初恋は桜の中で
君の笑顔を知らない3


 一人の青年が悩みを深めていた頃。

 艶を含んだ中音域が少年の鼓膜を振るわせていた。

「二人の青年神に愛される美少年ヒュアキントス」

 美しい太陽神・アポロンと西風の神・ゼピュロスから同時に求愛されるも、アポロンとの愛を選んだ美少年・ヒュアキントス。

 愛する青年と過ごす時間は甘く、幸せな日々を感じていた。

 しかし、そんなアポロンとヒュアキントスの仲睦まじい様子を見たゼピュロスは嫉妬に狂い、ヒュアキントスを死へと追いやってしまう。
 愛する少年を失ったアポロンは嘆き悲しみ、その美しい身体を抱きしめた。

 やがて涙の枯れたはアポロンは、ヒュアキントスから流れ出た真っ赤な血の中に一輪の花が咲いるのを見つける。

 その花の名前はアポロンが愛した少年の名からヒヤシンス、と呼ばれた。




「似合ってるだろ?」

 アポロンとヒュアキントスの物語を読み終えた椿の輪郭が、夕陽に照らされて妖艶な色を持つ。
 初夏の熱を逃そうと開かれていた窓から誘われた微風が、紫黒色の艶髪を揺らし。
 古の美しい少年を現代に蘇らせた。

 生まれ持った血筋≠ニいう名の才能は時に煩わしく、少年の心を蝕む。
 けれど、紫黒髪の少年は役を演じているその時だけ、自分ではない他人を演じているその時だけは。
 その身を縛る呪縛を、忘れられた。
 たとえその少年の持つ輝きが、彼自身の心を傷つける結果になろうとも。
 紫黒髪の少年は、その道を進んできた。
 その道しか、知らないという様に。


「僕の、アポロン……」

 本物の雪の様に白く繊細な指先が、愛を囁くように漆黒の髪の間を遊ぶ。
 
「……雪白くん」

 窓から差し込む夕陽の光が重なり、部屋が紅く染まる。
 色素の薄い瞳が、その光を映して艶かしく揺れた。

「…………」

 誰も入れない、入る事の出来ない二人だけの時間が流れている。
 そんな錯覚さえ起こしてしまいそうな世界を壊す音が、静かに進行していた。

「だーーーーーーー!何やってるんだよ、二人で!」

 厭らしいわ!と、世界を壊した侵入者――夏陽は、一夜と椿の間に割って入っる。
 その頬は羞恥に染まっていた。

「何だ。嫉妬か? 葉月」

 夏陽は全力疾走した後のように息を切らせて騒いでいる自分とは逆の。余裕綽々とした態度の椿に「小悪魔」と。声を捻り出す事しか出来なかった。



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あきゅろす。
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