初恋は桜の中で:番外編
※ほろ苦いビュッシュ・ド・ノエル 3
「お前はもっと、自分の事も考えろよ」
「ん?」
山吹が緋色の呟きに小首を傾げ、疑問府を浮かべて見せる。
「ああ。明日の撮影は室内だから、風邪の心配はいらないよ。まあ、帰りは深夜になってしまうのだが」
「ちげーよ。真面目な顔してボケんな」
他人は騙せてもオレは騙せねーぞ、と緋色は山吹の瞳を強く見上げた。
「言ってくれるな。性分なんだ、自分でもコントロール出来ないさ」
山吹がフッと笑む。その整った眉は八の字に歪んでも絵画を観ている様な芸術性を思わせる、が緋色は見惚れてやらなかった。
山吹の背中をポンと小突く。
「椿はずっと、お前の話ばっかだったぞ」
フォローではなく、ただ一つの真実として。
「緋色……」
「正直、ダブルブラコンはクッソウザッてーけどな!」
最後に怒気を飛ばす。
それでも、山吹は『自分の立場』に自信を持つべきだ、と緋色は思っている。
けれど雪白家の問題は一朝一夕には解決出来ない。複雑なモノだ。それこそ長い雪解けの時間が要る。だから緋色はせめて、山吹の心がその重みで押し潰されて仕舞わない様に隣に居る道を――荷物を半分持ち合える関係を選んだのだ。
「もう兄さんったら、緋色さんとばかり居ないで椿くん提案のビュッシュ・ド・ノエルも見てあげて」
と、菜花が頬を膨らませて現れた。最も可憐な美少女が怒ったふりをしても迫力など微塵も感じないが。
「とても綺麗に出来たのよ。ケーキ屋さんのショーケスに飾られていても可笑しくないくらい」
「ああ。すまない」
山吹が頬の緩みを抑えて謝る、と菜花は兄の右腕を両手でギュッと握った。そのまま椿の許へ連れて行く。
一人だけ残されても詰まらないので、緋色も後を追い掛けた。
「聞いたよ、椿。私の為に作ってくれたそうだね。ありがとう」
山吹がブラコンモード全開で椅子の背を引く。そして椿の顔を見たまま、自分の席に腰を下ろした。
椿が照れる事なく無言で頷く。菜花はその隣の席へ笑顔で座った。
「無愛想だぞ、ガキ」
緋色も山吹の隣の席へ座り、椿へ悪態を飛ばす。
「椿くんは兄さんが盗られて内心プンプンなのよ。可愛いわよね」
「違う」
否定しつつも、椿の視線は緋色に突き刺さって来る。局地的猛吹雪も見える様だった。
もしも名も無き一般人が直面したら、震え上がってる場面だろう。けれど緋色は椿の敵愾心など慣れたモノなので反撃する事にした。
「おい山吹。雪が観たかったらコイツを怒らせろ、簡単に観られるぜ」
手首をクイッと曲げ、椿を親指で指し示す。すると椿は緋色からツンと顔を逸らした。
山吹が困り笑顔を浮かべる。
「はーい。頑張った椿くんに、お姉ちゃんから甘いプレゼントよ」
オレンジや林檎。菜花がビュッシュ・ド・ノエルとは別に作ったフルーツコンポートを椿の皿に乗せてゆく。交互に重ねて形を整えれば、ビュッシュ・ド・ノエルの横に鮮やかなフルーツの花が咲いた。
「ありがとう、姉さん」
椿がやっと表情を和らげる。
ニコニコの笑顔と云う訳ではないが、機嫌は良さそうだ。
「流石だな、菜花」
「うふふ。二人のツンデレ対決は楽しいけれど、兄さんが困ってしまうものね」
菜花は山吹や緋色の皿にもフルーツコンポートを盛り付け、明るく微笑んだ。
「気を遣わせて、すまないな」
山吹の眉がハの字を描く。けれどそれは一瞬で、山吹は直ぐに柔らかな笑顔を見せた。
緋色もつられて口角を上げる。すると山吹の人差し指が「楽しいな」と伝える様に、緋色の手の甲をツンと小突く。
それからクリスマスパーティーは穏やかに流れ、四人はそれぞれにビュッシュ・ド・ノエルを頬張った。
手作り感溢れたビュッシュ・ド・ノエルはほろ苦く、しっとりとしたモカ生地や甘さ控えめのクリームが口内でホロリと溶ける。優しい味だった。
◆◆◆
「まあ。オーブンが爆発しなくて良かったな」
クリスマスパーティーも無事終り、緋色は山吹の自室に上がり込んだ。彼のベッドに遠慮なく座る。
今日は泊まってゆく積もりで、風呂も既に借り済みだった。頭に乗せたタオルで濡れた髪の水滴をワシャワシャ拭き取る。
「何処でその情報を……」
山吹もベッドに腰を下ろし、緋色にドライヤーを手渡す。
山吹のベッドはベッドボード部分にコンセントが付いている多機能タイプで、洗面所へ移動しなくとも髪が乾かせるのだ。緋色も遠慮なく受け取り、ドライヤーのコードをコンセントに差し込んだ。
「菜花が言ってたぜ。良い思い出になるってな」
心地よい温風が緋色の髪を不規則に揺らす。
「椿はまあ、消し炭食いたくねーって言ってたがな」
「ああ。そうか……いや、うん。そう……か」
山吹が口許を掌で覆い隠し、悩みの森に迷い込む。
菜花と椿。ドチラの意見も賛同出来る部分が有るから、妹弟(きょうだい)思いの兄は余計に悩んでいるのだろう。
「食べるのは、な。うん。腹も壊れてしまうし」
「そうだな」
緋色は髪を乾かし終わり、軽い賛同を返した。
けれど楽しい思い出として残るのは、惨憺たる失敗談だったりするのだ。不思議にも。
「喰って腹を下すものなんざ。一つで良いよな」
ニヤリ、と厭らしい笑みを浮かべる緋色。
「ん?」
山吹は悩みの森を抜け出し、不思議そうに小首を傾げた。
緋色はその隙を突く。
油断している山吹の両肩を捕まえ、一気に押し倒す。スプリングの音がキシリと鳴った所で、山吹は目を見開いた。
「あ……」
雪色の頬に朱が走る。
「うん」
「それだけかよ?」
緋色は山吹の肩から両手をスルリと落とし、山吹の顔の横までシーツを撫ぜて移動させた。煌く美貌を逞しい腕で挟み込む。
一応は聖夜の契りを交わす直前なのだから、もう少し甘い台詞が欲しい所だ。
「いや。緋色が気をつけてくれるから、腹が下った事はないよ。大丈夫」
「真面目に取るな。比喩だボケ」
ぶっきら棒な言葉とは裏腹に、緋色は声を低く落とした。山吹の耳に熱い吐息が意図せずかかる。
すると、シーツに力なく寝転ぶ山吹の指がピクリと動いた。
「ん、緋色……っ」
甘い吐息も、艶やかな男の唇から漏れる。
「どうした。感じたか?」
緋色は山吹の太股を片足で割り開いた。男の欲望が眠る下腹部をボトムスの上からグリッと刺激する。
「アァア!」
山吹の声が跳ね上がる。
気分を良くした緋色は軽く笑み、山吹の耳を淫猥に食んだ。舌や唇。そして鋭い歯も巧みに使って味わう、と山吹の下が本格的な熱を宿し始める。
役者としての才能を生まれ持った山吹も、夜の技能は人並みだ。恋人からの愛撫の前では少女漫画のヒーロー(作られた理想の人物像)然とした態度を保てない。
それは緋色の目から見て『堪らない』と感じる瞬間だが、山吹本人は己の反応を恥じている様である。耳の先まで真紅に染めて、艶やかな唇を引き結んだ。
「ッ……!」
喉まで出掛った嬌声も直前で呑み込む。
「黙りかよ。ま、エロい躰は正直だから別に良いけどな」
緋色の赤い舌がソロソロと下り、山吹の喉へ行き着く。
舌全体でヌルリと舐め、唇だけで柔らかく喰む。
そして――
ちゅッくちゅッ。
と、濡れたリップ音を厭らしく響かせた。
山吹はその度に息を呑み込んで、喉仏が緋色の唇に着いたり離れたりする。
齧り付きたい。
緋色はそんな衝動を抑え、山吹の喉から唇を離した。
けれど愛撫を止めた訳ではない。留守にしていた右手を下へ滑らせ、山吹のソコを予告なく握り込む。
「ほら、もう苦しいってよ」
男の欲望を隠す盛り上がりはボトムスの上からでもハッキリと分かる程だ。
緋色は山吹が何か言い出す前にベルトを素早く外した。チャックも忘れずに下す。
「どうして欲しい?」
答えの分かり切った質問を意地悪くする緋色。
山吹の瞳が涙で潤む。
「このまま弄って服を汚すか、それとも全裸に剥いてオレに視姦されるか。自分で選べよ」
気分の乗ってきた緋色は脅し気味に言った。
「……選択肢はその二つしか無いのかい?」
山吹がやっと口を開く。
「私としては緋色も気持ち好くなって欲しいのだが」
色に掠れた声音は緋色の芯にズグンと直撃する程艶っぽく。急速に高まる心音に、思考が一瞬止まってしまう。
「は……うおッ」
男の欲望に快楽を感じた時にはもう遅く、緋色は己の下腹部を凝視して声を跳ねさせた。
「緋色のココも、大きく育っているな」
山吹の長く美しい指が五本。まるで陶器の花瓶を愛でる様に、緋色のソコを撫でている。
下から上へ。確かな目的を持って。
「っ……ン!」
快楽の波が脳天を突き抜け、緋色は思わず口を噤んだ。
山吹がその隙を突く。
「ほら、窮屈だっただろう?」
ジーンズの前を外し、緋色の芯を迷いなく取り出す。
狭い布の中から解放感の有る室内へ。緋色の芯も背伸びをする様に角度を上げる。
「ああ……クソ」
これでは立場が逆ではないか。
そう思った緋色は快楽の波を振り払い、山吹から身を引いた。
上着を脱ぎ去り、ジーンズも下着ごと一気に下す。そして無造作に丸める、とベッドの下へ纏めて落とした。
「予定変更だ。暫くは“遊ぶ”積りだったが、もう容赦しねぇ。お前もサッサッと脱げ」
全裸状態で命令する。
けれど山吹は焦った男の行動等に、微塵も動じない。
「その前に明りを消して欲しいね」
ゆるりと起き上がり、自分の要求を忘れずに伝えてくる。
「ああ、けれど勘違いしないでくれ。緋色の鍛え上げられた腹筋は見事なものだ。だからけして、『見たくない』と云う意味ではないよ」
「分かったよ。妙な照れ隠しを付け足すな」
緋色はベッドから降りて、部屋の照明を暗く落とした。
山吹がその間に自分の服を脱ぎ去る。けれど緋色とは違い、綺麗に畳んだ洋服一式をベッド横のサイドテーブルへ置いた。
「そんなん後でもいいだろ」
緋色はベッドへ戻り、山吹を背後から抱き締めた。首筋に唇を押し付ける。
「今はオレに集中してろ」
「ン、ア」
山吹の腰へ腕を回し、下へ滑らせる。目指すは甘い蜜を流す山吹自身だ。
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