僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
遠い約束を果たそう6


『諦めるのは早い。“私達の幸福を探そう”と、言われたと思えば寧ろ前進だ』

 一部物真似する皇慈さん。
 聖人君には通じないのに、一生懸命だ。

「なに、慰めてくれるの?」
「チュル、チュルル」

 皇慈さんが「違う。気付いてくれ」と首を横に振る。
 しかし聖人君は困り笑顔を浮かべるだけ。意図は微塵も通じない。

『皇慈さん、此処は一日で一目惚れを成就させた僕がアドバイスを!』

 僕も意気込んで囀る。思いは同じだった。
 聖人君の肩を離れて、天志さんの許へ向かう。
 と、言っても5歩程の短い距離だが。

『ささ、天志さん。聖人君の隣へ』

 天志さんの正面へ回り込み、心の前進を促す。

「何の真似ですか、ツバメくん。君のか弱い力で私が動くとでも?」

 呆れたように肩を竦める天志さん。その足は一歩も進んでいない。
 僕の作戦は初っ端から頓挫した。
 けれど諦めない。

『話し相手の目を見ないなんて、天志さんらしくない。皇慈さんと僕はただ、貴方に後悔して欲しくないだけだ』

 魂の言霊を叫ぶ。
 例え言葉が通しなくとも、天志さんなら思いを分かってくれる。
 確信などない。けれど僕は彼を信じていた。

「まったく」
「チュル?」

 眼前が突如開ける。天志さんの身が翻ったのだ。

「どうしました? 私を連れて行きたいのでしょう」

 天志さんが振り向く。

「チュルル」

 僕は歓喜を噛み締めながら頷いた。
 そして天志さんの肩へ留まり、聖人君の許へ誘導する。

「ツバメくんが納得していないようなので、もう少しお話しましょうか。聖人君」

 天志さんは聖人君の顔を真っ直ぐ見詰めて、優しく微笑んだ。

「はい。ボクもそう言われていたような気がします」

 聖人君も微笑む。
 微かに染まる頬がとても嬉しそうだ。

「私は“OK”を出した訳では有りませんよ」

 天志さんが注意を口にする。その眼差しは優しい。
 僕は場の空気を読まずニヤニヤした。
 やはり天志さんの笑顔は聖人君の前で多少変化する。
 例えるなら、そう、友情と愛情くらい違う。

『天志さんも素直じゃないな。ツンデレ?』

 ふふ、と潜み笑う僕。

『燕、ツンデレとは何だ?』

 皇慈さんの頭上に特大の疑問符が浮かぶ。
 しかし改めて言われると説明が難しい。
 僕は『んー』と考え込んだ。
 確か、好きな相手に素直じゃない人の事だったかな?
 僕も専門外の知識なので、正しい定義は分からないけれど。

「ツバメくん。ベンチへ座るので、体勢が変わりますよ。落ちない様に気を付けてくださいね」

 事前に断りを入れる天志さん。
 僕はツンデレの説明を中断して頷くと、ベンチの背凭れへ移動した。聖人君もそれに倣い、皇慈さんを掌へ乗せる。
 そして二人は同時に腰を下ろした。
 聖人君が皇慈さんを掌から膝へ移す。と、皇慈さんも野生の鳥とは思えない上品さで腰を下ろした。

(あ、そうだ)

 僕の“優秀な頭脳”がナイスアイディアを閃く。
 天志さんの膝へ乗れば、彼も途中で席を立たないし、キューピッド役も熟せるじゃないか。
 僕は早速ベンチの背凭れからトンと下りた。天志さんと聖人君の間に着地する。
 人一人分空いたスペースが二人の距離を表しているようで、僕は心の中で腕を捲った。
 先ずは無害な鳥を装い、毛繕い等して見せる。
 別に小芝居を打つ必要はないけれど、天志さんの膝へは座った事がない。
 だから妙に緊張する。
 聖人君が僕の行動をジッと凝視しているのも要因の一つだ。天志さんの膝へ飛び乗るタイミングが中々掴めない。

(僕は別に天志さんの膝枕が目的じゃないよ。嫉妬しないでね、聖人君)

 聖人君の目をジッと見詰めて、テレパシーを送る。
 しかし聖人君は僕のテレパシーを受信しなかった。眼差しをフッと緩め、掌を差し出す。

「おいで。番の隣に行きたいんだろう?」

 聖人君の良い人オーラが僕を包み込む。

『ハウッ。聖人君、ごめん。僕は嫉妬なんて醜い感情で君を見てしまった』

 僕は反省すると同時に聖人君の掌へ乗った。
 皇慈さんの隣へゆっくり降ろされる。
 しかし残念かな。折角のナイスアイディアは実行する前に終わった。

『燕は素直で可愛いな』

 皇慈さんの頬がホッコリ綻ぶ。
 僕は気恥ずかしくなって、羽毛の奥がムズムズした。

「ほら、大きい方のツバメくんも喜んでますよ」

 一方、嬉しそうに微笑む聖人君。僕達を見る目に、「良い事したな」と浮かぶ。

「喜んでいると云うより、ときめいていますね。コレは」

 天志さんが補足する。
 すると皇慈さんは『正解』と囀り、僕とくっ付いた。二羽の間にハートが舞う。

『さぁ。天志さんも恥ずかしがらずに』

 無茶振りを行き成りする皇慈さん。
 思えば彼も、出逢ったその日の内に想いを成就させた側だった。

『皇慈さん……僕達って、恋の駆け引きとかしましたっけ?』
『ん?』

 皇慈さんが僕の質問に小首を傾げる。

『かけ、ひき?』

 初めて知った単語のように繰り返す。
 そのポケッとした顔は新鮮で可愛らしいけれど。今はキュンキュンする場面じゃない。

『因みに今まで、恋のアドバイスとかした事ありますか』
『んー?』

 更に考え込む皇慈さん。
 これはもしかして。

『嘗ての知り合いは皆、私の顔を見ると資金援助の事ばかりで。そう云う話題は……思い出せないな。天志さんも子供達の話ばかりで色気の有る話題は一度も』

 そこまで言って、皇慈さんはハタと気付く。
 自分が恋愛相談相手未経験者だと云う事に。
 けれど続ける。

『恋愛は、魂と魂でするものだろう』

 力説。
 つまり僕への殺し文句もすべて。皇慈さんは打算の無い素で言っていたのだ。
 何と云う衝撃の事実。
 皇慈さんを抱き締めたい衝動が僕の全身を駆け巡る。
 しかしグッと我慢。今は恋のキューピッドに集中だ。

『そうですね。大切なのは相手を想う真心です』

 明るく答える。
 しかし問題が一つ。
 僕も恋愛は直感的な部分が多い。皇慈さんとはそれで上手くいったけれど、聖人君のサポート役は務まるだろうか。
 何せ相手は天志さんなのだ。

「何の話をしているんだろう?」

 しかも当事者である聖人君は僕達の様子をのほほんと観察している。
 余裕なのか天然なのか、告白宙ぶらりんの危機感が薄い。

「悪巧みでしょうかね」

 天志さんが素知らぬ顔で嘯く。

「違うよね」

 聖人君は弾んだ声で否定した。彼の周りに花が見える。

「恋の詩を詠っているのかな」
「聖人君。それで緊張を誤魔化している積りですか?」

 落ち着いた口調で問う天志さん。

「ッ」

 聖人君の喉が詰る。

『え?』

 僕と皇慈さんはキョトンとした。聖人君の顔を同時に見る。
 そして気付く。聖人君の耳先が赤く染まっている事に。

『まさか、僕達を観察していたのは照れ隠しで?』
『天志さんと顔を合わせたくても、心臓が高鳴って出来なかったのか』

 真実がストンと落ちて来る。
 分かり難いけれど、一度認識すると口許が緩む。
 必死で平静を保っていたであろう聖人君の心情を想像すれば尚更だ。
 しかし憧れは隠さないのに、恋心では勝手が違うのか。何だか可愛いな。

「だっ……て」

 か細く絞り出すような声が夏の世界に溶ける。
 天志さんに筒抜けだった事実を知った聖人君は耳と云わず全身が茹った様に赤い。頭上から立ち上る湯気も見えそうだ。

「子供の頃から憧れて……いた人が、ボク」
「ゆっくりで構いませんよ」

 天志さんが助け舟を出す。
 聖人君は頷くと、落ち着く為の深呼吸を三度繰り返した。
 初恋相手が先生という話はよく聞く。けれどその淡い感情が実を結ぶ確率は極めて低い。
 聖人君も立派な成人男性だけれど、長年積み重ねた想いの前では唯一人の人間。寧ろ少年時代の面影が重なって、実年齢よりも幼く見える。
 天志さんの眼差しも段々と保護者の色が強く――って、それは不味い。

『聖人君、天志さんを見て! 恋愛モードに引き戻さないと』

 僕は両翼を広げて、聖人君の顔をパタパタ扇いだ。羽風を受け止めるサラサラの黒髪が不揃いに揺れる。

「ありがとう、ツバメくん。涼しいよ」

 違うぅうう!
 小さな鳥にも感謝を忘れない姿勢は大したものだけれど、今は天志さんに集中して!
 僕は願いを込めて羽団扇の威力を上げた。扇風機で例えると、中から大に切り替えたくらいの威力だ。
 流石の聖人君も僕から顔を背けて――

「わぁ。凄い凄い」

 くれない。
 パチパチと両手を叩いて、僕を褒める。
 僕はガガンとショックを受けた。と、翼団扇の限界も訪れる。威力を段々と下げて、翼を畳んだ。
 次の作戦を考えないと。

『燕は疲れただろう。次は私に任せてくれ』

 皇慈さんが僕に囁く。
 愛しい番の気遣いに、僕の翼から疲労が撤退してゆく。
 嗚呼、皇慈さん。貴方の愛情が僕の癒し。元気がキュンキュン湧いて来る。

『どうやら聖人君は私達を見ると“お兄さん”モード”になるようだ。天志さんとの間に流れる緊張感で多少心が迷子になっている部分も有るだろうけれど、そこが彼の魅力だな。天志さんも誇らしそうに見守っている』

 スラスラ語る皇慈さん。その言葉に天志さんを窺うと、確かに彼の眼差しは聖人君に止め処なく注がれている。
 僕が保護者目線のマイナス要素だと捉えたそれを、皇慈さんはプラスに捉えたのだ。これが付き合いの長さと云うものだろうか。幼馴染の洞察力は鋭い。

『二人の愛情は形が違って。今は噛み合わない。けれど私達夫婦が橋渡し役となって必ずや二人を幸福な未来へ導こう』

 皇慈さんは力強く言い切って、天志さんの膝へ飛び乗った。
 嘗ての、そして現在の友を澄んだ瞳で見上げる。

「おや。今度は君ですか」

 天志さんも聖人君から皇慈さんへ視線を移す。

『私は天志さんの事が好きだ。勿論、友人として。だからお節介を焼く。貴方が幸福の原石を宝石へ変えるまで』

 それは純粋で、相手への想いが溢れた囀り。
 例え言葉が通じなくとも。魂へ響き届く。

「天志先生。ボク、貴方よりも長生きします」

 口を開いたのは、聖人君。
 覚悟を決めたように頬を引き締め、天志さんを見据える。

「それは貴方の幸福へ繋がりますか?」

 一分一秒でも長く。
 世界を崩壊させる絶望――永遠の別離が訪れても。心を喪わずに。
 それは僕が、僕達が選べなかった道。

「ええ。私以外に愛する相手を見つけて、幸福な生涯を送ってくれるのならば」

 どんなに難しくとも。
 笑顔の最後を迎えて欲しい。
 それが天志さんの望み。



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