初恋は桜の中で
秘めやかに密やかに――揺れる心5



 ◆◆◆



 一行の台詞から以降の物語を新たに創り出す、アドリブ審査。事前に用意された物語を台本通りに演じる、正確な演技力審査。
 出場者を何組かグループ分けし、競わせる。体力審査や、基礎的な知識審査。己の特技を披露する、フリー審査等々。
 様々な審査を繰り返し、オーディションは結果発表を残すだけとなった。
 スタート時と同じく、俳優の卵達がステージに現れる。50人の少年達はナンバー順に並び、運命の瞬間を待つ。
 その表情は十人十色。己の能力に自信がある者は、余裕を浮かべ。審査中にミスをした者は、後悔に沈んでいる。這い上がる緊張からか、涙目になっている者もいた。
 その中でも椿は落ち着き払い、けれど驕る事無く静かに立っている。纏う雰囲気の輝きは既に他の追随を許していない。

「――そうですね。彼が妥当でしょう」
「観客にも熱心なファンがいるようですし。問題もないでしょう」

 脚本家やプロデューサー。そのまま映画製作者となる審査員達。彼等は真剣に話し合い、一人の少年――映画の主役を選び出す。
 それはオーディション優勝者。幾万人もの少年達が夢見る、栄光の一番星だ。

「はーい。それでは優勝者の発表でーす」

 優勝者を記した紙片がスタッフを経由し、司会を務める聖祈の手に渡る。
 会場を熱気に包む観客も、華やかな出場者も。皆同じように耳を欹て、心臓の鼓動を限界まで高鳴らせた。
 すべての決着が、そして始まりが――告げられる。

「エントリーナンバー栄えある1番――生まれながらのスター! 星宮光輝(ほしみやこうき)!!」

 派手なドラムロールが鳴り響き、スポットライトが縦横矛盾に出場者を照らす。そして天井から伸びる光の筋は、名前の発表と共に一つに集まった。
 一人の少年が光の中心に位置し、驚きに目を見開く。その瞬間、爆発したような歓声が会場を駆け巡った。

「よっしゃあっ!! 信じてたぜ、光輝ぃいい!!」

 一際大きく、ガッポーズを作る青年。それは椿へ、心無い暴言を叫んでいた青年だった。彼は人生で一番のイベントを心の底から喜び、友人の栄光を祝う。

「みんな、ありがとう。まだ信じられなくて、うまく言えない……ッ……でも、凄く嬉しい!」

 マイクを渡され、ステージの中央へ案内される優勝者――星宮光輝。足取りも夢見心地で、覚束ない。リアルな反応が初々しく、可愛らしく見えた。

(まぁ、予想通りだな)

 椿はその光景を前に、冷静さを崩していなかった。
 落胆も意外性も、光輝には何も感じていない。勿論、彼の演技力は申し分ないだろう。しかし椿には、審査員達の『大人の事情』が透けて見える。
 自分の将来を考えてくれた山吹や、力の限り応援してくれた友人達には申し訳ない。が、椿の心には細波さえ立っていなかった。

「椿……」

 勝者を称える歓声と拍手の海中から、小さな呟きが耳に届く。音の泉が嗄れたそれは盛り上げに加わらず。ただ椿を案じる。愛しい音色。

「一夜」

 椿は人知れず右手を伸ばす。けれどその指先は何もない空間を引っ掻くだけで、漆黒の一房にも触れられない。
 彼の座る席が最前列とはいえ、ステージとは距離がある。椿は絶壁に佇む旅人のように、一夜との距離を埋められないのだ。

(ごめん。僕はまた、君の勇気を無駄にした)

 無意味な掌を引っ込め、拳を握る。
 一夜が感情の鎖を解き放ち、魂の言霊を叫ぶ姿。椿はその珍しい光景を過去にも見ていた。
 その時も一夜は自分の為ではなく、椿への心無い言葉に口火を切った。彼が一番愛して欲しい相手に逆らってまで。椿との友情を選んでくれたのだ。
 けれど椿は役立たずのまま、今も一夜の勇気を儚く脆い泡粒に変えてしまった。

「それではもう一人、審査員特別賞の発表でーす!」
「え?」

 一方、オーディションは未だ終わっていない。聖祈はテンションを更に上げ、マイクを回す。横に立つ光輝が「聞いてない」と、司会者を仰ぎ見る。
 一つに集まっていたスポットライトの光が再び別れ、出場者を順に照らす。そして最後の一人へ行き着き、栄光の光を注いだ。

「孤高に咲き誇る美しき氷華――雪白椿!!」
「は?」

 自分の名前が大々的に発表される。しかし椿はその現実を疑った。反射的に聖祈を睨む。

「さぁ、ボクの胸に飛び込んでおいで。椿姫」

 しかし聖祈は冷たい視線を受け流し、両腕を広げる。
 大体、歩くセクハラ大王である聖祈が司会進行役という事からして可笑しい。そうか、これはリアルな夢の世界。椿は導き出した答えに一人納得する。

「君、聖(せい)ちゃんの知り合い?」
「せいちゃん?」
「あはは。ボクのコトだよ」

 ステージ中央へ足を向かわせ、脚光を浴びる優勝者の横に並び立つ。
 表面的には観客に笑顔を振りまき、光輝が質問を投げてきた。椿の疑問に、聖祈が答える。

「早速浮気か? 見た目通りだな」

 芸名の聖(ひじり)ではなく、本名の聖祈(せいき)を愛称にする光輝。親しいプライベート事情が垣間見え、椿は訝しむ。
 椿はマイクを所持していない。しかしその音量は自然と低くしていた。これがステージ上の言葉ではなく、プライベートな会話だからだ。

「違うよ、従兄弟の光(こう)ちゃん。残念ながら性的なお付き合いはないよ」
「嫌だな。宮サマ(みやさま)って呼んでよ。聖ちゃん」
「この通りの“女王様”だから。椿姫とはホントにいい勝負だったね」

 聖祈も口元からマイクを外し、光輝を紹介する。観客の耳に届かせない配慮だ。勿論光輝もマイクを下ろし、声を潜めている。
 お互いの声が聞こえているのは、聖祈・光輝・椿の三人だけだ。そしてその順に彼らは並んでいた。

「趣味は下僕の調教。宜しく、“山吹の弟”クン」

 キラキラと輝く美少年の微笑み。光輝は万人の心を掴むソレを湛えたまま、決して可愛くない裏の顔を覗かせる。
 流石は聖祈の血縁者。容姿は綺麗に整った優男風でも、普通の精神構造を有していない。

「気安く、『ご主人様』と呼んで。構わないよ」
「絶対に呼びません」

 親しげに差し出される光輝の右手。椿はそれを握り返し、強固な意志を伝える。
 観客はその光景に熱気を上げた。外面的には優勝者と、特別賞を取った二人の握手シーン。感動的にも見える一幕にカメラのフラッシュも集中する。

(嗚呼。一夜に会わせてはならない人間が、また増えた)

 椿も表面的な微笑みを浮かべ、作られた愛想を振りまく。しかしその胸中では、『星宮光輝』をブラックリストに登録していた。




「帰れない? どういう事だ」
「ですから、これから取材を予定していまして……」

 気弱そうな青年が冷や汗を流し、後ずさる。椿が氷の睨みをツンと飛ばすその相手はスタッフの一人だ。

「ね? あの見た目を裏切る気丈な性格。堪んないでしょ」
「そう? 俺は断然、山吹派だな。あの上品な好青年が欲に溺れる姿を想像するだけで、鞭が唸る」
「ワオ! 光ちゃん、チャレンジャーだね」

 椿の怒りを横目に、聖祈と光輝は不埒な話題で盛り上がっている。その会話内容を双方のファンに聞かせてやりたいものだ。

「そこ、人の兄で厭らしい妄想をするな!」
「まぁまぁ、椿姫。ウサギちゃんの写メ見せてあげるから、落ち着いて」

 聖祈がケータイを取り出し、画面を見せる。一夜の写真を餌に、椿の気を逸らそうというのだ。しかし動かぬ写真と、生身の本人。どちらが重要かは誰でも分かるだろう。
 時計の針は午後:6時00分を指している。オーディション自体は5時30分頃に終わった。だが、しかし。優勝者である光輝と特別賞を与えられた椿は、足止めされていたのだ。
 けれど30分という休憩時間を置いた事で、椿はこの事態が夢でなく『現実』だと理解していた。
 大体本当に椿の夢ならば、疾っくに一夜が現れている。

「ふーん。中学生?」
「あはは。こう見えて、ウサギちゃんは椿姫と同い年――光ちゃんの“2つ下”だよ」

 光輝がケータイに手を伸ばし、画面を覗き込む。聖祈はその肩を慣れた手つきで引き寄せた。

「え?」
「ああ、そうそう。光ちゃんもこう見えて、高3の先輩さんでーす」

 思わず、椿は聖祈の言葉を聞き返す。
 光輝は聖祈よりもワンサイズ小さく、幼さが残っている。実年齢よりも育った聖祈と並ぶと、完全に年下の“少年”に見えた。

「存分に敬い、そして平伏せ。“後輩”クン」
「断固として断る!」

 光輝は見せつけるように足を組み替える。態度は大きく上から目線だが、どこか上品さも兼ね備えている。正に女王様然とした少年だ。

「ん? 指の一本でも舐めれば、存分に仕込んでやるものを」
「あれだね、同族嫌悪」
「誰が同族だ」

 残念そうに肩を竦める光輝。聖祈は掌を滑らせ、スルリと腰を抱いた。光輝はそれに慣れているのか、聖祈の好きにさせている。
 椿に、そんな先輩達を敬う気持ちは微塵もない。それよりも早く一夜と逢い、そして山吹とオーディションの話がしたかった。



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