初恋は桜の中で:番外編
君を待つ/過去拍手文:一夜と椿


一夜と椿:中学時代。




 一夜は椿を待っている。
 『雪白椿』という美しい存在が、一夜の世界に現れた日から。ずっと、ずっと。待っているのだ。



「……クシュ」

 季節は冬。一夜の体を包む空気はピンと張り詰め。氷のように冷え切っている。
 鼻の奥がムズッと痒くなり。一夜は小さなクシャミをした。寒い。外に出て10分は経過している。
 雪の降り積もる校門前。一夜の横を何人もの生徒が通り過ぎて行く。その中に足を止める者は、一人として居らず。皆一様に、今年一番の寒さに身を震わせ。暖かい家へと、一秒でも早い到着を望んでいた。

(雪白くん)

 一夜は首に巻いていたマフラーを頭から被り直す。その髪色に溶け込む漆黒のマフラー。それは、一夜の大切な“親友”からの贈り物。
 今年の正月。一夜は、椿と一緒に初詣に行った。押し寄せる人込みは絶え間なく続き。自由に体は動かせず。息苦しく、目が回るようだった。
 苦手意識の強い人込みの中。けれど一夜の隣には、椿がいた。椿は一夜に気を遣い。人の波から守ってくれた。それはさり気ない気配り。
 椿は表に出さないけれど、一夜は知っている。椿の優しさ。あたたかさ、を。椿は一夜の、唯一無二の存在。奇跡のように心を満たす少年なのだ。

(暖かい)

 一夜はマフラーに頬を埋めた。まるで椿の真心に包まれているように、心がぽかぽかあたたかくなる。
 初詣の帰り。一夜は今のように、小さなクシャミをした。その時に、椿からマフラーを贈られたのだ。

『寒そうだから、あげる』

 椿はそう言って。一夜の冷えた首にあたたかな漆黒を巻いた。そのマフラーは氷のように冷えていた体を温め。一夜の心も、ぽかぽかにあたためた。
 その素敵な贈り物の正体は“去年の”クリスマスプレゼント。椿は『ようやく渡せた』と、安心したように微笑みを浮かべていた。
 純粋な真心が籠められたマフラー。一夜は千夜にさえ、そんなにあたたかなプレゼントを貰った事がない。

「卯月!」

 椿の事を考え。冬の寒さを凌いでいた一夜の耳に、凛と響く中音域が届いた。
 白い雪の結晶が降り続ける真白な世界。椿が息を切らし、一夜の名を叫んでいる。

「雪白くん……!」

 一夜は驚いた。
 椿の眉根は焦りを浮かばせ。大粒の牡丹雪が舞っている中を、傘も差さず。一夜の許へと一目散に駆けていたのだ。

「危ないです」

 一夜の足が無意識に動く。傘に積もった大量の雪がすべり落ち。佇んでいた場所に、雪の小山を作っていた。




 ◆◆◆




「君だって、走ったじゃないか。途中、転びそうになっていたし―― どっちが、危ないんだ」

 冬の冷気に冷やされた息は白く染まり。雪の降る空に、とける。白い。白い。世界が真っ白に染まっていた。
 天空から真白な牡丹雪が、天使の羽根のように降り注いでいる。

「俺は、雪白くんが転んでしまう方が、嫌です」
「ッ!」

 一夜は椿の体温に包まれながら。そのスラリと伸びた細い背に、腕を回した。椿が一夜の行動に息を飲み。雪頬が桜色に染められる。
 椿は冷え切った一夜の体温を温める為に、その体を抱き締め。一夜も、それを返していた。

「だったら、雪の降っている日まで、待っていなくてもいい。僕は、卯月に無理をしてほしくない」

 椿の声が震えている。
 一夜は雪の降り積もる中。唯只管、椿が現れる時を待っていた。その行動を心配しているのだ。
 無理などしていない。一夜は、椿と一緒に帰りたかっただけ。けれどそれが、椿の心に悲しみを広げてしまった。
 一夜は自分自身を叱咤する。誰よりも大切な椿に、心労をかけてしまった。椿は一夜の心に幸せを届けてくれるのに、自分はそれを返せないのだ。それが何よりも、許せない。

「俺、迷惑……ですか?」

 一夜は椿の瞳を見詰めた。言葉では伝えきれない想い。椿はそれを、正しく受け止めてくれる。

「違う。卯月に何かあったら、僕が自分を許せない。君は何時も、僕の心を救ってくれるのに……僕は――」

 椿は一夜の言葉に首を振る。一夜が感じていた自分への憤り。椿も同じように、自分への怒りを募らせていたのだ。
 同じ感情を抱いていた事を知り。一夜の心は、妙なむず痒さを覚える。頬が暑く、気恥ずかしい。
 けれど一夜は、自分の体が氷りのように冷えても。椿を待っていた。一夜が一番の幸せを感じる時。それは、椿と過ごす時間だから。

「それならせめて、天候が悪い日は校舎の中で待っていてくれ。風邪を引いたらどうする」
「気をつけます」


 一夜は椿を待っている。
 氷雪で造られた、分厚く高い椿の心の城壁。一夜の前でそれは、儚く脆い淡雪に変わる。その瞬間を、待っているのだ。




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あきゅろす。
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