初恋は桜の中で:番外編
きみとのスイート・ホワイトデー/過去拍手文:一夜×椿


 時の流れは早いもので。世間の風は、再び甘く香り立つ。
 暦は三月初旬。ホワイトデーが目前に迫っていた。

「……」

 自動ドアを潜り。本の森を歩む。一夜は街の書店に訪れていた。
 学園の図書室には毎日通っている。が、今日の目的は時間潰しの本を探す為ではない。

「……葉月君」
「ウォウ! 一夜」

 本の森を物色していれば、友人の後姿を発見する。一夜は静かに声をかけた。
 気配無く現れた一夜に驚いたのだろう。肩をビクゥと弾ませ、夏陽が振り向く。

「あれ、卯月君。いらっしゃい」
「ぁ、朝霧君も。こんにちは」

 夏陽の影から冬乃がヒョッコリ現れる。一夜は深々とお辞儀をした。
 冬乃は書店名の書かれたエプロンを付けている。此処は彼の実家が経営している書店なのだ。

「参考書? なら、向こうの棚だよ」
「いえ、今日は雑誌を探しに来ました」

 冬乃の人差し指が店内の奥を指し示す。一夜は一度そちらに視線を向け、首を振った。

「あの、ホワイトデーが詳しく載っている本はありますか?」
「ああ、そういう事」

 多少の気恥ずかしさを乗せ、一夜は訪ねる。そう、今日の目的は『ホワイトデー』なのだ。

「つか、誰へのお返しだよ。椿ちゃん、怒んじゃねーの?」
「?」

 夏陽が明るくからかう。ホワイトデーといえば、『バレンタインのお返しを贈る日』だ。

「察しろよ、夏陽。多分、椿ちゃんに貰ったんだろ。バレンタイン・チョコ」
「え? だってアレ、女の子が贈るもんだろ。オレも冬乃から貰ってねーし」
「夏陽は毎年、女子から大量に貰ってるだろ! 俺なんて全部義理だぞ」

 ヒソヒソ。冬乃が夏陽の耳を引っ張り、二人は内緒話を始める。

「……」

 その会話内容は一夜の耳に届かず。友人カップルの戯れ合いを静かに見守っていた。

「一夜、椿ちゃんからのチョコは美味かったか?」
「はい。甘くて、柔らかかったです」
「ホントに貰ったのか」

 直接本人に確かめようと思ったのだろう。夏陽は一夜へと視線を向け、話しを振る。

「柔らかい? 卯月君、どんなチョコレート食べたのさ」
「ぁ、ッ。それは、……秘密です」

 疑問を宿した冬乃の質問。一夜は自分の失態に気付く。
 また、口を滑らせてしまった。一夜の口は椿の名前を出されると、無意識に門を開けてしまう。恋人に弱い、困った口なのだ。

「ま、いっか。ホワイトデー特集の雑誌なら、山吹表紙のやつが売れ筋だよ」
「お兄さんの」

 羞恥の炎に身を焼く一夜に、深い追求は迫ってこなかった。冬乃はさらっと話題を変え、要望の雑誌情報を口にする。

「朝霧君、ありがとうございます」

 一夜は再び頭を下げ。冬乃に感謝を伝えた。
 雑誌の事もそうだが、バレンタインの追及が来なかったのは冬乃の気遣いなのだろう。少なくとも一夜は、そう思っている。




きみとのスイート・ホワイトデー




「『ホワイトデーは毎年、妹に洋服を贈っているかな』」

 一夜は書店から帰宅し、購入した雑誌を開く。
 冬乃の言葉通り、山吹が表紙を飾る雑誌は売れ切れ寸前だった。それも男性向け雑誌だというのに、年若い女性が次々と手にしていたのだ。
 一夜が購入したのは最後の一冊。しかも発売日は今日らしく。冬乃も「予想より早かった」と、驚いていた。

「『でも妹は、弟にその服を着せようとしてね。ははは』……」

 その理由は偏に山吹の人気によるもので。表紙だけでなく、中身の記事も山吹に染まっている。『雪白山吹&ホワイトデー特集号』だったのだ。

「椿に――」

 一夜は山吹へのインタビュー記事を読み。雪白兄弟のホワイトデーエピソードを想像する。
 椿は「着ない」の一点張りを貫きながらも、曲がっているのは口だけ。心の中では兄姉との時間を楽しむ。
 その場には緋色の姿も有り、山吹を取り合って火花が散るのだ。

「――ハッ……!」

 いけない、いけない。一夜は夢に沈む意識を現実に引き戻す。今は椿への『贈り物』を考える時間だ。
 思いがけず目にした、愛しい椿の欠片。それに心をホワホワさせている場合ではない。一夜はノートとシャープペンを取り出し、雑誌を捲る。
 ホワイトデー記事を参考に、計画を練るのだ。

(ホワイトデーは……三倍返しが基本……)

 記事の内容を口の中で反芻する。
 バレンタインに縁のない人生を歩んできた一夜。無論、ホワイトデーの知識も薄く。誰もが熟知している基礎知識にも、目を見張った。

(っ……)

 ホップで明るいホワイトデー特集。一夜はそれを前に悩んでしまう。
 椿への愛は、漆黒の夜空を埋め尽くす星屑よりも溢れている。けれど椿の愛は、世界を創り変えるほど深く一途な至宝。その愛情を三倍にして伝えるなど、『ホワイトデー』とは並大抵の行事ではなかった。
 しかし一夜はバレンタインに誓った想いを忘れていない。椿は、ありのままの一夜を愛してくれる。けれど一夜は、それに甘えるだけの人間に成る気はない。
 椿が一夜に贈ってくれる愛情を、自分のそれで包み込み。そしてまた、椿に優しく贈る。それが一夜と椿の愛の交わし方だ。

『ぷるる』

 その時、一夜の決意を受信したように音が生まれる。ケータイの呼び出し音だ。通話ボタンを押し、耳に寄せる。
 時間は午後:10時、少し前。椿からの『お休み電話』が掛かって来たのだ。一夜は凛と鳴る中音域が鼓膜に届くのを待つ。

『こんばんは、一夜。今、いいか?』
「はい。大丈夫です」

 雑誌を閉じ、幸せの欠片に浸る。椿の声は何時聞いても、一夜に幸せを運ぶ愛しい雪風だ。

「あの、椿。3月14日の予定は空いていますか?」
『ホワイトデーか? ふふ。勿論、僕は一夜との時間を最優先させる予定だ』

 椿は一夜が本題を出す前に、望みの言葉を口にする。椿は一夜が確認するまでもなく。3月14日の予定に、一夜との時間を組み込んでいたのだ。
 心に歓喜の花が咲く。今すぐに椿を抱き締めて、この喜びを伝えたい。しかし電話越しなのでそれは叶わず。代わりに一夜は言葉を伝える。

「ホワイトデー。椿からのリクエストはありますか」
『ん? そうだな』

 サプライズも良いが、何よりも椿が喜ぶプレゼントを贈りたい。一夜はそう思ったのだ。

『僕は――が、欲しい』




 ◆◆◆




 そして、ホワイトデー当日。一夜は雪白家に訪れていた。
 椿が望んだホワイトデーへの要望。それは、『一夜との時間』だった。それは顔から火が出るほど気恥ずかしく。そして嬉しい要望(リクエスト)。
 全く以って椿は、何度一夜を歓喜の海に沈めたら気が済むのだろう。一夜の愛は一秒ごとに更新されてしまう。

「お待たせ一夜。はい、熱いから気を付けろよ」
「はい。ありがとうございます」

 ホットミルクがテーブルにコトリと置かれる。飲み物を運び終えれば、椿は一夜の隣に腰を下ろす。甘い香りが鼻孔を擽った。

「ふふ。僕はチョコレートだけたったのに、何倍にもされてしまったな」

 椿はリボンを解き、一夜が贈った菓子箱を開ける。
 ホワイトデー限定だと売り出されていたスイーツセット。マシュマロやキャンディー。チョコレートや、クッキーまでもが入っている。まるでお菓子の宝箱だ。

「ホワイトデーに決まったものはないと、言われまして。……ぁ、気に入って貰えましたか?」
「ああ。勿体無くて食べられないほどだ」
「それは……食べて、ください」

 甘く幸せな空気が愛し合う恋人達を包む。椿は本物の宝石を前にしているように、一夜からの贈り物を見詰めている。
 それはとても嬉しい光景だ。が、一夜は椿の口内も甘く満たして欲しい。

「なら、一夜が食べさせてくれ」
「っ……椿」

 小悪魔の羽がパタパタと現れた。椿は一夜にマシュマロを手渡し、『口移し』を強請る。これはバレンタインの時とは逆の状況(いや、最初のチョコは一夜が食べさせてしまったのだけれど)だ。

「ん、……はやく」

 椿は瞼を閉じ、丹花の唇を誘うように開く。一夜の喉が反射的にゴクリと鳴った。今直ぐにでも貪り合いたいキス待ち顔。しかし一夜はその極上品を前に一歩下がる。
 此処は一夜が独り棲むマンションの一室ではなく、雪白家のリビングなのだ。

「あの、ご家族は今日……」
「みんな仕事だ、夜まで帰らない。ふふ。姉さん宛の『お返し』は僕が渡しておくから、安心しろ」

 だから、と。椿は一夜の頬をフワリ包み込む。一夜の愛を求める妖艶な唇に、心も身体も惹き込まれた。

「椿……!」
「んっ……ァ」

 一夜はマシュマロを銜え、椿の唇に届ける。ホワイトデー特製のマシュマロもよりも柔らかく弾力の有る感触が、一夜の唇に甘く触れた。

「一夜……ハァ、あまい」
「椿の、……唇の方が……ハァ、甘いです」
「ぁん……一夜……ちゅっ、んんッ……」


 3月14日、ホワイトデー。
 マシュマロ味の甘い口付けに、一夜と椿は心も身体も甘く蕩けていた。




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