僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
また会う日まで 4
『皆、気の良い鳥達で良かったな』
皇慈さんが巨石の窪みへ腰を下ろす。
夜空には見事な満月と満点の星屑が地平線の先まで広がっている。今夜は折角なので、星空を眺めながら眠りに付こうと決めたのだ。
『ええ。皇慈さんへの横恋慕も早く防げましたしね』
僕も皇慈さんの隣へ座る。
二羽がスッポリ収まる窪みの横には小さな穴が開いていた。トンネルの入り口にも見える穴はピラミッドの内部まで続いていそうだ。
この穴を潜り抜けてピラミッド内部を探索したら、新たな発見が出来るんじゃないかな。
そんな冒険心が僕の心に芽生える。が、今は皇慈さんと夢を語り合う時間だ。
例え世紀の大発見が眼前に横たわっていたとしても、無駄にする気はない。それに人間の大発見を“今の僕”がした所で、歴史は塗り替えられない。精々来年のお土産話が盛り上がる位だ。
『今日は疲れたな……』
と、皇慈さんが満月を見詰めながら呟く。月光に照らされる横顔は美しいが、疲労は色濃い。
今まで隠れていた疲労感も本格的な休息を前に顔を出したようだ。
『休みましょうか。僕ももうクタクタですよ』
僕は皇慈さんに分るように疲労を吐き出した。それは嘘では無かったけれど、きっと皇慈さんよりは体力が残っている。
『今夜は離さないんじゃ、なかったのか?』
皇慈さんが満月から視線を外して、僕の顔を覗き込む。
眼前に迫る魅惑の嘴。
僕は顔を突き出して、皇慈さんの嘴をコツンと奪った。
名残惜しく離す。
『皇慈さんと睦み合いたいのは山々ですが、明日へ体力を残しておかないと。絶滅したと噂のエジプトトキを探したり、スフィンクスのナゾナゾを解いたり出来ませんから。あ、バアルベックの神殿も見学したいですね』
『ふふ。燕の新婚旅行計画は盛り沢山なんだな』
皇慈さんがホワホワ微笑む。
『ええ。皇慈さんと心行くまで楽しんで、天志さん達に面白可笑しく報告するのです』
僕は力強く宣言した。
『そうか。では、今夜は我慢しよう』
皇慈さんも深く頷き、納得を見せる。
(本当は一晩中愛し合いたい気分ですけど、ね)
喉まで出かかった欲望を直前で呑み込む。
『けれど眠るまで、寄り添っていても良いだろうか。新婚旅行初日の思い出を、燕の温もりで閉じた』
『勿論ですとも!』
僕は皇慈さんが言い終わる前に了承を返した。
そして間を置かず、皇慈さんにピトッくっ付く。お互いに伝わる体温が温かく愛しい。
『先ほどのキスは不意打ちのキスだから、お休みのキスは私が贈っても?』
皇慈さんが蕩けた囀りで問う。
『はい。大人のキスでも大歓迎ですよ!』
疲労が既に撤退しつつ有る僕は調子に乗った。
『目を瞑って……くれるなら』
皇慈さんの視線が僕を通り越して辺りを巡る。
嘴をただくっ付けるだけのキスなら、一瞬で終わる。けれど僕が『大人のキス』なんて囀ったから、皇慈さんは急に気恥ずかしくなってしまったんだろう。
『心配しなくても、他のツバメはもう眠っていますよ』
『一応確認をしないと。エチケットだからな』
首を回して、後方もキッチリ確認する皇慈さん。
けれどその後姿は無防備だ。見ている内に、僕の悪戯心が刺激される。
『僕が先にしちゃいますよ』
ふわふわの羽毛が守る首筋へ、嘴を埋める。そして脈絡のない絵を描くようになぞった。
『つ、燕……』
皇慈さんの身体がビクンと震える。
『擽ったい、よ』
『擽ったいだけですか?』
お決まりの意地悪台詞をそっと囁く。
『羽毛の奥がムズムズする』
ソロソロソロと、羽毛の流れに逆らって頭の方向へ。
『んっ……んっ』
嘴を進める度に、皇慈さんが息を呑み込む。
『皇慈さん……』
雄の欲望が理性の楔を引き千切ろうと藻掻く。
蜜夜の熱を思い起こさせる皇慈さんの反応は艶やかで妖しく、僕は胸の高鳴りを急速に感じた。
『僕』
このまま、皇慈さんと愛し合いたい。
けれど駄目だ。
皇慈さんは疲れ切っている。
僕は自分自身の理性に『ガンバレ!』と、強く言い聞かせた。
『今夜は寄り添い合うだけだって。自分で決めただろう!』
断腸の思いで身を引き離す。と、皇慈さんが間を置かず振り向いた。
潤む瞳が僕を見詰める。
『私は、取り下げてくれても……構わないよ』
恥ずかしそうに、けれど、ハッキリ告げる。皇慈さんの囀りは、僕の欲望へ無限の力を与えた。
「チュルルルル!?」
身体中の熱が一気に沸騰する。
『で、ででででも』
焦って上擦る。
初めてという訳でもないのに、僕は何時まで経っても手練手管な雄のように振る舞えない。
『私の元気の源は燕だから……その、』
皇慈さんが口籠る。
閉じた翼を臀部の横でモゾモゾ動かして、とても恥ずかしそうだ。
その仕草が、僕の欲望にドキュンと突き刺さる。
理性の楔は粉々に砕け散り、跡形もなく消え失せた。
『注いで貰えたら嬉しい』
夜風に攫われそうな音量で、皇慈さんが言い切る。
それは、つまり。蜜夜の甘い誘いだ。
断る理由なんて0.1%も無い。
けれど僕は野獣へ変身する前に最後の確認をする事にした。
『僕、本気で一晩中離しませんよ』
『私もその積りだよ。あ、そうだ。ふふ、今夜は月が綺麗ですね』
唐突のi Love You(アイラヴユー)。
僕は一瞬、ポケッとした。
『駄目……だった、か? 回りくどかったものな』
皇慈さんがシュンと悄気る。
『いや、意味は分かりますけど。何時もはストレートに愛を伝えられるので』
それは決して、皇慈さんが奥床しくない、と云う意味ではないけれど。
『新婚旅行気分に浮かれてしまった』
皇慈さんが赤い頬を両翼で覆い隠す。
『浮かれての変化球ですか!?』
何それ、可愛い。
『燕の気分も和らぐかと、思って』
『皇慈さん』
僕は愛しい番の名前を優しく呼んだ。
皇慈さんが顔を上げる。
『貴方と観る月は、何時も何時でも綺麗ですよ』
降り注ぐ月光も、澄んだ瞳に小さく映る欠片さえも。
皇慈さんは僕の世界を輝かせる、永遠のファクターだ。
『燕……ン』
僕は皇慈さんの嘴を再び奪った。先ほどよりも長く、くっ付ける。
月光が作り出す僕達の影は重なり合って、ハートの様に見えている事だろう。瞼をそっと閉じた僕は、残念ながら確かめられないけれど。
◆◆◆
『ふぁ〜』
太陽が目覚めて朝一番。僕は大きな欠伸を零した。
皇慈さんも隣でウトウトしている。僕達は宣言通り、お月様が眠りに付くまで愛し合っていた。
正直眠い。けれど間違いなく幸福だ。
『おやおや、二羽揃って寝不足かい。お若いの』
頭上から鳴き声がかかる。見ると、昨晩会った中年ツバメが空をパタパタ飛んでいた。
『旅の疲れがドッと出たようです』
僕は素知らぬ顔で嘯いた。
『はっはっはっ。そいつはいけねぇな』
中年ツバメが豪快に笑い飛ばす。
『ん〜……メムノン神よ……御休みですか?』
コックリコックリ。皇慈さんの頭が船を漕ぐ。
何やら壮大な夢を見ているようで、気の抜けた寝言も仰々しい。
『――ハッ! 私は今、眠っていたか?』
皇慈さんの両目がパチッと開く。そして辺りをキョロキョロ見渡して、自分の状況を確認した。
丁度、他のツバメがピラミッドを飛び立って行く。遠目にも仲睦まじいと分る、年若い番だ。二羽の鳴き声がサファイアの空によく響く。
皇慈さんはその光景をポゥと眺めて、『スフィンクスに挨拶に行くのかな』と呟いた。
『瞬き程度の時間ですよ』
頬が自然と緩む。僕はトロトロ囀って、皇慈さんの横顔を真直ぐ見詰めた。
うん。今日も飛びっきりの美人さんだ。
『すまない。睡魔はやはり強敵だな。もっと気を引き締めないと』
皇慈さんが両翼を広げてパタパタ羽搏く。睡魔を逃がしているのだ。
『いえ。和みました』
『そうか和み……ん?』
何故、と。皇慈さんが不思議そうに僕を見る。その流れで羽搏きも止めた。
『ただの惚気ですよ。お気になさらず』
僕はホワホワ気分で囀った。
脳内では眠気眼の皇慈さんが絶賛再生中だ。
『頬が随分柔らかいな』
ツンツン。皇慈さんが翼の先で僕の頬を小突く。
ダメージは微塵もなく、擽ったさを感じる。
『皇慈さんの愛情が満タンですから、ね』
僕は自慢げに胸を張った。
蜜夜の残像を暗に伝える。
『燕……。もう、恥ずかしいな』
皇慈さんがそそくさと翼を引っ込める。
僕的にはもっとツンツンしてくれても良かったのだけれど。残念だな。
『じゃあな、お若いの。嫁さんと精々イチャつけよ』
中年ツバメが空中で大きく羽搏く。からかう口調に、皇慈さんの頬が朱を乗せた。
『此方の飛びっきり美人さんは旦那様ですよ』
僕は皇慈さんの身にピトッとくっ付いた。
『そして僕がお婿さん兼ダーリンの幸せ者です』
二羽の正しい番関係を明るく教える。
『はっはっはっ。そうだったな、すまねぇすまねぇ』
中年ツバメは豪快な笑い声を残して、遠い空の先へ飛び去って行った。
一陣の風が二羽の間に吹き抜ける。暖かい。太陽に祝福された風だ。
『僕達も行きましょうか』
『ああ。スフィンクスのナゾナゾを解くのだったな』
皇慈さんがふふと微笑む。
僕は頷いて、両翼を大きく広げた。皇慈さんも続く。
「ピチュピチュ」
「チュルル」
晴れ渡る青天。サファイアの空へ、連れ立って飛び立つ。
僕達の新婚旅行は始まったばかり。一秒事に思い出を紡いで、楽しい記憶を沢山作るのだ。
また会う日まで
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