初恋は桜の中で
※サクラとツバキ5
一夜は世事に疎く、興味も薄い。椿と出会わなければ、『雪白山吹』という俳優がいる事も、『なのは』というモデルの名前も――『雪白水仙』という女優の存在も知らないような、浮世離れした少年だっただろう。
「行かないでください」
一夜は椿をギュッと抱きしめたまま、囁く。
自分では気づいていないようだけれど、一夜の声音は良い音色をしている。その音に囁かれ、穢れを知らないような瞳に見詰められれば、椿の心臓は早鐘を打つ。
「ドライヤー、しまうだけ、だ……ぁん、……から……んんッ」
一夜は唇を移動させ、椿の耳裏をペロペロ、と舐めた。それが“昼間のお返し”だと分かり。椿の中の羞恥心は煽られる。
椿の声音は数時間前に聞いた一夜の吐息よりも甘く、色を含んでいて。一夜に“その先”を強請っているように聞える。はしたない。一夜を厭らしい目で見ていた、聖祈を悪く言えない。
「俺、椿以外に見られるの……嫌だと思いました」
「ァ、!……一夜……そこ………駄――あぁん」
一夜の右手が椿の薄い胸の上に移動し、弄る。円を描くように撫でられ、粒をキュッと摘ままれた。シャツの上からの刺激に、桜色のそれは芯を持ち始める。
「……椿は、敏感ですね……」
「一夜……見な……僕、――」
椿の鼓膜を艶美に揺らしていた一夜の唇が、胸元に移動する。椿の視線がその動きを自然と追い。白いシャツの下から存在を主張している突起が目に映った。一夜の瞳が嬉しい発見した、と。揺らめいている。椿の頬がそれを感じ取り、薔薇色に染まった。
「ァ、舐めたい。……いいですか?」
素直な一夜の唇は椿に抱く欲望も、隠す事なく音にする。色に掠れた声音に、一夜の“雄”を感じて、椿は静かに頷く。羞恥心は有るけれど、幸福感の方がそれを上回っていたのだ。
届くとは思っていなかった、椿の愛。永遠の片想だと思っていた、一夜への感情。恋仲になった今でも、幸せな夢を見ているのでは、と。錯覚していまう。
「いい……一夜になら、何をされても、僕は――ァ、ふぁん」
「大切にします」
椿の了承を聞き、一夜は小さな粒に口付ける。シャツのボタンは外され、桜色のそれが、一夜に美味しく食される。
男の欲望など知らなかった、純真無垢な一夜。椿はそれを目覚めさせてしまった。物静かな瞳は情熱的に椿を求め、唇は真摯な愛を詠う。
「一夜、――ぁ……はんん……」
「椿、……ン……俺の、椿……ハァ」
普段は必要性を感じない粒に与えられる刺激が、椿の思考を甘く蕩けさせる。一夜の熱しか知らない身体が、もっと溶かして欲しい、と。椿の唇を自然に動かし、一夜の欲望を淫らに誘った。
「僕のが、見たい? ……一夜」
「っ、……」
椿は自ら一夜の耳元に囁き。情欲を煽る。一夜が息を飲む音が、近くで聞えた。
二ヶ月前は他人への恋を応援すると言っていたくせに、今では誰にも譲る気がないのだ。なんて身勝手な人間だろう、と。椿は自分でそう思う。
けれど椿は、一夜の愛を手に入れてしまった。それは奇跡に等しい出来事。一夜は椿の大切な宝物。
その一夜を緋色と聖祈が――それを想像するだけで、椿の怒りは深まる。
何度も『止めてください』と言う一夜の身体を、無骨な男の腕が押さえ込み。無理やり、下半身を暴く。性的な色を宿す視線が、這い回り。言い知れぬ危機感を感じたのだろう。そんな記憶、直にでも忘れさせて。甘美な熱に、塗り替えてしまいたい。
脱ぎたてのスラックスが、ベッドの下にポスリと落ちる。
明るい照明は消され。窓から差し込む月光の光が、寝室を薄く照らす。薄暗い室内には甘い吐息が響き。妖艶な空気が、二つの影を包んでいた。
「椿、の、綺麗――」
「ぁ、……一夜、ッ」
一糸纏わぬ真白な身体を晒し、椿は羞恥を意識した。男の色を強めた一夜の視線を感じる。一点を見詰める熱い眼差しに、椿の芯は意図せず反応を示す。ピクリと動いたそれが恥ずかしく、椿は視線を外した。
さ迷う視線の先き。漆黒の夜空に、一筋の光が見える。流れ星だ。天文部は流星群の時期を見計らい、合宿に行く、と。一夜から聞いていた。星が瞬いたという事は、それが近づいているのだろうか。椿が知っている天文の知識は一般的なものだ。だから、一夜に訪ねてみようか。そんな事を考えて、椿は身体の疼きを誤魔化した。視線だけで感じるような、情欲的な身体。一夜に、そう思われたくない。
「星より、俺を、見てください」
「ッ……ぅん――」
夜明け色の瞳が拗ねた色を浮かばせ、丹花の唇が奪われた。椿の視線が、煌めく星空に奪われたと思ったのだろう。一夜は自分の存在を主張するように、真白な新雪を抱きしめる。密着した細い肉体に熱を感じ、椿の理性は砂城のように簡単に崩された。
「椿を愛したい。いい、ですか?」
ちゅっ、と。音がして、唇が離れる。一夜は大人しい黒うさぎ(草食動物)から、腹を空かせた肉食獸へと姿を変えた。椿の愛熱を求める、情熱的な雄獣へと。
一夜の瞳は男の色気を増し、声音は甘い情欲に掠れる。椿の脳裏に、陽の光に照らされる一夜の姿が浮かぶ。
「ん、いいよ。昼間の続き、シよう。……一夜、僕の水着姿を見て――何をしたかった?」
ブーゲンビリアの茂みの中。昼間の熱情。一夜の瞳は、椿の水着姿に興奮を宿していた。邪魔者(聖祈)が現れなければ、あのまま――若さが爆発していただろう。
「ッ……椿を、水着姿のまま――乱れさせたかった、です」
「ぁん、一夜……ァ、……はぁぁん……!」
一夜は昼間の艶情を思い出すように、生唾を飲み込み。遮る布のない椿の芯を、掌で包み込んだ。そのまま上下に激しく動かされ。椿の唇から甘い囀りが漏れる。
「一夜、……そん、な……ァァ、されたら……僕……ッ!」
「椿、椿、――気持ち良いですか」
椿の芯が愛液を流し、一夜の掌の中でくちゅぐちゃと卑猥な音を立てる。敏感な部分に与えられる刺激。椿は一夜に、快楽の海へと沈められた。
一夜の指の動きは未熟で拙い。けれど一夜以外の人間に触れられた事のない椿の芯からは、愛の雫が溢れ。一夜の掌を濡らしてゆく。
「んッ、……も、ち……い……ァ! ひャぁん――」
「――ッ」
椿の背が妖艶に仰け反り。真白な身体は、ビクビク、と震える。雫を流し続ける芯からは、熱い白濁が溢れた。
一夜は椿の艶態を見逃すまい、と。全神経を集中させている。その視線の熱心さに、椿は目眩を覚えた。愛しい一夜に、恥ずかしい姿を観察されている。椿はその状況で冷静さを保っていられるほど、行為に慣れていない。
「ぁ、ァ、いち、やぁ……ふ……」
「椿、」
性を放ち、椿の身体からクタリと力が抜ける。一夜は桜色に色付く白雪を抱きしめ。椿の名前を、愛おしそうに音にした。
「ハァ……ハァ……はぁ……」
椿は一夜に身を預け、呼吸を整える。細い身体。薄い筋肉。一夜の肉体は男として、まだまだ未熟だ。けれど椿は、一夜以外の人間に興味が薄く。裸を見たとしても、何の感情も動かない。しかしそれが、一夜の一部ならば、椿の心臓は音を高鳴らせ。気分は高揚する。
「一夜、も、……苦しそうだな」
「ぁ、」
椿は唇に笑みを乗せ。一夜の芯に、白い指を絡めた。一夜の輪郭は幼い。けれど立派に育つ芯は平均以上の質量を持ち。男としての魅力を十二分に主張していた。それを弄られ、一夜の頬は羞恥を浮かばせる。
「椿、俺のは、い……ッ、ぅ」
「ふふ。遠慮するな、……僕が一夜を気持ち良くしてやる」
椿は焦る一夜の言葉を遮り、指先を動かす。一夜の芯は素直な反応を示し、角度を変えてゆく。椿が一夜の芯をじっくりと見たのは、これが初めてだ。大きなそれは欲望を宿し、熱い先密を流している。ゴクリ、と。椿の喉が鳴った。もっと、一夜を気持ち良くしたい。その思いが、椿を積極的に動かす。
「……ぁ、……一夜の、熱くて……大きい……んぅン」
「ッ! つば、……駄目……で、……ああ!」
「ちゅぷ……ちゅぱ……ハァ。……一夜、……気持ち、い……?」
椿は一夜の下腹部に唇を移動させ、そそり立つ一夜の芯を口内に含む。一夜は椿の大胆な行為に焦りを強め、駄目を繰り返した。けれど素直な芯は正直な反応を見せ、丹花の唇を妖艶に濡らしてゆく。
「んんッ! 椿の、ァ……柔らかくて……俺、……もう……ッ!」
「ぁ、……」
椿の唇が、一夜の芯から剥がされる。敏感な部分に与えられる快感。限界を感じ取った一夜が、椿の顔をそれから離したのだ。
密着していた熱が離れ、一夜の芯から白濁が溢れる。一夜は、椿の口内に欲望を放つ事を避けたようだ。その気遣いが、嬉しく。椿の心はきゅん、とした。
椿は一夜以外に経験がなく、またしたいとも思っていない。その奉仕は不慣れで未熟だ。けれど一夜の芯は喜びを表し、絶頂を迎えた。
「――何時、知り合ったのか、気になって」
「ん、天羽聖と?」
甘くとけた夜伽の熱。遠い地で弾けた理性は、男の色気を強め。真白な新雪に、紅い花を咲かせていた。一夜は椿の全身に刻まれた刻印に、恥ずかしさを感じているのだろう。それが瞳に映る度に、頬の朱を濃くしている。
「聖祈先輩は、その……積極的」
「ああ、それは大丈夫。避けてるから」
一夜は一瞬、喉を詰まらせ、言葉を選んだ。聖祈は日常的にセクハラ行為を繰返している。破廉恥な男だ。一夜もその魔の手に迫られた事が、何度も有り。椿にも被害が及んでいないか、心配なのだろう。椿としては、一夜に手を出される方が、許せない行為なのだけれど。
「それよりも、あの男。僕の邪魔を何度もして!」
椿はベッドに沈めた肩を怒りに震わせた。身体は気だるく、聖祈の為に拳を握るほどの余裕はない。そんな体力が残っていたら、椿は一夜の髪を梳いている。
◆◆◆
椿が聖祈と知り合ったのは、二年前の冬。街が煌びやかに飾り付けられた、十二月二十四日。クリスマス・イヴ。菜花の所属する事務所が開いた、クリスマス・パーティーに連れて行かれた時だ。
その日、山吹はドラマの撮影で地方に出向いていた。菜花がパーティーに出掛けてしまうと、椿は家に独りきり。椿はそれでも構わなかった。クリスマスなど、日常の一部に過ぎず。楽しく過ごしたいとも、思っていなかったのだ。
けれど、菜花はそう思っていなかったようで「楽しんで来て。姉さん」と、姉を送り出す椿の手を掴み。そのまま、一緒にタクシーに乗せ。パーティー会場に連れて行ったのだ。
ホテルのダンスホールを貸しきった、優雅な雰囲気漂う上品なパーティー会場。参加している人間の多くは、菜花と同じく現役のモデル達。その中でも椿の美貌は偉才を放ち、注目を集めていた。理由は単純。椿の父親は、モデル出身。世間では知られていなくとも、大女優を“誑かした”男として、業界では有名だったのだ。
菜花と連れ立つ椿の存在は好奇心の餌食となり、歯に衣着せぬ噂話が飛び交う。ヒソヒソと内緒話を装っていたけれど、その音は椿の耳まで届き。心に傷を作った。
椿が何よりも嫌だと感じたのは、父親の存在でもなく、下らないゴシップを何年も笑いの種にしている人間でもなく――菜花が楽しみにしていたパーティーに暗い影を落とした、自分自身。椿がハッキリと断っていたら、菜花は嫌な思いなどしなかっただろう。謂れのない噂話に巻き込まれる事もなく。満ち足りた時間を過ごしていた筈だ。椿は姉の夢を壊した自分に憤りを感じ。その場から、逃げるように離れた。
椿は暖房の効いた室内から、ホテルのバルコニーに出た。真冬の風は冷たく。白い肌を容赦なく冷やす。けれど、椿はそれが心地良かった。外の空気はピンと澄み、身を引き締める。今頃、菜花は椿の事を心配しているだろう。もう少し心を落ち着かせたら、菜花の元に戻ろう。椿は白い息を冬の闇に溶かしながら、そんな事を考えていた。
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