ジルとベル―美しい双子が愛した罪―
気障なアイツは転入生2


「また、曇ってきたな」

 ジルは寄宿舎の門を潜った開口一番、天空を見上げ呟いた。
 大きく厚い雲群が太陽を覆い隠し、束の間の青天が遠ざかる。
 兎角イギリスは天候の移り変わりが激しい。

「たまには青天の下で気持ち良く昼寝がしたいものだね」

 ベルが同じように天空を見上げ、同意を返す。
 その横顔はもう、サラリとした弟の顔だ。

「俺は散歩がしたいな」
「一人で?」

 ベルが何の気なしに問う。

「勿論、可愛い弟とだよ。ベル」

 ジルはベルの手を取って、自分と同じ顔を真直ぐ見詰めた。
 あくまでも、兄弟愛の範疇で。
 最大限の愛情を贈る。

「それは待ち遠しいな。兄さんとなら、楽しい散歩が過ごせそうだ」

 ベルも嬉しそうに微笑む。
 二人は青天の休日を想像しながら、学び舎へ向かった。


「突然ですが、転入生を紹介します」

 口髭を蓄えた中年教師が静かに告げる。

「え?」
「この時期に、ですか?」

 クラス中が騒めく。
 夏季休暇を間近に控えた中途半端な時期での転入生。
 本人登場を待たずして、様々な憶測が生徒達の間で飛び交う。
 パブリック・スクールに入学する事自体が優秀な頭脳と家柄の証明。編入試験も例外なく狭き門だ。

「転入生だって。どんな人かな?」

 ベルが好奇心のまま袖を引っ張る。
 双子は隣の席なのだ。

「いけ好かないお坊ちゃんでない事を祈る」

 ジルは声を潜めて、素っ気なく答えた。
 スクールでのジルは生真面目な優等生で通っている。
 固く引き締めた表情はベルの前でも崩さない。

「オホン。静粛に」

 教師が咳払いを一度して、注意を促す。
 途端、生徒達は冷水を浴びたように口を噤んだ。一斉に身を正す。

「アラン君。入って来たまえ」

 教師は生徒達の行動に頷くと、ドアに向かって呼び掛けた。
 カラリ、と。期待を乗せたドアが開く。

「Bonjour(ボンジュール)」

 転入生は予想外過ぎる人物だった。

「Je m’appelle Alain(私の名前はアランです)」

 アランは軽い足取りで教卓まで進むと、流暢なフランス語で自己紹介を始めた。
 身振り手振りが大きく、彼が何かを伝える度にアッシュローズの髪が左右に揺れる。
 まるで薔薇の化身だ。
 総勢40人にも及ぶ生徒達が一斉に言葉を失う。

「フランス人か。確かに珍しいな」

 最初に声を発したのは、ジル。
 文句の付けようがない美男子を前に冷静な意見を述べる。

「恰好良い人だね。髪がとても綺麗だ」

 ベルがトロンと吐息を零す。

(なん、だと……!?)

 人知れず衝撃を受けるジル。
 クールな表情は微塵も崩さず、脳内は大パニックだ。

(まっままま……まさか一目惚れ。いや、俺のベルに限ってそんな)

 ベルとの思い出が脳内を駆け巡る。
 広い庭園を駆け回って遊んだ幼い日々。
 冒険と称して森林や屋根裏部屋を探索した記憶。
 手に手を取り合って学業の門を潜った入学式。
 心細い寄宿生活の中でも、ベルは明るい笑顔でジルを励ましてくれた。
 想いを伝え合ったのは最近だけれど、心は産まれた瞬間から繋がっている。
 それが、それがだ。

「僕の髪質は固めだから、羨ましいな」

 思想の海に沈むジルを尻目に、ベルは己の前髪を摘まみ上げた。
 こよりを作るように弄る。

「ベルの髪は充分サラサラじゃないか。世界最高峰の絹糸でも、あの手触りは再現出来ないよ」

 思わず口が出る。
 音量自体は極力抑えたが、感情の波は制御しきれなかった。
 厄介な独占欲が顔を出す。

「え?」

 ベルがキョトンと左隣を向く。
 二人の目がバチッと合った。

(あ、しまった)

 そう思っても後の祭り。
 ベルの頬に赤味が差す。

「ありがとう。ジル……兄さん」

 と、嬉しそうな微笑みも花咲く。

(駄目だ。抱き締めたい)

 恋心がムズムズ浮き立つ。
 ジルは己の拳をギュッと握り締めて、自制心を保った。

「では、アラン君。空いている席へ自由にお坐りなさい」

 教師が頃合いを見計らい、転入生を促す。

「Oui. Professeur(はい。先生)」
 笑顔で頷くアラン。
 教室を物色するように見渡し、空席を探す。

「jumeaux(双子だ)!」

 アランが唐突に叫ぶ。
 瞬間、クラス中の視線がジルとベルに集まった。
 理由は明白。
 双子はこのクラスに、一組しかいない。
 瞳を輝かせたアランが駆けて来る。

「ワタシ、キミタチと友人なりたい」

 片言の英語が人懐っこく発せられた。

「勿論」

 ベルがスクッと立ち上がり、人懐っこい笑顔を返す。

「僕の名前はベル。弟の方だよ。よろしくね」
「Oui.」

 ベルとアランがフレンドリーに抱き合う。

「嗚呼、森林を埋め尽くす美しいブルーベル。キミに出逢えた幸運を神へ感謝しなくては」

 突如アランが流暢に語り出す。
 ベルの頬へ挨拶のキスをして、色っぽいウインクも贈った。
 流石フランス人と云うべきか。
 口説く動作一つ一つが身体に染み込んでいる。

「ふふ。口が上手いね」

 ベルが可笑しそうに笑う。
 お礼のキスをアランの頬へサッと返して、身体を離す。

「べ、ベル……」

 目の前の光景に絶句するジル。
 捨てられた子犬の心境でベルの袖を引っ張る。

「オ兄サン?」

 アランが不思議そうにジルを覗き込む。
 するとアッシュローズの髪がサラリと滑り落ち、頬を撫ぜた。すぐ横の唇は男の目から見ても艶っぽい。
 コレがベルの肌に触れたかと思うと、ジルの臍は曲がる。
 アランは間違いなく、十人中十人を恋の魔力で酔わせる色男だ。

(ここは兄として。そう、兄として。釘を刺そう)

 ジルは決意を固めて立ち上がった。
 アランと正面から向かい合う。

「貴様、俺の可愛い弟に手を出したらその舌引っこ抜くぞ」

 ドス黒い嫉妬の渦が喉を侵食する。
 ジルは無意識のまま特大の釘を刺していた。

「ジ、ジル君どうしたの? なんか恐いよ」

 ピシッ。
 クラスの空気が一瞬で凍り付く。

「オホン。ジル君、静粛に。座りたまえ」

 教師が咳払いを一つして、注意を促す。

「はい。すみませんでした」

 渋々腰を下ろすジル。
 チラリと盗み見たベルも苦笑いだ。

「アハハハ。オ兄サンはベルが大好きなのですね」

 愉快そうに肩を揺らすアラン。
 睨まれた張本人だと云うのに、気分を害した様子はない。

「アランは、良い人だね」

 ベルがホッと胸を撫で下ろす。



 そして授業終了後。

「少しいいかな」

 教師が教室を出て行こうとする双子を呼び止める。
 二人揃って振り向くと、アランが手を振っていた。
 嫌な予感がする。

「ベル君。アラン君の世話係を君に任せたいのだが、引き受けてくれるかい?」

 予感的中。
 教師は淡々とジルに衝撃を突き付けた。

「はい。喜んで」

 快く頷くベル。

「Merci.(ありがとう)ベル」

 アランがベルの右手を取り、中指の背に唇を落す。
 流石フランス人。
 感謝の伝え方も気障だ。
 お蔭でジルの機嫌は益々悪くなる。

「でも、兄さんと一緒で良いですか?」

 ベルが指を引っ込め、ジルの背中へ回す。

「離れると、淋しくなるんです」

 それはジルとベル、何方もだ。

「ベル」

 ジルの機嫌が途端に和ぐ。
 離れていない心の証明が嬉しい。

「ああ。構わないよ。ジル君もアラン君と仲良くしてやってくれ」

 教師は簡単に言って、教室を出て行った。
 後に残されたアランがニマリと笑む。

「オ兄サンもヨロシクです」

 アランはジルの右手を持ち上げて、唇をチュッと落とした。

「嗚呼。なんてきめ細かい肌なのだろう。まるで清らかな乙女を愛でているようだ」

 再び、流暢な口調で語り出すアラン。

「ッ!?」

 ジルの全身に鳥肌が立つ。

「な、なななな何」

 呂律が上手く回らない。
 ジルは思わぬ緊急事態に焦った。
 その間もアランは一方的に掌を繋ぎ合わせ、にぎにぎ遊ぶ。やりたい放題だ。

「駄目だよ。アラン。兄さんが困ってる」

 ベルが二人の間にやんわり割り込む。
 ジルの腕を掴んで、アランから引き離した。




 ◆◆◆




「なんなんだ、あのフランス野郎。口説き文句ばかりをスラスラと!」

 寄宿舎へ戻った早々、ジルは自室のベッドに突っ伏した。
 休み時間はスクール案内で埋まり。今の今までスキンシップ過剰なアランと行動を共にしていたのだ。
 正直、疲れた。
「ああ、腹の立つ。いけ好かないお坊ちゃんの方が100倍ましだ」

 制服を脱ぐのも億劫だ。
 ネクタイだけを外して、ベッドボードに引っ掻ける。
 行儀は悪いが、今日だけだ。

「友達の悪口は良くないよ。兄さん」

 ベルが後でクローゼットを開ける。
 ネクタイを外す衣擦れの音がシュルリと聞こえた。

「ベルもコッチにおいで」

 ジルは仰向けに寝っ転がり、ベルを手招く。

「消毒をしよう」

 声を低く落とし、甘く囁く。
 見詰める対象はベルのみだ。

「兄弟の?」

 ベルがクローゼットを閉めて、近寄って来る。

「いいや。恋人の」

 ベッドの横へ来た所で腕を掴み、引っ張り込む。

「消灯時間には、未だ早いよ」

 言いつつもベルはジルの身体に体重を預けた。
 抱き締め合う。

「うん。だから、少しだけ」

 ベルの頬に唇を寄せて、そっと落とす。

「ふふ。擽ったいよ」

 笑んだまま身を捩るベル。

「じゃ、今度は甘く」

 ジルは冗談めかし、ベルの唇を自分のそれで塞いだ。

「ん……」

 甘い吐息が鼻腔を抜ける。

「ア」

 数秒の触れ合いで唇を離すと、ベルの掌が首筋に回った。

「もっと、甘くして」

 唇を薄く開き、キスの続きを催促するベル。
 全く以て可愛らしい。
 ジルはクスリと笑み。ご要望に応じた。

「ふ……ゥ、ン」

 熱い舌を、深く絡める。

「ハァ……ベル」

 唇を同時に離し、乱れた呼吸を整える。
 心音がドキドキ響く。
 頬が熱い。

「ジル、僕……も」

 ベルの掌が滑り、ジルの頬を包み込む。

「ん、今度はベルの番な」

 ジルは可愛い恋人の要望を難なく察した。
 瞼をそっと閉じる。
 柔らかな感触が直ぐに触れた。

「ジル、大好き……ジル」

 ちゅっちゅく。
 小鳥が啄むように唇が吸われる。

「ンン」

 ジルは口付けに酔いながらも、ベルの胸元を探った。
 制服の上から円を描く。

「あ、ジル……ん」

 ベルの唇が堪らず離れる。ジルはそれを合図に目を開けた。

「少しじゃ、ないの?」

 ベルの眉が切ないハの字に曲がる。

「直接は触ってないよ。それともベルはもう限界?」

 意地悪く言って、ボタンに手を掛ける。
 けれど外さない。
 ベルの出方を待つ。

「ち、違う……けど」

 少年らしい声音が恥ずかしそうに弾む。
 ベルの動揺は明白で、ジルの一押しが理性の壁を壊そうとしていた。

「げと。なに?」

 ボタンを一つ、外す。
 ベルの鎖骨が艶めかしく現れた。
 その時――

『コンコン』

 と、ドアを叩く音が陽気に響く。
 二人は同時に耳を欹てた。
 禁断の行為が露呈すれば、処罰は免れない。欲望の波を強引に沈めて、身体も離す。

「ベル、食堂行きましょう」

 アランの声だ。
 時刻は丁度夕食時。ベルを誘いに来たのか。

「俺が先に出る」

 ジルはベルの頭を安心させるように撫で、ベッドを下りた。
 表情を引き締め、ドアを開く。
 青紫色の鐘花(ブルーベル)が視界一杯に広がった。

「なっに?」

 思わず呆けるジル。

「おや、オ兄サン」

 アランがヒョッコリ顔を出す。


[*前へ]

2/2ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!