初恋は桜の中で
君の笑顔を知らない6
「白雪姫の魔女演ってたのって。だれ?」
演劇会から数日たったある日。
夏陽は、白雪姫の劇を演っていたクラスに足を運んでいた。
演劇会当日からタイムラグが開いているのは、初めて感じた感情を確かめる勇気が中々出なかったせいだ。
「雪白くんだけど」
教室の入り口付近に居た女の子に問いかける。
するとピンクブロンドの少女が、夏陽の問いかけに応えてくれた。
「雪白くん=c?」
淡いピンクブロンドのウエーブを描く長い髪を、左右に結んでいる少女の言葉に、夏陽は首を傾げた。
魔女を演じていた=女の子。だと思い込んでいたからだ。
自分と同じ性別の人間が演じていたなんて考えは、夏陽の頭の中に微塵も存在していなかったのだ。
今の今までは。
けれど夏陽の頭は、その可能性≠ノ気がついてしまった。
「ッ…!」
途端に心臓が波打つ。
甘い恋の予感に。では、勿論ない。
「そうよ、雪白椿くん。男の子はみんなつばきちゃん≠チて呼んでるけど、」
少女の唇の動きに心拍数が上がる。
間違いで有って欲しいと願う真実≠ノ、もう気がついているのに。
夏陽の本能は、その真実≠受け入れたくない。と、心臓の動きを早めるのだ。
「――男の子よ」
終わった。と、そう思った。
自分の初恋は始まる前に、終わっていたのだ。
「呼んで来てあげようか?」
「ぇ、…うん。ありがと」
子供である夏陽が男同士の恋愛≠ェ存在していると知っている訳もなく。
気を利かせて聞いてくれた少女の言葉に、空気の抜けた返事を返してしまった。
「雪白くーん」
「何?白雪姫」
「その呼び方やめて!」
◆◆◆
「白雪姫で魔女を演ったのは僕だけど。何?」
程なくして、ピンクブロンドの少女に「魔女を演ってた子を探している人が来てるよ」と。伝えられた子供が、夏陽の前に現れた。
紫黒色の艶やかな髪が肩口で揺れていて、まつ毛も長く、鼻筋もスッと通っている。新雪のように白い肌に、柔らかそうな唇も美しい薔薇色だ。
これが本当に自分と同じ性別の存在なのか?と、椿本人を前にした夏陽の心臓は、再び甘い調べを奏で始めていた。
「親の七光りとか、言いに来たのか?煩わしいな」
親の七光り? 投げ捨てられた言葉の意味が分からず。夏陽は己の中の記憶を探った。
椿の親は、そんなに有名な人物なのだろうか。
「…ゆきしろ」
そして夏陽は、記憶の底から椿と同じ苗字を持つ人物を探し出した。
雪白水仙(ゆきしろすいせん)
切れ長の厳しそうな瞳が印象的な、演技派女優の名前だ。
芸能人の名前なんて、殆どが芸名だと聞いた事があるけれど。
もしも雪白水仙が本名で活躍しているのならば、椿は彼女の子供だという事になる。
「雪白水仙が、かーちゃんなのかよ!」
導き出した真実に純粋に驚く。
椿が女優の子供ならば、あの演技力の高さにも納得出来るし。
可愛らしい容姿にも納得出来た。
――けれど、一つだけ気になる事があるとすれば。
「でも、あんまり似てないのな」
「…ッ」
ただ純粋にそう感じて、夏陽は素直にそれを口にした。
けれどその真実を音にした瞬間に、椿の周りの空気が凍った気がした。
「知ってる」
ぼそり、と、独り言の様に呟いて、椿は教室の中に消えていった。
瞬間、夏陽は自分が言ってはいけない言葉を口にしたのだと理解した。
「あ、オレ…」
傷つけたと思った。
自分は椿の心のタブーに触れて、幼い心を傷つけたのだと。
「本人に面と向かって言うとか、アイツスゲーな」
「ね〜。雪白くん、かわいそ〜」
そしてそれは当たっていた。
椿は雪白水仙と、その愛人の間に産まれた子供だった。
元々夫婦仲は良くなく、子供が二人いたけれど、別居状態が続いていたという。
けれど、雪白水仙が若いモデルと噂になり、妊娠が発覚すると。
マスコミが挙ってそれを取り上げた。
結果。雪白水仙は夫と離婚して、マスコミに売名行為だなんだとバッシングされ続けた若いモデルも、彼女から離れていった。
その頃未だ産まれていなかった夏陽は知らなかったけれど。
その報道を見ていた子供たちの親は『雪白』という名前と、時間の経過から。椿がその時の子供で有ると、気づいていた。
気づいた親たちは、自然とそれを口にする。
そして親の世間話を聞いた子供達は、面白がってそれを触れ回り。
噂は、学校中に浸透していた。
「あやまらないと」
知らなかったとか。
噂話に興味が無かったとか。
そんなのは言い訳にならない。
自分は椿の心を傷つけたのだ。
嫌われたかも知れない。
もう、口も聞いてくれないかも知れない。
それでも、謝らなければならないと、夏陽は決意した。
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