僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
遠い約束を果たそう1/番外編


 時間軸は『エピローグ』と『つばめ語り』の間です。




 季節は夏真っ盛り。

 僕達は青天の大空を自由に飛んでいた。眼下に広がる町並みがミニチュアのように小さく見える。
 大都会とは呼べないが自然が多く残り、過ごし易い土地だ。
 人間は勿論動物も平和に暮らしている。
 嘗ての僕はフラリと立ち寄った旅人だったけれど、直ぐに気に入ったものだ。
 現在はこの町で出逢った愛しい王子サマと第二の人生――いや、鳥生かな? を、満喫している。
 言葉通り。鳥のツバメとして、だ。

『皇慈さん、そろそろ休みますか?』

 僕は「チュルル」と囀り、番の様子を窺った。
 僕の彼も正真正銘の“雄”だが、ツバメの番――夫婦として暮らしている。それは人間の時からだ。

『そうだな。暑くなってきたし、地上へ下りようか』

 皇慈さんはそう囀って、燦々と輝く太陽を見上げた。
 人間だった頃の皇慈さんは病弱で、そのイメージは僕の中で薄れない。今も事ある事に彼の体調を心配してしまう。




遠い約束を果たそう





『鳥に成っても夏は暑いものだな』
『羽毛を脱ぎたい気分ですね』

 連れ立って地上へ降り、日陰を探す。
 今日は暑い。
 南国を旅する僕達も滅入る程だ。
 きっと40℃越えの猛暑に違いない。僕は全身に直射日光の集中攻撃を受けながら確信を強めた。
 公園に入ると生い茂る木々が多く、日陰が長く続いている。枝葉をサワサワと揺らす微風も心地良い。
 僕達は近くのベンチに降り立ち、羽を休めた。
 町で一番大きな自然公園は、所謂デートスポットだ。仲睦まじい恋人達を乗せたスワンボートが人工池の水面をプカプカ進む。

『ふぅ。やっと一息だ』

 皇慈さんが疲労を零す。
 冷たい麦茶を差し出したいトコロだけれど、何分今の僕は鳥の身だ。水筒等持っていない。
 だから自分の翼を団扇代わりに仰ぐ。
 羽風をパタパタ届けると、皇慈さんが申し訳なさそうに僕を見た。

『私はいいよ。燕も暑いだろう』

 僕も休むように促す皇慈さん。
 愛しい囀りが鼓膜を揺らす。
 それだけで、僕の元気は満タンだ。

『僕は元気を貰いましたから』

 証拠にと、僕は両翼の動きを速めた。皇慈さんの羽毛が羽風の流れに沿って揺れる。
 共にツバメとして生まれ変わったのは、神サマの慈悲だろうか。
 嘗ての僕の名前で、皇慈さんの好きな鳥。
 二度目の夫婦に成れた幸運を僕は何度も噛み締める。

『燕……』

 何か言いたげに口を開く皇慈さん。
 その時――

「やや! こんな所にツバメが二羽も居るぞ!」

 白衣の男が全速力でベンチに駆けて来た。
 年齢は30代後半位だろうか。立派な一眼レフカメラを肩から下げている。

「ピチュピチュ?」
「チュルル?」

 誰だろう。
 僕達は顔を見合わせて小首を傾げた。
 翼団扇も一時停止だ。

「オレの名前は小研(ことぎ)。渡り鳥の研究をしている者だ」

 小研と名乗った男が矢継ぎ早に語る。

「なーんて。自己紹介しても通じないよな。あははは」

 よく注意されるんだー、と。可笑しそうに笑う。
 んー?
 何か、何か。
 頭の奥がムズムズする。
 それは皇慈さんの同じようで、僕達は一緒に悩む。
 若しかしたら人間時代の知り合いかも知れない。
 けれど僕達の記憶は曖昧に残っているだけだ。どんなに考えても思い出せない。

「で。挨拶もすんだし、と」

 そう言うと小研さんはカメラを構えた。大きなレンズを僕達に突き付ける。

「チュル?」

 僕は好奇心に駆られて、レンズを覗き込んだ。

『おお、カッコイイ!』

 なんて。呑気な感想を囀る。
 無論ツバメ語なので、人間である小研さんには微塵も通じていない。が、気分の問題だ。

「フフフ。油断してる、してる。そのまま動くなよ」

 小研さんがファインダー越しに独り言を呟く。
 彼の目に映る僕は余程間抜けな顔をしているのだろうか。口許がにやけている。
 まぁ、皇慈さん以外にどう思われても関係ない。僕は「チュルチュル」と囀りながらカメラの観察を続けた。
 こんな機会でも無い限り、プロが使うような一眼レフはお目に掛れない。

「チュルル!?」

 閃光が突如弾ける。まるで花火が眼前で爆発したような光の衝撃だ。

(目がチカチカ……す、る)

 僕はフラフラと倒れ込んだ。

『大丈夫か、燕!』

 皇慈さんが大慌てで僕とカメラの間に躍り出る。
 閃光の正体はカメラのフラッシュだったのだ。

『燕に危害を加える者は私が許さないぞ!』

 皇慈さんは力強く宣言して、ベンチから飛び上がった。
 未だカメラを構える小研さんの手許に突っ込む。

「ギェエエ!」
「わっ! 何だ、そんなに怒って」

 カメラを守るように後退する小研さん。
 へばる僕と怒り心頭な皇慈さんの様子を見比べる。

「あ、もしかして」

 何かに気付く小研さん。
 皇慈さんはその間もカメラに立ち向かっている。
 両翼をバサバサ羽搏かせて、滅多に聞かない金切り声で威嚇する。
 けれど嘴で突っ突いたり、爪で引っ掻いたりはしない。あくまでも小研さんが自分から後退する様に促している。
 皇慈さんらしいな、と。僕はクリアに成りつつ有る視界の中で思った。

「どうしました?」

 騒ぎを聞き付けた人物が小研さんに駆け寄って来る。
 雪を吸収したピュアホワイトの髪と漆黒のキャソック。優しい面差しが神に使える神聖な天使を思わせる美貌の神父様――僕達の友人だ。

『見てくれ、天志さん! 私の大切な燕を彼があんな目にッ』

 怒りのまま訴える皇慈さん。
 右翼がへたり込む僕を指し示す。

「なるほど。貴方、あのツバメくんに何かしましたね」

 天志さんは僕を一瞥すると、事情をアッサリ呑み込んだ。
 流石は地上に舞い降りた天使――もとい、神父の鋭さだ。

「や。写真を撮っただけ、で」

 小研さんの声が上ずる。
 年齢は小研さんの方が上だろうが、迫力は完全に負けていた。

「写真、ですか」

 天志さんの眉がピクリと歪む。
 被写体として追い掛け回された日々を思い出したのだろう。

「無断で写真をバッシャバッシャ撮られる事が、どれほどのストレスになるか……貴方は理解していますか?」

 天志さんの神聖なオーラが一瞬でドス黒く変わる。

「はへ、エェエエ!?」

 小研さんの顔色も真っ青だ。
 まさかツバメのドアップ写真を撮った位の事で通りすがりの神父様からお説教されるとは、彼も思っていなかっただろう。
 ある意味不運な人だ。

「チュルル」

 皇慈さんがベンチに戻って来る。小研さんの件は天志さんに任せて、僕の様子を伺いに来たのだ。
 心配そうな囀りが心に沁みる。
 僕は目をパチパチと瞬かせて、視界を整えた。
 早く皇慈さんに元気な姿を見せなくては。




「ああ。もう大丈夫そうだね」

 診察を終えた神成先生が両手を引っ込める。
 あの後僕達は天志さんに保護されて、神成先生の病院に連れて来られた。
 神成先生は未だ未だ現役の医者で。町一番の名医と呼ばれている。
 鳥や動物は専門外だが、嫌な顔一つせず僕の目を診てくれた。
 流石は天志さんのお父さんだ。人間が出来ている。

『良かったな、燕。一時はどうなるかと思ったよ』

 ホッと胸を撫で下ろす皇慈さん。天志さんの肩の上で嬉しそうに囀る。
 僕は神成先生に頭を下げて、診察台から飛び上がった。皇慈さんの許へ向かう。

「君達は本当に仲が良いですね」

 天志さんが腕を差し出す。僕は見事に誘導されて、其処に留まった。
 肩に留まるのは一度に一羽まで。天志さんからの厳しいお達しだ。

「古い友人の姿を重ねそうになります」

 しんみり。
 天志さんの瞳が愁いを帯びる。

『天志さん……』

 皇慈さんの優雅な囀りもシュンと沈む。
 天志さんの言う古い友人とは、間違いなく僕達の事だ。

『私達がその友人だ』

 気付いてほしい。
 けれどその願いは構わない。

「ん? 慰めてくれるんですか、“ツバメ”くん」

 天志さんが優しく微笑む。

「チュッ、チュルル」

 皇慈さんは頷いて見せた。
 再会が叶っただけでも奇跡。これ以上の幸運は無いのだ。

(皇慈さん……気丈に振る舞って)

 胸が疼く。
 僕は心の中で頭を降って、切ない痛みを追い払った。
 皇慈さんと天志さんは僕よりも付き合いが長い。幼馴染だ。その胸中は如何ばかりか。
 友情と愛情は同列に語れないけれど。
 僕は少しでも、自分の存在が愛しいヒトの救いになればと願う。

『今も昔もベストパートナーだと言われてしまいましたね』

 自分の持つ一番明るい声で囀る。

『そうだな。燕』

 皇慈さんは直ぐに、僕の好きな笑顔で頷いてくれた。

『でも今日は皇慈さんの勇敢さに驚きましたよ』
『私も男……いや、雄だ。やる時はやるぞ!』

 態々言い直して胸を張る皇慈さん。
 私は元気だ、と僕にアピールする。
 その時、

「神成先生ー。居ますかー?」

 若い男性の声が遠くから響く。待合室の方向だ。

「おや。聖人(まさと)君のようですね」

 天志さんが振り向く。
 僕達は邪魔に成らない様に飛び上がった。
 聖人君は天志さんの同僚。そして育て子だ。

「夏祭りの時期だからね。来る頃だと思っていたよ」

 神成先生も椅子から立ち上がる。
 そして神成親子は聖人君を出迎えに、待合室へ向かった。
 僕と皇慈さんも後から付いて行く。




「あ、天志先生」

 聖人君の頬に赤味が差す。
 その理由は天志さん。聖人君は天志さんに憧れているのだ。

「先生ではないでしょう? 聖人“神父”」

 注意を口にする天志さん。
 けれどその表情は教え子を見守る教師のようだ。

「はい。天志神父」

 聖人君が慌てて言い直す。緊張に弾む声音が初々しい。
 場の空気も和む。

『彼も大きくなったな』

 しみじみ囀る皇慈さん。

『初めて会った時は燕よりも小さかったが』
『それは聖人君が何歳の時ですか?』

 一応問うてみる僕。
 嘗ての童顔コンプレックスが顔を出す。

『10歳くらいだったかな。天志さんの後に隠れて、とても可愛らしかったよ』

 皇慈さんの頬が思い出に綻ぶ。
 現在の聖人君は25歳の立派な青年。嘗ての僕と出会った時は高校生の少年だったので、僕も感慨深くはある。

『理想的な年齢の重ね方ですね』

 ムム、と神妙な顔を作る僕。

『ふふ。燕は今も昔も可愛らしいからな』

 皇慈さんが蕩けた笑みを零す。

『今もですか!?』

 僕は「チュバッ!?」と叫んだ。
 現在、僕と皇慈さんの外見は大差ない。そりゃあ僕の方が若干小柄なツバメでは、あるけれども。
 男……いや、雄のプライドが顔を出す。
 ピンと伸びた尾羽だって皇慈さんに負けないくらい立派だ。



[次へ#]

1/11ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!