僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
遠い約束を果たそう11


 ザパン。
 ザッパン、と。
 キラキラ光る水面が小波を立てる。
 強敵に感じた夏の日差しも幾分か柔らかく、爽やかな南風が羽の間を吹き抜ける。
 元気に駆けて行く子供達の背中を追い翔け、僕は大きく羽撃いた。

「ピチュピチュチュルチュル」

 やっぱり外は気持ち良いな。
 僕は浮き立つ感情に野生の血を感じ、空中でクルリと一回転した。
 10点
 10点
 10点
 10点
 と、自分で自分に点数を入れる。気分は運動神経抜群な体操選手だ。
 僕がそんな風に一人遊びを楽しんでいると、地上から呼び声がかかる。

『つーばーめー』

 野生の鳥とは思えない程上品で美しい僕の伴侶。そう、愛しい皇慈さんだ。

『自然を満喫している所悪いが、スワンボートが待っているぞ』
『わー。僕とした事がメーンイベントを忘れる所でした』

 慌てて降りる。
 すると皇慈さんが翼を広げ、天志さんの肩から飛び立った。
 空中で合流する。
 そして僕達は『ふふ』と微笑み合い、二羽揃って地上へ舞い降りた。

『ツバメは乗船者に含まれますか?』

 なんて。
 浮かれ気分の僕はボート乗り場のお兄さんに明るく囀った。
 公園へ来る前は変化の無い日常が待っているだけと思っていたけれど、中々どうして。展開は順調に進んでいる。
 水に濡れたボート乗り場の足元を注意して右手を差し出す聖人君なんて、天志さんに寄り添う騎士の様だ。僕も二人の雰囲気に感化されて、皇慈さんをエスコートしたくなる。

「ん〜〜?」

 と、ボート乗り場のお兄さんがキャップ帽を脱いで唸った。
 両耳に開け捲った無数のピアスが僕を一瞬怯ませる。

『何ですか、鳥の乗船は不可ですか? 頭にちょこんと乗っかるだけでも良いんですが』

 僕はスワンボートに目を向けた。その頭上では二羽のスズメが楽しそうに遊んでいる。
 まさかスズメは良くて、ツバメは駄目だなんて言わないだろう。

「なあ、天志先生さんよ。もしやこの子らが噂の雄番ツバメかい?」

 お兄さんが僕達を指差し、天志さんへ問う。どうやら二人は顔見知りの様だ。
 最も天志さんは町の有名人なので、大半の住人はその顔と名前を知っているけれど。

「ええ。本人――いや、本鳥達の主張によればそうですね」

 態々言い直して説明する天志さん。
 その後で聖人君が「コッチへおいで」と、僕達を手招く。
 理由は分からないが、聖人君が呼ぶなら行こうじゃないか。
 僕と皇慈さんはお兄さんと天志さんの横を順番に擦り抜け、聖人君側へ移動した。

「ほぉー。ホントに居たんだな」

 関心を示す様な、値踏みする様な、色の付いた視線が僕達へ絡み付く。

「ピチュピチュチュルル」

 居ましたよ。世界の果てまでラヴラヴ夫婦ですよ。
 なんて。
 浮かれ気分の僕は自分の置かれている状況も忘れて呑気に囀った。
 すると聖人君がお兄さんの視線を遮断するように僕達の前に立つ。まるで僕達を守ってくれる優しい壁の様だ。

「アレ、雄同士でも作ったりすんの?」
「アレ、とは? 正確に伝えて頂かないと、分かりかねますね」
「巣だよ、巣。ツバメの巣って“高級食材”なんだろう? 上手く飼い慣らせば良い“資金源”になるぜ」
「いいえ。彼等は作りませんよ」

 天志さんがキッパリ言い切る。
 ツバメの巣は夫婦の住居ではなく、子供を育てる為の場所だから。卵も産まない僕達は巣作りの経験が無い。けれどもし作るとしたら、泥と枯草を集めて作るだろう。他のツバメがそうしている様に。

「そもそも食材になるツバメの巣を作るのはアマツバメ科のツバメですから。彼等とは系統群が異なるのですよ」
「何だ。つまんね〜の」

 僕達の位置からは二人の会話しか聞こえないけれど、お兄さんが残念そうに肩を落とした事は雰囲気で伝わった。

「じゃ、写真だけ撮って観光客に売るか。二束三文にしかならねーが、菓子くらいは買えるだろ」
「止めなさい。嘴で突っ突かれますよ」

 天志さんが脅し気味な言葉で注意する。

「あのお兄さんは少し、お金が好きな人でね。天志先生の写真もよく売りさばいては没収されていたよ」
「チュルル!」

 そんな事情が有ったなんて。
 僕と皇慈さんは意外な場所で発覚した裏ビジネスに驚きを上げた。
 聖人君の背中も心なしか黒いオーラが吹き荒れている。

(怒ってるのかな?)

 好奇心に駆られた僕は聖人君の肩口からヒョコッと顔を出した。
 けれど予想に反して、聖人君は困っているだけの様だ。真面目な眉がハの字に曲がっている。

「えーマジー? キミ達凶暴なの」

 と、お兄さんの興味が僕達へ飛んで来た。

『平和が一番ですが、皇慈さんを傷付ける輩には容赦しません!』
『右に同じだ。燕を守る為なら、私は剣を抜いて戦おう!』

 両翼を限界まで広げ、力強く宣言する。僕達の心は重なった。

『皇慈さん!』
『燕!』

 ハート全開で見詰め合う。

「アッハハハ。聖人に羽が生えたみたいだ。オモシレー」

 と、お兄さんが突如吹き出す。

『なんと?』

 予想外の反応に、僕と皇慈さんは顔を見合わせたまま特大の疑問符を浮かべた。
 聖人君に羽が生えるなんて、マジ天使天志さんを差し置いて有る訳ないじゃないか。
 それに縦んば生えたとしても、それこそが大スクープ。笑うよりも驚くと思うんだけどな。
 聖人君本人だって不思議そうに小首を傾げているし、僕達の疑問は深まるばかりだ。

「聖人君、後を見なさい」

 天志さんが呆れた声で言う。
 すると聖人君は素直に振り向いた。僕達と目が合う。

「あー。なるほど」

 聖人君までもが納得して、頬を緩ませる。
 僕と皇慈さんも背後を確認して見るが、広がっている光景は自然公園のそれだ。天使の羽はおろか鳥の羽も見えない。

『いや待て。鳥は私達が居るじゃないか!』

 皇慈さんがハタと気付く。
 その瞬間、僕の全身に衝撃が走った。

『まさか、聖人君を天使たらしめたのは僕達の羽だというんですか?』
『ああ。もう他には考えられない。私達の“羽だけ”が丁度、聖人君の背中からはみ出して見えたのだろう』
『なんと!』

 僕は皇慈さんの名推理に飛び上がって驚いた。そして同時に納得もする。

『しかし、折り重なった偶然がそんな光景を作っていたなんて。“貴方の運命の相手は彼ですよ”と、愛を司る悪戯っ子な神サマが有体に知らせているようだな』

 と、皇慈さんの瞳がキラッキラッ輝く。
 本物のキューピッドも自らの仕事にガッツポーズを取っている事だろう。皇慈さんの尊敬も集めたい僕としては羨ましい限りだ。
 今度は僕が奇跡を導いて見せるぞ。と、内心気合いを入れる。

「戯れはもういいでしょう。子供達も待っていますし、スワンボートへ乗せてもらえますか?」
「はいよ。充分楽しんだし、ツバメの写真はもういいや」

 おっとっと。早速動きが。
 僕はカラカラ笑うお兄さんの言葉に安心して、天志さんの肩へ飛んで行った。

『聖人君、さっきはありがとうね』

 僕が明るくお礼を伝えると、聖人君も天志さんの許へやって来る。勿論皇慈さんも一緒だ。
 それから僕達はスワンボートに問題なく乗り込んだ。

「おそかったね」
「何してたの?」

 と、先に乗船していた子供達の質問が次々に飛んで来る。どうやら彼等はお兄さんの裏ビジネスを知らないようだ。

「何でもないよ。可愛いツバメさんだねってお話していただけ」

 後部座席に座る子供達へ、優しい笑顔で振り向く聖人君。子供達も懐っこい笑顔を浮かべ、「そうなんだ」と納得する。

『天志さん、聖人君の頭は撫でないんですか?』

 僕は透かさず、天志さんの恋心を煽ってみた。

「……」

 しかし、天志さんの反応は無し。素知らぬ顔でスワンボートを漕ぎ出す。
 子供達は「わぁー。動いた動いた」と燥いでいるが、僕は『むーっ』と頬を膨らませた。
 聖人君だって天志さんの育て子。褒められたら誰よりも喜ぶと思うんだけどな。

『膨れるな、燕。きっと二人の時間に取ってあるのだろう』

 と、皇慈さんの鳴き声がラヴラヴな未来図を想像して弾む。
 僕は口内に溜めた息をプシュッと抜いた。

『僕とした事が保護者視点と恋人視点の差を失念していました』
『天志さんは“奥ゆかしい”人だからな』
『きっと人前では恥ずかしいんでしょうね』
『ふふ。私達も段々分かってきたな。天志さんの恋情というものが』

 皇慈さんの周りにホワホワの花が咲く。

『なぁ、聖人君』

 同意を求めて見上げる先には聖人君の笑顔が。

『どんなに付き合いが長くとも、新たな発見は有るものだな。私は今日一日でそれがよく分かったよ』

 皇慈さんは魅惑の羽毛までホワホワさせた。

(嗚呼。幸福の種を振り撒いている時の皇慈さんは、やっぱり良いな。僕の頬まで緩んでしまう)

 ホワホワ。ポカポカ。
 皇慈さんの幸福オーラが伝わって、僕の心も温まる。

『私は友人としての顔しか知らないけれど。聖人君は天志さんの色々な顔を知っている』

 大好きな先生としての顔。
 手が届かない程遠い、憧れの存在(ひと)としての横顔。
 手厳しい同僚の顔や、仄かな感情が滲み出る微笑みも。
 それらすべては、聖人君だからこそ引き出せるモノだ。
 長い時間をかけて、二人が育てた結晶の証だ。

『だから、焦り過ぎていたのは私達の方だったのかな。聖人君はもうとっくに気付いて、天志さんの心に寄り添う道を選んでいたのかな?』

 だとしたら、いつの間にか消えていた緊張も、普段通りの態度も、納得出来る。聖人君は誰よりも天志さんを想って、見ているヒトだから。

『けれどそれは優等生過ぎる応えだ。愛しているからこその独占欲や願望、欲望は誰にでもある。私も間違った道だと知りつつ、燕を離さなかった。自分の行いが正しいものだとは思っていないけれど、今でも他の道は選べない』

 優しく真剣に。
 皇慈さんの想いが伝わる。

『相手を重んじない――押し付けの愛情は確かに良くない。けれど聖人君はそれをちゃんと分かっている。良い子だ。だから、愛情の籠った我儘は許されると思う』

 言葉の壁も種族の壁も、自然と忘れていた。
 僕も聖人君も、そして天志さんも。皇慈さんの存在がとても大きく見える。

『大丈夫。天志さんは呆れる程一途な愛を叫んでも溜息一つで見守ってくれる人だ。聖人君もドーンと甘えてみるといい。そして彼が疲れたら、肩を貸せれる男になればいい。君なら出来る。何せ、あの天志さんを射止めた魂(あいて)だからな。私は信じているよ』



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