僕は何度でも、貴方と幸福な恋をする
つばめ語り-オマケ-


 僕の名前は『つばめ』。
 人間でも、鳥でも。燕でツバメだ。
 呼ばれる名前は変わらなくても、僕の生活――と云うか、見た目は随分と変化した。
 人間から鳥へ。本当の意味で生まれ変わったのだ。

「チュルチュルルリルリ」

 晴れ渡る青空を今日も自由に飛び回る。ツバメとしての生活は快適だ。
 勿論外敵に襲われる確率は人間と比べて多いし、命の危機も何度となく直面した。
 けれど僕は楽しく囀る。
 野生の生物は人間の常識に縛られない。誰も『僕と彼の関係』に水を差さないし、引き裂こうともしないのだ。
 それは人間だった頃の僕が一番望んでいた事。だから今の僕も胸を張って、『幸せ』だと謳える。
 人間時代の記憶が完全に残ってる訳じゃない。簡単に形を変える浮雲のように朧げだ。

「おや、今日も元気ですね。ツバメくん」

 寝床へと帰る前に教会へ寄るのは、長年の日課。此処には古い友人が居る。
 しかしその人間――神成天志は、僕が嘗ての友人と同一の魂を宿している存在だとは夢にも思っていないだろう。
 幾ら鋭い感性の持ち主でも、だ。
 折角懐かしい友人との再会が叶ったのに、残念だな。
 最初はそう思ったけれど、仕方ない事だ。今は新しい関係を楽しんでいる。
 天志さんが動物や鳥にも優しい人で本当に良かった。
 心成しか人間時代よりも笑顔が優しい気もするが、まぁいい。か弱い鳥の身で頬を抓られるのもおっかない。

「チュルルル」

 一羽のツバメが僕に向かって飛んでくる。
 綺麗に響く囀りと嬉しさが滲み出た羽搏き。表面的な姿が劇的に変化しても、一目で分かった。
 嘗ての僕、そして今の僕が愛している魂の持ち主――永遠の番だ。

『皇慈さん』

 と、愛しく囀り返す。
 けれど今はどちらも『ツバメ』と呼ばれている。だから少しだけ、不思議な感じだ。
 羽毛の奥がむず痒い。
 必要以上に両羽をパタパタ動かし、照れくささを逃がす。
 皇慈さんは今でも、キラキラと輝く僕の『王子サマ』だ。
 好き好き大好き愛してる。毎日求愛しても飽きない。
 ふと擦れ違った渡り鳥の研究者に『なんと、雄同士のペアとは珍しい』と、暫く観察された事もある。
 けれど僕は気にしない。野生の鳥が本能に従って何が悪いと、逆に二羽の仲を魅せ付けてやった。
 そして僕達は空中のダンスを踊りながら懐かしい町並みを飛び回る。気分は楽しいデートだ。

「ねぇ。二羽いるし、あのツバメさんじゃない?」
「おー。確かにアレはどっちも雄だわ」
「やっぱり! ねぇツバメさーん、コッチ向いてぇ」

 黄色い悲鳴が地上から聞こえて来る。
 見ると、男女二名の人間が此方に向かって手を振っていた。
 実は現在、僕達の平穏な日常は脅かされ気味なのだ。
 その理由は皮肉な事に、先に述べた研究者。
 なんと彼がマスメディアを通して僕達の関係を面白可笑しく語たったらしく。噂の『雄番ツバメ』を一目みようと、町を訪れたミーハーな観光客に追われる日々が続いている。
 まさか天志さんと同じ苦労を、生まれ変わってから体験するとは思わなかった。
 しかし鳥の心人間知らず。彼等はちょっとした有名人を見つけた時のようなテンションで騒ぎ立てる。
 カメラのフラッシュは眩しく、甲高い声はキンキン響く。気分の良いもではない。ハッキリ言って、僕は苦手だ。
 皇慈さんとアイコンタクトを交わして、スピードを上げる。遠い空の彼方まで飛んで行けば、人間達は追って来れない。
 フワフワと浮かぶ綿菓子雲も突っ切り、一直線。地上の建物が豆粒大に見えた所でやっとスピードを落す。
 そして皇慈さんと顔を向き合わせて、笑うように「ピチュピチュチュルルル」と囀り合った。
 僕達がツバメの番に成って約半年。春に新しく出逢って、今は秋。そろそろ南へ渡る時期だ。
 遠い異国の土地へ――世界を横断する長旅。
 遺伝子に刻まれた生体本能が、遠い過去の約束も叶えようとしている。そしてそれは素晴らしい『新婚旅行』となるだろう。




 ◆◆◆




「本当にそっくりで驚きました」

 数日後。
 サファイアの空を呑気にデートしていると、天志さんの声が耳に届いた。
 何だろう。
 気になった僕達はイチョウの木に潜んで様子を窺って見る。気分は探偵だ。

『燕!』

 バサバサ。衝撃を目撃した皇慈さんが両羽を広げて驚く。
 朗らかな午後の陽射に包まれる神聖な聖堂。ローズウッドの扉の前で談笑していた人物は、なんと人間時代の僕と瓜二つだったのだ。

 パァン……パァン。

 思わぬ邂逅が記憶の欠片を揺り起こす。
 似ていて当然――それは嘗ての僕の末弟だ。彼の隣には笑顔の母親も居る。
 雛鳥のように小さかった末弟はスッカリ大人に成長して、母親は目尻の皺が深くなっていた。

「それに今回は新たなご縁も頂きまして」
「ええ。燕お兄ちゃんにも観えるようにって、この子が言うものですから。相手のお嬢さんも快く賛成してくれましたわ」

 ふわり。涼しい秋風が金木犀の甘い香りを運ぶ。
 どうやら末弟の結婚が決まったそうで、式の打ち合わせに教会を訪れたらしい。
 嗚呼、そうか。
 僕が魅せられなかった母親の夢は末弟が無事に叶えてくれたのだ。
 サアサア。秋風に揺れる枝葉が物悲しいメロディを奏でる。
 時の流れをしんみりと感じて、僕はイチョウの葉群れに隠れた。
 彼等はもう、『血の繋がった家族』ではないのだ。改めて実感する現実が、ズーンと重くのし掛かる。

「チュルチュル」

 くりくり。
 そんな僕を元気付けようと、皇慈さんの額が背中を弄る。
 キュン。どうして彼はこんなにも可愛いのだろう。愛しい体温が伝わり、心の中までホンワリ温まる。

『もう平気です』

 と、僕は両羽を元気よく開く。すると周りのイチョウが舞い上がった。
 懐かしい。思えば皇慈さんとの初デートは教会の中庭だった。
 イチョウ吹雪の鮮やかさは、今も忘れていない。魂の執念か、僕は彼との記憶をしっかり覚えているのだ。

「ピチュピチュチュルル!」

 大切な宝物が、僕を名案へと導く。
 興奮状態の僕とは逆に、皇慈さんは不思議そうに小首を傾げた。そんな仕草も可愛らしい。
 愛しい番に身を寄せて、秘密の計画をヒソヒソ囁く。
 皇慈さんは直ぐに、『それは素敵な贈り物だな』と賛同してくれた。




 それから僕達の日常に新しい習慣が出来た。
 末弟の結婚式は10月下旬。大安吉日だ。
 記念すべきその日まで綺麗なイチョウを集める。
 一枚一枚。嘴に銜えて、セッセッと洋館まで運んで行く。
 洋館は皇慈さんの親戚が引き取ったそうで、そのままの形で残っていた。しかし住人は暮らして居らず。イベント会場として貸し出している。
 おもな客層は仲睦まじい恋人同士で、結婚式場として使用される頻度が多い。教会が近く、神父も出向いてくれるので、人気は高く安定している。
 キャッチコピーは明るく、『お姫様気分で結婚式。歴史ある洋館で夢のひと時を味わっちゃおう!』だ。
 スッカリ様変りした洋館。嘗ての我が家を目にした皇慈さんは、笑顔の溢れる幸せな光景にとても喜んだ。
 そして末弟も、其処で結婚式を挙げる。
 僕達は式を見届ける為、南へ渡る日を延長した。
 すべては僕の都合で我儘なのだが、皇慈さんは文句も言わず付き合ってくれる。イチョウ集めも一生懸命だ。
 愛してる。本当に最高の番だ。僕達は毎晩、褪めない愛情と飛びっきりの幸福を抱き締めて眠りにつく。
 現在の寝床は二人の恋が始まった金木犀。ギュッと身を寄せ合って、お互いの体温を冷たい北風から護っている。




 ◆◆◆




 そして来るべき日が訪れた。
 僕達は朝から洋館へと出向き、末弟の様子を見守る。
 式は洋館の庭で開かれ、多くの招待客が足を運んだ。皆笑顔で、末弟とお嫁さんを祝福している。

「なぁ、兄さん。此処だろ? 燕が暮らしてたのって」
「ああ。アイツ、凄いところの坊ちゃんと付き合ってたんだな」
「自分から勘当申し出るくらいだし、本気の恋だったんでしょ。母さんも、いい加減認めてあげればいのにね」

 其処には勿論、嘗ての家族も居る。他の兄弟も皆結婚し、それぞれの家庭を築いていた。
 甥や姪にあたる子供達が青い芝生を駆け回る。何とも感慨深い光景だ。
 僕が目頭を熱くしていると、歓声が湧き上がる。お嫁さんが登場したのだ。
 純白のウェディングドレスと微風に閃くベールが良く似合う、可愛らしい女性だ。神聖なバージンロードを歩む姿も初々しい。

「素敵な神父さんよね〜」
「ホント。目の保養だわ」

 ウットリ。客席から無数の吐息が零れる。
 新郎新婦の誓いを神へと伝える神父は天志さんだ。彼の唇が紡ぐ祝いの言葉は耳触りが良く、気分をホワワンと癒す。

「ピチュピチュチュルル」
「チュルチュルルリルリ!」

 流石だ。まさに地上に舞い降りた天使。
 僕達も諸手を挙げて賛美を贈る。
 その鳴き声が煩かったのか、天志さんの視線が一瞬突き刺さった気がした。
 しかし式の進行は問題なく、円滑に進む。
 そろそろ頃合いだろう。
 僕達はアイコンタクトを交わし、連れ立って飛び立つ。
 洋館の屋根裏まで到着すると、隠しておいた麻袋を皇慈さんと協力して取り出す。

『夫婦の共同作業ですね』
『ああ。そうだな』

 なんて。
 浮かれた僕が囀れば、皇慈さんも照れくさそうに頷く。
 小春日和の今日は絶好の結婚式日和だ。幸福な空気が屋根裏まで浸透して、僕達の心も包み込む。

「――それでは、誓いの口付けを」

 ナイスタイミング。
 両足で麻袋を掴み庭へ戻ると、式は丁度見せ場に差し掛かっていた。
 緊張に固まる末弟が錆びたロボットのように花嫁のベールを捲り上げる。可愛らしい童顔と相まって、とても微笑ましい。
 カメラを構えた招待客もシャッターを切りまくる。
 今だ。
 僕達は麻袋の口を緩め、地上へ傾けた。
 一枚一枚。心を込めて集めた葉が零れ落ちる。

 ひらり。ひらり。ふわり。ふわり。

 山吹色のイチョウがサファイアの空を舞う。
 まるで金箔の羽根が天空から降り注ぐように。美しい光景が広がる。
 そう、これが僕の思い付いた贈り物だ。

「おや、素敵なプレゼントが届きましたね」

 最初に気付いたのは天志さん。
 その言葉に続き、招待客の視線も次々と空へ向く。

「あらまぁ、秋ねぇ。ロマンチックだわ〜」

 感嘆の声をあげ、肩に舞い降りたイチョウを摘まみ上げる母親。
 隣に座る父親の胸元まで持っていき、イチョウの簡易ブローチで自分の夫を飾った。
 嬉しそうに華やぐ笑顔が二つ咲く。5人の子供を持つ両親の仲睦まじさは伊達じゃない。
 末弟も緊張をフッと緩めて、男らしくお嫁さんの肩を抱く。そして二人は微笑み合い。そっと優しく、唇を重ね合わせた。
 イチョウ吹雪の中で交わされる永遠の愛。
 歓声や口笛も入り混じり。結婚式は最高潮に盛り上がる。
 新婚夫婦も熟年夫婦も皆ラヴラヴ状態。計画は大成功だ。
 僕は心のガッポーズを決め、愛しい番と幸福を振り撒く。
 しかし誰も、それがツバメの仕業だと気付いていないだろう。
 秋風の素敵な贈り物。彼等が今日の思い出を紐解く時は、そう思うはずだ。
 それでいい。僕も何時の間にか、皇慈さんの癖が染みついてしまった。

「ご苦労様ですね。小さなツバメくん達」

 やわらかい微風に乗って、言葉の欠片が届く。
 すべての事情を悟っているようなそれは、聴き馴染んだ友人の声音。
 反射的に天志さんの姿を探すと、何食わぬ顔で聖書を閉じていた。
 気のせいだったのかな。
 小首を傾げる僕。

『燕、燕。私達は本当に良い友を持ったな』

 ピンピン。麻袋を反対側から引っ張り、皇慈さんが上機嫌に語る。
 どうやら彼は僕が見落としたものを発見したらしい。
 詳しい話を聴く。
 皇慈さんは聖書を嬉しそうに指し示して、教えてくれた。
 古くなったイチョウの栞。
 天志さんは今でも、友情の証を大切に使ってくれていると――。




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