僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
また会う日まで 3
『随分遅い到着だったねぇ』
年長のツバメが出迎える。
簡単に思い付く事は誰でも思い付くと云うモノで、ピラミッドの中には既に沢山のツバメが居た。
見知った顔は今のトコロ見当たらないけれど、世界各地から集まった僕達の仲間だ。
『ええ。故郷を発つのか名残惜しくて、ついつい出遅れてしまいました』
皇慈さんが優雅な物腰で説明する。
途端、雌達の瞳がピンク色に染まった。
『あら。ステキな雄じゃない』
色っぽい雌の視線が、皇慈さんの全身を値踏みするように舐めまわす。
ピンと伸びた立派な燕尾。
ふわふわと柔らかい魅惑の羽毛。
長旅を経ても艶を失わない羽の一枚一枚。
全て、全てに。ねっとりとした視線が絡み付く。
それも一羽だけじゃない。サッと見ただけでも、10羽は確認できた。
(皇慈さんは僕の旦那様なのに!)
押さえられない独占欲がフツフツと湧いて来る。
雌達にだって、番の雄がちゃんと居るじゃないか。他人(僕達の場合は“他鳥”になるのかな?)の浮気心を初対面で批判する気はないけど、好い気はしない。
僕は顔全体をムクーッと膨らませた。
『ん? どうした、燕。愉快な顔をして』
年長ツバメとの会話を終えた皇慈さんが僕の様子に気付く。その瞳は僕の姿しか映していない。
『皇慈さんが誰の目から見ても“王子サマ”なので。剥れています』
構って欲しいオーラを全身から醸し出す。
そして僕は他のツバメへ、番の特権をコレでもかと見せ付けた。
『困ったな。どうすれば、何時もの可愛い燕に戻ってくれる?』
訳知り顔の皇慈さんが僕の顔を覗き込む。
『あ、けれど今の顔も味が有って可愛らしいな。燕の新たな魅力発見だ』
明るく囀る皇慈さん。
僕は段々と、息が苦しくなってきた。パンパンに溜めた口内の息が、外へ出たいと嘴を割り裂かん勢いだ。
『も、もう……限界』
僕はプハーッと息を吐き出した。
『お帰り。私の可愛いお婿さん』
皇慈さんが冗談めかしく微笑む。
僕は久々に、弄られる年下の心境を味わった。
けれど僕は此処で引かない。
『からかわないで下さい』
拗ねたふりで皇慈さんの背後に回る。そして油断している背中へ、徐に凭れ掛かった。
温かな体温が心地良い。頬がホワホワ綻ぶ。
『燕が可愛いのは真実だろう』
皇慈さんは一ミリも動かず、僕の好きな様に甘えさせてくれる。
『僕は皇慈さんの番特権をフル活用してるだけです』
喉がコロコロ鳴る。
満たされた独占欲がトロトロ溶け出す。
『僕の素敵な旦那様』
夢見心地で囀る。
と、皇慈さんの畳んだ翼が僕の下でモゾモゾ動いた。気恥ずかしい雰囲気が伝わって来る。
『皇慈さんも可愛いですよ』
僕は皇慈さんの背中から名残惜しく退いた。
『それは番の欲目と云うものだ。燕以外は言わない』
皇慈さんが両翼を少し開いて、羽の間に空気を送り込む。照れ臭さを逃がしているのだ。
『ええ。素直な愛情を伝えられるのも、番の特権ですから』
僕は自信満々胸を張った。
皇慈さんが振り向く。と、そのまま額をくっ付けられた。
『キスの代り、ですか?』
『一応他人……あ、他鳥の目が有るからな』
態々言い直す皇慈さん。
僕は何だか可笑しくなって、クスクス笑った。
『あ〜あ。早く二人っきりに成りたいな』
独り言を、皇慈さんの耳に届くギリギリの範囲で呟く。
『私もだよ。世界一可愛い私のお婿さん』
嬉しそうな皇慈さんが僕へ同意を返す。この反応は、バッチリ聞こえたようだ。
無数のハートが二羽の間に舞う。
『あらまぁ。邪魔出来ないわねぇ』
雌の一羽が『ご馳走様』と続ける。彼女も皇慈さんの登場に色めき立っていた雌だ。
『そりゃオマエ。雄同士でも番なんだ、最初から邪魔してやるない』
貫録満点の雄が雌に耳打つ。おそらく彼等も番なのだろう。
『でもアンタ。アタシはアンタとしか子作りしないけどね、目の保養は必要だわよ』
『そりゃ屁理屈ってもんだ。女房が他の雄に熱を上げてる姿なんざ、いい気がしねぇ』
『おやまぁ。嫉妬かい? アンタにも可愛いトコロがあるんだねぇ』
『ばっ……バカ言うない』
雄の鳴き声が焦って裏返る。と、彼の奥さんである雌は嬉しそうに『フフ』と微笑んだ。
その光景を横目で見ていた僕の心もむず痒くなる。
夫婦の戯れ合いは、第三者にこんな感情を抱かせるのか。
人のふり見て我がふり直せではないけれど、僕は皇慈さんと額を離した。
件の番が居る方向へ姿勢を変える。
そして肺一杯に空気を吸い込み、
『ご馳走様!』
と、明るい声援を送った。
『おうおう。小せぇの、言うじゃねーか』
別の雄がやんややんや囃し立てる。野太い鳴き声が印象的な、中年ツバメだ。
『ええ。彼はトーク術に長けた立派な雄です』
皇慈さんが僕の背後で右翼を広げ、自慢げに紹介する。
『何時も元気で明るくて。私の身を気遣ってくれる優しいパートナー』
『ほほぅ? ベタ惚れって訳かい。王子サマ』
からかい交じりの鳴き声が何処からか飛んで来る。張りの有る響きは年若く聞こえた。
『見破られてしまいましたか。お恥ずかしい』
皇慈さんの頬に朱が上る。
軽い冷やかしも本気で受け取る穢れの無さ。僕の心臓はキュンと高鳴った。
『はっはっはっ。こりゃ本物だ』
中年ツバメが笑い声を上げる。そこに馬鹿にされた感じはなく、認められたと云う印象が強い。
『番相手を探す雌達も分ったな。色目を使っても時間の無駄だぞ』
仲間全体、特に年若い雌を中心に釘を刺す。
このコミュニティのリーダー格は彼なのだろう。なるほど納得のパワフルさだ。
『そんなの分ってますよーだ』
年若い雌が負け惜しみを返す。
もっと早く出逢いたかった。そんな心情が伝わってくる。
けれど出逢う順番が逆だったとしても、皇慈さんに選ばれていたのは僕だ。例え自信過剰と思われてもその自信だけは捨てないし、間違っていない。
『ほっほっほっ。改めて、ようこそ』
年長ツバメが両翼をゆっくり広げる。と、他のツバメもそれぞれに歓声を上げた。
僕達は二羽とも、彼らの仲間として認められたのだ。
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