僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
遠い約束を果たそう2
『ああ。燕は私の可愛いお婿さんだ』
皇慈さんが照れ臭そうに頷く。
『あ、勿論見た目だけではないよ。燕の内面から溢れ出る魅力に、私はメロメロだ』
テレテレ続ける皇慈さん。
それにもう、僕の恋心は膨れ上がった。
皇慈さんが愛しくて堪らない。雄のプライドも素直に鳴りを潜める。
『皇慈さんも僕の素敵な旦那様ですよ。求愛ダンスを毎日踊っても飽きないくらい夢中!』
トロトロ蕩けた囀りを返す。
僕の頬も恋心も幸福にふわふわ。結局はベタ惚れ夫婦の惚気自慢になってしまった。
「それで今日は、夏祭りのポスターを配りに来ました」
一方聖人君は丸まったポスターを手提げ袋から取り出し、神成先生に渡した。
この町の教会は行事にも協力的で、様々な取り組みに神父を派遣している。町の人達も『町の便利なお手伝い屋さん』みたいな感じで、仕事を頼んでいるらしい。
今回聖人君も『夏祭り実行員会』を手伝って、お店や施設に夏祭りのポスターを配っていると云う訳だ。
「ああ。目立つ場所に貼っておくよ」
神成先生の眼差しが、孫を見詰めるお爺さんのように綻ぶ。
「聖人君、ポスター配りは後どのくらい残っていますか?」
天志さんが問う。
自分で注意した『神父』を付け忘れているが、誰も突っ込まない。
寧ろ聖人君は嬉しそうだ。頬が緩い。
「あ、これが最後の一枚です」
「それでは、一緒に帰りましょうか」
「はい。喜んで」
笑顔がパッと輝く。聖人君は天志さんに頷くと、神成先生に頭を下げた。
「それでは神成先生、失礼します」
「ああ。今度は皆で来なさい。オヤツを用意しておこう」
にこやかに送り出す神成先生。完全にお爺さんモードだ。
「ツバメくん達も行きますよ」
天志さんが顔を上げる。右腕も頭上へ伸ばし、天井近くに居る僕達を手招く。
「チュルチュルルリルリ」
スィー。スィー。
僕達は直ぐに天志さんの許まで下りた。神成先生にお礼の囀りを伝えると、二人と二羽で病院を後にする。
炎天下の遊歩道は焼かれるように暑かった。
「きゃははは」
「わー。気持ちいい」
子供達の楽しそうな声が弾ける。
教会の中庭に位置する噴水は水を溜める池部分が広く、ちょっとしたプールのようだった。
子供達は其処にジャブジャブと入り、水浴びを楽しんでいる。と云っても水位自体は低いので、足が浸かる程度だが。子供達の笑みは絶えない。
僕達は噴水の縁に留まり、その光景を見ていた。
『見ているだけでも涼しいな』
皇慈さんが「チュルチュル」囀る。
するとマイナスイオンたっぷりの水飛沫が縁まで届き、足下を濡らした。
「チュル」
冷やっこい。
僕は足下に出来た小さな水溜りを何の気なしに見た。
キラキラ。
燦々と降り注ぐ陽光が水面に反射して、ダイヤモンドのように輝く。まるで自然の宝石だ。
噴水が作り出す七色の虹も美しい。
(気持ち良さそう)
そう思った瞬間、僕は噴水池に飛び込んだ。
ポチャン、と小さな水飛沫が上がる。
「わぁ。ツバメさんも水遊び?」
子供の一人が僕に気付いて、水中から掬い上げる。
見知った顔。天志さんに懐いている男の子だ。
「チュルル」
僕は胴体をプルプル振って、水滴を弾いた。
『大丈夫か、燕』
皇慈さんが慌てて飛んで来る。僕が落ちたと思ったのだろう。
『冷たくて、とても気持ち良いですよ。皇慈さん』
安心させるように言って、僕は男の子の掌から飛び降りた。水中へ再びダイブする。
上半身を直ぐに出して、『ほらね』と明るく囀った。
『なんだ。私はてっきり熱中症かと思って、心配したぞ』
『すみません。水の魔力に引き込まれました』
『いや。燕が無事なら良い』
皇慈さんが僕の横に降りて来る。
水面にゆっくり足を着けて、皇慈さんの胴体も水に浸かった。
『確かに冷たくて気持ちいいな』
『もっと早く水浴びすれば良かったですね』
水面にプカプカ浮かぶ僕と皇慈さん。楽しそうなスワンボートの光景を思い出す。
「やや! こんな所にもツバメが居るぞォオオ!」
男の絶叫が突如上がる。
ビクン。
僕達は同時に肩を揺らして、背後を恐る恐る振り向いた。
「フフフ。一度は邪魔が入ったが、水浴び中に遭遇するとは逆にラッキー」
荒い呼吸をフゥーフゥー繰り返す男。その両手には立派な一眼レフカメラが握られていた。
まさかの小研さん登場だ。
僕達は数時間ぶりの再会に水面をスイスイ渡って逃げた。
「待て待て。ツバメく〜ん」
小研さんが噴水の縁を跨いで追い掛けて来る。声はあやす様に甘いが、それが逆に怖い。
「オジサン、誰?」
男の子が小首を傾げる。
周りの子供達も「なになに?」と集まって、小研さんを不思議そうに囲んだ。
「てんし先生のお客さん? でもてんし先生ね、お写真撮られる好きじゃないんだって」
「いや。オレはツバメを」
「でもでも、ぼく達とは撮ってくれるんだよ。羨ましい? 羨ましいよね!」
矢継ぎ早に語る子供達。
純粋な少年少女を前に、小研さんも押され気味だ。
僕達はその間に反対側の縁に着いて、噴水池から順番に上がる。
ずぶ濡れの胴体をフルフルと振り、水滴を弾く。
飛び立とうと両翼を広げた時、聖人君が現れた。
「みんなー。そろそろ上がりな……って、誰!?」
小研さんを見て目を丸くする。
カメラを抱えた40近い中年男と水着姿の幼い子供達。傍から見た光景は、さぞや危険な図だろう。
聖人君はキャソックの裾が濡れる事も厭わず距離を詰め、子供達を引き離した。
「さあさあ。早く出て。天志先生がオヤツを用意して待ってるぞ」
保護者の顔で子供達の背中を押す。
聖人君は神父の職に就く以前から子供達の『お兄さん』ポジションだった。扱い方も手馴れている。
「わーい。オヤツ、オヤツ」
「ぼく、てんし先生の隣で食べるー!」
「ずるーい。ボクもボクも」
子供達が我先にと噴水池を抜け出して、笑顔で駆けて行く。
それを見届けた聖人君は警官心の盾を携えた。小研さんと決闘でもするように向かい合う。
「あー……もしかして勘違いしてる?」
決まりが悪そうに頬を掻く小研さん。
また神父かよ、と小声で吐き捨てる。
「いえ、別に。貴方がその立派なカメラで子供達の水浴びシーンを盗撮したなど、微塵も思っていませんよ」
口では否定しつつ、聖人君の目は冷たい。
「ただ、罪の告白は今すぐ受け付けますので。告解部屋までどうぞ」
真顔で聖堂を指し示す。告解部屋は聖堂の奥に位置しているのだ。
「欠片も信じてねーな。この神父」
小研さんが一歩踏み出す。
聖人君は間髪を入れず二歩下がった。
『そうだ聖人君。誤解だ』
皇慈さんが「チュルル」と飛び出す。聖人君の右肩に留まって、真直ぐ囀り掛ける。
僕も当然皇慈さんの後に続く。皇慈さんの隣に着きたいトコロだけれど、天志さんの厳しいお達しが左肩に吸い寄せる。
うん。聖人君の肩も中々留まり心地が良い。流石は天志さんの育て子だ。
『彼の目的は私の可愛い燕で、子供達には指一本も触れていない』
冤罪撲滅、と皇慈さんの正義が燃え上がる。
僕はハタと我に返った。聖人君の肩を吟味している場合じゃない。
「えっと、何かな?」
困り顔の聖人君が問い掛ける。
当然だ。彼の耳にはツバメの囀りが「ピチュピチュチュルチュル」と聞こえているだけ、なのだから。
『まぁ、燕の目をチカチカさせた罪は私の中で消えていないけれど』
大切な問題を「ピチュピチュ」続ける皇慈さん。例え聖人君に通じなくとも一生懸命囀る。
「うん? 君達も何かされたのかな?」
聖人君はツバメ語を理解しようと、皇慈さんに耳を傾けた。
小さな鳥にも真摯に向き合う心構えは、天志さんの教育か。聖人君は真剣そのものだ。
『分かってくれるのか、聖人君。本当に君は真面目な良い子だな』
皇慈さんの瞳が感動に潤む。
「なんて人懐っこいツバメなんだ……っ!」
一方歓喜に震える小研さん。
カメラを構えて、シャッターチャンスを狙う。
(この人本当にツバメが好きなんだな)
僕は呑気にそう思った。
「キミキミ、このツバメは二羽とも教会で飼っているのかい? 両方とも雄のようだか、番の雌は? もしかして雄同士の番なのか?」
質問を矢継ぎ早に投げる小研さん。その間もカメラのシャッターを切り捲る。
「いえ。教会では飼っていませんが」
聖人君は律儀に答えつつ、十歩後退した。
サファイアの空を映す水面が細波を立てる。
「このツバメ君達はまぁ、天志先生の友人のような存在です」
僕達を交互に見る聖人君。その眼差しは優しい。
「番かどうかは分かりません。ツバメの生体には詳しくないので」
「じゃ、その天志先生ってのは?」
質問を追加する小研さん。
カメラのファインダーから目を離さない。
「どうして天志先生の事を? まさか本命はそっちか」
聖人君の眉が不機嫌そうに歪む。
『ハッ。これは嫉妬の香り!』
僕の頭脳は名探偵張りの推理を閃かせた。
『そうなのか、聖人君。水臭いな、言ってくれれば応援したのに』
僕の推理を全面的に信じた皇慈さんが両翼を広げて驚く。
『告白はしたのか? 天志さんはああ見えて、そっち方面に疎い人だぞ』
興奮を乗せた両翼をパタパタ動かす皇慈さん。聖人君のサラサラストレートヘアが羽風に揺れる。
『え、そうなんですか。てっきりモテモテ人生だとばかり』
『純潔を重んじる神父様だからな。浮いた話一つ聞いた事がない』
僕達は聖人君を間に挿み、「ピチュピチュチュルチュル」囀り合う。
本人の意志を置き去りに咲く恋の花が満開だ。
「何だろう。肩が急に重くなった」
聖人君がボソッと呟く。
「チャンス到来!」
小研さんの目がキラリと光る。
「ツバメく〜ん。そのお兄さんは疲れたようだから、オレの肩に移動しないかい?」
猫なで声で僕達を誘う。
しかし僕達は最高潮に盛り上がっているので、小研さんをチラリと見る事もなかった。
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