僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
遠い約束を果たそう5


「あー! 待ってよ、ツバメさん達」

 男の子が残念そうに叫ぶ。母親と手を離して、自由になった両手を高く伸ばす。
 そう、彼等の目的は向日葵畑ではなく僕達――雄番ツバメだったのだ。

「おーおー。マジで居るぜ」
「やん。可愛い」

 別の声が上がる。見ると、男女二名のカップルが母子と反対側の道に居た。
 彼等も僕達に手を振っている。

「チュルル〜?」

 僕は眉間に皺を寄せた。
 何故皆、カメラを提げているのだろうか。まるで小研さんのようだ。

「へーい。スマイルスマイル」

 大学生位の男性が軽い態度でカメラを構える。

「オレのブログにアップすんだから、良い画頂戴よー、と」
「きゃはは。言っても鳥には通じないよぉ」

 甘ったるい口調の女性が男性の横で笑い声を上げる。
 何だか嫌な予感がする。
 僕は皇慈さんの前に躍り出た。
 その瞬間、男性がカメラのシャッターを切る。
 僕はレンズの向きが変わる度に、皇慈さんの前で壁を作った。
 愛しい皇慈さんを守る為ならば、目玉お化けへのトラウマも振り払う。それが雄の心意気だ。

「何だよ、ツーショ狙ったのに。一羽しか写ってねーじゃん」

 デジカメを操作して、撮れたての画像を確認する男性。
 文句たらたらの彼には悪いが、僕はホッと胸を撫で下ろした。

『逃げましょう』

 僕は皇慈さんを先導して、向日葵畑を離れた。
 教会へ向かう。




『天志さーん! 僕の皇慈さんが盗撮されそうになりました』

 開け放たれた聖堂の扉を潜り抜け、天志さんの姿を探す。
 今日は丁度礼拝が開かれていて、聖堂には沢山の人間が訪れていた。
 神聖な空気にツバメの金切り声が響く。

『幾ら他に類を見ない美鳥だからって。僕の愛しい旦那様をですよ!』

 ギェーギェー訴える僕。
 両手を広げて出迎えるマリア様へ、挨拶する余裕もない。

「あら。あのツバメさん、もしかして」

 深く首を垂れて、神への祈りを捧げていた妙齢の女性が顔を上げる。

「え、昨日テレビで放送してた?」

 隣の老紳士も。前の席のオジサンとオバサンも。
 次々と顔を上げて、僕達に注目する。

「お静かに」

 天志さんが強い口調で呼び掛ける。その瞬間、人々は一斉に口を噤んだ。
 流石だ。
 僕は天志さんの“マジ天使”っぷりに感心した。

「君もですよ。ツバメくん」

 天志さんの注意が僕にも忘れず飛んで来る。

「チュル!」

 僕は空中で身を正した。
 小さな笑い声がクスクス広がる。
 天志さんは二度目の注意を促して、聖書の朗読を再開した。




「――つまり、君達の話が好評でね。写真も数点紹介されたし、場所が特定されたんだろう。教会にも訪ねて来る人が何人かいたよ」

 話し終った聖人君が空を仰ぐ。
 教会の中庭は穏やかで心地良い。
 緩やかな南風に揺れるイチョウの葉も。それが作り出す斑模様の木漏れ日も。
 僕達は聖人君の膝に乗り、寛いで――あ、違う違う。事の真相を聞いていた。
 因みに礼拝終了後は告解が控えている。本日の聞き役を務める天志さんは、未だ聖堂に籠っていた。

「最近やっと、天志先生を追いかけ回す“ファン”が減った所だったのに」

 聖人君が重い溜息を吐く。

『まさか僕達は天志さんと同じ状況下に!?』

 何という事だ。
 衝撃の雷がズガガガンと直撃する。

『マル秘スクープ・実在した、洋館に暮らす本物の王子サマ! が、現実になるなんて』

 喉の震えを抑えられない。
 現在のマイ・ホームは金木犀の木だけれども。

『お、皇慈さん。これは人助けだと思いますか?』

 僕は恐る恐る聞いた。
 皇慈さんが頷けば、僕も受け入れるしかない。愛しい彼の日常が無断で撮影される日々を。

『う〜ん。私も人の役に立つなら了承するけれど、微妙な線だな。天志さんは迷惑そうにしていたし』

 首を捻って考える皇慈さん。

『それに何より、燕の身が心配だ。至近距離で撮られたら、また倒れてしまう』

 澄んだ瞳に僕の顔が映る。
 嗚呼。皇慈さんのカメラになら、僕は何時だって愛情一杯の笑顔を向けられるのに。

『極力逃げよう。な、燕』

 皇慈さんがふわりと微笑む。
 出した結論はグレーゾーン。
 それならまぁ、良いか。

『はい』

 僕はコクンと頷いた。

『うう……っ。小研さんからも逃げ切るべきでした』

 最後に反省を呟く。
 皇慈さんは僕を励ますようにピトッとくっ付いた。
 温かな愛情が嬉しい。

「ありがとうございます」

 慈悲深い声が舞う。

「お世話をかけましたね。聖人神父」
「あ、天志せんせ……いや、神父」

 聖人君が反射的に中腰を上げる。
 僕達が膝に乗っているから、完全に立ち上がれないのだ。

「チュルル」

 気を遣ってくれてありがとう。
 僕達は聖人君へお礼を囀って、左右に別れた。ベンチの背凭れへ移動する。
 天志さんもその間にベンチの横へ着く。

『さぁ、天志さん。聖人君の隣へ』

 皇慈さんが意気込んでベンチを指し示す。

「このカップルを相手にするのは大変でしょう」

 天志さんは立ったまま、皇慈さんを見た。

「本当に……」

 吐息のように呟く。
 天志さんの眼差しは優しい。

「天志先生は」

 聖人君が息を呑み込む。

『鳥に嫉妬するなんて。ボクは可笑しいのかな?』

 僕は思わず、聖人君の心情をアテレコした。
 まぁ、100%妄想だけれど。

「はい。何ですか?」

 天志さんが聖人君と向き合う。

「いえ。ただの独り言です。気にしないでください」

 聖人君は完全に立ち上がって、首を横に振った。

「聖人君。私達の仕事は人々の悩みを聞く事です」

 天志さんが聖人君へ腕を伸ばす。そして聖人君の右手を取り、自分の胸元へ導く。
 戸惑う聖人君。
 天志さんは構わず、聖人君の右手を左胸へ重ねた。心音を伝えているようだ。

「けれど、自分の悩みを隠す必要は有りませんよ」
「あ、……」

 聖人君の頬に赤味が差す。
 ドキドキと高鳴る心音が僕達にも伝わって来そうだ。

「えっと……ポーカーフェイス、ですね」

 上擦る声をやっとの思いで絞り出す。
 聖人君はかなり動揺しているようで、視線がキョロキョロと落ち着かない。

「そうですね」

 天志さんが聖人君の手を離す。

「隠し事が上手い。ズルい大人ですよ、私は」

 声のトーンも、顔色も。
 天志さんは一ミリも変えず、聖人君を見詰める。

「だから純粋で真っ新な君には、似合わないと思うのです」

 迷いなく、ゆっくりと。幼い子供に言い聞かせるように、言い切る。
 何処までも、何処までも。
 天志さんは普段通りだった。
 聖人君の眉が切ない八の字に曲がる。
 天志さんは自分の感情を教えた上で、NOと云う応えも突き付けたのだ。
 そしてその矛盾した応えは、天志さんの中で成立している。
 確かにズルい。
 聖人君でなくとも感情の迷路に迷い込むだろう。

「私も独り言ですよ。さぁ、聖人君はどうしますか?」

 天志さんが困った様に笑む。
 ピュアホワイトの髪が微風に揺れて、その一本一本が天から降り注ぐ陽光を反射する。
 人間離れした美貌が眩しい。

「ボクは……ボクには、天志先生の信念を変える事は出来ないと思います」

 聖人君が口を開く。
 太腿の横で握り締めた拳が、己を奮い立たせている様だった。
 張り詰める緊張の糸に僕達も息を呑む。
 しかし、これ以上はプライベートな問題。幾ら無害な鳥の身でも、覗き見になってしまう。
 聖人君を応援したいのは山々だけれど、第三者は心のエールしか送れない。
 僕と皇慈さんはアイコンタクトを交わして、両翼を広げた。飛び立つ準備を静かに整える。

「けれどツバメくん達」
「チュル!?」

 突如呼ばれて、僕達は一瞬固まった。

(い、居た方が良いのかな?)

 心の中で聖人君に問い掛ける。
 心臓はバクバクだった。

「のような関係に、憧れています」

 聖人君がワンテンポ遅れて言い切る。どうやら途中で、考えを纏めたようだ。
 ハッキリとした強い意志が真面目な瞳に宿る。

「そしてそれは、貴方とが理想だ」

 真っ直ぐな告白。愛の言霊が浸透する。

「あのカップルを目標にするのは、どうかと思いますが」

 天志さんが僕達の様子を横目で窺う。

『そんな……っ。鳥の番No.1大会が開催されれば、優勝間違いなしと自負している僕達なのに!?』

 ショックを受けた僕は思わず叫んだ。
 真剣な空気にツバメの甲高い鳴き声が「ピチュピチュヂュルルル!?」と響く。

『大変だ、燕。聖人君が驚きに惚けている』

 皇慈さんがそっと注意する。

『ハッ。しまった。つい』

 僕は自分の失態を反省した。

「……どうして、ですか?」

 一方聖人君は気を取り直す。
 出だしは少々詰まったが、真剣な眼差しは変わらない。

「仲の良さは折り紙付き。人間の恋人同士だって、中々みない程だ」
「それが問題なのですが」

 天志さんが溜息を吐く。
 聖人君にと云うより、僕達に。

(天志さん。さてはイチャイチャが苦手な人)

 僕の推理が閃く。

「例えば私は、聖人君に自分より一日でも長く生きて欲しいと願う訳です」

 エメラルドの瞳に哀愁が宿る。

「共に生きて共に人生の終焉を迎える。それは美しいけれど、悲しい愛し方だ」

 天志さんは遠い過去を思い出すように言って、聖人君の横を通り抜けた。
 僕達の正面に着く。

「私の幸福とは、異なるのですよ」

 慈愛に満ちた風が事の葉を攫う。

『天志さん。私達の結末が、貴方の心に傷を負わせてしまったのか?』

 皇慈さんの瞳が潤む。

「責めてはいませんよ。幸福の尺度は人それぞれだと云う事です」

 天志さんは優しく笑んで、皇慈さんの頭を人差し指でゆっくり撫でた。

「ふふ。似たような事を、人間の燕くんにも言いましたね。懐かしい」
「チュル、チュル」

 僕の頭も序でに撫でられる。
 多少扱いが雑な様な気もするが、訴える気は起きない。
 寧ろ嬉しい。
 なんだか魂の奥底が温かくて。懐かしい感情が広がる。
 嗚呼、この感覚は――

「つまり、ボクの一番大切な相手にはなってくれないのですね」

 聖人君が口を開く。
 その静かで残念な声音に、感覚が引き戻される。

「ええ。とても残念ですが」

 天志さんが頷く。
 背中を聖人君へ向けたまま。それが“らしくない”と、気になった。

『天志さんは無理をしている!』

 皇慈さんが自信を持って言い切る。
 そして僕が止める間もなく、聖人君の肩へ飛んで行った。
 役立ちモードに入った皇慈さんは一直線。
 何せ自分の具合が悪いのに、名前も知らない子供のお見舞いを用意するヒトだ。友人の恋路に手を貸さない訳がない。
 僕も後を追い掛ける。



[*前へ][次へ#]

5/11ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!