僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
遠い約束を果たそう3


「ツバメくん達、聖人君が困っているでしょう。此方へいらっしゃい」

 丁度その時、天志さんが現れる。
 なんてナイスタイミング。
 僕と皇慈さんは同時に振り向き、瞳を輝かせた。

「チュルルルル」

 天志さ〜ん。
 浮かれた僕達は同時に飛び立つ。そして天志さんの肩に迷いなく留まった。

「そ、そんな……」

 小研さんの肩がガクッと落ちる。

「ところで貴方は、まだツバメくん達を追いかけ回していたのですか? 鳥の迷惑も考えなさい」

 天志さんが厳しい口調で言い放つ。本日二度目のお説教だ。

「え、いや。つか、同じツバメ?」

 焦る小研さん。天志さんから逃れるように三歩下がる。
 聖人君はその間に噴水池を上がって、天志さんの隣に来た。
 青い芝生に水滴が落ちる。

「聖人君は着替えてきなさい」

 保護者の顔で促す天志さん。
 キャソックの裾をはじめ、聖人君のボトムスは靴下までぐしょ濡れだ。

「いえ。服は直ぐに乾きます。それより、あの人は天志先生と知り合いなんですか?」

 心成しかムスッとする聖人君。小研さんを見る目に剣が宿る。
 僕達は場の空気を読まずニヤニヤした。

「ええ。公園で少し」

 天志さんはそう言って、右肩に留まる皇慈さんを見た。
 そして自分の右腕を内側に折り曲げ、指の背を差し出す。

「チュルル」

 皇慈さんはお礼を伝えるように額を擦り付けた。
 キュン。
 僕の心臓まで射抜かれる可愛さだ。

「クソッ羨ましい! そこ変われ、説教神父」

 小研さんがギリリと下唇を噛む。

「横恋慕しようとしても無駄ですよ。この二羽、相当仲の良い番ですから」

 アッサリ告げる天志さん。
 聖人君と小研さんが一瞬固まる。

「……や、やや」

 先に覚醒したのは小研さん。真実を知った口許が震える。

「やっぱり番かぁぁぁぁぁああ! 大発見んんんんんんんんんん!!」

 魂の絶叫が鼓膜に響く。僕は照れる間もなく耳を塞いだ。




 ◆◆◆




 それから3日後。

「ピチュピチュ」
「チュルチュル」

 僕達は青天のデートを楽しんでいた。
 夏祭りを間近に控えた町は活気に溢れ、華やかな飾りつけが彩を添えている。
 僕はこの町の夏祭りに参加した事はないけれど、話だけなら沢山聞いていた。勿論、皇慈さんからだ。
 思い出話を語る皇慈さんの横顔は夢を観ているように楽しそうで。僕は今でも忘れていない。
 けれど、皇慈さんの話は何時も同じ。彼が夏祭りへ行った回数が一度しかないからだ。
 たった一度の記憶を、何度も何度も繰り返し繰り返し。
 病弱な王子サマは「燕にも観せてあげたいな」と夢を語っていた。
 そして、夢は夢のまま終わった。

『覚えているか、燕』

 皇慈さんが不意に囀る。
 僕は小首を傾げて、『なんですか?』と愛しい番に問うた。

『夏に花火を観ようと約束したな』

 皇慈さんの頬がトロリと溶ける。

『夏祭りの最後。毎年打ち上げ花火を上げるんだ。良かったら、一緒に観に行かないか?』
『はい。勿論喜んで!』

 僕は即座に頷いた。
 デートの約束だけでも嬉しい。けれどそれ以上の感情が僕の胸を締め付ける。
 一度は淡雪の先に消えた夢の続きが、別の現実に蘇る。独特の騒めき。
 悲しい訳ではないけれど、別れの記憶が脳裏を掠める。

『ふふ。燕との約束がまた一つ、叶うな』

 そして再会の喜びが心に広がる。
 綿あめよりも甘い皇慈さんの微笑みもふわふわだ。

『好き好き大好き愛してる!』

 僕は衝動的に叫んだ。喉が皇慈さんへの愛しさでむず痒い。
 ふと横を窺えば、皇慈さんが言葉なく驚いていた。
 目がドキンと合う。
 僕は照れ笑いを浮かべて、『愛情が口の中で暴走しました』と囀った。




 蝉の羽音がミンミン響く。
 陽射しの強い午後は一時休息。僕達は遥かなる天空から地上へ降り立ち、街路樹の枝に腰を下ろした。
 町は夏祭りのポスターが張られ、夏祭り実行委員会の半被を羽織った青年が足早に木材を運んでいる。
 活気の良い掛け声が夏の暑さを吹き飛ばすようだ。
 間近に迫る祭りの気配を強く感じる。

「チュルチュルリルリ」
「ピチュピチュルルルン」

 浮かれ気分の僕達は一緒に鼻歌を囀った。

「……い。おー……い」

 と、呼び声がかかる。
 発信源は僕達が留まる街路樹――イチョウの下だ。
 何だろう。
 気に成った僕は視線を落した。皇慈さんも続く。

「チュバッ!?」

 僕は驚いて飛び上がった。
 なんと小研さんがフレンドリーに両手を振っていたのだ。
 けして楽しいとは云えない記憶がフラッシュバックする。

「ツバメく〜ん。やっと会えたね、探したよ〜」

 ピカピカに輝く小研さんの笑顔。邪心は感じない。
 けれど丸く突き出した一眼レフカメラのレンズ部分が目玉お化けのように見えてしまう。

「チュ、チュルル……」

 僕は留まる枝を一段上まで移動して、小研さんとの距離を空けた。
 イチョウの葉群に身を隠す。
 ちょっとした恐怖の対象。苦手意識が僕の中で育っていた。

「チュルリ?」

 皇慈さんがそんな僕を心配して、『大丈夫か?』と追いかけて来る。
 何だか最近、この台詞をよく聞く。
 現在の皇慈さんは嘗ての僕がそうであったように、僕の身を常に案じている。まるで心配性が移ったようだ。

『皇慈さんの羽毛をモフモフしたい』

 弱音代わりの欲望を一つ。

『さぁ、何時でもおいで。私の愛しい燕』

 皇慈さんは引くどころか自ら両翼を開いた。

『皇慈さ〜ん!』

 僕も両翼を広げて、皇慈さんの胸に飛び込む。
 柔らかい羽毛の感触が心を包み込む。
 僕は皇慈さんにモフモフ甘えて、元気を取り戻した。

「なんと! 本当に相手を慈しんでいるぞ」

 一方、小研さんは僕達の様子を興奮気味に観察する。双眼鏡まで取り出してして、夏休みの宿題に勤しむ小学生のようだ。
 小研さんにとって僕達はヘラクレスオオカブトにも匹敵する存在なのか。そう思うと、途端に可笑しくなってくる。

『そうだ。何も恐れる事はない』

 元気満タンの僕は調子に乗った。

『今の僕達は野生の鳥。自然界では雄同士の番(ペア)も珍しくない』

 それは単純明快で、一番大切な真実。

『僕達のラヴラヴ夫婦っぷりを観たければ観ればいいさ』

 高らかに宣言する。
 小研さんに、世界に。僕達の愛は誰にも止められない、と。

『あ、でも。皇慈さんに惚れるのは絶対禁止で。僕の大切な大切な旦那様ですから、誰にも渡しません!』

 僕は最後に重要事項を囀って、皇慈さんの温もりを堪能した。
 逃げも隠れも遠慮も無く睦み合うのだ。

『燕……! 勿論私の素敵なお婿さんも未来永劫燕だけだよ』

 皇慈さんも同じテンションで惚気る。
 天志さんが居れば呆れそうな場面だが、小研さんは目ざとくカメラを構えた。
 眩いフラッシュがイチョウの葉群を照らす。

「何か騒いでたが、逃げる様子はないな。うし、いいぞ。そのまま引っ付ていろよ」

 ニヤリと笑む小研さん。
 これから更に3日間、僕達は彼に観察され続けた。




 ◆◆◆




 太鼓の音がドンドン響く。
 夜の訪れと共に開かれた夏祭りは盛況で、浴衣姿の老若男女が会場を埋め尽くしている。
 行きは星空のデートを楽しみ、僕達は露店の屋根に舞い降りた。
 涼しい夜風が羽の間を擦り抜ける。

『さて、天志さん達は何処に居るかな?』

 皇慈さんが黒山の人だかりを見渡す。
 盆踊りの音頭に合わせて左右に揺れる尾羽が心底楽しそうだ。
 僕の頬もホッコリ綻ぶ。

『迷惑に思われるかも知れないが、私は聖人君の恋心を応援している。神父も愛を語って良い筈だ』

 独り言のように囀る皇慈さん。
 僕は愛しい番に身を寄せた。無言で頷く。
 思いは同じだ。

『私は燕と出逢って、恋をして。とても幸福だったから――同じだけれど違う宝石を、皆にも見付けて欲しいと思っている』

 それも同じ。
 僕は瞼を閉じて、皇慈さんの温かな愛情に暫し浸った。
 僕だけの宝石。心の宝箱は皇慈さんとの思い出で現在(いま)も満杯だ。
 幸福の種類はヒトそれぞれで、価値も違うけれど。僕達は一人でも多くのヒトがこの感情(恋心)を大切な宝石にして欲しいと願うのだ。




 そして僕と皇慈さんが天志さん達を見付けたのは、夏祭りの迷子センターに成っている集会用テントだった。
 丁度子供を迎えに来た母親が聖人君にお礼を伝えている。
 天志さんは母子の後姿が遠くなった所で、聖人君の肩を軽く叩いた。聖人君が振り向く。

「頑張っていますね。聖人君」

 天志さんが優しく微笑む。
 僕達へ向けてくれる笑顔も優しいけれど、聖人君へのそれは種類が違うと感じた。

「いえ。そんな」

 聖人君の頬が恥ずかしそうに染まる。彼は夏祭り当日も夏祭り実行委員会を手伝っていたのだ。
 僕達は集会用テントの屋根に留まり、二人の様子を見守る。
 天志さんの服装は、今日も普段通りのキャソックだ。
 折角の夏祭り、天志さんも浴衣を着ればいいのにな。なんて、僕は思ってしまう。
 因みに聖人君は紺色の浴衣姿だ。真面目な面差しによく似合っている。
 飛びっきり美人な旦那様を持つ僕は見惚れないけれど、聖人君の男前レベルは高い。集会用テントの前をフラリと通りかかった年頃のお嬢さんが熱い視線を送る程だ。

『双方ライバルが多そうだな』

 皇慈さんがムムッと推理を巡らせる。

『大丈夫。聖人君の最大のライバルは既に僕の旦那様。後は十把一絡げですよ』

 僕は自慢げに胸を張った。そう、1000%惚気だ。

『燕。それは誰もが羨む伴侶を得た私の台詞だぞ』

 皇慈さんが「チュパッ」と照れる。けれどその上品な唇も僕への惚気を忘れていない。
 恋の花が僕達の周りに咲く。

「……其処に居ますね。ツバメくん達」

 天志さんの鋭い直感が飛んで来る。

「チュルル!?」

 僕は背筋をビクッと正した。何故バレたのか、全く分からない。

「そして、勝手な話をされているような気がします」

 天志さんが集会用テントの屋根を凝視する。
 提灯の灯りが辺りを照らしているとは云え、この暗がりだ。僕達の姿は見えていないだろう。
 けれど天志さんに迷いはない。
 僕の小さな心臓はバクバクと早鐘を打った。今からお説教が怖い。

「怒りませんから。出てきなさい」
「チュル」

 皇慈さんが先に顔を出す。
 彼は天志さんに大幅の信頼を寄せているので、僕が止める間もなかった。

「あ、本当に居た」

 聖人君の驚く声が聞こえる。
 僕もソロソロと顔を出した。
 更に驚く聖人君と、呆れたように息を吐く天志さんの顔が見える。

「チュルル」

 僕は挨拶代りに明るく囀った。



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