初恋は桜の中で
秘めやかに密やかに――揺れる心4


「それでは、お待たせしました! 奇跡の美少年・エントリーナンバー50――雪白椿!」

 聖祈は声を弾ませ注目株の登場を盛り上げる。しかしそのマイクパフォーマンスを切っ掛けに、会場が騒めく。

「え? 雪白って……」

 会場を埋める観客は殆どが出場者の身内だ。
 子供や兄弟。友人への応援で盛り上がっていた空気に、『雪白』というブランド名が冷たく染み渡る。
 まさか観客の心を魅了し、報道関係者も目を光らせた美少年の正体が――有名女優の息子だったとは。
 そんな動揺と驚きを含んだ声が、其処彼処から湧き上がる。

「マジ!? 出来レースかよ!」
「でもさー『山吹』や『なのは』とは、全然似てなくない?」
「知らないの? あれ、雪白水仙と“愛人”の子供なんだよ」

 顔見せの時は名前まで出さず、簡単な一言メッセージだけで終わっていた。
 しかし真実を知った観客は歓声をスーと消し、勝手な意見を口々に述べる。

「よっしゃ! 『雪白水仙、隠された末っ子の素顔』。これだけでもスクープになるぜ! おい、ちゃんと撮っとけよ」
「ウィッス!」

 そしてそれはショーを楽しむ観客だけではない。取材に訪れていたアナウンサーも目の色を変え、カメラマンに指示を出す。
 ニュース番組の明るい話題として取り上げる予定だった俳優オーディション。その思わぬ展開、棚から牡丹餅に歓喜しているのだ。

「それでは、この紙に書かれたセリフを読み上げてくださーい」
「はい。『――例え幾千、幾万もの弾丸をこの身に受けようとも……私が倒れる事はない』」

 様々な言葉が鋭い刃となり、ステージへ飛ばされる。
 けれどそれを一身に浴びる椿本人は慣れたものだ。凛と気丈な姿勢は微塵も崩さず、ステージの主役を演じる。

「『怖れも敬いも、この身の糧。不の感情を幾ら浴びようとも、光に変えてみせよう!』」

 胸を押さえ、魂の叫びを天上へぶつける。
 ただ台詞が書かれているだけの一枚紙。背景説明も何もなく。出場者はその場で即興劇を演じる。
 用意されている紙も多く、完全なランダム。その場で渡され、事前に演技プランを練る事も難しい。
 これはアドリブを観る為の審査。少しでも台詞に詰まれば、印象はマイナスになる。
 けれど椿は一度しか台詞に目を通しさなかった。それも聖祈に見せられた一瞬で、台詞のすべてを脳に叩き込んだ。
 感情の込められた台詞と、軽やかで力強い演技。完璧と呼ぶに相応しい素晴らしい即興劇だ。

 ――文句など、普通は出ないだろう。

「スゲェ! やっぱ、有名人の身内サマはデキが違うって?」
「実力の違いを見せつけて、いい気になってんじゃねーぞ! 七光り!!」
「オレのダチがどんなに努力してるかも知らねー。温室育ちがよぉ!」

 心無い野次が飛び交う。自分の大切な人間が当て馬のように見えて、感情のセーブが出来ないのだ。

「はぁ〜い! 熱いラヴ・コールは程々に、審査は平等に行われていますよー!」

 聖祈が観客へ、注意を口にする。
 流石に酷い、と思ったのだろう。口調は軽く砕けているが、可愛い後輩を守ろうとする気遣いが感じられた。

「困りましたね。演技力が抜きん出ていても、『愛人の子供』というレッテルが貼られていては……マイナスイメージが付いてしまう」
「スポンサーも、今回は『爽やかな好青年』を希望されていますし。ねぇ」

 流石に静まる観客。しかし今度は、最も権力を持つ審査員が難癖を付けだす。
 一難去って、また一難。まるで抗えない神の力が働いているように、椿の前に壁が現れる。

「ッ!」

 再び騒めく会場。否定的な意見が飛び交う中、一つ影が席を立つ。

「椿――ッ!」

 我慢の限界を吐き出すような絶叫が響く。
 細くか弱い身体の何処にそんな情熱を秘めていたのだろう。何時もは控えめで大人しい声を限界まで引き出し、一夜は愛情を叫ぶ。
 それは正に魂の絶叫。冷たい空気を突っ切り、ステージにまで轟く。

「誰よりも、『雪白椿』君が輝いています!!」

 世間の評価など聞かない。一夜は純粋に、自分が感じた真実を大きな音にする。
 誰の心に響かなくてもいい。ただ一時、椿の心を言葉の刃から守れる盾を一夜は望む。

「そうだ、そうだ。椿ちゃんが一番凄かったぜ!」
「俺達も応援してるから、何時もの調子で頑張んなよ!」

 一夜だけでなく、夏陽や冬乃も席を立ち上がった。
 そして一人闘う友人へ力強い声援を送る。彼らも同じように、我慢の限界を感じていたのだ。

「一夜――ッ! ……それと、みんな」

 椿は感動したように口許を押さえ、冷たい吹雪のベールを取り去る。それは親しい人間へと見せる本当の素顔だ。

「オイオイ、幼馴染み兼親友をその他扱いかよ」
「あはは。まぁ、それが椿ちゃんらしいよ」

 恋人と友人の励ましでは、落差の激しい椿の反応。夏陽が透かさず突っ込みを入れ、冬乃は納得し笑う。
 微笑ましい友情に溢れた光景。ツンと澄ました気高い少年も、普通の人間なのだと伝わってくる。

「と、いうか。何故、君達が一緒に?」

 椿の視線が客席の一列をなぞる。
 一同に揃う友人と家族。椿の認識では、接点は一夜だけだ。

「はいはーい。雑談は禁止ですよ」

 その時。聖祈が明るく歌うように、司会進行役の仕事を進める。
 しかし一瞬、客席へウィンクを送ってきた。それは一夜の勇気に対しての賞賛なのだろう。

「すまないね。私は口を挟む事が出来なかった」

 一夜が席に座り直し、山吹は重く閉ざさるを得なかった口を開く。

「助け船も出せない。不甲斐ない兄だ」

 自由な発言も許されない。それを実行すれば風向きが悪い方向へ向かう。
 もしも山吹が正体を証し、弟を庇護すれば――それはただの力の見せつけになるのだ。それは誰よりも椿自身が望んでいないだろう。

「椿はお兄さんの事を尊敬しています。ですから、不甲斐ないなんて思っていませんよ?」
「ああ、だから。余計に自分の無力を実感してしまう」

 会場は元の空気を取り戻し、ステージはより一層華やかさを増す。
 一見煌びやかな芸能界への扉。けれどその裏では醜い嫉妬心や、複雑な感情が蠢いている。美しく純粋な世界とは言い切れない。
 自ら大切な弟を送り込んでおいて、結局は辛い現実を突き付けた。やはりそれは山吹の詰めの甘さだ。
 そしてその現実に、一筋の光を齎したのは一夜。恋人と兄では影響力の違いを理解していても、山吹の複雑な兄心は無力を感じすにはいられない。
 しかも椿本人が批判の声に慣れきった様子だというのが、余計に腹立たしい。椿は山吹の前では気丈に振る舞い、己の抱える辛い現実を隠すのだ。
 これでは桜雪にも顔向け出来ない。

「……あの、お兄さん」
「ん? なんだい。一夜君」

 気を遣わせてしまったのか、一夜が言葉を追加する。その声は勇気の勲章を称えるように掠れていた。

「俺も同じ事を、考えた事があります」

 瑠璃色の瞳が山吹を真摯に映す。
 嗚呼――椿はこの瞳と声が好きなのだろうな、と。山吹はふと感じる。一夜は寡黙な故に、一つの音に心を込めるのだ。
 まぁ、椿に一夜のどこが好きなのかと問えば、『彼のすべてを愛している』と。誇らしげに答えるのだろうけれど。

「お兄さんのような人なら、椿を悲しませないのに……。自分は無力な存在だと思いました」
「でも椿はその時、君に文句など言わなかった?」
「はい」

 一夜がコクリと頷き、山吹は頬の筋肉を緩ませる。
 10以上年の離れた少年が弱い胸の内側を証し、元気付けようとしてくれた。それにこそ、癒されるというものだ。
 つい数分前に贈った愛情を早速返され、山吹は慈しみを深める。

「けれど椿は、君の存在に救われていると思うよ」
「ぁ……」

 そしてその言葉はそのまま、山吹自身へと向けられるものだ。

「おい、山吹。言いたかったセリフを盗られた草食動物が悄気てんぜ?」
「いえ、俺は」

 一夜と個人的な絆を深め、山吹は心の気力を取り戻す。
 しかしその横から、緋色の釘が刺さった。

「お前も肝に銘じとけ。こいつら(雪白兄弟)は、人のペースを狂わせる天才だ」
「あら、わたしもかしら。緋色さん?」
「お前もだよ、菜花。ふわふわ人の心読みやがって!」

 聞き捨てならない緋色の台詞。菜花も一夜の横から顔を出し、話題に参加する。
 緋色は強い口調で迎え撃つが、菜花はふわふわと楽しそうに花畑を呼び寄せる。
 可憐な蝶も惑わされる菜花独特の雰囲気。それは彼女が幼い頃から身に付けていた、無自覚の産物だ。
 そして菜花がそうであるように、山吹のカリスマオーラも意識的なものではない。自らコントロールなど出来ないのだ。

「……でも俺は、椿のそういうところも好きです」
「あー。そーかよ」
「秋空さんも、」

 穢れを知らない瞳が問う、『そこが好きなんですよね?』と。
 緋色は一夜の意図に気付いているだろうに、知らないふりをした。

「教えねーよ。素直ばーか」



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