僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
プロローグ


 晴れ渡る青空にツバメが飛ぶ。
 スイスイスイと、まるで泳いでいるように優雅な飛行だ。

「私は鳥の中で、ツバメが一番好きだ」

 純金に輝くブロンドが緩やかな風に遊ばれる。
 スラリと細い体躯は陽光に包まれ、神の祝福が降り注ぐ。

「自由に空を翔るその翼が――伸びやかな鳴き声が、とても好きだ」

 彼は愛されていた。
 何者にも、その輝く美貌が愛されていた。
 小さな土地の、若き権力者。幼い頃より何不自由なく育った彼は、他人の喜びが自分の『幸せ』だった。

「もう、お休み。冷たい風は体に障る」

 コツコツと革靴の音がして、口髭を蓄えた老紳士が現れる。
 その左腕にはブランケットが掛けられていた。英国の伝統的なタータンチェック柄。落ち着いたネイビーがツバメの翼色とよく似ている。

「今日は天気が良い。体調も良好だ」

 サファイアの瞳がゆっくりと老紳士を映す。
 時代を錯覚させられる程、古い洋館。町一番の高台に聳えるそこは、彼の先祖が守って来た土地だ。

「それでも、医者の話は聞くものだよ」

 老紳士がブランケットを広げ、薄い背中へフワリと掛ける。
 彼は町で一番腕のいい医者だ。渋く重厚な声音はそれだけで説得力が有る。

「一日中ベッドに横たわっても、笑顔は見られない。私は……その方が、辛い」

 か細い五本の指が肩口を滑り、ブランケットをギュッと握り締める。潜められた眉も儚く、己の無力を嘆いていた。
 彼は他人が羨むモノを多く持っていて、自分が望むモノは手に入らない。悲しき王子様。

「嗚呼――尊き青年よ。その魂の美しさは神が認めているでしょう」

 清く澄んだ声音がバルコニーに浸透する。
 キャソックの裾を翻し現れたのは、優しい面差しの青年。彼は町の神父だ。
 透き通る美貌が神の言葉を伝える。

「導きの天使よ。私のツバメは何時現れるのだろうか……?」

 けれど王子の心は癒されず、切ない問い掛けが空に溶けた。

「愛しいツバメ。どうかこの心臓が壊れてしまう前に、私の願いを叶えておくれ」

 パララララ。
 風が強く吹き、本のページを無造作に捲る。物語の幕開けを告げる音は小さく、誰も気付かない。

 小さな町の、短い物語。
 それは一人の旅人が足を踏み入れた瞬間から始まるのだ。




僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする








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