
「Oui. とても“大好きオーラ”感じます。ねーダグ」
あっけらかんと頷くアラン。
ダグラスへも唐突に話題を振る。
「えッぼ、ぼく?」
ビクン。
気弱なイメージそのままに、ダグラスの肩が揺れる。
「ぼ、ぼくは……きょ、兄弟いないから。よく分からない、けど」
ジルをチラチラ窺うダグラス。鼻筋に散る雀斑まで真っ赤だ。
「ジ、ジル君みたいな……お兄さんは、すす素敵だと思う」
恥ずかしそうに言い切り、俯くダグラス。
10本の両指が膝の上でモジモジ絡む。
まるで恋する乙女の反応だ。
「良かったね。兄さん」
言いつつも、ベルの頬が膨らむ。
ぷくー。ぷくー、と。焼きもちだ。
「ベル……っ」
嫉妬する顔も可愛いな。
ジルは呑気にも、そう思った。
「おアツイですねー」
アランが煽るように茶化す。
(ハッ。しまった。目先のベルに和んでしまった)
ジルは自制心を揺り起こして、緩む頬肉を引き締めた。
「いや。ありがとう。ダグラス」
仕切り直しの咳払いを一度する。
流れは悪くない。
ジルは何でもない雑談の一部として乗り切ろうと考えた。
「ううん」
ダグラスが俯いたまま首を横に振る。
「ふふ。意外に照れ屋だな」
からかうように笑む。
「そんな、こと……ッ」
ダグラスの喉が詰る。
耳先も赤い。
小さく丸まる背中が、本当に小リスのようだ。
「ぼ、ぼく……」
顔を上げるダグラス。
「ジル君……と、ね」
勇気と共に声を絞り出す。
「ん?」
ジルは小首を傾げた。
「あ、ん、と」
ダグラスの喉が再び詰まる。
「なんだ? 遠慮なく言ってみろ」
優しく促すジル。
何だか庇護欲が浮かぶ。
小柄なダグラスは同級生と云うより、下級生を相手にしているようだ。
気も緩む。
「お話できて……嬉し、い」
消え入りそうな声が羞恥を乗せる。
「よ、良かったら……お友達に、なって……くれる?」
カァアアア。
ダグラスの頬が一気に燃え上がる。
傍から見た図は“大胆な告白”の予告練習だ。
「大袈裟だな」
ふわりと微笑むジル。
心は凪いだままだ。
「俺達は、もう友達だろう」
純粋な友情をダグラスへ返す。
「へ? ん、うん……」
一瞬、ダグラスの瞳が残念そうな色を浮かばせる。
けれどジルは気付かない。
「ジル兄さん」
ツン。
ベルの一指し指が手の甲を小突く。
ジルが横を向くと、可愛い唇が尖っていた。
(鈍感。でも良かった)
そんな心情が垣間見える。
(なんだ? ああ、嫉妬継続中か)
ジルはベルの指を絡め取った。
長く垂れ下がったテーブルクロスの下へ隠すと、ギュッと握り締める。
本当は唇を奪いたいトコロだけれど、人前なのでグッと我慢だ。
(ベルは本当に可愛いな)
(もう)
誰にも見えない場所で指を絡ませ合う。
幸福な背徳感。
ジルはベルの恋情しか見ていなかった。
「わぁ〜お」
アランの声が浮かれた擬音を作る。
食事を進める手は億劫なのに、口は絶好調にお喋りだ。
「何の真似だ?」
警戒の盾をアランへ構えるジル。
名残惜しいが、ベルの手も離す。
「ナントナク」
アランが楽しそうに笑む。
「よく分からん男だ」
「これから知ってイケばいいですよ。オ兄サン」
◆◆◆
「今日の夕食は楽しかったね」
ベルは自室へ戻り、寝間着に着替えた。
「ハラハラしたし、ドキドキもした」
ベッドへ潜る。もう直ぐ消灯時間だ。
「俺と二人で居る時よりも、か?」
ジルも着替えを終えて、ベルの横へ入り込む。
二人部屋に設置された個人用ベッドは二つ。
けれど双子は毎晩ベッドを共にしていた。
その理由は推して知るべし、だ。
「意地悪。知ってるくせに」
同時に身を寄せて、そっと抱き締める。
触れ合う体温が愛しく心地良い。
「ベルと答え合わせしないと、分からないよ」
ジルが唇を寄せる。
軽く触れ合わせて、照れ臭く笑んだ。
「ジルとの時間は特別。心臓が甘く蕩けて、溶けてしまいそうになる」
躰の奥から甘い熱が生まれる。
今はもう、恋人の時間だ。
「正解だった?」
ベルは期待に満ちた瞳でジルを覗き込む。
「いや、予想以上だった」
言うが早いか、ジルの唇がベルのソレを塞ぐ。
深い。本能的なキスだ。
「んっ……ジル」
甘い吐息が漏れる。
絡み合う赤い舌が淫靡な水音を生む。
「夕食前の続き。しようか?」
ジルが唇を離して、淫靡に囁く。
「うん……」
恥ずかしい。
けれど嬉しい。
ベルはコクンと頷いた。
「でも、僕以外には言わないでね」
妙な不安感がベルの胸を刺す。
「ベル以外に誰もいないだろう?」
小首を傾げるジル。
純粋な瞳が一途な愛情を教える。
「そうだね。可笑しいな」
ベルは「ふふ」と微笑み、心の雲を振り払った。
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