初恋は桜の中で
それでも、好きだった5


「夏陽、夏陽!」
「ん? なんだよ」

 冬乃の人差し指が、肩を軽くトントンと突付く。
 夏陽は振り向き、冬乃の呼びかけに応じた。

「卯月君さ、人込み――つか、大勢の人が集まる場所が苦手なんだって」
「え?」
「大人しくて無口だろ? 昔から友達もいないし、賑やかな場所には縁が無かったらしい」

 冬乃は夏陽の耳に唇を寄せ、ヒソヒソ話しをする。夏陽は耳を疑った。そんな事情は知らない。

「じゃあ、一夜の為に抜け出そうとしたのか?」
「なんじゃね? 椿ちゃん、『卯月の様子が何時もと違う』って。理由聞き出してたからさ」

 それは夏陽が到着する前の出来事。
 一夜の歩行速度は集合場所である駅前に近付くにつれ、一歩、二歩、三歩、と遅れていった。冬乃は何とも思わなかったそれを、椿は異変と捉え。事情を聞いたそうだ。
 その結果が、先ほどの言い合い。椿は一夜を横に置き、行き先場所の変更を申し出たと言う。

「俺の前でも緊張してたらしくて。でも、そんなの全然分かんないからさ。夏陽が来るの、凄く待ってたんだぞ!」
「それは、スマン」

 冬乃は本気のSOSを伝える。一夜と個人的な付き合いのない冬乃は判断に迷い。共通の友人である夏陽の到着を待ち望んでいたのだ。

「一夜はまぁ。オレもよく分からん」
「え〜! つかえねー」

 夏陽は内緒話の中で、秘密を打ち明ける。
 冬乃は頼りにしていた友人からの返答に文句を述べる。が、それも仕方が無い。一夜の心情を正しく理解しているのは、間違いなく椿なのだから。

「だけどさ。椿ちゃんは一夜に心許してるから、少し見てれば解決するよ」
「うん」

 夏陽は安心しろ、と。冬乃の肩に掌をポンと置いた。確信を持った口調と眼差しに、冬乃も頷く。

「――雪白君」

 夏陽の予想は当たり。一夜が口を開く。それは椿の心を動かせる唯一の音色。

「俺は……雪白君と、……行きたいです」
「卯月」

 一夜は椿の瞳を見詰め、言葉を紡ぐ。世界で唯一、椿だけを真直に見詰めて。自分の感情を、伝える。

「雪白君と一緒なら、平気です。皆で遊園地……行きましょう」
「そうか。君にそこまで言われては、僕が折れるしかないな」
「ん、」

 椿は一夜の言葉に頷いた。そして自然な動作で腕を伸ばし、一夜の頭を撫でる。
 一夜はその感触が擽ったいのか、小さく声を漏らした。
 最近の夏陽は、今回のようなやり取りをよく目にする。
 椿は基本的に一夜第一主義だ。夏陽の前では魅せない表情も、一夜には惜しげもなく披露する。
 そして一夜は、自分に与えられる宝物の基調さを知らず。けれど、世界で一番大切に受け取るのだ。

(ああ、どうして。オレは、アイツじゃないんだ)

 夏陽は冬乃の肩に置いていた掌を離し。だらりと下に落とした。

「朝霧君」

 椿が一夜から視線を外し、冬乃に声を掛ける。

「すまない。僕が言い過ぎた」
「え? 別に、それは気にしてないけどさ」

 冬乃はチラリと、夏陽の表情を窺う。
 夏陽は感情が顔に出やすく、分かりやすい少年だ。冬乃は、夏陽が感じている複雑な嫉妬心を気にしているのだろう。
 そして椿は、夏陽と冬乃の様子を交互に見比べ。はー、と長い息を吐き出した。

「葉月! 君が、他人を羨むな」
「ッ……なんの、」

 厳しい椿の口調が耳に刺さる。夏陽は素知らぬふりをしたけれど、その喉は上手く言葉を返せなかった。
 その間に、椿がツカツカ近づいて来る。迷いの無い眼差しに、夏陽の心臓はドキリと音を立てた。

「君が隣に居て楽しいのは誰だ? よく考えろ」

 椿はピタリと立ち止まり、夏陽の目を真直に見据える。その言葉の意味も、指し示す人物も、夏陽には分かっていた。

「と、言うわけで。朝霧君は僕に渡してもらう」
「は?」
「え? ちょ、待っ……椿ちゃん!」

 椿の視線がそのままスライドし、冬乃を捕らえる。
 そして夏陽が止める間もなく、冬乃の腕を掴み。スタスタと引っ張って行った。




 ◆◆◆




「……」
「…………」

 一時間後。夏陽は無言の空気に包まれていた。
 現在・夏陽の隣に、気心の知れた親友――冬乃はいない。

「……ごめんなさい……葉月君。……俺、……詰まらなくて」
「卯月が謝る必要はない。葉月がボタンの掛け間違いをしているのが、悪い」
「あ、それは俺も同意見。気にする事ないよ、卯月君」

 夏陽を置き去りに、横と後で会話が続く。

「大体、僕が身を引き裂く思いで卯月の隣を譲ったというのに、悄気させるとは何事だ」

 そう、夏陽の隣に居るのは一夜。椿と冬乃は真後ろに居る。声は聞こえれど、姿は見えない位置だ。

「オレ、譲って欲しいなんて言ってねーけど」

 せめてもの抵抗にと意見を口にすれど、無駄な足掻き。椿の態度は変わらない。

「無駄口を叩いている暇があったら、前に進め。後が支えている」

 急かす言葉を追加され、足を前へと進ませる。今、夏陽達は順番待ちの行列に並んでいるのだ。

「それにしても。乗り物に乗ろうとするだけで、何10分も待たされるとはな」
「驚きましたね」
「ああ。まったくだ」

 気疲れしたと言うように、椿の声音が沈む。一夜も同意見なのか、言葉を返す。
 椿も一夜同様、遊園地という賑やかな場所には縁の無かった少年。長い行列には、二人とも慣れていないのだろう。

「でもさ、椿ちゃん。俺の隣でいいわけ?」
「何がだ?」
「多分周りから、“勘違い”されてると思うけど」
「は?」

 椿は一夜の後ろ。冬乃はその隣――つまり、夏陽の後ろに居た。自分の背後で交わされる会話に、夏陽は耳を傾ける。
 椿は冬乃の言葉に、意味が分からないと疑問を返した。しかし、夏陽にはそれが理解出来る。

「ああ。初見だと分かんないよな」
「おお、流石経験者。騙された側の気持ちが、痛いほど分かるって?」

 甘い恋人達で犇めく遊園地。其処でも椿の美貌は、幾人もの視線を奪っていた。しかもその殆どが男性側。
 椿自身も氷の城壁で拒んでいるが、隣に立つ『男の存在』が壁に成っている事も確か。つまり冬乃が、『椿の恋人』だと認識されている可能性が高いのだ。

「でも一夜だと姉弟に見えるしな、ここはオレが場所を変わって」
「何でそうなる!」

 冗談めかして本音を漏らせば、背中をペシリと叩かれる。冬乃だ。
 夏陽から顔は見れずとも、呆れているような雰囲気が伝わってくる。

「失礼な。せめて“兄”弟といえ」
「……」

 その横では椿が、一夜との関係表現に意見していた。隣に立つ人間が誰か以前に、一夜の事しか眼中にないらしい。

「はーい。次の人どうぞ」

 そんな会話を繰返している間に、順番が回って来た。誘導員の指示に従い、乗り込みの準備を始める。
 遊園地定番のジェットコースター。夏陽の好む絶叫系遊具だ。

「や、ほっおぉおおお!」

 腹の底から大声を出し、空気が肌にぶつかる。夏陽は絶叫マシンに身を委ね、爽快に駆け抜ける青春の風を感じた。




「、……っ……ぁ、……」
「ッ! 危ない、卯月!!」

 その数分後。細い身体がふらりとよろける。ジェットコースターを下りたところで、一夜から魂が抜けたのだ。
 声にならない悲鳴を上げ、椿が駆け寄る。

「卯月君。絶叫系ダメなのな」
「オレ、冷たい飲み物買って来るから。休んでろよ。一夜」
「……いえ。……大丈夫……です……。俺の事は……気にせず……」

 声もふらふらと、力が抜けている一夜。夏陽はベンチの場所を教え、「遠慮すんな」と漆黒をクシャリ撫でた。

「あ、俺も行くよ。夏陽」

 踵を返した夏陽の背中を、冬乃の声が追いかけて来る。

「いや、オレ一人でも」
「椿ちゃん、卯月君の介抱は任せたよ」

 自動販売機くらい行ける。夏陽がその言葉を喉から出す前に、冬乃の声が飛び出した。

「ああ。卯月、少し歩けるか?」
「は、い」

 椿は一夜の身体を支え、心配を募らせている。冬乃への返事もそこそこに、一夜を休憩所へと連れて行った。

「冬乃、お前……狙ったな」

 寄り添い、離れて行く二人の背中。夏陽は冬乃の意図に気付く。

「卯月君も、椿ちゃんと二人の方がリラックス出来るだろ?」

 ニヤリと笑み、作戦の成功を喜ぶ冬乃。もちろん、一夜の体調は本気で心配している、が。

「俺も、夏陽との時間が欲しかったしさ」
「っ、それは。なんつーか」
「椿ちゃんの隣だと、擦れ違う男からの視線が痛くてさ。俺も気疲れしてんのよ」

 冬乃は「んーー!」と、空に向かって背筋を伸ばす。自由に吹く春風が胡桃色の髪をサラサラ揺らした。

「やっぱり俺は、夏陽の隣が好きだな。スゲー落ち着く」

 何気なく呟き、冬乃は夏陽への信頼を見せる。
 それは愛の告白でも何でもない、何時もの冬乃の言葉だ。

「ッ! あ、あんがと」
「はは。何だよ、照れてんのか?」

 けれど夏陽の心臓はその言葉に不意打ちを打たれたのか、小さな鼓動を刻んでいた。



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