初恋は桜の中で:番外編
夢の世界のウサギちゃん3


 チュンチュン。
 ピチチチ。
 小鳥の囀りが楽しそうに空を舞う。

「……」

 一夜はベッドに座り、ボンヤリしていた。
 抱き締めた枕が手離せない。
 身体も精神も怠く、力が中々入らない。
 正に夢うつつ。
 今が本当に現実なのかも、曖昧だ。
 これが夢魔の能力。
 一夜のエネルギーは夢を通して美味しく頂かれたのだ。
 代金は愉しい夢の一時。
 聖祈は一夜の満足度を測る為に、態々リアルな夢の世界を延長したのか。
 それともただ単に好奇心で残っていたのか。
 ボンヤリした頭では正解に辿り着けない。
 そもそも一夜は、聖祈の考えがよく分からなかった。

「今日の一夜はお寝坊さんだな」

 愛しい声音がふわりと舞い降りる。
 一夜は反射的に顔を上げ、窓辺を見た。
 信じられない。
 椿がいる。

「俺……未だ、眠っていますか?」

 ポケポケ気の抜けた声で質問する一夜。
 椿を出迎えに玄関へ行きたいのに、足が億劫で動かない。

「ん、そうだな。寝惚けているように見える」

 椿は一夜の様子を寝室の窓から覗き込み、答えを返す。

「椿……俺、不思議な夢を観ました」

 せめて窓だけでも。
 一夜はそう思い、重い腰を上げた。
 短い距離をゆっくり進む。

「大丈夫か? ふらふらしているが」

 目指すは愛しい椿だ。
 足も段々と軽くなる。

「……はい。お待たせして、すみません」

 やっと辿り着き、鍵に手を伸ばす。
 しかし、一夜は衝撃を目にした。

「あ……鍵」

 鍵が既に開いている。
 窓自体がキッチリ閉まっていても、これでは防犯に不十分。
 夢魔達の侵入経路も此処かと、反省する一夜。

「不用心ですね、俺……」

 窓を開けて、椿と顔を見合わせる。
 夢じゃない――現実の椿だ。

「いや。夢魔に鍵は関係ない。彼等は夢を渡り歩く種族だ」

 そう言うと椿は両腕を伸ばし、一夜を優しく抱き締めた。
 ぽふっ。
 枕が二人の間に挟まる。

「どうして、知って?」

 疑問を感じる一夜。
 幾ら椿が鋭くても、そこまで筒抜けになるものだろうか。

「ああ。あの色魔(聖祈)が連絡を寄越してな。親切な先輩のアフターケア、だそうだ」

 椿の掌が一夜の頭部に回り、優しくゆっくりと撫でる。

「まったく、あの男の中に『襲わない』と云う選択肢はないのか。僕の一夜がふらふらじゃないか!」

 聖祈への文句も忘れずに、椿は本題を切り出す。

「幸福で満たす事が、一番の回復方法らしい。だから僕は一夜の許へ来た」

 安心する声音。
 心地良い体温。
 まるで、木漏れ日の中で揺蕩う揺り籠のようだ。

「ふふ。今日は好きなだけ、甘えていいぞ。一夜」
「はい。お言葉に甘えます」

 一夜は幸福に目を細め、椿の温もりに身を預けた。



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