初恋は桜の中で:番外編
ほろ苦いビュッシュ・ド・ノエル 4


「ほら、コッチはオレに弄られて泣くほど喜んでる」

 両手で包み込み、滑る水音をグチュグチュと響かせる。

「緋色……ッ」

 ピクン、と跳ねる肩口も色っぽく。緋色は山吹のソコへも唇を這わせた。

「エロいよな。堪んねぇよ、ホント」

 無意識の本音を呟く、と緋色自身の熱量もグンと増す。
 緋色は滾る男の欲望を脇腹と腕の間に差し込み、山吹の肌に滴る蜜を擦り付けた。

「あ、当たって」
「わざとヤッてんだよ。興奮すんだろ?」

 腰も前後に動かし、抜き差しして見せる。

「お前の腸内(なか)も、こうヤッて掻き回されんだぜ」

 恋人同士であっても微妙なセクハラ発言を囁く緋色。

「言うな。……恥ずかしい」

 山吹の首筋が朱に染まる。どうやら彼は緋色の望み通り、羞恥の波に呑まれてくれた様だ。
 暖房が作り出す心地良い温度も無用だと感じる程、吐息が熱く艶めかしい。
 緋色は唾を呑み込んだ。衝動のまま山吹を押し倒す。

「いいや。幾らでも言ってやる」

 仰向けに寝転がせ、正面から覆い被さる。

「ん……ゥン」

 山吹の唇を自分のそれで塞ぎ、赤い舌を捩じ込む。そして口内に潜む山吹の舌をヌルリと捕まえた。二対の蛇が交尾する様に、ねっとり絡ませる。
 山吹も緋色の頭部に掌を添えて、二人の口付けを深めた。


(ほろ苦い)

 微かに残るモカの残像が舌先に触れる。緋色はそれを舐め取り、腹の底に沈めた。
 胸の奥がチリリと焼ける。
 モカ――正確に云えばコーヒーは、山吹の初恋の味だ。未だ山吹の心に残る男が教えた味だ。
 その味を椿が、形は違えど再現した時、山吹はどう思っただろう。純粋な兄としての感動の奥に、椿と『彼』の残像を重ねやしなかっただろうか。
 いや、確実に。叶えられなかった未来図に思いを馳せていただろう。
 桜雪さん、桜雪さん。
 と、聖夜の雪を望みながら。心の中で何度も彼等への謝罪を繰り返していたのだろう。誰にも気付かせずに。独りで。

「ハァ……どうした?」

 山吹が唇を離す。
 恋人の心根を探ろうと覗き込む瞳がただ純粋に綺麗で、緋色は目を逸らした。

「何が?」

 酸素を求めて上下する胸板の先端に素知らぬ顔で唇を落とす。美味な粒を吸い上げ、口内でピンと育てる。
 そして唇を一旦離し、唾液がねっとり絡み付く粒を確認する、ともう一度食んだ。

「んっ……アア。心ここにあらず、と云った感じで……ンン……私が何かしたのかと。アッゥン」
「喘ぐか質問するか、どっちかにしろ」

 顔を上げる緋色。遠ざかった唇の代わりに、山吹の胸板を両手で弄る。
 芯の通った粒を掌で撫ぜ、もう片方の粒を人差し指の腹で捏ねる。上に下に、右に左に。

「あ、すまない。出来るだけ抑える……ッツ、よ」

 山吹はそう言って、下唇を引き結んだ。
 けれど緋色が聞きたいのは色っぽい喘ぎ声の方なので、粒を開放して、掌を下へと滑らせた。欲望でパンパンに膨らむ男の象徴を握り込む。

「アッ……うっ」

 脳天から足先へ。快楽の波が山吹の全身を貫く。
 けれど欲望が解放されても、山吹は口を開かなかった。
 ハァハァと荒い呼吸を繰り返す。

「チッ。もっと好い声で啼けよ」

 緋色は不満たらたらで舌打ち。蜜に濡れた掌を引込めた。
 山吹の口許へ運び、唇を卑猥になぞる。すると山吹の目尻は羞恥に染まった。

「ン、」
「どうした? お前が出したモンだぜ」

 だから恥ずかしいんだ、と山吹の瞳が訴える。

「それとも、オレのを直接舐めたいか?」

 緋色はニヤリと、口角を上げた。

「……ッ」

 山吹が無言で首を横に振る。
 一体何時まで口を噤んでいる積りなのか。山吹の意志の強さは緋色も尊敬すべき部分では有るが、今は邪魔くさくて仕方がなかった。

「おら、なンも言わねーんなら勝手に喰わすぞ」

 脅し気味に言って、緋色は山吹の脚を割り開いた。自身の昂りを山吹の蕾へ押し付ける。
 固く引き結んだ表面を撫で擦り、徐々に解かしてゆけば、山吹の蕾は緋色を遠慮がちに受け入れた。

「あっ……アアッ……ひい、ろ……ぉ」

 首筋に回った両腕が緋色を包み込むように抱き締める。山吹の芯も再び熱を持ち始め、擦り合う腹の間で蜜を流す。

「分かるか、山吹。お前の腸内……スゲー熱くて、スゲー絡み付いてくる。堪んねーよホント」
「ンンッ!」

 ズンッ。
 ズンッ。
 緋色は山吹の最奥まで進み、腰の動きを唐突に止めた。
 何故、と。山吹が涙を溜めた瞳で問うてくる。
 緋色としても山吹の躰を思う様味わいたい所だ。けれど、己の欲望をグッと我慢する。

「お前さ。この状況でも未だ“オレがお前以外の余計な事”を、考えてると思ってんのかよ?」

 心外だ、と。緋色は山吹の耳先に唇を寄せた。軽く歯を立て、弱い痛みを与える。

「いや。しかし……ッ」

 山吹は顔を背けないまでも綺麗な眉を切なく歪めた。
 耳に走る微かな痛み、と。お預けを食らったもどかしさ。その二つが綯交ぜになって、彼の思考も蕩ける寸前のようだ。
 嬉しくなった緋色は山吹の耳を輪郭に沿ってペロリと舐め上げた。鋭い歯に代わり、柔らかな唇を使って甘噛みもする。

「ひい、ろ、が……」
「オレが何だよ」
「考え事をしている顔が珍しくて、だな」

 嬌声を抑えて言い淀む山吹。緋色を見詰める瞳がトロンと蕩ける。

「その……見惚れてしまっていた」
「ハァ!?」

 緋色は疑問符一杯の声を張り上げた。ハッキリ云って予想外過ぎる台詞だ。
 そしてその衝撃は緋色の芯にまで直結した。
 血管がドックンと波打ち、一回り大きく育つ。本能が頭よりも先に歓喜を感じたのだ。

「アッう!」

 山吹の声が不意打ちに跳ねる。上気する肌もより一層赤らんで、とてもエロティックだ。
 行為を一時停止したのは自分だが、緋色の腰は臨戦態勢に入る。

「勿論、緋色の情熱を非難した訳ではないのだが……アッンン!」

 山吹の説明は途中の様だったが、緋色は構わず腰を引いた。そして間を置かず最奥まで一気に打ち付ける。
 本能のまま行為を繰り返していると、凶暴な獣にでも成ったような気がした。

「緋色、ひいろ――アッアアッアァア!」

 快楽が突き抜ける山吹の嬌声も甘く。緋色の全てを愉しませる。
 必死にしがみつく両腕が。
 水に濡れるアメシストが。
 雑ざり合う汗と唾液が。
 絡み付く舌と熱い躰が。
 何より、緋色の情熱を飽きる事無く求め続ける山吹の愛情が。堪らなかった。




 ◆◆◆




 そして12月24日。
 誰もが待ち望んだクリスマスイヴが訪れた。
 緋色はこの一日をバイト先で過ごし、帰宅したのは日付が変わる直前だった。
 簡単に作った夕食(時間帯的には殆ど夜食だが)を運び、カーペットを敷いただけの固い床に腰を下ろした。
 そしてリモコンを手に取り、テレビをつける。

『シングルクリスマスが何だコラァアアアア!』

 空しい男の絶叫が開始一番映し出される。どうやら、クリスマスをネタとしたバラエティ特番のようだ。

「うっせーな」

 文句を言いつつ音量を下げる緋色。けれど番組は変えない。白米を掻っ込みながら視聴を続ける。
 番組はお笑い芸人出身の司会者がゲストを相手にクリスマスの思い出を語り合うという構成で、寂しいクリスマスを過ごすシングル向けの内容だった。

『だからね。我々はクリスマスと云う聖夜に、世の女性達から心の恋人を奪ってやりましたよ!』

 興奮気味に捲し立て、拳を握る司会者。
 同じくお笑い芸人の共演者が揃って歓声を上げる。拍手も湧き上がり、スタジオは男達の熱狂に包まれた。

『おお! 悔しがれ女ども!』

 30代前半の男性が一人、雛壇から立ち上がる。
 すると、カメラが透かさず彼の姿をズームアップした。
 折角のクリスマス。健康的な男の心理としては女性ゲストの方が喜びそうなモノだが、それに対して“ツッコミ”を入れる者は現れない。放置状態だ。
 手持無沙汰になった彼は何事も無かったように自分の席へ座り直した。その真顔がツボに入ったのか、司会者が『ぷふぅ』と笑みを零す。
 しかし緋色は“お約束”とも呼べる在り来りなやり取りに興味が湧かなかったので、熱い緑茶を無心で啜った。

『じゃあね。聖夜のスペシャルゲストに登場していただきましょうかね』

 司会者が仕切り直しの咳払いを一度して、明るく手を叩く。
 その音を合図にスタジオの扉が映し出され、お待ちかねのゲストが登場した。緋色も反射的に居住まいを正す。

『どうも、こんばんは。よろしくお願いします』

 俳優の仮面を被った山吹がにこやかな挨拶を述べる。

『ギァアアアア。あたいの中の“女”が目覚めちゃう!』
『イヤダメー! 山吹様はアタシのものよォオオオオ!』

 甲高い声を作った男性芸人が二人。我先にと立ち上がり、山吹を巡って言い争う。
 それは勿論ノリの良い簡易漫才なのだが、緋色は「オレの山吹にマジで惚れんなよ」と届かない突っ込みを入れた。

『ははは』

 山吹の笑い声がタイミングよく上がる。
 カメラも山吹の笑顔を待ってましたと言わんばかりにズームアップした。ドラマや映画で観る表情とは又違う、素に近い表情を。

「何だよ、笑うなよ。オレが“冗談に嫉妬してる”みたいだろ?」

 緋色も釣られて、表情をフッと緩める。
 山吹本人は隣に居ないけれど、寂しいとは感じない。

『はいはい。でもね。山吹さんの席は既に決まっていましてね。それは何を隠そう、ワタシの隣です。ドヤァアア』

 自慢げに胸を張る司会者。
 その途端、雛壇に座る芸人が一斉に立ち上がった。その人数、約10人。

『狡いわ。横暴よぉ。あたい、今日という日を指折り数えて楽しみにしてたのにぃ』

 よよよ、と嘘泣きを装う者。見た目も性別も完全に男性だが、先程の流れを引き摺って甲高い女声を作っている。

『因みに、ワタシのお手伝いを色々して貰う予定です。ドヤァアア』
『それゲストやのうて、アシスタントちゃいますのん?』

 的確なツッコミを入れる者。彼の眼も、山吹の顔を羨ましそうに見ている。

『では、アシスタントゲストと云う事で。皆さんのお話を精一杯盛り上げていこうと思います』

 山吹は司会者の隣へ移動して、ガッツポーズを明るく作った。



[*前へ][次へ#]

4/5ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!