初恋は桜の中で
プロローグ3




 ◆◆◆



 それは今から数年前の、椿と桜子が小学校一年生の時の出来事。
 
 椿と桜子は同じクラスだった。

 それはよくある学校での演劇会の出し物白雪姫≠フ役を決める席で、一人の生徒がこう言った事から始まった。

「しらゆきひめはつばきちゃんがいいよ」
 
 椿の苗字雪白≠ひっくり返して白雪≠サんな単純な理由で、椿を白雪姫に推薦した男の子に女の子たちは猛反対した。
 当たり前だ、幾ら椿が本物の女の子の様に可愛いと言っても彼は男の子なのだから。
 お姫様は女の子の憧れ、それを易々と譲ってなるものか、と、意見を一致させた女の子たちは一丸となって桜子を白雪姫に推薦したのだ。
 桜子は日本人とイギリス人のクオーターで当時から美少女≠ニして有名だったから。

「ぼくもつばきちゃんがいい!」

「ぜったい、さくらこちゃんよ!」

「えー…と。どうする?雪白くん、春風さん」

 男子と女子を二分する推薦合戦に冷や汗を流す教師は、椿と桜子に意見を求めた。
 どちらかが白雪姫を辞退してくれれば、このバトルは収束する、そう考えての事だった。

「先生。僕は魔女≠ノ立候補したいと思います」

「え…?」

 教師は最初、椿のその予想外の返答に口をポカンと開いていた。
 けれど、それでこの騒ぎが収まるならばと、それを聞き入れた。
 
 しかし、その決断があんな自体を引き起こすとはその時の誰も、予想の出来ない事だった。




『ああ!白雪姫。血の繋がらない私の娘!お前さえいなければ、私がこの国で一番の美貌を誇っていたのに。憎い、憎い…!お前が、憎い!』

 美に狂う女王が不気味な魔女へと落ちてゆく。
 
 子供とは思えないその演技力に、観客の心は完全に椿に掴まれていたのだ。
 そう、主役である白雪姫――桜子は完全に負けていた。





 ◆◆◆



「ふふ。懐かしい」

「だから雪白くんとは会いたくなかったのよ!」

 心中お察しします、春風さん。と、昔話にぐったりと項垂れている少女を見て思う。

「でも、桜子ちゃんの白雪姫見てみたかったな」

「お兄ちゃん!」

 のんびりとした音が空気を振るわせる。
 聞き心地の良いその音域に、何故だか一夜は小さな違和感≠感じた。
 微笑んでいるその瞳は、妹を慈しむ優しい兄のそれなのに。
 何故だかどこか、寂しそうな色を含んでいる様に見えて。


 一夜の瞳は、レモンブロンドのその青年に縫い付けられていた。





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