初恋は桜の中で:番外編
お菓子くれても、悪戯しちゃうぞ2


 一際大きな声音が火を吹く。紅色の長い髪が夜風に吹かれ、新鮮な炎が舞った。彼は火竜族の青年。名前は緋色。背中には、大きな翼が生えている。
 緋色は山吹を伴い、広場の外れに降り立った。途端、それまで誰も居なかった其処にヒトの波が押し寄せる。山吹目当ての女性達だ。

「ッ、……!」

 押し寄せたヒトの波に、一夜の身体がドン!と押される。広場の騒ぎを聞きつけた者達が、住宅街からも押し寄せて来たのだ。
 緩やかな波は津波へと変わり。無抵抗な少年から開けた視界を奪う。波に遊ばれる落ち葉のように、一夜の身体は人込みに弄ばれていた。

「、……通して、下さい」

 早く、元の場所に戻らなければ。一夜は遠ざかる広場の入り口に腕を伸ばした。
 けれど一夜の小さな叫びは、誰の耳にも届かず。その身体は、無慈悲にもヒトの波に流されて行く。

「ちょっとー。ジャマなんですけどぉー」

 一夜は流れに逆らい、脚を動かした。けれど後を歩いていた女性から邪険な言葉を投げられ。肩を叩かれてしまう。

「ぁ、すみません」
「フン! 気を付けなさいよねぇー」

 一夜は恐縮し、頭を下げる。派手な服装の女性は、その姿勢も邪魔だと言うように冷たい視線を投げ。一夜から離れた。

「……」

 気づけば、広場の中央に投げ出され。一夜は、視線を彷徨わせた。右を向いても、左を向いても、前も後も。知らないヒトの顔。
 夏陽や冬乃も祭りに来ている筈だけれど、一夜はその影すらも見付ける事が出来ない。何百人というヒトの中で、独りぼっちだ。

(戻らないと)

 一夜は孤独の足音から耳を背け、前を向いた。
 町で一番大きい広場の入り口。椿との約束場所。山吹が来ているという事は、椿も到着しているだろう。

(椿に、早く逢いたい)

 一夜の孤独も不安な感情も、椿はすべて溶かして幸福に変えてくれる。
 一夜は決意を込めた拳を握り締め、絶え間なく流れ続けるヒトの波に挑んだ。目指すは、広場入り口。椿が待っている。約束の場所。

「君が来る必要はない」
「っ……!」

 威力の衰えないヒトの波から、凛と透き通る流麗な音が生まれる。それは真暗な闇の中に咲く真白な結晶。一夜の愛しい美しき氷華。

「僕が行くから、一夜は動くな」

 また迷子になるぞ、と。冗談めかし、波間を迷い無く進む。愛しいひと――椿が、一夜の元までその長い脚を動かしていた。
 背中の翼は収納され、頭にのみ小さな蝙蝠の翼が見えている。有翼種族は魔力を使い、自分の翼を伸縮する事が出来る。狭い部屋や、ヒトが込み合う祭りのような場所では邪魔になってしまうからだ。

「祭りは良いが、この人込みは煩わしいな」

 椿は一夜に親しげな笑みを向け、うんざりしたように言った。実は、一夜を待っている間に知らないニンゲンからしつこく声を掛けられ。不機嫌を募らせていたのだ。

「誰にも邪魔されない場所に行きたい」
「っ、椿……?」

 けれど、椿の事情を知らない現在の一夜は戸惑い。握られた掌に、心臓が音を奏でてしまう。

「椿く〜ん。お姉ちゃんを措いて行かないでぇ」

 ヒトの波の向こう側から、蜂蜜のような甘い声音が椿を呼んでいる。それは椿の姉・菜花の声音。椿は菜花と共に浮遊島から降りて来たようだ。
 菜花と椿は父違いの姉弟だけれど、その仲は良い。むしろ、菜花は弟を可愛がり過ぎている節があり。自分の気に入った洋服を椿に着せようと、日々期待に満ちた眼差しを向けている。一夜も『一夜クンは、椿くんにどの“ウェディングドレス”を着て欲しい?』と、参考資料を見せられた事が何度も有った。

「姉さん、今夜は一夜と過ごすから。兄さんにも伝えておいて」
「ぇ、」
「きゃあん。それなら、お姉ちゃん。二人の邪魔にならないように我慢するわ」

 椿は恥ずかしげもなく、恋人との逢瀬を姉に言い放つ。一夜はそれに羞恥を感じ。菜花は嬉しそうに黄色い悲鳴を上げた。



 ◆◆◆



「凄く、綺麗ですね」
「ああ。そうだな」

 星空のランデブーは甘い夜想曲。
 夜明け色の瞳に遠き大地が映り、漆黒は冷気を含んだ秋風に踊る。一夜は椿に抱き抱えられ、夜空を泳いでいた。
 暗き夜空の中に星々が輝き、優しいランタンの灯りが大地をオレンジ色に染めている。上も下も、天上も地上も。宝石が散らばったように輝いている。
 幻想的な二人だけの世界。誰にも邪魔をされない、一夜と椿だけの特別な遊覧飛行。星屑を散りばめた世界に、ただただ感動が浮かぶ。

「……椿」
「一夜……ン」

 星空のデート。星屑を映し煌く瞳。愛しさで溢れる心。一夜と椿の唇が自然と引き寄せられ、甘く重なった。



「――はい。到着」
「ぁ、ありがとうございました」
「ふふ。どういたしまして」

 甘い風を纏ったまま、椿が一夜を地上に下ろす。一夜の両足は夢の続きを見ているように、ふわふわと大地の感触を確かめた。
 其処は一夜の家の前。椿は町の広場から、一夜の住んでいる森までの距離を飛んで移動していたのだ。星屑世界は嬉しい誤算。思いがけないロマンチックな時間(デート)を堪能してしまった。

 夜の静寂に支配されていた部屋に明かりを付け、一夜は椿に席を勧めた。夜風に吹かれた身体は冷え、暖を求めている。
 カボチャのスープを作っていたので、それを温め。食卓に置いた。夜店で購入した軽食もテーブルに広げ、暖かな夕食を楽しむ。
 一夜は安らいだ温かな空間に幸福を感じていた。椿が一夜の孤独を溶かして、幸せな感情に変えてくれたのだ。


「毛玉が出来てる」
「ぇ?」
「ほら、じっとして」
「はい」

 夕食を食べ終え。一夜は椿にウサギ耳をブラッシングされていた。気持ちの良い感覚に微睡む瞼。愛情で出来た声音が鼓膜を擽る。
 今日は、椿に逢う日だから、と。出かける前に整えた筈の漆黒は、ヒトの波に揉みくちゃにされている間に乱されていたようだ。
 椿がそれに気づき、丁寧に優しく梳いてゆく。グチャグチャだった毛並みは、サラサラふわふわもふもふと元通り。一夜の心はそれにまた、むず痒い幸せを感じるのだった。



 ◆◆◆



「ぁ、ん……チュク……はぁ――」
「んっ……椿、甘い……です」

 柔らかなソフトキャンディーが口内に甘くとける。二人分の唾液が混ざり合い、媚薬のように身体の熱を呼び覚ます。
 数日前に連れて行かれた甘味所。其処には、秋の収穫祭に合わせて様々なお菓子が販売されていた。一夜はその中から桜色のソフトキャンディーを選び、購入していたのだ。

「一夜……んぁン」

 丹花の唇はキャンディーよりも甘く。一夜は桜色の砂糖菓子がとけて味を無くしても、それを味わっていた。
 椿の頭の翼が、口付けが深まる度に小さくピクピクと震えている。背中の翼は仕舞われ。一夜は椿の背中を遠慮なく掻き抱いた。

「愛してる。椿」
「んっ……僕も、愛してる。……だから、一夜の好きなだけ――僕の身体に“悪戯”して」

 一夜は偽りの無い睦言を囁く。それは二人の甘い密夜を告げる鐘の音だ。椿の瞳が妖艶な色を浮かばせ、甘い花蜜が香り立つ。
 凛と澄ました近寄りがたき雰囲気を纏う少年も、愛しい相手の前ではとても魅惑的な表情を魅せる。そしてそれは、一夜の欲情を巧みに誘うのだ。

「ッ――はい」
「ぁ、ゃん……擽った、ハァン……」

 一夜は生唾を飲み込み。新雪を纏う少年の肉体に唇を寄せる。体勢を前に倒した事で、肩口から漆黒のウサギ耳が滑り。桜色の粒を擽る。
 意思を含まぬ愛撫に、丹花の唇は甘く囀り。一夜の好奇心をムズムズと刺激した。

「俺の耳、気持ち良い……ですか」
「ャ、……はぁん……ァぁん……一夜」

 綿毛のように、羽毛のように、ふわふわと柔らかい感触。一夜は自分の長いウサギ耳を筆のように操り。毛先で、可愛い粒を撫でる。
 マシュマロのように柔らかかったそれが、漆黒色のウサギ毛に刺激され芯を持ち始めた。

「はむ。……ぺろ……ちゅぱ」
「ひゃン……! 舐め、な……ふぁぁ」

 薄い桜色が熟れた果実のように赤みを増す。一夜は左粒を毛先で遊びながら、右粒を舌全体で味わった。
 二人の美しい少年が肌を重ねている艶かしい光景が、ランタンの灯りにユラユラと照らされている。
 二つ作ったカボチャランタン。一つは玄関先で悪霊の侵入を防ぎ。もう一つは、影の重なる寝室を揺らめくオレンジ色に染めていた。

「一夜……僕も、君を気持ち良くしたい」
「っ!」

 純白のシーツに沈んでいた椿が一夜の頬を両手で包み込み、妖艶に微笑んだ。
 愛する者。二人で紡ぐ甘い夜伽の熱。椿はただ大人しく、一夜から与えられる快楽に溺れているだけの少年ではない。体勢を入れ替え。一夜の薄い筋肉の上に、自分の身体を重ねた。

「ッ――ァ、ぁん、一夜の、熱い」
「椿――ゥ、ぁ……も、」

 椿は一夜の芯に自分のそれを擦り合わせ、男の欲望を煽る。どちらからともなく唇を重ね。腰を揺らした。先密が溢れ、快楽が高められてゆく。

「一夜、いちやぁ……僕、イ……ァ、あぁあぁん!」
「俺も、椿――アア!」

 白濁の欲望が同時に溢れ。一夜と椿の下腹部を卑猥な色に染める。混ざり合ったそれが、ランタンの灯りに厭らしく照らされていた。

「ハァ、はぁ」

 息を整えている椿の翼が、一夜の目の前で揺れている。その髪色と同じ、艶やかな紫黒。一夜の耳のように、椿の翼も敏感なのだろうか。そんな疑問が一夜の中に浮かび、手を伸ばした。

「ふぁ!? な……ァン……に、」

 翼の輪郭を撫でられた椿の肩がビクリと反応を示す。一夜は体勢を変え、真白な新雪を再びシーツに沈めた。

「翼も、感じるんですね」
「そん、ァ、な……知ら――ぁッ、ア、ぁん!」

 一夜は椿の頭の翼に舌を這わせ、ペロペロと舐める。椿は初めて感じる感触に耐えるように、キュッと目を瞑り。快楽の涙を流した。
 その表情は艶やかな色気を放ち。一夜の芯は新たな熱を意識しだす。

「一夜、……それ……嫌……変に、なる……ふぁァ」

 その言葉とは逆に、椿の雪頬は朱に染まり。一夜に確かな反応を返していた。下腹部を探れば、熱い愛液が一夜の指を濡らし、クチュグチャと卑猥な音を立てる。
 敏感な芯に与えられる刺激とは異なる快感が、身体を駆け巡り。椿は甘く鳴き続けた。翼が性感帯なのは、間違いないようだ。



 ◆◆◆



「――怒ってますか」
「どうして?」

 一夜は自分の行いを恥じていた。椿は何度も『止めて』と言ったのに、翼への愛撫を止められなかったのだ。だって“あの表情”は今思い出しても、情欲的過ぎる。
 一夜は怒声を浴びせられる覚悟を決め、椿の心根を問うた。けれど椿は一夜の反省に首を傾げ、漆黒のウサギ耳にもふもふと頬擦りをしている。

「ふふ。一夜の耳はあたたかいな。とても心地良い」
「……」

 椿はウサギ耳の感触に夢中で、頬を緩めている。とても一夜の行為内容に怒っているようには、見えなかった。

「――そんなに気にするな。僕が、“好きなだけ悪戯して”と、言ったんだ」
「それは、でも……」

 椿は読心術でも習得しているように、一夜の胸の内側を読み取る。寡黙な一夜はそれに助けられているけれど、こう言う話題の時には気恥ずかしさが増してしまう。

「それじゃあ。キスしてくれたら、許してあげる」
「ッ!」

 椿は悪戯っ子のように一夜の首筋に腕を絡め、丹花の唇を差し出した。
 椿が見せる幻覚だろうか、仕舞われている筈の翼が小悪魔のソレのようにパタパタと動いている。

「僕とキスをするの本当は、嫌?」
「嫌じゃ、ないです」

 触れられない唇に焦れたのか、椿は不満そうに口を尖らせた。口付けをしたくない訳ではない。けれどそれは、一夜へのご褒美になってしまう。

「なら、問題はないな」
「待、椿……んっ」

 椿は妖艶に微笑み、一夜の唇を奪う。重ねられたそれは砂糖菓子のように甘美で、一夜の思想は甘く蕩ける。



 大人しい黒ウサギは悪戯を仕掛ける小悪魔に、今日も翻弄され続けていた。





[*前へ]

2/2ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!