初恋は桜の中で:番外編
お菓子くれても、悪戯しちゃうぞ1/一夜×椿


※ ファンタジー設定:本編とは無関係です。




 此処は不思議な生物が暮らす不思議な世界。翼の生えた馬・ペガサスや、古代の最強生物・ドラゴンが息衝く幻想的な世界。
 そしてこの世界に住まう“ヒト”達の外形も、人間のそれと何処か異なっていた。耳や身体の一部が動物のような形をし、魔力と呼ばれる特殊能力を持っている者もいたのだ。



お菓子くれても、悪戯しちゃうぞ




「……」

 ぴょこん。ぴょこん。ふさふさと長い耳が、少年の動きに合わせて揺れる。肘の位置まで垂れ下がったロップイヤータイプのウサギ耳。
 十代後半という年の割には、幼く見える輪郭。夜の暗闇を思わせる漆黒色の髪に、同色の愛らしいウサギ耳が調和している。
 彼はラビット種族の少年。名前は一夜。争いを好まず、森の奥で静かに暮らしていた。

「一夜!」

 上空から凛とした中音域が花弁のように降り注ぐ。
 一夜が蒼色の空に視線を向ければ、その身体よりも大きな翼が天空に羽ばたいていた。

「ぁ、椿……!」

 一夜は反射的に両腕を空に差し出した。天を自由に舞っていた少年が、一夜の元に降りて来たからだ。

「ふふ。驚いた?」
「はい」

 紫黒色の艶やかな髪が、翼の生み出した風に揺れる。背中と頭に蝙蝠のような翼を持つ美しい少年。彼の名前を椿といった。
 椿は一夜の差し出した両手に自分のそれを重ねて、翼の動きを細かく調節する。

「一夜――逢いたかった」
「ッ!」

 椿は緑生い茂る草原に降り立つ、と。同時に一夜の身体をギュッと抱き締めてきた。花蜜のような甘美な香りが、一夜の鼻孔を擽る。
 椿は天空に住まう有翼種族(ゆうよくしゅぞく)の少年。広大な空を自由に翔る有翼種族は、天空に浮かぶ浮遊島に居を構え。滅多な事では地上に降りて来ない。
 しかも椿は、由緒正しい家柄に産まれた末息子。一族の長たる母親はプライドが高く、厳格な女性だった。

「俺も、椿に逢いたかったです」
「ぁ、一夜……ン」

 一夜は椿の背を抱き締め返し、唇を重ねた。数週間ぶりに触れ合ったそれは甘く、愛しさが募る。
 一夜と椿は将来を誓い合った恋人同士。種族は違えど、相手を愛する感情に偽りはない。

「チュク……椿……」
「一夜……ふぁァ……」

 一夜は椿の下唇を味わいながら、チロチロと応える舌を吸う。
 椿よりも一夜の方が身長が低い為に、その口付けは下位置から行われている。一夜は普段、背伸びをしてその身長差を埋めていた。
 けれど今回はその余裕がない。遥かなる上空。一夜がどんなに腕を伸ばしても、届かない場所にいた愛しい存在。
 大好きな椿が、野を駆ける自分の元まで降りて来てくれたのだから。

「――もう駄目。直に戻らないと」

 椿は一夜の唇を名残惜しそうに離し、夜明け色の瞳を覗き込む。
 椿の母親・水仙は掟に厳しく、他種族との交わりにいい顔をしない。今日も椿は母親の不在を見極めてから、家を抜け出して来たのだ。
 一夜もそれを理解している。だから、ツバキ色の瞳に愛を囁き返し。腕を離した。

「秋の収穫祭は、一緒に過ごせるから」
「……はい」

 低い、けれど愛しい体温が一夜から離れる。椿は翼を再び羽ばたかせ、蒼い空に浮かび上がった。
 毎年十月の終わりに行われる収穫祭は、夜通し行われる歴史ある祭り。その日は種族の垣根を越え、今年一年の収穫を祝い。翌年の五穀豊穣を祈念する。
 けれど文化の発達した近年では、その意味も薄れ。祝日として祭りを楽しむ日となっていた。

「椿――」

 漆黒のウサギ耳が金木犀の香りを運ぶ秋風に揺れる。
 一夜は椿の身体が蒼く澄んだ秋空に消えて行くのを、見詰め続けていた。



 ◆◆◆


「……」

 椿の影を見送った一夜は、収穫祭の準備に沸く町に訪れていた。露店商が建ち並ぶ通りに脚を向ければ、ヒトの波に細い身体が攫われる。
 一夜は人込みが苦手だ。だから滅多な事では繁華街に姿を見せない。今日は収穫祭の準備の為に、買出しに出向いていたのだ。

「カボチャをください」
「あいよ。いくつだい?」
「二つ、お願いします」

 一夜はヒトの波を掻き分け。野菜を売る露店の前に立つと、オレンジ色のカボチャを購入した。
 これは食べる為ではなく、中を刳り抜いてランタンを作るのだ。秋の収穫祭を代表するシンボル。悪霊を遠ざけ、善霊を引き寄せる灯。


「アレ〜。ウサギちゃんじゃなーい」

 一夜は一通りの買い物を終え、一息付く。その耳に、歌うような軽やかな声音が届いた。
 声の主に振り向けば、見知った青年が一夜にハートを飛ばしていた。

「ぁ、聖祈先輩」

 背が高いシルバー・グレイ髪の色男。彼の名前は聖祈。人間の夢に潜り込み、淫らな夢を見せる淫魔族の青年だ。
 聖祈は異性を魅惑する“チャーム”の魔法が使える。けれどそれは“聖祈の本命相手”には効き目がないらしく。真面目な告白をしても、本気にされていないそうな。

「あー、やっぱり。アニマル種はもふもふしてて、イイなぁ〜」
「止めて下さい」

 聖祈は一夜の耳を鷲掴み、ふわふわの冬毛に頬擦る。
 一夜は焦った。椿が気に入っているサラサラと柔らかい毛並みが、聖祈にグチャグチャと乱されてゆく。

「いいじゃない。減るものでもないし」
「減ります」

 一夜の垂れ耳を包む冬毛は乱暴に扱われれば抜けもするし、減りもする。それに耳はデリケートな部分なので、不用意に触れてほしくないのだ。
 聖祈の手を止めたいのは山々だ。けれど一夜は両腕に大量の荷物を抱え、それが出来ない。

「ウサギちゃんのケチ〜」
「……」

 聖祈は一夜のウサギ耳を開放し、不満そうに口を尖らせた。けれどその表情はどこか飄々と、楽しそうな色を浮かばせている。

「椿姫が同じコトしても文句言わないくせにー」

 椿は一夜の耳を触るのが好きだ。漆黒の頭を撫で、そのまま耳も愛でられる。椿の操る柔らかなブラシの感触は丁寧で、そして優しい。
 椿は一夜を大切にしてくれる。世界で唯一の純粋な愛情を贈ってくれた。大好きな椿。一夜は椿を心から愛している。

「椿は、優しいから。いい、んです」
「え〜? ボクも“ベッドの中”では優しい自信あるよ。だから今夜試して、み・な・い」
「お断りします!」

 聖祈の艶かしい指先が一夜の顎を持ち上げ、長い下睫毛が迫って来た。聖祈は挨拶代わりにセクハラ行為を繰返す困った淫魔だ。

「――こんな道の往来で、何をしてるのかな? 聖祈くん」
「ッ! ハ、ハルちゃん。どうして、ココに……?」

 おっとりと柔らかい声音が、聖祈の動きをピタリと止めた。視線を向ければ、秋の陽射しにレモン・ブロンドがキラキラと輝いている。
 彼の名前は桜架。シープ族の青年だ。陽に透けるレモン・ブロンドからは、渦巻き状の丸い羊角が見えている。

「ぁ、分かった。ボクが恋しくなって、逢いに来てくれたんだね!」
「違うよ。桜子ちゃんと、収穫祭の買出しに来たんだよ」

 聖祈は桜架にハート付きのウィンクを投げる。けれど聖祈のポジティブな解釈は、あっさりと否定された。
 確かに桜架の後を窺えば、可憐な少女が顔を覗かせている。ピンク・ブロンド眩しい少女の名前は桜子。桜架の妹だ。

「こんにちは。卯月くんも、お買い物?」
「はい」

 横に伸びた桜子の羊耳が、一夜に挨拶をするようにピョコンと動く。
 桜架と桜子は軒並み連なる街中に住んでいて、ヒトの溢れる波の中でも普段と変わらない表情をしていた。

「つまり、この出逢いは運命って意味だね。そんな訳でどうだい、今から四人でお茶でも」
「運命じゃないけど、お茶はいいよ」
「ぁ、私。行ってみたいお店があるの」
「やったー。念願の両手に花! いや、腕が一本足りないなぁ」
「……」

 一夜は意見を一致させた青年達に引っ張られ、女性客が溢れかえる甘味所に連れて行かれた。



「ただ、いま……」

 一夜は重たい体を引きずるように、自宅の扉を開けた。誰も居ない家の中は、シーンと静まり。夜の静寂が支配している。
 本当は、陽が沈む前に帰路に付く予定だったのだけれど。聖祈達に付き合っている間に、長い時間が経過してしまったのだ。

(……疲れた)

 一夜は買い出した物を所定の場所にしまい。ベッドに身を沈めた。
 自分のウサギ耳がふわりと頬にかかり、そっと撫でる。乱された漆黒には、小さな毛玉が出来ていた。



 ◆◆◆



 翌日の昼下がり。一夜はランタン作りに精を出していた。
 カボチャの底面を平に切り落とし、中から種や果肉を掻き出す。中身を綺麗に取り除いたら、小刀で表面に模様を彫る。

「収穫祭の日さ。冬乃と回る約束してんだけど、一夜も来るか?」

 カボチャの表面に目を彫っていた一夜の横から、少年の声音がかかる。同じようにランタンを作っていたウルフ族のものだ。
 狩る者と狩られる者。ウルフ族とラビット族は同じ森に住みながら、仲が良くなかった。大人しい性質のラビット族は、力強い森の支配者・ウルフ族を恐れていたのだ。
 けれどそれは一夜達が産まれる、ずっと、ずっと、昔の話。現在では交流が有り、友人もいた。

「野暮な質問するなよ、夏陽。卯月君は、椿ちゃんとデートに決まってるだろ」
「ハゥッ!」

 ふさふさの狼尻尾が左右に揺れている。短いオレンジ・ブラウン髪の少年が夏陽。その隣に座っている、眼鏡を掛けた少年が冬乃。
 共にウルフ族の血が流れる彼らは、一夜の数少ない友人。種族の壁を越えた絆は此処にも存在しているのだ。

「ああ、うん。そうだよな」
「夏陽は大人しく、俺と空しい夜店巡りを楽しめ」
「いや、空しくはねーけど」

 残念そうな表情を浮かばせる夏陽に、冬乃は冗談めかした言葉を投げる。
 夏陽と冬乃は仲が良い。一夜はその空気に余計な音を挿めず、良く晴れた秋空に視線を向けた。

「……」

 大きな大地の塊が、蒼い空の中を泳いでいる。有翼種族の住まう浮遊島。あの大陸に、一夜の愛しい花(つばき)は咲いているのだろうか。
 翼を持たない種族が浮遊島に昇る手段は、存在している。浮遊能力を持っている者に島まで運んでもらうのだ。現に観光客を対象とした、ペガサス馬車も存在している。

(椿)

 一夜は寂しいと思ってしまう感情に首を振り、ランタン作りに意識を戻した。大丈夫。椿には、直に逢える。その日を無事迎える為に、今はその準備を進めるのだ。



 ◆◆◆



 秋の収穫祭当日。一夜は森を離れ、祭りに賑う街に脚を運んでいた。家々の玄関先には、明かりの灯ったカボチャランタンが置かれている。
 暖かな住宅地を抜け。街の中央広場に出れば、オモチャや食べ物を売る夜店が何百件と軒を連ねていた。賑やかに飛び交うヒトの声音が混ざり合い。祭りの雰囲気を大いに盛り上げている。
 一夜は広場の入り口に佇み、青金石(ラピスラズリ)が溶けた空に待ち人を想う。

「キァアアアア! 山吹ぃいいい!!」
「本物よーーー!!」

 突如として、ヒトの波が激しさを増した。何百という女性が天に向かって、黄色い悲鳴を上げている。嬉しそうに両手を振る者。うっとりと月の昇る空を見詰めている者。反応は様々だけれど、皆一様に頬を朱に染めていた。

「……」

 一夜はこの騒動に見覚えが有る。強烈なカリスマ性と貴族的な優雅さを兼ね備えた美青年。可憐な乙女は一目で恋の虜。人心を魅了する世界の至宝。その男性の名前は、山吹。椿の尊敬する種違いの兄だ。

「ッだー。なんで、こんな暗い中でも見つかるんだよ。お前は!」
「夜目が利く種族には、見えているのだろう」



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