初恋は桜の中で:番外編
天空の逢瀬/過去拍手文:一夜×椿


 ※ 獣耳ファンタジー:本編とは無関係です。




 春うらら。
 鶯の鳴き声朗らかな春の日和。

「……一夜」

 椿は切なげに窓の外を見ていた。
 庭には季節の花々が咲き誇り、優雅な蝶々が自由に舞っている。誰もが心癒され、気分を明るくホッコリさせる景色だ。
 しかし椿の心は晴れ渡る青空とは正反対。輝く陽の光も届かない曇り空だった。

「もう一週間、君と触れ合っていない」

 凛と響く流麗な声音も沈ませ、脳裏に浮かぶのは愛しい恋人。柔らかなウサギ耳が良く似合う。ラビット族の少年だ。
 天空に住まう有翼種族は他種族との交流手段が少ない。共に通う学び舎も、基本的には系統の近しい種族同士で纏められている。

「――スゥ」

 椿は弱る心を奮い立たせ、息を吸った。
 今頃、一夜のウサギ耳は冬毛から夏毛へ。生え変わりの時期だ。家の中はさぞやモフモフ――もとい、掃除が大変な時期だろう。

『一夜の家へ、行って来ます。椿』

 メモ帳を取り出し、律儀に出掛け先を書き残す。
 そして外界へと通じる扉を開け、朗らかな青空に飛び出した。
 椿は愛しい王子様と逢えず、泣き寝入りを決め込むようなお姫様ではない。逢える手段が少ないのならば、自ら行動を起こす。そんな強い意志を持った少年なのだ。




「ピチチチ」
「チチチ、ピ」

 ふわりと温かい気温は心地よく。翼に受ける風も冬の気配は感じられない。季節はすっかり春の陽気だ。

「ふふ」

 共に空を遊ぶ二羽の小鳥。その仲睦まじい様子に、椿の頬も自然と綻ぶ。

(僕も一夜と、大空のデートを楽しみたいな)

 翼を大きく羽ばたかせ、スピードを上げる。
 椿も有翼種族の端くれ、空の散歩が好きだ。緑生茂る地上を眼下に収め、蒼い空は何処までも続く天上の海。
 そんな空間で愛しい一夜と時間を過せたら、どんなに素敵だろうか。
 星屑を散りばめた夜空のランデブーとはまた違う。気持ち良く晴れ渡る晴天の逢瀬。想像するだけでも、椿の心は幸せに踊った。




天空の逢瀬






 地上に降り立ち。明るい森道を歩む。
 黄緑色の新芽がキラキラと輝き、癒しの木漏れ日を作る。吸い込む空気は爽やかな春の息吹だ。

(嗚呼、早く。一夜に逢いたい)

 大空だけでなく、春薫る草原も散歩デートに加えよう。椿は計画を練りながら、両足を急かす。

「――は、留守?」

 しかし、辿り着いたその場所に愛しい少年の姿は無かった。

「ああ、浮遊島に行くって。つい30分くらい前に出てったぜ」

 茫然自失。青天の霹靂。
 あまりの衝撃に、椿の意識がフラリと遠のく。

「もしかして、行き違いだった?」

 心配そうに様子を窺う共通の友人。夏陽と冬乃。
 ウルフ族に生まれた彼らの尻尾はフサフサと微風に揺れる。狼尻尾だ。

「ああ」

 額を押さえ、なんとか身体のバランスを保つ。
 もしも人目が無ければ、その場にヘロヘロと座り込んでいただろう。それほどまで、椿は一夜との逢瀬(デート)を楽しみにしていたのだ。

「まさか、椿ちゃんがコッチ(森)に来るとはなー」
「卯月君も逢いに行ったんだろうし。シンクロの悲劇だな」

 夏陽と冬乃の言葉も横に置き、椿は考える。
 今直ぐ、一夜を追いかけるべきか。それとも無駄に動かず、一夜が帰って来るのを待つべきか。
 もう行き違いはしたくない。この選択は、慎重に選ばなければならないのだ。

「……今頃、一夜も落胆しているだろうか」

 蝙蝠のような椿の翼。ピンと張るそれも力をなくし、シュンと項垂れる。
 まるで主人を見失った子猫。小悪魔の魔性は影を潜め、期待に膨らむ胸の鼓動も萎んでしまった。

「僕は君達が羨ましい」

 お揃いの尻尾と狼耳。色合いこそ違うが、それでもお揃いは、お揃いだ。同種族という繋がりが、今の椿には眩しく映る。

「今日もお互いの尻尾を“グルーミング”などして。仲睦まじく過していたのだろう?」
「やってねーよ! そんなドキドキイベント!」

 夏陽の狼尻尾が羞恥を表すようにブワリ広がる。
 ウルフ族特有のフサフサ毛並み。しかしよく見れば、所々の毛がピョンと跳ねている。確かに手入れは未だのようだ。

「俺は椿ちゃんの方が羨ましいよ」
「え、冬乃?」

 冬乃が口を開き、夏陽の耳はピクリと其方を向く。ほら、やはり二人は仲睦まじい。

「卯月君、のウサギ耳。何時もモフモフしててさ――こう、ウルフ族の本能的に甘噛みしてみたい衝動が」
「な! 僕も頬擦りまでしか許されていないのにか」

 噛み締めるように語る冬乃。無論、一夜命の椿がその発言を聞き逃すわけがない。
 背中の翼もバサバサ怒らせ、威嚇を表す。一夜のモフモフふわふわウサギ耳を堪能する権利は、恋人だけの特権だ。

「椿ちゃんは有翼種族だろ。ウルフ族はラビット族を見てると、犬歯が疼くんだよ」

 ほらコレ、と。冬乃は口を開け、立派に尖る犬歯を見せる。それはウルフ族を始とした、肉食種族の特徴的な前歯(牙)だった。

「そんなもの、葉月の耳でも好きなだけ噛んでいればいいだろう!」
「オレ!?」

 反射的に、夏陽が自分の耳を両手で覆い隠す。しかしペシャリと潰れた耳の先が、指の間から食み出ていた。

「それだと“共食い”になんないかな?」
「食う気かよ!」

 色気の無い冬乃の反応。夏陽は思わず突っ込みを入れる。
 補足として説明すれば、ウルフ族がラビット族を“食料”として扱う事はない。この会話はあくまでも、種族間をネタとした友人同士の軽口なのだ。

「ふふ、ありがとう。二人とも、僕はもう平気だ」

 もちろん椿の怒りも本物ではない。気分を明るくさせようと気を遣ってくれた友人の好意。それに応えていたのだ。

「ん、そう? 夏陽の耳を噛むところまで、演ろうと思ってたんだけどな」
「いや、充分だ」

 冬乃へ感謝を伝え、椿は友人達と距離を開ける。
 そして背中の翼へ意識を送り、バサリと広げた。
 有翼種族が自慢とする翼は、片翼だけでも己の身長を超えてしまう。能力を使った縮小は可能だが、翼の威力もその分制限される。だから空を翔る時は、最大限の大きさまで広げるのだ。

「もしも一夜が落ち込んで帰って来たら、温かく迎えてやってほしい」

 二度の行き違いは避けたい。しかしそれが現実に成った場合を考え、友人に言葉を残す。

「ああ、分かったよ」

 任せろと伝える夏陽の爽やかな笑み。椿も友人へと微笑みを返し、遙かなる天空へ飛立った。




 ◆◆◆




「椿」

 丁度その頃、一夜の心は期待に膨らんでいた。
 アニマル種族の背中に空を自由に舞う翼はない。しかし興味はある。そこで注目されたのが、ペガサス馬車。
 元々の役目は浮遊島までの観光客を運ぶ事だが、『空を飛んでいるような絶景が楽しめる』と――あっという間に人気になったのだ。
 しかし一夜の目的は景色ではなく、浮遊島。正確に言えば、浮遊島に居を構える恋人に逢いに行くのだ。

(喜んで、くれるでしょうか?)

 大人しく寡黙な一夜。そんな彼が行動を起こした原動力は、椿の喜び。
 まさかその相手も同じように行動を起こしていたとは知らず。愛しい恋人をふわふわと浮かぶ積雲に重ねていた。

「おい、見てみろよ!」

 不意に歓声が上がる。其方に視線を向ければ、客の一人が蒼い空の一角を指差していた。
 他の客もそれを合図に、「なんだ何事だ」と窓の外を覗き込む。そして歓声は膨れ上がった。

「スゲー! 有翼種族が飛んでる!」

 空を自由に舞う有翼種族との遭遇。
 ペガサス馬車を利用する旅行者は、それを幸運としている。天色の空に人影を発見すれば、大人も子供も無邪気に瞳を輝かせた。
 今回の搭乗者は六人。その全員が、例に漏れず窓の外へ熱心な視線を注ぐ。
 翼が閃いたのは一瞬の出来事。彼等の思いは一つだった。

「幸運よ、もう一度」

 その願いが届いたのか、それとも運命の赤い糸が愛し合う恋人同士を引き寄せたのか――真白い雲間から、蝙蝠のような翼が再び覗いた。

「ッ!」

 一夜はその光景に息を飲む。
 有翼種族と聞いて、真っ先に頭に浮かんだ愛しい花。椿が――紫黒色の艶やかな翼を閃かせ、空を翔ていたのだ。



 ◆◆◆




「でも良かった。無事に逢えて」
「椿」

 浮遊島へ到着し、一夜は事のあらましを知る。
 まさか行き違っていたとは思わず、一夜は申し訳なく思う。

「ふふ。一夜」

 けれど椿は一夜に喜びを伝えた。
 何時もは気丈な頬も蕩かせ、一夜の漆黒を愛しく撫でる。

「冬毛でも夏毛でも、君の耳は触り心地が良いな」

 モフモフ。ふわふわ。椿は一夜のウサギ耳の感触に夢中だ。

「頬擦り、してもいいか?」
「はい。好きなだけ、どうぞ」

 気恥ずかしそうに問う椿。勿論、一夜の答えは了解に決まっている。
 漆黒のウサギ耳を快く差し出した。

「今日は君を大空のデートへ誘う予定だった」

 滑らかな雪頬が漆黒にモフリと埋まる。一夜の心臓はその感触にこそ、高鳴った。
 アニマル種の耳や尻尾は、ただ可愛らしいだけの飾りではない。神経は通っているし、寧ろ敏感な部位だ。
 その為、異性に対してのチャームポイントや誇りの象徴として考えられている。
 ピンと立つ立派な耳を持つ者や、手触りの良いフサフサ尻尾を持つ者。彼等の魅力はそれだけで高く、憧れの的だった。
 だから一夜は、椿が自分のウサギ耳を気に入ってくれて嬉しい。優しく触れられて、幸せになるのだ。

「でも困ったな。このまま一夜の愛情を感じていたい、と。思ってしまう」

 そして椿が本当に幸せそうに悩みを打ち明けるものだから、一夜の愛情はその身から溢れてしまう。

「椿」
「ァ、一夜……ン」

 恋人の瞳を愛しく見詰め、丹花の唇を甘く塞ぐ。
 すると、漆黒のウサギ耳がマフラーのように頬を撫ぜた。擽ったい。

「一週間ぶり、ですね」
「ぅん。……少し恥ずかしい」

 唇を離し、睦言を囁く。お互いの頬は桜色に染まり、一夜と椿は同時に照れる。
 一週間という時間を空けても、変わらない柔らかさ。恋人の、唇の感触。

「心臓の音が煩い。今は一夜を抱えて翔べないな」
「はい。俺も、無理そうです――ン」

 甘い空気を纏ったまま二度目の口付けを交わす。
 心臓の高鳴りは速度を増し、思考よりも先に本能が働く。

「ァン……ちゅっ……一夜、ん……ふぁ」
「椿……ちゅ……つばき……」

 両腕はお互いの腰に回り、ギュッと抱き締め合う。口付けは深く絡まり、甘く痺れる。
 口内でダンスを踊る紅い舌。それは運命の赤い糸のように二人を繋ぐ、恋人達の絆だ。




 色取りどの花々が美しく咲き乱れる。此処は自然の花畑。
 浮遊島は観光地として人気が高い。その理由は空の中に浮かぶ絶景。
 遥か天上の空も近く感じ、綿菓子のような雲にも手が届いてしまいそうだ。

「観光客が案内される場所は、此処ではないがな」
「そうなんですか」

 まるで天国のような草原を二人並んで歩む。贅沢な散歩デートだ。

「ああ。他種族との交流を快く思わない者は未だ多い。開放されている場所は一部だけだ」

 椿は淡々と現実を語っているが、一夜は少しだけ寂しく思う。
 アニマル種は地上に暮らし。有翼種族は天上に住まう。永遠に縮まらない世界の距離は、一夜と椿の絆を隔ててしまわないだろうか。
 愛し合った肌の熱も遠く。一夜は不安を覚える。

「俺が一人で来ても、椿の家へは行けなかったんですね……」

 待つばかりでは駄目だと起こした行動。しかしそれも、一歩間違えれば無駄な消費に終わっていたのだ。

「ああ。そうだな」

 言いながら椿は、一夜の手をキュッと握り締める。まるで不安の闇を吹き飛ばすように、椿の愛情は一夜の心に幸福の花を咲かせる。

「でも、一夜が行動を起こさなければ――この場所(浮遊島)で逢瀬を重ねる事は出来なかった」
「迷惑じゃ、ありませんか?」

 コツン。何の脈絡も無く椿の額が一夜のソレとくっ付く。
 頭突きと呼べるほどの力もない。軽い接触だ。

「どうして僕が、一夜の好意を迷惑に思う? 君が逆の立場ならそう思うのか」
「思いません――嬉しいです」

 そして一夜は椿の心意に気付く。

「そうだろう。僕も同じだ、一夜の好意が嬉しい。愛されていると、実感する」
「っ……椿」

 愛しい椿にそんな事を言われては、嬉しくて堪らない。一夜は心の奥底から沸き上がる歓喜を感じた。

「椿の翼も、触っていいですか?」
「僕のは、一夜の耳のように触り心地の良いものではないぞ」

 思い切って大胆な要望を伝える。椿の翼は敏感で、感じやすいのだ。

「いえ、とても――」
「ッ! ひゃぁん」
「触り心地、好いですよ」

 右腕を背中に回し、輪郭をソロリとなぞる。そのまま指を移動させ、翼の先を摘まむ。クニクニと弄れば、頭に映える小翼もピクンピクンと反応を返す。

「駄目、翔べなく……っ……ァ、一夜……本当に……ァン!」
「椿……俺の耳、もっと堪能してください」

 理性の鎖を引き千切り、欲望の扉を開け放つ。
 一夜は椿がキュッと握り締める左手の拘束を解き、自分のモフふわウサギ耳に導く。

「あ、一夜の耳……柔らかい――好きにしても、いいのか?」

 その二つとない感触。椿も小悪魔の魔性を揺り起こし、妖艶に微笑む。

「はい。一週間分、どうぞ」
「ふふ。覚悟しろ、もう遠慮はしない」
「んんっ」

 丹花の唇がウサギ耳に口付けを贈り、妖艶な舌は漆黒の毛並をペロペロと舐めだす。
 まるで『グルーミング』のようだ。一夜はボンヤリする頭でそう思った。

「一夜、どうだ? 初めてだから、自信がない」
「ァ、気持ち……い……で、ン――つばき……ぃ」

 実は人生初のグルーミング。
 一夜は自分で手入れする感覚とは異なる刺激に、その行為がソレだと、直ぐに気付けなかったのだ。

「ふふ。良かった」

 立場はすっかり逆転だ。一夜は椿の妖艶な舌がチロチロと舐める度に甘い吐息を漏らす。
 自然の花畑に人影はなく、世界から切り取られたように愛し合う恋人達の姿があるだけだ。

「ハァ……椿」
「んぁ……いち、やぁ……ふぁ」

 一夜も翼への愛撫を再開し、椿から艶めかしい囀りを引き出す。
 鼻孔を擽る甘い香りは蝶を引き寄せる花蜜か、それとも匂い立つ椿の色香なのか。一夜はその濃密な香の中で、欲望の目覚めを感じる。

「も、ハァ……アン」

 快楽に支配された躰が力なく座り込む。
 それでも天色の空は近く、大きな積雲が花畑に影を落とす。可憐な花々は緩やかな微風を受け、花弁を揺らした。

「ぁ、一夜――! ッ……君の愛が欲しい……ン、」
「ッ! ぁ、椿……!」

 一夜は椿の行動に焦った。
 椿が緑の絨毯へ腰を下ろす事で変わる体勢。欲望に膨らむ下腹部が、眼前に位置していたのだ。
 けれど椿は怯えた様子も見せず、スラックス越しに口付けを贈る。妖艶な小悪魔のお強請りに、一夜の芯は熱を高めた。


 甘美な花蜜を感じ、開放的な空に酔いしれる。
 一週間ぶりの逢瀬は濃密な時を刻み、二人の絆を深めた。




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