ジルとベル―美しい双子が愛した罪―
※涙の味と、君の唇 1
初めてだった。
初めて他人(ひと)に見惚れて。
初めて、淫らに肌を重ねた。
『ウィリアムは……その、こう云う事を……よく、するの……?』
興奮と好奇心と、ほんの少しの恐怖心が、ダグラスの唇を震わせる。
君だけだよ、と優しく言って欲しい。
愛情があっての行為だったのだ、と安心させて欲しい。
それがダグラスの本音で、望みだった。
『いいや、頻繁ではないよ。今までは相手が居なかったからね』
心臓が、一瞬で騒ぎ出す。
行為後で艶を増したウィリアムの声音も、ダグラスの鼓膜を容赦なく刺激する。ピリピリ痺れて、頭の芯まで到達する。
嗚呼――もう、その言葉だけで満足だ、とダグラスは本気で思った。
『キミは?』
ウィリアムが聞き返す。
『ぼくは、その……初めて……だよ』
恥ずかしくて、ダグラスはウィリアムの瞳を直視出来なかった。唇から鎖骨の間を、不規則に見詰めるだけで精一杯だ。
『まぁ、そうだろうね』
ウィリアムの右手が伸び、綺麗な人差し指がダグラスの唇をなぞる。
『あ……ウィリ、ア……んっ』
温かくて。気持ち良くて。ダグラスは無意識に、唇を開いた。
ウィリアムの人差し指が間を置かず差し込まれ、ダグラスの口内を自由に探索する。
『ねぇ……ハァ。ぼく……下手、だった……かな?』
ダグラスも舌を出し、ウィリアムの指に絡ませる。
ピチャピチャと鳴る水音が卑猥で、息が自然と上がった。
『正直に言って欲しい? それとも、雰囲気に流されたお世辞がご所望かな?』
ウィリアムが指を引込める。
『アッ……そんな』
一気に口寂しくなったダグラスは幼さを残す瞳を見開いた。溜まった涙がそのタイミングで流れ、唾液で濡れたそぼった唇へ辿り着く。
『泣く程の事かい? ただの意地悪だよ』
ウィリアムが困ったへの字眉でダグラスの顔を覗き込む。そしてダグラスが口を開く前に、綺麗な唇で涙痕を辿った。
目尻。頬。唇。と、温かく柔らかい感触が移動する度に、ダグラスの胸が高鳴る。
『なら、好かった……?』
自信は、ダグラス自身にもない。けれど、期待は勝手に湧いて来る。
『成長の兆しは感じられた、かな』
『意地悪だね……昼間はもっと、優しかったのに』
『幻滅した? でも何でもかんでも甘やかしてくれる優しい先輩なんて、所詮はキミの思い込み。ボクはこう云う人間だよ、最初からね』
ウィリアムは淡々と告げ、静かに目を瞑った。寝息は聞こえてこないから、眠った訳ではないようだ。
だとしたら、もう話したくない、と云う無言の合図だろうか。
『……あの、もしかして怒った?』
不安に成ったダグラスは、小声で聞いてみた。
『どうして?』
ウィリアムが問う。
『ぼくが、昼間の方が好きだ、って言ったから』
『へぇ。やっぱりキミは、昼間の“優しい男”の方が好きなんだね。意地悪な“今のボク”ではなく』
『ちがっ……うよ』
いや、本当は少しだけ残念だ。ダグラスが最初に惹かれて好意を抱いたのは、ウィリアムの“優しさ”だったから。
『まぁ、いいさ。意地悪なボクが嫌いなら、止めないから出て行けばいいよ』
嗚呼、彼はその為に目を瞑ったのか、とダグラスは気付いた。
気付いて、心臓の高鳴りを感じた。
『帰らない、よ。嫌いに、なってない……から』
ウィリアムとの距離を詰める。
行為中何度も縋り付いた肉体が無造作に横たわる姿は色っぽく、ダグラスの喉は自然と鳴った。
(睫毛が、長い……綺麗だな)
天の使者と云う者が本当に存在していたら、彼のように美しいのだろうか。と、ダグラスはお伽噺めいた事を考えた。
『ねぇ、キスをしたら……その目を開けてくれる?』
ウィリアムの唇を指先でそっとなぞる。
柔らかくて、艶めかしくて。キスをしたいのは、完全にダグラスの欲だった。
『ふっふふふ。なんだい、それ。童話の御姫様じゃあるまいに』
ウィリアムが肩を揺らして笑う。
『だ、だって。ウィリアムが』
ダグラスは一気に恥ずかしくなった。その腰を、ウィリアムが捕まえる。
『あ……ッ』
引き寄せられて、剥き出しの下半身がピタリとくっ付く。
ウィリアムのソレは静寂を保っているけれど、ダグラスの方は駄目だった。
『厭らしい』
ウィリアムの目が開く。
けれど待ち侘びた瞬間だと云うのに、ダグラスは逃げ出したい気分になった。
『こんなに熱くして。まだ足りなかった?』
『ア、ちがっ……ンン』
真実を言い当てられて。浅ましく反応する己の芯が恨めしい。
これではウィリアムに笑われてしまう。と、ダグラスは下唇を噛んだ。
『すぐ分かる嘘を吐くね。正直に言えたら、ご褒美をあげようと思ったのに』
『ご、ほうび……?』
それはなんて、魅惑的な単語だろうか。ダグラスの羞恥心を一瞬で、忘れさせてしまった。
『勿論、甘い飴をあげる、とか。子供騙しでからかったりしない。夜のご褒美』
『夜、の』
喉がゴクリと鳴る。その音は、ウィリアムの耳にも届いているだろう。
『どう、言う気になった?』
『アン……!』
熱い掌が、ダグラスの双丘を撫でる。これはもう、我慢している方が難しい。
ダグラスは息を弾ませながら、口を開いた。
『うん……。ぼく、ウィリアムとまた……ううん、何度も交わりたい』
関を切った欲望がダグラスを大胆にさせる。自ら舌を出し、無防備なウィリアムの粒に吸い付いた。
『ッ……』
予想以上の行動に、ウィリアムの息が詰まる。
『ン』
微かに漏れ出たウィリアムの声は艶やかで色っぽく、彼の新たな一面に心臓がざわめく。
『ねぇ。ウィリアムのが大きくなるまで、ぼくが育てても……いい?』
ミルクを強請る子猫の様にお願いする。
『これは、困ったね』
『どうして? 正直に言ったらご褒美をくれるって、ウィリアムが言ったんだよ』
ピンと勃つ粒を舌先で転がし、唾液を垂らす。
『ハァ……弾力があって美味しい。ねぇ、ぼくのもこんなに美味しかった?』
行為中は快楽の嵐に声を出すだけで精一杯だったけれど、今のダグラスには余裕がある。経験を経てからの欲求も増すばかりだ。
『難しい事を聞くね。キミはボクが、自分の味見をするような人間だと思ったのかい? ……ァ、ッ』
ウィリアムの声が弾む。
嬉しくなったダグラスは舌を滑らせ、胸板から鎖骨の間を一舐めした。
『そうだね。自分じゃ自分の乳首、舐められないよね』
普段なら恥ずかしい台詞もスラスラ言える。
『じゃあ、ぼくが教えてあげる』
一体どうしてしまったんだろう、と脳内の冷静な自分が赤面する。けれど冷静なダグラスにも、この衝動を止める事は出来なかった。
『んっ……』
無抵抗のウィリアムから唇を奪う。
舌を捩じ込んで、中に潜む彼の舌と絡ませれば、甘い吐息が鼻腔から漏れた。
『ハァ……分かった?』
唇を名残惜しく離す。
『分からないよ。分かったのは、キミの唾液の味だけ』
そう言うとウィリアムは、仕返しをするようにダグラスの粒を弄った。人差し指の先でクルリと回し、その流れのままクニクニと潰す。
『アッ……ウィル、んっ』
快楽の電流が脳天を突き抜ける。
ダグラスの芯は更なる熱を持ち、グンッと勃ち上がった。
『敏感だね。ボクよりずっと、成長が早い』
『ンン、や……だ』
まだ、ウィリアムの快楽を引き出せていないのに。
『ぼく、気持ち好くて……アンッ』
『もっと、別の場所を触って欲しくなった?』
『うん……ぼくの厭らしい場所……いっぱいいっぱい、触って欲しい』
ダグラスは自分の欲望が抑えられなかった。
『それだけ?』
ウィリアムが耳元でクスクス笑む。その余裕が羨ましくて、焦れったい。
『ウィ……ウィルって、愛称で呼びたい、な』
嗚呼、心臓が爆発しそうだ。けれど今を逃したら、このお願いは出来そうもない。
『……』
ウィリアムが押し黙る。
『だ、駄目……かな?』
不安に成ったダグラスはウィリアムの喉元をペロペロと舐めた。分かり易く甘えれば、ウィリアムの情に訴えられると思ったのだ。
しかし――
『くっ……ふふふ』
ウィリアムは吹き出した。形の崩れた口許を掌で覆い隠す仕草は気品さえ感じる。
けれど今のダグラスには、見惚れる余裕など無い。
どうして笑うの、と不安は更に募った。
『そ、そんなに……可笑しい事言った……かな?』
涙が自然と、浮かんで来る。
『ああ、だって。キミ、普通に呼んでいただろう』
『へ?』
一瞬意味が分からなくて、ダグラスは惚けた声を出した。
『あの、ぼく……が?』
『他に居ないだろう。まさか、無意識だったのか?』
『い、何時……?』
コクン、と頷き、擦れ違いの元を探す。
『ココ』
ウィリアムはそう言いながら、ダグラスの粒を再び弄った。
『んんっ』
ほんの数秒前までウィリアムの唇に触れていた指先。長く美しい曲線を描くソレが、厭らしい手付きで、ダグラスの快楽を容赦なく引き出す。
『ウィ、ウィル……あっ、ン』
頭が上手く働かず、だらしなく開いた唇からは赤い舌が覗く。それでもダグラスはこの快楽に溺れていたかった。
『ね、下も……下も、気持ち好くして』
自分でした質問も置き去りに、目先の欲を口にする。
ウィリアムは呆れただろうか。それとも、興奮してくれただろうか。
ダグラスはソレを確かめる為に、ウィリアムの下腹部へ右手を伸ばした。
『ぼくも、ウィリアムを気持ち好くする、から』
目指すは熱を持ち始めたウィリアムのソレ。ダグラスは夢の続きを想像して、生唾をゴクンと呑み込んだ。
しかし――
『キミは肝心なトコロで惜しい子だね』
ウィリアムがダグラスの手を取り、欲望の熱から遠ざける。
『あ、そんな……意地悪しないで、よ』
欲しくて堪らないのに。
またあの熱に、溺れたいのに。
『意地悪? 本当にそうかな』
ウィリアムが体勢を変え、起き上がる。
ダグラスは『え?』と疑問符を浮かべた。
(ぼく、勘違いしてた?)
その疑問を肯定するように、ウィリアムが手招く。
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