初恋は桜の中で
それでも、好きだった9


「そうか。ようやく気付いたか」
「……」

 若者に人気の流行歌が店内の雰囲気を明るく飾る。通い慣れたファーストフード店。その一席に腰を下ろし、夏陽は事の顛末を報告していた。

「まぁ。一応、……って。初恋相手とその恋人に“付き合い報告”って可笑しくね?」
「一夜、シェイク飲むか? 夏限定のマンゴー味だそうだ」
「ぁ、はい。頂きます」
「聞いてねーのかよ」

 正面の席に座っているのは、椿と一夜。複雑なのか、単純なのか。元三角関係の友人二人だ。
 椿は夏陽の言葉をさらっと避け。一夜の意識を、店内に貼られている大判ポスターに誘導した。

「ちゃんと聞いている。が、僕達の関係に細波を立てるような発言は耳に入れない」
「……」
「ホント徹底して一夜一筋だな。椿ちゃんは、ハハハ」

 ニカっと笑み、夏陽は明るく笑う。
 針で突付かれているようなチクチクとした痛み。それを胸に感じる事は、もうない。純粋な友人の目線で笑顔が出せた。

「……葉月君とです」
「え?」

 小さな、けれど心の中に沁み込む音が生まれる。夏陽の解釈に正解を伝えようと、一夜が口を開いたのだ。
 因みに一夜が椿に返す以外の音を発したのは待ち合わせの挨拶以来。夏陽は自分向けられた一夜の真直ぐな意思に耳を欹てる。

「椿と俺と、葉月君。三人は『お友達』、ですよね」
「あ、そういう……いや、ちょっと待て」

 夏陽は椿の指す『関係』が、一夜と椿の『恋人関係』の事だと思っていた。けれどそれは違う。夏陽を含めた『友人関係』を指していたのだ。
 一夜の伝えるそれに、夏陽の胸は熱くなる。しかし、それも一瞬。言葉の矛盾が、感動の涙を塞き止める。

「人間はなんて都合の良い生き物だ。君もそう思うだろう、葉月」
「ああ、今正にそう思ったよ。椿ちゃん」

 つまり夏陽は如何あっても『お友達』で、一夜は『愛しいひと』。その均衡を崩すような台詞を吐くな、と。椿は言ったのだ。
 夏陽が椿に恋心を抱いていた過去くらい、一夜も気付いているだろうに。

「でも、あんがと。友達だって思われてるのは嬉しいよ」

 夏陽は改めて礼を述べる。恋破れても変わらぬ友情。それは滅多にない有難いものだ。

「まぁ。僕の一夜に横恋慕すれば、その時は友人関係も解消する気でいるがな」
「……っ」
「そこまでの一夜好きか! つか、それは100%ねぇよ」

 椿は一夜の背に腕を回し、自分へと引き寄せる。二つの白い頬が密着すれば、一夜の頬は林檎になった。
 椿の唇は笑みを湛え、それが彼なりの冗談だと分かる。しかし一夜の心臓は、それどころではないようだ。

「なに、ラヴラヴアピール? 周りのお客さんも固まってるよ」
「おお、冬乃」

 その時、夏陽の背後から声が掛かる。振り向けば、冬乃が立っていた。

「朝霧君、喉は渇いているか?」
「え? まぁ、真夏の街中を歩いて来たから、それなりには」

 冬乃が夏陽の隣に腰を下ろせば、椿が席を立つ。その行動には理由があった。

「そうか。一夜、あのシェイクを買いに行こうか」
「はい」

 一夜も立ち上がり、椿の横に立つ。二人は視線を合わせ、アイコンタクトを交わした。

「皆、同じ味でいいな?」
「ああ、それは別に……って当然のように一夜と手繋ぎで行くのな」

 席を離れる一夜と椿。その手はキュッと握られ、そこからお互いへの愛情が溢れ出ている。

「ああ。僕達が席を外している間、君達も睦み合っているといい」
「ちょ、椿ちゃん! なんちゅー捨て台詞を……」

 為て遣ったりと遠ざかる椿の背中。夏陽はそれを力なく見送った。
 椿は夏陽と冬乃を二人きりにする為に、仕掛けていたのだ。恐らく一夜も共犯だろう。

「あ、夏陽。ポテト食っていい?」
「いいよ。つか、冬乃はなんとも思わねぇの?」

 普段と何も変わらない様子で、冬乃の指がテーブルに伸びる。ポテトを二つ摘み、口に運んだ。

「ん? ああ、仲良いよな」
「それじゃなくて、睦み合いの方」
「……は、」

 ゴクン、と。ポテトを飲み込み。冬乃の顔がフリーズする。

「な、あああ、あんなの、椿ちゃんの冗談だろ?」

 早々意識を取り戻し、冬乃は全身から蒸気が吹き出そうなほど真っ赤になった。
 夏陽と比べれば冷静な部類に入る冬乃。その彼が羞恥に震える姿は珍しい。

「前に、オレがしたいなら『してもいい』って言ってたよな」
「したいのかよ!」
「はは。まぁな」

 冗談めかしてその羞恥を煽ってみる。冬乃は夏陽の遊び心に付き合いながらも、頬熱が消えない。
 思わず、『可愛い』とか思ってしまう。野に咲く素朴な花を見つけた時のような、嬉しい感覚だ。

「っ……場所は選べよ」

 聞えるか聞えないかの小音で冬乃がポソリ呟く。人目を気にしているようだ。
 つい数日前は何とも思わなかったものが、ソワソワと気になる。それは『友人同士』のままでは味わえなかった感覚。幸せの中に甘さが混じる初々しい恋心。

「冬乃」
「――今だ葉月。愛の言葉を囁いてやれ」
「だぁーー! つ、ばきちゃ」

 夏陽の心臓も高揚する。しかしそのタイミングを狙ったかのように、背後から声が掛かった。
 ビクン、と。立ち上がり、夏陽は振り返る。其処には小悪魔がいた。言わずもがな椿だ。

「もう少し遅い方が良かったかな? 朝霧君」
「いや、夏陽にそんな甲斐性。今のところないから大丈夫」

 椿はトレーを下ろし、人数分のシェイクをテーブルに置いてゆく。
 その間も小悪魔の羽はパタパタしていた。

「愛の言葉なんて簡単に言えないだろ。な、一夜!」
「?」

 椿と冬乃が交わす会話に夏陽の頬は熱い。気分を紛らわせる為と味方を得る為に、一夜に助け船を求める。
 似たような立場の彼ならば、同意を返してくれるだろう。そう思う夏陽に、しかし一夜は不思議そうに小首を傾げた。

「ふふ。一夜、愛してる」
「はい。俺も椿を愛しています」
「あっさり言いやがった!」

 この場に自分の味方はいないのか。夏陽は寡黙な友人の緩む口許にショックを受けた。

「お前、普段は無口なくせに言うじゃねーか」
「っ……いはいれふ」

 腹癒せに一夜を捕まえ、薄い頬肉を両側から左右に引っ張る。唇が自由に動かせない一夜の言葉は意味を成していない。

「はづひくん……」

 一夜は大人しく、というよりも力なく夏陽のされるがまま状態。
 なんだか無抵抗の子ウサギを虐めているような居た堪れない感情が、夏陽の心をざわつかせた。

「あ、悪い。強くし過ぎた」
「いえ、お気になさらず」

 一夜を解放し、夏陽は決まり悪く頭を掻く。実は夥しい数の氷柱が背中に突き刺さっていたのだ。
 夏陽の行為自体は親しい友人同士の戯れ。だがしかし、一夜至上主義の少年は溢れんばかりの殺気を言葉なく纏っている。

「君が本気で嫌がっていたら、僕は一人の友人を失うところだった」
「椿、大袈裟ですよ」

 椿は一夜を奪うように引き寄せ、その頬を包み込む。癒すように撫でれば一夜の頬から腫れが引き、代わりに朱が昇った。

「命拾いしたな夏陽」
「ははは」

 シェイクを飲みつつ、冬乃が茶化す。夏陽は苦笑いを返し、自分もストローに口を付けた。

「ズズ……。あ、これ美味いな」
「なー。期間終わる前に、また飲もうぜ」

 トロピカルなマンゴー味が喉を通り抜け。何時か回し飲んだミックスジュースの面影が脳裏を掠める。
 あの時も今のメンバーで休日を過した。トラブルは有ったが、楽しい思い出の一つ。その記憶を胸に、夏陽は新たな思い出を作ってゆくのだ。




「じゃあなー」

 ファーストフード店を後にし、駅前へ。夏陽は友人二人と別れを告げる。
 一夜と椿はこれから図書館へ、読書デートだそうで。夏陽達とは別方向に向かうのだ。

「ああ、そうだ。葉月」
「ん? なんだよ」

 一夜を残し、椿が近付いて来る。何か言い忘れた事でも有るのだろうか。

「好いた相手から愛を囁かれて嫌な気分になる人間はいない。君も男だ、最後まで言わなくとも意味は分かるな?」

 椿は夏陽の耳元に唇を寄せ、言霊を紡ぐ。それは恋愛初心者の友人へと送るアドバイスだ。

「ああ、頑張ってみるよ。椿ちゃん」

 夏陽は心温かい友情に笑顔を返す。
 初めて好意を抱いた相手が魅力的な人間で良かった。椿は夏陽の門出を祝ってくれる。厳しくも親切な幼馴染だ。




「じゃ、オレ達も行くか。冬乃」
「ああ」

 そして夏陽は前を進む。もう一人の大切な幼馴染――冬乃と。
 親友という宝物は捨てない。今でも、そしてこれからも。冬乃は夏陽の『親友』だ。
 けれど夏陽の持つ宝物は一つではない。冬乃は夏陽の『親友』であり、そして『恋人』なのだ。

「なぁ、今日……オレん家に泊まりに来ないか?」
「ん、いいよ。つか、夏陽また緊張してる?」

 子犬が戯れ合うような日常会話も、どこか照れる。心臓はドキドキと早鐘を打ち。未来図に浮き足立つ。

「そりゃ、好きな相手誘ってんだから。緊張もするだろ」
「ッ……そ、か」

 初めて口にした愛の言葉。それは気恥ずかしくも幸せな旋律を奏でた。



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