初恋は桜の中で:番外編
ほろ苦いビュッシュ・ド・ノエル 5


『ノリよった。このお人、綺麗な笑顔でノリよったで』
『いやー。番組のメーンは山吹さんなのですがね』

 司会者も含め、山吹以外の共演者が全員ワタワタ慌て出す。

『いえいえ。私は刺身のつま役で充分ですよ』
『大トロクラスの役者さんが何言ってますのん!?』
『では先ず、サンタクロースの思い出をお話ください』
『待ってください。それはワタシ、司会者へのカンペですよ』
『アハハハ』
『つか、スタッフさんらも笑っとらんと止めーや』

 もう番組は山吹のペースだ。スタッフも止める気が無い様で、画面の端から笑い声が引っ切り無しに聞こえて来る。




『えー。聖夜の貴重な二時間を消費するという当番組も、とうとうエンディングですが……遂にワタシ、山吹氏からマイクを奪い返す事が出来ませんでした』

 疲れ切った眼。力の抜けた声。
 つい二時間前までスタジオ内を溌剌と動き回っていた司会者はすっかり萎え、テーブルに突っ伏していた。

『ホンマ恐っそろしいお人やわ』

 それは勿論、雛壇に座る芸人も同じだ。
 ふざけ半分の黄色い悲鳴を上げる者はもう居ない。クリスマスに関する話題を根掘り葉掘り聞き出されて、憔悴し切っていた。
 けれど山吹本人は全くペースを崩していない。いや寧ろ、楽しみ抜いた顔をしていた。

『せめて最後に、クリスマスメッセージを頂けますか?』

 司会者がヘロヘロ顔を上げる。その喉はカラカラに渇いていた。

『はい。では、一人ずつどうぞ』

 張り切ってQを出す山吹。

『アンタだけですよ。需要の差を考ええや』

 疲れ切ったツッコミが飛ぶ。
 しかし彼も、芸歴が長いとは云え年下の俳優にココまで振り回されるとは思っていなかっただろう。

『ははは。ご謙遜を』
『いやいやマジで。ってか、時間が無いので早よしてください』

 司会者が改めてQを出す。雑になった口調が彼の焦りを伝え、山吹もスーツの襟を正した。
 スタッフの笑い声も完全に消える。

『全国のサンタさんも一息つく頃でしょうか? 天使の寝顔には敵いませんが、貴方の心に癒しを届けられたのなら幸いです』

 山吹は慈愛を籠めて言い切り、最上級の笑顔を浮かべた。華やかな風がテレビ画面を通しても薄れずに伝わって来る。
 山吹の全てを知り尽くした緋色も――いや、山吹の全てを愛している緋色だからこそ、心臓がドキンと高鳴る。
 中々どうして。不意打ちのクリスマスプレゼントが嬉しかった。

『何と予想外。まさかのお父さん狙い撃ちだァアアアア!』

 声を振り絞った司会者最後の絶叫が響く。
 けれど山吹のメッセージはもう一つ残っていた。

『君へのクリスマスプレゼントは夢の中で届けるよ』

 甘い。
 言い終わった直後に照れる頬の朱色も、柔らかい声音も。山吹の全てが、食べてしまいたくなる程甘かった。




『プルルルル』

 踊った呼び出し音が鳴り響く。
 丁度、バスルームから自室へ戻って来た緋色は音の出所で有るケータイ電話を拾い上げた。通話ボタンを押し、ベッドへ腰かける。

「おー。なんだよ、山吹。寝る前だっつーのに。登場するのが早いぜ?」

 髪をタオルで拭きつつも口元が綻ぶ緋色。

『ははは。その口ぶり、番組を観てくれたのか。嬉しいよ』

 山吹の笑い声が耳に優しい。
 因みに先程の番組は視聴者との生トークコーナーを織り込んだ生放送で、山吹の帰宅もつい先程だったと云う。

「ああ。暇つぶしに、な」
『そうか。就寝時間が遅れるくらいには楽しんで貰えたようだな』
「チッ。それも全部ひっくるめたタイミングで電話かけてくる確信犯がすっ呆けやがって」
『癇に障った? なら、謝るよ』

 申し訳なさそうに下がる声のトーンも、緋色の恋心を刺激する。

「いや、必要ねーよ」

 山吹の睡眠時間は気楽な大学生である緋色と比べるまもなく貴重なモノだ。それを山吹は惜しむ事無く消費してくれた。
 クリスマスだから。小さな奇跡をプレゼントするみたいに。
 全くもって気恥ずかしい事をサラッと遣って退ける男だ、と緋色は思った。

「むしろ、目の前に居たら押し倒したいくらいには“キタ”ぜ。次会った時には色々と覚悟しとけよ?」

 今度は山吹の羞恥心を煽ってやろう、と声のトーンを低く落とす。
 昨晩愛し合ったばかりだろう、とか。
 恥ずかしいな、とか。
 緋色は山吹の『応え』を脳内でニヤニヤと想像した。

『それは……うんっ』

 動揺を含んだ息遣いが送話口に触れて、擽ったい音をザワザワと立てる。
 顔は見えなくとも、緋色には山吹の頬が朱色に染まる瞬間がリアルに想像出来た。

『楽しみにしている。……と、言うべきかな?』
「知らねーよ。お前が先に仕掛けたんだから、煽りレベルも自分で調節しろや」

 最も、山吹が今更誤魔化した所で緋色の決断は変わらない。
 次回の逢瀬では、色っぽい啼き声が止まらなくなるまで可愛がってやろう、と脳内で計画を進める。

「それともオレが恋しくなって。躰が疼くか? いいぜ、電話越しに押っ始めても。聞いててやるよ」

 甘い吐息を。
 切なく呼ばれる自分の名前を。
 欲に溺れる山吹の艶容は、例え想像でも緋色の雄に熱を宿す。

「お前のエロい声」

 言いながら、緋色の体温は上昇した。心地良い暖房の熱も必要以上に感じる。
 緋色は喉元に浮かぶ汗をバスタオルで拭き取り、暖房を切った。

『ッ。……いや、大丈夫だ』

 山吹の息が詰まる。
 ああ、彼の心臓は今確実に跳ねたな。と、緋色は思った。

『昨日の今日で、そんな事……喉が嗄れてしまう』

 照れ隠しの言葉もたどたどしい。堅苦しいドラマの台詞を流暢に操る山吹の、緋色しか知らない素の反応だ。

「ああ、ホント。夢で逢えたらいいのにな」

 クリスマスの奇跡なんて、信じた事はないけれど。
 緋色は自然に、その言葉を紡いでいた。

「そしたらお前が何を言っても一晩中――いや、一日中だって独占できる」
『何を言っているんだ。緋色は今も、私の心を独占しているじゃないか』

 照れくさそうに微笑む山吹の吐息が伝わる。

『だって私は、愛しい恋人とクリスマスの思い出を作る為に、緋色に電話を掛けたのだよ』
「おまッ……そんな小っ恥ずかしい台詞。どんな顔して言ってんだよ」

 お蔭で今度は、緋色の喉が詰まった。心臓もドキンと跳ねる。

『普段通りの顔だが?』
「マジか。そりゃ性的に歪めてーな」
『年内は難しい、かな?』

 来年なら良いのか。山吹の口調は仕事のスケジュールを思い出している様だ。

「じゃ、和服で姫始めだな。ちゃんと予定に入れとけよ」

 言いつつ緋色は壁にかかったカレンダーを見た。
 一枚だけ付いた12月の下には、既に来年のカレンダーを入れてある。けれどスケジュール等は未だ書き入れていないから、山吹の了承が取れれば、彼との『デート』が初のペン入れになるのだ。
 それは何だか、嬉しいではないか。
 緋色の唇も自然に弧を描く。

『待て、緋色。男同士の場合は殿始め、もしくは菊始め、と云うのではないか?』
「真面目に返すな。意味が通じりゃ細かい事は良いんだよ。それとも何か、それで恥ずかしさを誤魔化してる積りかよ」
『……誤魔化されてくれるか?』

 山吹が遠慮がちに問う。

「ハッ。無理だな」

 緋色は鼻で笑ってやった。
 困った様に肩を竦める山吹の気配が伝わって来る。

『しょうがないな。けれどその代りに、緋色も着物を着てくれよ。私独りが着飾っても味気ないからな』
「大トロが刺身のつまに何言ってんだよ」
『はは。言ってくれるな。私にとっての大トロは緋色だよ』

 冗談めかした口調が柔らかい。

「ハハハ。そりゃ役得だ。何時でもお前の舌を蕩かしてヤれる」

 それから暫く笑い合って、緋色は時間を確認した。
 ベッドボード置いた目覚まし時計を見ると、午前:3時は目前。恋人同士のお喋りが幾ら楽しくとも、このままでは夜が明けてしまう。名残惜しくは有るが、切り上げ時だ。
 山吹にも時間を知らせ、遅い『お休み』を言い合う。

「じゃあな、朝になる前に寝るわ。お前も寝坊すんなよ」
『ああ。緋色も、湯冷めをして風邪を引かない様にな』
「へいへい。分かってるよ」

 軽い返事と共に通話を切る。
 そして緋色はケータイ電話を枕元に投げ出した。上布団を捲り、横に成る。
 冷え切った布団の中は氷の様で、緋色は一瞬眉を顰めた。山吹の気遣いが今更ながら身に染みる。
 けれど丈夫が取り柄の肉体は風邪の『かの字』も寄せ付けないだろう。

「なぁ、山吹。お前は今年のクリスマスに満足したか?」

 本人には聞けなかった質問を、口の中で呟く。
 ビュッシュ・ド・ノエルの味はもう残っていない。けれど、ソレを味わう山吹の笑顔は鮮明に思い出せる。
 自分はつくづく彼に骨抜きなのだ、と緋色は眠りに落ちる寸前の頭で思った。

「オレは……さ、楽しかったよ……何だかんだで」

 言わなかったけれど。
 願った光景も、半分程度しか叶えられなかったけれど。
 甘く優しい夢の扉を開くには充分だ。




ほろ苦いビュッシュ・ド・ノエル





 そしてどうか、山吹の眠りも穏やかで優しい夢に包まれています様に、と聖夜の瞬きに願った。






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あきゅろす。
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