僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
遠い約束を果たそう10


『どうした、燕! 緊急事態か?』

 皇慈さんの鳴き声が即座に上がる。
 僕が目を向けると、皇慈さんが翼を広げて天志さんの肩から飛び立とうとしていた。
 僕のピンチに駆け付ける気満々だ。
 それは正直嬉しい。けれど今は個別の使命が有る。

『ただの腕酔いです。ご心配なさらず』

 僕は留まって欲しい思いを込めて、明るい鳴き声を張り上げた。

『だ、だが』

 皇慈さんの両翼がパタパタ焦れる。僕の言葉に縫い付けられて天志さんの肩からは飛び立っていないけれど、その背後には『燕が心配だ』の文字が大きく浮かび上がっていた。

(嗚呼……皇慈さん。貴方にそんな顔をされたら、僕の方が飛んで行きたくなる)

 皇慈さんの姿を見ているだけでも、僕の元気はぐんぐん回復する。単純な構造だ。
 それは今回も例外なく、皇慈さんを見詰める瞳から新鮮な生命力が広がり、全身に沁み渡った。
 両足に力を込めて立ち上がり、翼も広げる。
 うん。視界良好。腕酔いも無事に撤退したようだ。
 皇慈さんから貰った元気を無駄にしない為にも、幼い肩へ再び狙いを定める。流石に二度目の腕酔いは避けたいので、成るべく重心のぶれていない子供を選ぼう。

「無理はしないで」

 と、優しいお兄さんの声音がフワリ舞い落ちる。

『聖人君?』

 僕は頭上を見上げた。聖人君の柔らかい眼差しと目が合う。
 どうやら掃除を終えた彼は約束通り、子供達の許へ来たようだ。既に甘えっ子な男の子が一人、聖人君の腰回りに抱き付いている。

「こーら。ツバメさんが疲れてるだろ」

 聖人君は厳しい口調を作り、僕の周りに居る子供達に注意した。
 神成先生も隣で頷く。けれど余計な言葉を継ぎ足さないのは、子供達の保護者である聖人君の邪魔をしない為だろう。無言で一歩後退する姿が孫を物陰から応援するお爺ちゃんと重なって見える。

「むー。遊んでるだけなのに」

 男の子が不満そうに唇を尖らせる。彼は子供達が集まる切っ掛けとなった、僕達のキスシーンを目撃した男の子だ。

「聖人にぃちゃんは懐かれてるから良いよね」

 ハッ。
 これは嫉妬の香り。
 僕を巡るまさかの三角関係勃発か!?
 でも駄目だ。僕には皇慈さんと云う素敵な旦那サマがッ。
 なんて。僕は緊迫する空気を和らげる為におどけて見せた。
 しかし当然ながら、人間にツバメ語は通じない。
 他の子供が「お歌を歌っているの?」と、純粋な瞳で問うてくる。
 一方聖人君は身を屈め、男の子と目線を合わせた。

「君がツバメさんを好きな気持ちは分かるよ」

 男の子の手を取って、両手で包み込む。

「けれど愛情はね、押し付けてばかりじゃいけない。相手の気持ちをちゃんと考えないと、嫌われてしまう事もあるんだよ」

 聖人君の声は本物のお兄さんの様に優しい。けれど、伝える内容は真剣そのものだ。
 ぶーたれる男の子の顔も段々と反省を表してゆく。
 そして男の子は自ら聖人君の両手を離した。床にしゃがみ込み、僕の顔を覗き込む。

「うん。ツバメさん、振り回しちゃってごめんなさい」
「チュルル」

 もう良いんだよ。
 僕は素直に謝る男の子へ、明るく囀った。その途端、男の子の顔がパッと輝く。

「ツバメさん、ぼくの事嫌いじゃない? また遊んでくれる?」
「チュルチュル」
「わぁ。可愛い!」

 やっぱり天志さんの育て子だな。
 例え僕の言葉が分からなくても、野生の鳥でも、一つの魂として接してくれる。素直で可愛い良い子だ。

『そんな君に頼みたい事があるんだけど。ちょっと聖人君に、その調子で天志さんを口説いてみてよ、って伝えてくれないかな?』

 僕は男の子の太腿にピョンと飛び乗った。

「うわぁああ。ツバメさんが来てくれたよ。聖人にぃちゃん」

 今度は重心をぶれさせずに、男の子が歓喜を伝える。

「良かったね。きっとツバメさんも君の事が好きなんだよ」

 聖人君も膝を付いて、男の子と向き合う。
 僕にとっては好都合だ。

「えへへ〜」

 無邪気な笑顔を浮かべる男の子を利用する様で悪いけれど、僕は聖人君の右肩に狙いを定めた。
 自慢の燕尾をフリフリ振って気合いを入れる。

「わぁ。今度はダンスをしているのかなぁ?」

 おやおや。どうした事だろう?
 他の子供達がワラワラ集まって来たぞ。
 僕は開きかけた翼もそのままに、小首を傾げた。

「チュル?」
「ね〜。てんし先生ー。ツバメさんがダンスしてるよぉ」
「チュルルル!」

 わー。ダメダメ。天志さんを呼んじゃダメェェエエエエ。
 僕は慌てて、叫び声を上げた。両翼もバタバタ羽搏く。
 けれど空しいかな。誰も僕の訴えに気付かない。

「落ち着きなさい。ツバメくん」

 遂に天志さんがやって来た。

『燕の可愛らしさに惹かれる気持ちは分かるが、天志さん! もう少し私と話をしよう』

 皇慈さんを連れて。

『すみません、皇慈さん。僕が非力なばかりに作戦が全然上手くいきません』
『何を言う。燕は一生懸命頑張っているじゃないか。やれる事は未だ有る筈だ』

 皇慈さんは天志さんの肩から飛び立つと、僕の隣へ舞い降りた。
 ふわっ。額に柔らかな感触がくっ付く。まるでタンポポの綿毛を集めて幸福を凝縮した様なソレは、羽毛に覆われた皇慈さんの額だ。

『ご褒美は未だ早いですよ』

 僕は照れつつも、一歩後退した。必然的に離れる皇慈さんの額が名残惜しい程ふわふわして見える。

『元気付け様としたのだけれど』
『え!』
『ご褒美は……キスだと事前予約されているし、な』

 トン。
 皇慈さんが鳥の脚で一歩の距離を踏み出す。再びゼロになった二羽の距離に、僕の心臓はドキンと高鳴った。

『それに、作戦が上手くいっていないのは私も同じだ。だから私へも、燕の元気を分けて欲しい』
『僕ので、良いんですか?』
『ああ。燕でなくては駄目だ。何せ元気と共に愛情も満タンにしなければ、天志さんの鉄壁ガードは崩せないからな』
『おお。雪解けを誘う真の木漏れ日は純粋な愛情でした、と云う訳ですね』
『ああ。私達夫婦が見本となって、寄り添う愛おしさを伝える作戦第二弾だ。燕のバードセラピー力が効いている今なら上手くいく筈』

 キラキラ。
 皇慈さんの瞳が幸福な未来図に輝く。
 しかし――

「だから。君達の生き方は参考にしませんよ」

 何度も言っているでしょう。と、天志さんの言葉が容赦なく降って来た。

「ヂュルルル!?」
「驚かないでください。羽毛が飛び散ります」

 ハッ。
 それは不味い。
 折角聖人君が綺麗に掃除した談話室を僕達が早速汚す訳にはいかない。
 僕は開いたままだった翼をサッと閉じた。皇慈さんも僕との距離を開ける。

「ああッ。仲良くしてくれて良いのに」

 聖人君が残念そうに呟く。子供達も同時に「うんうん」頷いた。
 なんて嬉しい反応だろうか。けれど僕は首を横に振った。

『いいや。聖人君! 僕達は天志さんの“イエス”を聞くまで諦めない』

 力強い鳴き声を上げ、聖人君の肩まで飛び立つ。
 そして僕は爽やかな草原で日向ぼっこをするような心地で腰を下した。

(はぁ〜。やっぱり聖人君の肩は落ち着くな)

 おっと。いけない、いけない。固めたばかりの決意が聖人君のオーラに解かされる所だった。
 僕は気を取り直して緩む頬肉をキリッと引締めた。

『ハッ。燕が格好良い顔をしている。私も気を引き締めないと』

 皇慈さんの鳴き声が上がる。
 見ると、彼の表情もキリッとしていた。5秒程。

「天志よ。子供達を連れて散歩へ出かけても良いかね?」
「ええ。構いませんよ」

 一方、神成親子に動きが。
 空気を読んだのか、それとも単純な思い付きなのか、神成先生がナイスタイミングな提案を出したのだ。

「わー。ぼく、公園行きたいなぁ」
「ぼくも、ぼくも。白鳥さんのお舟に乗りた〜い」

 子供達が神成先生の傍に集まり、キャッキャッと燥ぐ。
 主お爺ちゃん、大人気だ。

「ボクもお供しましょうか?」

 聖人君が「はい」っと右手を上げる。その姿勢は好感が持てるけれど、僕は待ったをかけた。

『何言ってるの、聖人君。天志さんと二人っきりフラグを自ら折るなんて!』

 告白保留状態の身で信じられないよ。と、スピード告白を見事成し遂げた僕は叫ぶ。

「あ、ツバメくんは此処に居たいよね。大丈夫だよ。君を無理に連れてったりはしないから」

 聖人君は「安心して」と微笑んで、上げていた右手を僕に差し出した。
 下すから『乗ってね』と云う意味だろう。
 けれど僕は気付かない振りをした。顔をプイッと背ける。

「ん、ご機嫌斜め?」

 聖人君がそう問えば、子供の一人が「どうしたの?」と寄って来た。聖人君の腰に抱き付き、僕の様子を見上げる。
 年齢は7歳くらいだろうか。先程も聖人君にくっ付いていた、甘えっ子な男の子だ。
 聖人お兄ちゃんが大好きな様で、子供らしいプクプク頬っぺたも楽しそうに綻んでいる。

「ツバメさんも一緒に行きたいの?」
「チュルル」

 僕は首を左右に振った。
 正直、スワンボートには乗ってみたい。けれどグッと我慢。興味ないですよ、と素っ気ない素振りをして見せる。

「違うの? じゃあ、聖人にぃちゃんと一緒に居たいんだね」
「チュルル」

 少し違うけど、まぁ正解かな。
 僕は『そうだよ』と明るく囀った。すると男の子が「そうなんだぁ」と嬉しそうに納得する。

「じゃあね。大きいツバメさんと、てんし先生も誘おうよ。そしたらみんな一緒に遊べるよ」

 キララン。
 男の子の純粋な提案が僕に新たな選択肢を齎す。
 けれど、二人っきりと云う最大にして最強の選択肢が眼前に横たわっている今、普段通りの日常を過ごすだろう選択肢を選んでも世界は劇的に変化――つまり、天志さんと聖人君が愛を語り合う関係にまで発展するだろうか。
 僕がそんな事を考えあぐねている内に、男の子が行動に出た。
 聖人君の腰から両手を外し、天志さんに向かって振り上げる。

「ねー。てんし先生も行こうよ」



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