初恋は桜の中で
秘めやかに密やかに――乱れる夜1


 雪白家のリビングで模様された撮影会。菜花が腕を振るったそれは穏やかに過ぎ、気付けば弟達は就寝時間。
 眠そうな瞼と『お休み』を交わし、山吹も自室へと移動した。

「椿が審査員特別賞に選ばれました。この写真はその記念です」

 ワークチェアの背を引き出し、腰を下ろす。触り心地の良いレザーの感触に癒される間もなく、山吹はペンを握った。
 上品な便箋にペンを走らせ、水仙への手紙を認める。プリントアウトしたばかりの記念写真も同封して、手紙の封を閉じる。
 審査員特別賞は異例の措置だ。その為、勝者を称えるトロフィーは用意されていない。祝福の花束だけが、椿の勇士を誇らしく伝えるファクター。
 桜雪は美しい人間だったけれど、演技の才能は無かった。椿の実力は本物だ。それこそ、『雪白の血筋』に恥じる事のない本物の輝き。
 それでも母親の関心は末息子に向かない。嘗て愛した男の残像がすべてを凌駕してしまうからだ。

「お兄ちゃんは気苦労が多いな、山吹」
「緋色」

 頬に冷たい感触が当たる。その正体は冷えたロックグラス。
 琥珀色のウィスキーが芳醇な香りを発し、不揃いのロックアイスがカラリと音を立てた。

「一番の悩みはお前と椿の“喧嘩”なのだが、な」

 グラスを受け取り、酒を一口含む。
 バーテンダーという仕事柄、緋色は酒に慣れている。けれど山吹は嗜む程度だ。水や茶のようにグビグビとは飲めない。

「今日はしなかっただろうが」
「あれは一夜君の存在に救われたようなものだろう」

 空いたグラスに二杯目のウィスキーを注ぎ、緋色は一口に飲み干す。ゴクゴクと動く喉仏が間接照明に照らされて、男の色気を纏う。
 『良い酒は舌でゆっくりと味わうものだ』と、山吹は俳優の先輩から聞いた事がある。しかし緋色は自分の好きに楽しむ主義だ。
 少しの量でも酔ったように上機嫌になるが、その調子のまま酔い潰れる事はない。かなりの上戸だ。

「ま、ガキの話はここまでだ」

 緋色は再び空になったグラスをサイドテーブルへ置く。溶けた氷が崩れ、カラリと音が鳴った。
 それを合図にするように緋色の瞳に“雄の炎”が宿る。夜のスイッチが入ったようだ。

「そろそろ大人の時間も楽しもうぜ」
「んっ……は、ん……」

 慣れ親しんだ二人の唇が重なる。
 山吹はワークチェアに座ったままだ。対して緋色は立っているので、今度は簡単に口付けられる。

「オレがお前の恋人だって事、忘れんなよ。山吹」
「忘れた事など一時もないよ。私が躰を許しているのは、緋色だけだ」

 唇を離し、緋色は独占欲を囁く。
 飲んだばかりの口付けは酒の味がする。酔ったようにボンヤリとする頭を奮い立たせ、山吹は理性を保つ。

「は、言うな。今ので寝かせる気が失せた」
「おや、聞く前でも充分そんな目をしていたぞ。緋色」

 残り少ない理性の中で、山吹は緋色の首筋に腕を回す。
 相手のペースに簡単には溺れない。乱れるならば共に――山吹も緋色の欲望を煽る。




 ◆◆◆




「やっぱ、普段見上げてる奴を下に敷くのは気分がいいな」

 純白のシーツに身を沈める山吹。その上から覆い被さり、緋色は舌なめずりする。
 男の欲望を教える紅い舌は妖しく蠢く炎の欠片。山吹のすべてを焼き尽くそうと、隙を狙う。

「おや? 長身の人間なら誰でもいいような発言だ」
「んな訳あるか」

 照明は暗く落ち、窓から差し込む月光だけが恋人達を照らす。
 冗談で場の空気を和ませれば、緋色は口を曲げる。組み敷かれる状況でも優雅に微笑む山吹の余裕。それが少しだけ悔しいのだろう。

「ふふ。可愛いな、緋色――私も、“逆転”してみたくなるよ」
「ハッ! それこそ冗談だろ」

 緋色の掌がシャツの中に滑り込み、山吹の腹を撫でる。男の欲望を巧みに誘う愛撫に、躰の熱は自然と高まる。
 白い肌をしっとりと濡らす汗は夏の気温が引き出したものではない。それを誰よりも理解している緋色の掌は、得意げに下準備を進めてゆく。
 ボタンを一つ一つ見せつけるように外し、緋色は山吹の腕から上着を引き抜く。まるで海老の殻を剥くように鮮やかな手付きだ。

「ハァ、……緋色……」

 思わず、その先の期待が艶めかしい吐息となって零れる。
 山吹も緋色の上着に手を掛け、ボタンを外す。灼熱の炎に焼かれる胸板は厚く、鍛え上げられている。正に『漢』という漢字が良く似合う。良い男だ。

「エロい表情(かお)しやがって。そんなんで逆転なんざ、出来るかよ」
「それは……挑戦してみなければ……ンァ、……分からないだろう?」

 夜伽に浸る緋色の声は低く、男の艶を含む。鼓膜がザワリと弄られるような感覚に、山吹の心臓は早鐘を打つ。
 その表面、なだらかな胸板に緋色の掌が移動する。ドクンドクンと鳴る心臓の鼓動を確かめられれば、山吹も羞恥を感じずにはいられない。
 この男らしい掌――燃える指先が、今から山吹のすべてを甘く乱すのだ。

「ま、挑戦は後にシとけ」
「ア、……んゥン」

 無理だとでも言うように、緋色は桜色の粒を引っ掻く。
 微かな痛みが脳にピリリと伝わる。それは甘く痺れる微電流となって山吹の躰を駆け巡った。

「今は大人しく、オレに喰われてろ」
「ンア! ふぁ、……ひい、ン、ろ……んぁあ」

 大きな口をアーンと開け、緋色は山吹の粒を口内に含む。
 舐めたり吸ったり、転がしたり甘噛みしたり。柔軟に動く緋色の紅い舌が山吹の唇から嬌声を引き出す。
 それは世界中に存在するファンがどんなに夢見ても、決して目にする事の出来ない艶容。男の欲望に染まる山吹の表情は、緋色の前でのみ開花する。
 理性の鎖も引き千切り、ただ唯一の愛を求める本能だけが恋人達を甘く支配した。

「――ハハッ! 喰ってねぇ方もビンビンに勃ってんじゃねーか。久しぶり過ぎて興奮したか?」
「ひぁ! ……急に引っぱ……アン……る、な……ぁ、」

 食べ頃を知らせる果実のように赤く熟れた粒が無造作に引っ張られる。お座なりにされていた右粒が、無意識に存在を主張していたのだ。
 それを山吹よりも緋色が先に発見し、楽しそうに弄りだす。親指と人差し指で摘まみ上げ、そのまま紙縒(こより)を作るように捻られる。

「クッ! ちょ、待て……ァ、……ん」
「はは。私も、反撃くらいはするさ」

 主導権を握り、楽しく行為を進めていた緋色の息が切なく詰まる。無防備だった彼の下腹部に山吹が手を伸ばしたのだ。
 充分に盛り上がった緋色の芯は熱を宿し、確かな反応を山吹に返す。興奮の証しを弄られ、緋色は慌てた。まだ、知られる予定ではなかったのだろう。
 しかし山吹は構わず、むしろ可愛らしい反応だと思った。ただ大人しく寝っ転んでいるだけのお姫様で終わらないのは、山吹も弟と同様だったのだ。

「ァ、……ッ! オレにもヤらせろ」
「ッ! 緋色……ハ、んんっ」

 反撃には反撃が返される。
 緋色もスラックスに手を伸ばし、山吹の芯を取り出す。そして浅い欲望を宿すソレを激しく扱いた。
 グチャクチュと卑猥な水音が静寂の空間を妖しく深める。緋色と山吹、お互いの掌は濡れそぼり視覚的にもエロティックだ。

「ン、ハッ……すげぇ、グチャグチャ。マジエロいぜ、山吹」
「ふ、ァア! その言葉、そっくりそのままお返しするよ。緋色」

 性急に高められる快楽は最早勝負の域。どちらが先に欲望を解放するか、言葉も視線もすべてを駆使して相手の欲望を煽る。

「も、ハァ……ッ、んぁああ!」

 息が弾み、喉は渇く。灼熱の炎に焼かれるように肌が暑い。躰の奥底から湧き上がる欲望の噴水が、終に吹き上がる。
 白濁が、緋色の腹を卑猥に濡らす。それは山吹の負けを認める何よりの証拠だ。

「オレの勝ちだ、……グッ……ハァ、な」

 緋色は勝者の笑みをニヤリと浮かべ、彼自身の芯からも白濁を溢れさせる。
 ドロリとした愛蜜が山吹の腹にも掛り、白く美しい肌を汚す。もう、緋色と山吹の下腹部は溶けた蝋が混ざり合ったようにドロドロだ。

「ハァハァ……ん、……」

 クタリと力なく、山吹はシーツに沈む。精を放ったばかりの意識は朦朧と揺蕩う浮舟のようだ。

「おっと、まだ寝んな。メインディッシュはこれからだ」

 しかし緋色は休む暇を与えず、山吹の長い脚を両手で鷲掴む。そのまま高く持ち上げ、スラックスごと下着を引く抜く。
 生まれたままの姿を眼下に収め、緋色は「ひゅ〜」と口笛を吹いた。決して上品とは言えない所作だが、二人を包む濃密な空気は妖艶さを増す。
 今から緋色と山吹は深く繋がり、愛を交わすのだ。

「ッ、アア! ひぃ……ろ……んッ、はぁあぁあ」

 回復の早い緋色の芯が蕾に押し当てられ、ズプンと侵入する。躰の内側から焼かれる感覚に、生理的な涙が山吹の頬を伝う。
 本能に従う野獣のような激しい振動。快楽の津波が堰を切り、山吹の理性は粉々に破壊される。丹花の唇から零れる音は艶めく嬌声だけだ。

「はっはっ……! あんまでかい声出すと、可愛い弟に気付かれちまうぞ、山吹お兄ちゃん?」
「ああ、んぅン!」

 緋色の息も快楽に弾む。男の欲望に溺れる彼の艶容も、山吹だけが知っている。真実の愛の証明だ。
 背中まで伸びた長い髪が肌に張り付き、大粒の汗に濡れる。燃える炎を凝縮した紅い髪は力強く、そして男の色気を宿していた。

「緋色の……で、アア……塞いで……くンン」

 熱い楔が体内で暴れる度に、淫らな音量が高くなる。それをパクリと飲み込んでしまう緋色の唇を求め、山吹は腕を伸ばす。
 山吹の掌は頬を滑り、緋色の後頭部に回った。紅い髪が指の間に滑り込み、その感触に胸が高鳴る。

「いいぜ。そのお願い、聞いてやるよ……!」
「んんっ!」

 唇が重なると同時に、緋色の芯が山吹の最深を激しく貫く。言葉にならない悲鳴は緋色に飲み込まれ、夜の静寂を崩さない。
 よくよく考えれば、山吹の自室も防音性に優れている。しかし普段の冷静な頭なら気付いていただろう『仕掛け』にも引っ掛かり、淫らな啼き声を精一杯抑えた。

「今日はあの草食動物もいるからな」
「ふぁ、……んッ」

 深く絡まる二つの紅い舌。それを一度離し、緋色は楽しそうに意地悪な言葉を囁く。

「折角懐かれた可愛い義弟(おとうと)に、『エロいお兄さん』だとは思われたくねぇだろ?」
「ぁ、くっ……!」

 意見を返したくとも声を出せず、山吹は美しい唇をキュッと引き結んだ。
 出口を見失った快楽の雷が躰中をビリビリと駆け巡る。こんな欲に溺れた厭らしい姿、緋色以外に見せられない。

「どうした、そんなに……ハァ、……嫉いたのか?」

 残り少ない理性を奮い立たせ、山吹は問う。
 その間も無理に閉じ込めた快楽の雷が肩や爪先を跳ねさせる。少しでも気を緩めれば、甘い旋律が唇から溢れ出てしまいそうだ。

「んな! 誰があんなガキ一人増えたくらいで嫉妬するか」

 緋色の眉根が心外だというように歪む。
 気の弱い人間ならビクリと怯えてしまう緋色の鋭い睨み。しかし付き合いの長い山吹は微塵も怯えず、微笑んだ。

「はは。緋色は昔から、私の近くに人が寄ると不機嫌になるからな」
「チッ……うるせー。今は大人しく喘いでろ!」
「あ、待て……まだ……んぁあ」

 独占欲を暴かれた気恥ずかしさを誤魔化すように、緋色は中断していた振動を再開する。山吹が慌てて口を塞いでも後の祭りだ。

「気が変わった。煽るくらいの“好い啼き声”大量に出させてヤる」
「駄目……だ、アン……緋色……ッ、あぁん!」

 誰も知らない真夏の情熱は満月だけが見ている秘めやかな夜の欠片。恋人達の甘い蜜夜は濃密に激しく、紡がれ続けた。



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