僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
遠い約束を果たそう4


「はい。こんばんは」

 天志さんが右腕を斜め上へ伸ばす。
 いらっしゃい、と言葉なく促される。
 僕達は同時に飛び立った。直ぐに天志さんの許へ降り立つ。

「君達も夏祭りへ来たのでしょう。目的は花火ですか?」

 本当にお説教される気配なし。それ所か天志さんの眼差しは昔を懐かしむように優しい。
 僕は素直に頷いた。
 天志さんに隠し事をする気はない。それに何より、嬉しかったのだ。
 例え気付かれていなくとも、変わらない友情が。新しく懐かしい絆が。

「よく分かりますね。本当に天志先生は凄いな」

 言いながら聖人君は皇慈さんの前へ人差し指を差し出した。そして上下に動かす。
 反応を観察しているようだ。

『やぁ、聖人君。折角の二人っきりを邪魔してしまったな』

 皇慈さんは呼ばれたと思ったのか、聖人君の肩へ移った。
 聖人君が少し驚く。
 微笑ましいな、と僕は頬を緩めた。

「ええ。皇慈くん」

 天志さんの唇がゆるりと開く。

「チュル!?」

 反射的に振り向く皇慈さん。天志さんの口許を凝視する。
 期待と緊張で綺麗な瞳がキラキラ輝く。

「が、大のツバメ好きだったので。けれど殆ど勘ですよ」

 なんだ、と皇慈さんが目に見えて悄気る。
 僕は直ぐに飛んで行って、愛しい番に身を寄せた。

『分かってる。私(この魂)を私(城金皇慈)として呼ぶ“人間”はもういない』

 皇慈さんの声音がシュンと沈む。

『けれど天志さんの鋭さに期待してしまった。私は駄目だな』
『皇慈さん……』

 胸の奥が痛む。
 愛は万能薬だけれど、すべてを癒せる訳じゃない。僕に友人の穴は埋められない。
 嘗ての名前をただ呼んで、体温を分ける事しか出来ない。
 役立たずな僕。
 己の心を強く叱咤する。
 こんな時こそクルクル回らなくてどうする。僕の口よ。

『けれど弱音はココまで。私には燕が居てくれる』

 皇慈さんが笑顔を見せる。
 淋しさを内側に閉じ込めた、儚い微笑みを。

『僕は天志さん達との新しい関係。好きですよ』

 勿論嘗ての関係も懐かしいけれど。

『皇慈さんと何度も出逢って恋をするように、二度目の友情を皆で育みましょうね』

 心からの本音を囀る。
 皇慈さんは元気を取り戻してくれるだろうか?
 少し不安だ。

『ありがとう。友情が消えた訳ではないものな』

 皇慈さんが僕の不安を杞憂に変える。

『それに私が落ち込む度に燕が励ましてくれる。不謹慎だけれど、とても嬉しい』

 ふわり。
 皇慈さんの微笑みが美しく花咲く。
 嗚呼、僕の大好きな表情(かお)だ。
 心臓もキュンと高鳴って、羽毛の奥がむず痒くなる。

『不謹慎なんて、そんな事はありません。僕の望みは“皇慈さんの喜び”ですから。本望中の本望ですよ』

 僕はテレテレ顔を隠した。翼を羽搏かせて気恥ずかしさを逃がすと、流石に聖人君の邪魔になるからだ。

『……でも、本当に励まされてくれましたか?』

 羽の間を少し開いて、皇慈さんの様子を窺う。
 病院での一件を思い出しても、皇慈さんにとって天志さんとの絆が大切なものだと分かる。
 言葉の何割かは強がりだろう。それでも、皇慈さんの瞳は真実を語る。

『ああ。燕への愛しさで溢れ返っている程だよ』

 皇慈さんは笑んだまま、僕にピトッとくっ付いた。
 温かな愛情が伝わる。
 ずっとこうして居たい。けれど僕達は数秒で離れた。
 聖人君に肩を借りたお礼を囀って、パイプ机に移動する。

「あ、もういいの?」

 聖人君が残念そうに問う。腰も低く落として、僕達と目線を合わせる。

『聖人君の肩は居心地よくて名残惜しいけれど、天志さんとの約束を守らなくては』
『イチャイチャ禁止令まで出されると困りますから、ね』

 僕と皇慈さんは仲良く囀った。

「ん〜、と」

 聖人君が首を捻って考え込む。

「此処の方が花火が見やすい、のかな?」

 自信なさげな答え。
 勿論、不正解だ。

「私が、二羽で同じ肩に留まる事を禁止したからですよ」

 天志さんが助け船を出す。

「チュルルル」

 大正解。僕は高らかに囀った。
 そして天志さんがその禁止令を出した理由は僕達に有る。
 再会初日。余りの嬉しさに一日中天志さんの肩で囀っていたら、お説教の雷が落ちたのだ。

「注意しないと、何処でも睦み合うでしょう。このカップル」

 天志さんも腰を下ろして、僕達と目線を合わせる。

『お恥ずかしい』

 けれど改める気は微塵もない。
 僕と皇慈さんは同時に身を寄せ合う。ラヴラヴアピールだ。

「しょうがないですね。本当に」

 天志さんの人差し指が僕と皇慈さんの頭を順番に撫でる。

「チュルルン」

 僕達はトロロンと囀った。
 優しく温かい指使い。世界随一の鳥使いも、天志さんには敵わないだろう。
 嘗ては『子供扱いされているようで微妙』と言った僕も、すっかり虜だ。




『ヒュー。ドンドンドドドン!』

 爆発音が響く。
 星屑が輝く夜空に大輪の花が咲く。
 花火は予定時間通りに打ち上がった。

『わー。綺麗ですね』

 僕はパイプ机の上で、パタパタ羽搏く。
 ツバメとして初めて眼にする花火。人間時代に何度も観たけれど、やはり違う。
 打ち上げ花火の種類も豊富で、観ていて飽きない。
 勿論、世界が輝いて観える一番の理由は――愛しい王子サマが隣に居るから。僕の心は高揚しっぱなしだ。
 少し子供っぽいかな、と思う。しかし祭りは楽しんだ者勝ち。僕は花火が打ち上がる度に全力で燥ぐ。

『燕が喜んでくれて。私も嬉しいよ』

 皇慈さんも浮かれた声で囀る。
 僕の気分は更に高揚した。
 皇慈さんの顔を正面から見詰めて、ロマンチックムードを高める。そして嘴を一瞬くっ付けた。コツン、と小さな接触音が花火の音に掻き消される。
 僕的には充分素敵なキスシーン。皇慈さんの頬も心成しか赤い。
 けれどそれを目撃した人間は、ツバメ同士のラヴシーンよりも花火鑑賞を楽しむ姿に驚くだろう。
 天志さんは兎も角、聖人君はよく平然としているな。と、僕は頭の隅でボンヤリ思った。
 もしも小研さんがこの場に居たら、今頃フラッシュの嵐だっただろうから。被写体は勿論花火ではなく、僕達で。
 あ、そうそう。小研さんは休暇が終わったそうで、今朝方この町を発った。
 後一日ずれていたら、小研さんも花火を観れたのに。ある意味、不運な人だ。
 けれど僕達はそのお蔭で穏やかな花火鑑賞を楽しめる。彼の不運を望む訳ではないけれど、ラッキーだ。

「ああ、そうだ。ツバメくん」

 聖人君が両手をポンと合わせる。何かを思い出したようだ。
 花火を観ていた瞳も僕達へ向ける。

「チュル?」

 僕は小首を傾げた。
 聖人君もロマンチック花火ムードに流されて、天志さんと仲を深めればいいのにな、と余計なお世話を考えながら。

「君達を追いかけ回していた男の人。テレビ番組に出るそうだよ」

 何だか可笑しいねー、と聖人君は屈託なく笑む。
 彼の接し方は幼い子供に対する様で。動物好きだと分かる。

「チュルルル」

 僕も笑ってみせた。
 小研さんが息災なようで、何よりだ。

「態々番組名と放送予定日を伝えて行く辺り、図太い神経の持ち主でしたね」

 天志さんも会話に加わる。
 優しい声音に潜む言葉の棘が相変わらず手厳しい。

「十年前に資金難の危機を救ってくれた富豪のお坊ちゃんと、雄番ツバメの話をするそうですよ。収録前から意気込んでいました」

 実は小研さん、何気に波乱万丈な人生を歩んでいるそうで。それを引っ提げて全国的なトーク番組にゲスト出演するらしい。
 僕も観てみたいが、人間の世情を離れた鳥の身では無理だろう。残念だ。

『奇遇だな。私達以外にも雄番がいるのか』

 皇慈さんが新鮮な驚きを上げる。

『会ってみたいですね』

 僕も呑気に囀った。
 すると天志さんが額を押さえる。その意味を、僕達は未だ知らない。

「皇慈くんにも報告した方が良いでしょうか?」

 天志さんが独り言を呟く。

「チュル?」

 皇慈さんは不思議そうに小首を傾げた。天志さんの肩へ飛んで行く。

「ええ。昔色々と」

 天志さんは短く言って、皇慈さんを慈悲深く見詰めた。
 一人と一羽の視線が交差する。友情の優しい色合いで。
 その瞬間、大輪の花火がドドンと打ち上がった。
 夜空に光の欠片がパラパラと散って。世界を彩る。
 嗚呼、とても綺麗だ。

『皇慈さん、良かったですね。貴方の蒔いた幸福の種がまた一つ、大輪の花を咲かせましたよ』

 想いの欠片がポロリと落ちる。
 それは魂の奥底で眠る記憶の欠片が、一瞬だけ浮上するような不思議な感覚だった。
 囀り終わった僕もボーと惚ける。
 皇慈さんは驚いたけれど、直ぐに天志さんの肩を離れた。僕の隣へ舞い降りる。

『ありがとう。燕にそう言って貰えると、とても嬉しい』

 隙間なく寄り添う。
 ハート型の花火が夜空に弾けて、二羽の影をクッキリ形作る。
 なんて幸福な光景だろうか。
 愛しい衝動が全身を駆け巡る。

『皇慈さん……。二度目のキスをしても、良いですか?』

 誤魔化しも多少あったから、僕は遠慮深く問うた。

『ああ。何時でもどうぞ』

 皇慈さんが快く頷く。
 僕は再び嘴を寄せて、皇慈さんに口付けを贈った。
 コツン、と小さな接触音がする。
 照れくさい。
 僕達は嘴を離して、『ふふ』と微笑み合った。
 ハート型の花火が連続で打ち上がる。




 ◆◆◆




 数日後。
 僕達はサファイアの空をデートしていた。
 ふと視線を落せば、一面の向日葵畑が。
 僕達はアイコンタクトを交わして、地上へ舞い降りた。
 今日のデートは此処に決定だ。
 向日葵と向日葵の間を縫う様に飛び回る。人間時代は皇慈さんの病弱な身体が心配でけして出来なかった追いかけっこだ。
 僕達が擦り抜ける度に黄色い花弁が羽風に揺れる。

「ピチュピチュチュルル」
「チュルチュルルリルリ」

 楽しい。
 楽しい。
 僕達は無邪気に囀り合った。
 平穏な日常を脅かす足音が近付いているとも知らずに――

「ねぇねぇ。あそこに居るよー!」

 後方で子供の声が弾ける。僕達は同時に振り向いた。
 10歳位の男の子が、母親と思しき女性と手を繋いでいる。

(夏休みの自由研究でカブトムシでも探しているのかな?)

 僕は呑気にそう思った。
 けれど此処は一面の向日葵畑で、カブトムシが居そうな巨木はない。

『向日葵の絵でも描くのかな?』

 皇慈さんが「チュルチュル」囀る。
 確かにその可能性の方が高いか。
 簡単に結論付けた僕達は向日葵畑から出て行こうとした。
 向日葵畑に似合う光景は晴れ渡る青空と真白い雲。ツバメは不似合だろう。



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