ジルとベル―美しい双子が愛した罪―
小リスを助けて2


「今夜は両手に花ですね」

 アランの声が上機嫌に弾む。

「俺は悪夢を見たようだ」

 対してジルはどんより雲を背負う。
 ブルーベルの花束は100本を超える見事な代物だ。が、見惚れる暇はない。

「その花束をどうする気だ」
「モチロン。ベルへのプレゼントですよ」

 アランは両手に抱えた花束を顔の横へ持ち上げた。
 垂れ下がる花茎が動きに合わせて揺れる。

「その意図は?」

 ジルは警戒心バリバリで問う。
 もしもアランが好からぬ感情を抱いていたら、ベルに会せる前に叩き潰す。
 兄として。愛し合う恋人として。
 此処は譲れぬ戦場だ。

「ワタシの、友人第一号。カンシャとオレイのプレゼントです。オ兄サンも癒されください」

 そう言うとアランはブルーベルの花束をジルへ手渡した。
 心地よい芳香が鼻腔を擽る。

「わぁ。綺麗だね」

 ベルがジルの肩口から覗き込む。
 淫靡な色は抜けていた。

「えっと、メルシーボークーアラン」

 流暢とは言えないフランス語で礼を伝えるベル。
 合ってるかな、と。照れ臭そうに頬を掻く。

「ベルは“キュート”ですね。ね、オ兄サン」

 そっと耳打つアラン。
 ジルは同意しそうになるが、直前で口を噤んだ。
 アランへの警戒心が解けた訳じゃない。
 しかしそれはジルだけの感情だった。

「花束を生けたら直ぐに行くから。少し待っててくれる? アラン」

 ベルがジルの腕を促すように引く。

「Oui.」

 アランは了承したと、笑顔で右手を振った。

「待て、ベル。アイツの好意を受け取る気か」

 ドアが閉まる。

「純粋な友情だよ。兄さん」

 ベルはドアノブから右手を離し、ジルの両手から花束を抜き取った。
 サイドテーブルへ一旦置く。

「愛情に変わるかも知れないモノだ」

 突っ立ていても仕方ないので、ジルは花瓶を探す。
 確かウォークインクローゼットの奥に仕舞っていた筈だ。

「絶対に変わらない。アランは兄さんに対してもフレンドリーじゃないか」

 ベルが花束のリボンを解く。
 ブルーベルの花色と合わせた青紫色のリボンは、ベルの髪を飾っても見劣りしないだろう。
 つまりアランはそう云った計算が出来る色男なのだ。

「度を過ぎている」

 ジルは見つけ出した花瓶を持って、ベルの横に立つ。

「それは個性だと思って、ね?」

 ベルは花瓶を受け取ると、水瓶から水を注いだ。
 ブルーベルを纏めて生ける。置き場所はそのままサイドテーブルの上だ。

「アランも遠い異国の地で頑張ってるんだよ」
「自然体にしか見えなかったが」

 リボンを摘まみ上げるジル。
 左手にクルクルと巻いて、纏めてゆく。
 捨てるのは簡単だ。が、綺麗なリボンに罪はない。

「そのリボン、どうかするの?」

 ベルが不思議そうに問う。

「気障なフランス野郎に利息つけて返す」
「律儀……いや、友情の始まりだね!」

 途中で言葉を変えて、ガッツポーズを作るベル。

「ベルは前向きだな」

 ジルは「ふぅ」と、溜息を吐いた。

「だって僕は、兄さんが不機嫌な理由を知っているからね」

 ベルの瞳がジルを一直線に見詰める。

「好きな相手を取られそうな危機感。違う?」

 少しだけ嬉しそうに言って、ベルはジルの右手を取った。

「違わない……が、当てられると恥ずかしな」

 照れる頬が熱くなる。

「心配しないで」

 ふわりと微笑むベル。
 次の瞬間、衝撃の事実を口にした。

「アランは“生粋の異性愛者”だよ。僕なんて眼中にないさ」
「ええッ!?」




「オ兄サンも一緒で嬉しいですね」

 アランが軽い足取りで廊下を歩む。

「うん。誤解が解けて良かった」

 右隣にはベル。

「完全に信じた訳じゃない」

 ジルは二人の後を付いて行く。
 広い廊下は三人並んでも余裕が有る。が、アランと肩を並べて歩く気分には成れなかった。
 自分でも自覚している。詰まらない意地だ。

「意地っ張りな兄さん」

 ベルが楽しそうに言う。

「何とでも」

 不貞腐れたふりでそっぽを向くジル。
 すると、視界の端に人影が掠めた。

(何だ?)

 妙な引っ掛かりを感じる。
 ジルは歩みを止め、神経を研ぎ澄ました。

「……ゃ……めて、くださ……」

 震える声が途切れ途切れに聞こえる。
 通行人のいない廊下の角。食堂とは逆方向に位置する場所で、大きな背中が壁を作っていた。
 声の出所も其処――正確には更に奥だ。

「……ぶってんじゃねーよ。どうせ……だろ」

 脅すような口調が続く。

「ちがっ……ぼく」

 幼さの残る少年の声。
 聞き覚えがある。

「ダグラス?」

 咄嗟に駆け出すジル。
 ダグラスはクラスメイトの一人。
 気弱な性格が森の小リスを思わせる、小柄な少年だ。

「あー? 何だ、お前」

 大柄な男が振り向く。
 見知らぬ顔だ。上級生だろうか。
 ぎらつく切れ長の眼と乱暴に着崩した服装。
 上品な貴族の子息が集まるスクールでは悪目立ちする類の男――所謂不良だった。

「あ……ジ、ジル君?」

 ダグラスが弱々しく顔を出す。
 助けを求める眼差しも縋り付くようだ。
 ジルの正義に火が点く。

「イジメか、それともカツアゲ」

 邪魔な眼鏡を外し、胸ポケットへ仕舞う。
 不良に怯える心は無かった。

「何方にしても、イギリス紳士の名が泣きますよ。先輩」

 迷いなく距離を詰め、不良を睨み上げる。

「関係ない奴は引っ込んでろ」

 頭一つ分高い場所からぶっきら棒な言葉が飛ぶ。

「紳士気取りのお坊ちゃんが。説教がしたきゃ、他所でしな」

 シッシッ、と。片手で追い払う不良。
 ジルを完全に子犬扱いしている。

「そうはいかない。友人の危機に立ち向かわない男等、イギリス紳士の名折れだ!」

 キッパリ言い放つジル。
 しかし、ダグラスとは親しい関係ではなかった。
 本当にただのクラスメイト。挨拶程度の言葉しか交わした事がない。

「キャンキャンうるせーガキが」

 吐き捨てる不良。
 筋肉に覆われた逞しい腕をジルの胸倉へ伸ばす。

「ひ……ッ」

 ダグラスの身が竦む。今にも泣き出しそうだ。

「安い脅しだな。陳腐にも程がある」

 ジルは悠然と口角を上げた。

「このッバカにしやがって!」

 不良の眉間に皺が寄る。
 ジルの胸倉を力任せに引っ掴み、持ち上げた。

(予想通り。沸点の低い男だ)

 首元が締まる。息苦しい。
 けれど予定調和だ。
 ジルは不良の肩口から、ダグラスの様子を窺う。

「あ、あぁあぁあ」

 怯えた小リスは震えたまま、涙をポロポロ流していた。

(コイツが俺を構っている間に逃げて欲しかったが、無理そうだな)

 ジルは「ふぅ」と、心の溜息を吐く。
 作戦を考え直さなければならない。
 そう思った瞬間――

「先生、コッチ! 善良な生徒が悪漢に襲われています!」

 後方で声が弾けた。
 複数の足音も聞こえ、不良の手が緩む。

「何の騒ぎだ!」

 若い教師が駆け付けて来る。彼は寄宿生の管理を務めていた。
 おそらく不良が、最も会いたくない人物だろう。

「チッ。余計なモン呼びやがって」

 舌打ちと共に腕を引く不良。
 ジルの身体を廊下へ投げ出して、退散を決め込む。

「待ちなさい!」

 後を追い掛ける教師が横を通り過ぎる。
 続いて別の足音が慌しく駆け付けた。

「ああ、良かった。無事だ」

 背中が力強く抱き締められる。
 慣れ親しんだ体温の持ち主――ベルだ。

「ありがとう。ベルのおかげで助かった」

 振り向くジル。ベルを安心させるように優しく笑む。
 教師を呼んだのはベルだ。

「何時の間にか居なくなって。怒ったのかと思って、慌てて探したよ」

 ベルが廊下にペタリと座り込む。気が抜けたのだろう。

「ごめん。声をかけて行けばよかった」
「もう」

 拗ねたベルが額をクリクリ擦り付ける。

「ベルのお仕置きは擽ったいな」

 クスクス笑うジル。
 強打した臀部の痛みも、ベルとの戯れ合いで和らぐ。

「あ、あの」

 ダグラスがおずおずと声をかける。
 ジルとベルは同時に彼を見た。

「ジ、ジル君……ありがと、う」

 小刻みに震える小さな肩口。
 泣き腫らした目元も真っ赤で、ダグラスの恐怖は未だ残っているようだった。

「いや。紳士として、当然の務めさ!」

 ジルは立ち上がり、爽やかに前髪をかき上げた。
 勿論、場の空気を和ませる為。わざとだ。

「へ? あ、うん……恰好良かった、よ」

 ダグラスの目がキョトンと丸くなる。

「ふっふふふ。今のは気障じゃないんだ」

 ベルが可笑しそうに口許を隠す。

「ああ。違う」

 ジルは右手を差し出して、ベルを立たせた。

「線引きは何処なの?」

 コロコロ笑うベル。笑壺に入ったようだ。

「そこまで鼻に付くか?」

 ジルは複雑な心境で問うた。
 抑えていた羞恥も頬に上る。

「ううん。凄く恰好良かった!」

 ベルは目尻に溜まった涙を拭い、屈託のない笑顔で答えた。

「いや。和んでほしい……まぁ、成功でいいか」

 照れ臭く頬を掻くジル。
 場の空気は充分和んでいた。

「オふたりサン!」

 アランも駆け付ける。彼は別の場所を探していたようで、肩で息をしていた。

「あー、えっと。ドッチがベルですか?」

 大量の疑問符を浮かべるアラン。
 双子は「ああ、眼鏡」と、互いの顔を見合わせた。アイコンタクトを交わす。

「友達なのに、分からないのか?」

 互いの肩に腕を回して、頬をピトリとくっ付ける。

「ムズカシイ。鏡以上の間違い探しです」

 アランは益々首を捻った。

「あはは。そこまでじゃないよ」

 ベルが吹き出す。ジルもにやける口許を右手で隠した。
 双子の無敗記録更新だ。

「俺がジルだ。ほら、眼鏡」

 満足したジルは眼鏡を取り出し、アランの前で掛ける。
 度の入っていない伊達眼鏡が、双子を見分けるトレードマークになっていた。

「おお! 眼鏡オ兄サンしっくり」

 アランも歓声を上げる。

「あ、あの……」

 控えめな声が背後からかかる。
 揃って振り向くと、ダグラスが所在無さげに佇んでいた。

「ダレですか?」

 小首を傾げるアラン。

「クラスメイトのダグラス君だよ。アラン」

 ベルが答えを耳打つ。



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