初恋は桜の中で:番外編
夢の世界のウサギちゃん1/過去拍手文:一夜×椿・聖祈+光輝
※ 獣耳ファンタジー:本編とは無関係です。
夢魔。
それは淫魔とも呼ばれる――他人の夢を自由に渡り歩く種族である。
「フフフ。寝顔も可愛いね、ウサギちゃん」
漆黒のウサギ耳が月光に照らされる。
柔らかな毛並みをソロソロと撫で、聖祈は妖しく笑んだ。
「……う、ん〜?」
不審な空気を察したのか、一夜が寝返りを打つ。腹に掛けていただけのタオルケットも引き寄せて、頭から被った。
そう、今の一夜はスヤスヤと夢に揺蕩う無抵抗な子ウサギ。恰好の餌食なのだ。
「あ! あんな所に“アリスコス”した椿姫がいる」
タオルケットから覗く耳元に色っぽい唇を寄せ、遊び心を囁く聖祈。
「え、……どこ……ですか……?」
案の定一夜の耳はピクリと動き、愛しい恋人を探し出す。
「おっもしろ〜い」
聖祈の笑みは更に深くなる。
今宵の遊び相手は一夜に決定だ。
「行こうよ、光ちゃん」
同種族の、それも血の繋がる従兄弟を呼び寄せる。
「子供は趣味じゃない」
けれどその相手――光輝は釣れない反応だ。
聖祈から見れば美味しそうな一夜の寝顔にも興味が薄い。
「それより聖ちゃんの恋人はどうなんだ。年齢は兎も角、ルックスは良いんだろう?」
光輝が聖祈の真横に並び立ち、別の案を提示する。
「残念でした。ハルちゃんは今頃、星座の観察中でバッチリ起きてるよ」
聖祈は軽くお手上げのポーズを作り、答えを返す。
対象となる存在が睡眠状態でなければ、夢魔は夢に入り込めない。つまり、桜架の夢は明け方まで愉しめないのだ。
「もう、放置プレイの上手な恋人で困っちゃうよね」
その言葉とは逆に聖祈の頬はデレデレと緩む。
「仕方ない。今夜は甘ったるい子ウサギで我慢するか」
サラリと意見を切り替える光輝。
「あれ? ボクまた無視されてる?」
「山吹の弟の方には興味が有る」
因みに椿は一夜と同い年。
光輝よりも年下なのだが、“付属品”が豪華な為に目を付けられていた。
「まぁ、光ちゃんが行く気になってくれたんなら別にいいけどぉー」
しかし何処が面白くないのも事実。聖祈は口を尖らせ、拗ねて見せる。
「先に行くぞ。聖祈」
そう言うと光輝はスヤスヤと眠る一夜の頭上に掌を掲げ、能力を発動した。
光の粒子が集まり、光輝の全身を緩やかに優しく包み込む。
まるで無数の蛍が乱舞する幻想夜。
光輝の姿がだんだんと薄くなり、見惚れている間に跡形も無く消え去る。
「あ、待って! 一緒に行こうよ、光ちゃん」
聖祈も慌てて光の中へ飛び込み、夢の世界へ侵入した。
夢の世界のウサギちゃん
場面は一変。
一夜の寝室から別の世界へ切り替わった。
「ハァ、……椿が……見つかりません」
巨大な葉っぱの下。一夜が燦燦と降り注ぐ日差しから逃れ、日陰で休息を取っている。
妙にメルヘンチックな世界観はアリスワールドだろうか。
一夜は満月の様に丸い金時計を首から提げていた。
本来はアリスが白ウサギを追いかける側だが、黒ウサギの方は愛しのアリスを捜索中のようだ。
「ワォ! 予想以上のバニーボーイ」
その様子を眼下に収め、聖祈は指をパチンと鳴らす。
仕掛けた夢の種が効果覿面、開花したのだ。
素直に嬉しい。
一夜の衣装は白いウィングカラーシャツに黒色のベストを合わせたフォーマルタイプで、ハーフパンツから伸びる細い脚が少年の魅力を最大限に惹き出していた。
弾ける若さが聖祈の頬を緩ませる。
「やっぱりラビット族といえば、アリスだよね! コスプレサイコー!」
聖祈は諸手を上げて歓喜した。
因みに聖祈達は出演者の一人ではなく傍観者。映画を鑑賞するように一夜の夢を楽しむ。
「……」
一夜が暫しの休息を終わらせ、ぴょこんぴょこんと駆け出す。
しかし元々無口な一夜。会話する相手のいない場面では常に無言だ。
巨大なキノコや、ビルほど高く咲き誇る向日葵。小人に変身した世界はメルヘンチックで、まさに夢の世界。
そこを冒険する美少年は絵になるが、如何せん表情の変化が乏しい。
「リアクションが薄いな。もっと盛大に驚いた方が主人公らしい」
光輝が口を開き、物語に意見する。
「そうだねー。そろそろ誰か出そうか」
聖祈も光輝と同意見。
親指と中指をパチンと鳴らし、夢魔の能力を使う。
夢の内容を自分好みに塗り替える事も可能だが、今回は多少の変化を加えるだけに留める。
その方が一夜の反応がリアルで面白そうだからだ。
「おーい。一夜」
仕掛け通り、一夜の頭上から声が降って来る。
「あ、葉月君」
一夜が顔を上げる。
大樹の枝に座っていたのは、ウルフ族の少年――夏陽。
爽やかな笑顔を浮かべ、一夜へ右手を振っている。その輝きは夏の陽射しにも負けていない。
どうやら夏陽がチャシャ猫担当のようだ。
「よっと」
運動神経抜群の夏陽が聳え立つ樹木からピョンと飛び降りる。
その反動が緑生い茂る枝葉を揺らし、癒しの木漏れ日もサワサワと揺らした。
「今から“茶会”に行くんだけどさ、一夜も来ないか?」
地面へ無事降り立った夏陽が一夜の前へ立つ。
「お茶会ですか……。でも、呼ばれていない俺がお邪魔しても、ご迷惑になるのでは?」
遠慮を見せる一夜。
「冬乃も居るし平気だって。それに主催者は一夜も知ってる先輩だから、問題ねーよ」
それでも夏陽は気さくな笑顔を崩さず、一夜を目的場所へ引っ張って行く。
物語が新たな局面に突入したのだ。
「聖ちゃん、この夢の元ネタ……よく知らないだろう」
「アハハ。分かる―? 実は子供の頃に見たくらいで、薄ぼんやりとしか覚えてないんだよね」
「だろうな。ウサギがアリスの役回りを演じてる」
それでも一夜を始めとした少年達のコスプレ姿は楽しめる。聖祈的には、何の問題もない。
左右にフサフサと揺れる夏陽の狼尻尾も、いずれモフモフ撫で回してみたいものだ。
「あ〜。それと、光ちゃんの女王様コスも見たいな」
聖祈はぴょこぴょこ移動中の一夜から、光輝へ視線を移す。
麗しの美貌はアリス衣装も似合いそうだけれど、性格的にはやはり“女王様”だろう。
「色は赤、それとも白の方か?」
吝かでもなさそうな光輝の言葉。調子に乗った聖祈は細い腰に腕を回す。
高貴な唇をサラリと奪える距離に顔を近付けても、光輝は逃げない。
けれど自らは微塵も動かず、不敵な笑みが聖祈の戯れを観察している。
「ん〜、黒かな」
「アリスに黒の女王はいない」
丁度10pという身長差。他意はなくとも光輝は上目使い。
美少年のナイスアングルに、聖祈の頬は自然と緩む。
「いらっしゃい。一夜くん」
しかし、一夜の夢は思いもよらない展開へと発展する。
「突然の訪問で、すみません。桜架先輩」
「気にしなくてもいいよ。お茶会は大勢の方が楽しいしね」
なんと、帽子屋役が桜架だったのである。
「うわぁ! ハルちゃん!? 浮気じゃないよ。従兄弟同士のスキンシップ、スキンシップ!」
余りの驚きに聖祈の声は上ずり、慌てて光輝との距離を空けた。
「夢の映像に焦りすぎだ」
この状況はあくまでも一夜の夢世界。
鼻歌交じりに紅茶を用意する桜架は、光輝の言う通り本人ではない。
本物の桜架は睡魔の安らかな誘惑も断り、星座観察に夢中。聖祈が何処で何をしているのかも、気にしていないだろう。
けれどそれを理解していても、聖祈の心臓は突然現れた恋人にバクバクと焦る。
条件反射とは恐ろしい。
「お菓子も食べてね」
「はい。……あ、とても美味しいです」
しかし場面は聖祈の焦りとは関係なく、順調に進む。
癒しの木漏れ日が溢れる大樹の木陰。お茶会を包む空気はほのぼのと流れる。
「ありがとう。桃香お母さんと桜子ちゃんのお手製なんだ」
ほわほわ〜。
桜架の柔らかい微笑みが楽しい茶会に癒しを増やす。
確かに茶会を開きそうな人物はスイーツ好きの桜架だ。リボンや羽で飾られたシルクハットも、レモンブロンドの髪によく似合っている。
「春風さんもいれば華やかだったのにな」
冬乃がサクサククッキーを齧りながら一言。
因みに彼の役回りは眠りネズミ。全く眠そうではなく、明るく会話に参加しているが。
「まぁ、チャシャ猫(夏陽)の好物的な意味では適役だよね」
その配役理由を簡単に結論付けて、聖祈は視聴を続ける。
桜架登場による動揺は持ち前のポジティブさで萌に変換していた。
「そっか、椿ちゃんを探してたのか」
「珍しいな。卯月君が呼んだら、直ぐに出てきそうなのに」
芳醇な紅茶に舌鼓を打ちながらも、夏陽と冬乃は友人の話に耳を傾ける。
茶会は一夜の話題で盛り始めた。
「椿は、……忙しいんでしょうか?」
一夜がティーカップをソーサーに戻し、空を仰ぐ。
その視線の先にはサファイアを溶かした青空が広がっている。
遠い空の彼方に愛しい椿の姿を求めているのだろう。
「どうだろ。また擦れ違ってるだけかもしんねーし」
そんな一夜を夏陽が明るく励ます。
「それに椿ちゃんが卯月君を意識的に避けるなんて、ツンデレ拗らせない限りなさそうだけどな」
冬乃の言葉も続く。
「てか、一夜にはマジデレ1000%だろ」
夏陽が間髪容れず茶化す。
その表情は笑顔だが羨ましそうにも見える。
「冬乃は意外とアッサリしてて、人前だと甘やかしてくれねーんだよなぁ」
「友達のままの付き合いが良いって言ったのは、夏陽だろうが」
今度は夏陽の悩みに冬乃が鋭く突っ込む。
仲の良い友人カップルの戯れ合いに、茶会の空気も朗らかだ。
「俺、もう少し探して見ます。ありがとうございました」
一夜も元気を貰ったようで、スクリと立ち上がる。
茶会の礼も桜架に述べて、冒険を再開した。
「でも目的は椿姫のアリスコスなのに、全然お目見えしないねー」
漆黒のウサギ耳が期待と共にピョコンピョコンと揺れ動く。
しかしそれは代わり映えしない移動風景だ。流石の聖祈も欠伸が出そうになる。
「案外、女装が嫌なだけだったりしてな」
光輝がぽそりと、確信めいた呟きを洩らす。
確かに本物の椿は中性的な自分の容姿を気に入っていない。ふざけて女性扱いすれば、怒り心頭に発する程だ。
「でも、ウサギちゃんが望めば関係ないんじゃないの? あの子の夢なんだしさ」
そう、これは一夜の夢世界。
椿本人の意志よりも、一夜の潜在意識が強く現れる。彼が望めばアリスどころか、その躰を好きに扱えるのだ。
「だから、あの子ウサギが嫌がる姿を見たくないと思ってるんだろ。……これだから子供の夢は詰まらん」
光輝が「ん〜」と背筋を伸ばし、夢から抜け出ようとする。
今のままの状況では椿は現れないと判断したのだろう。
入口と同じように光輝の全身が光の粒子に包まれる。
「あ、待ってよ。光ちゃん、ボクも戻るからー」
聖祈は光輝の後を慌てて追いかけ、夢の視聴を終わらせた。
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