初恋は桜の中で
君の笑顔を知らない2
◆◆◆
四組の机と椅子が背中合わせに設置されている部室の壁には天文部らしく、月や、星や、宇宙の写真が飾られていた。
市販のものも有るけれど、部長である桜架が撮影したものも幾つかある。
プロのものと比べてしまうと、技術や技巧は素人の域を出てはいない。
けれど同じ素人の一夜のから見れば、それは十分に時間と情熱を注いだものだと感じられた。
「何時も卯月がお世話になっています」
完璧に作られた笑顔を貼り付けた椿が、この部の主である桜架に軽く頭を下げた。
人間関係を円滑に進めるのには、笑顔を振りまくのが一番効果的だと、椿は幼い頃から理解していたからだ。
たとえそれが、表面上だけのものであったとしても。
幼い日の椿は、そうやって自分の立場≠守っていた。
だからこれは、心を許していない相手に見せる条件反射の様なものだった。
「こちらこそ。一夜くんにはお世話になっています」
椿に返す様に桜架も、ふわり、と微笑む。
春の日溜まりの様に暖かい微笑み。
けれどそれは、幼い桜架が大切な人を守るために身につけた、儚い盾だ。
「すみませんね。部員でもないのに」
「いいよ。星座の本なら沢山あるから」
部室の本棚を埋めている天文関係の書籍の中には星座や、それに関係する神話の本も揃えられている。
演劇部でギリシャ神話を演るので、参考になりそうな本を見せていただけないでしょうか。
と、丁寧に頼み込んだ中性的な少年を、桜架は部室に快く招き入れた。
人気の少ない部室に、真新しい華が咲いているのを見てみたかった。と、いうのもあるけれど
『先生に用事頼まれちゃって、部室に行けそうにないの。ごめんね』
と、桜子からメール連絡が届いていたので、正直な所。今の桜架には、第三者という存在はありがたいものだったのだ。
「何役ですか?」
「ヒュアキントス」
友人の本探しを手伝おうと目線を上げた一夜の横顔に、桜架の心臓は音を奏でる。
輪郭は未だに幼さを残しているけれど、後数年もすれば整った顔立ちの眉目な青年に成長するだろう事は明白だ。
その少年から愛を告げられたのは、出逢ったその日で。
けれどその日以来、一夜は桜架に対して何も言ってこなかった。
告白を断ったのは桜架自身だ。
けれど時々感じる熱を帯びた視線に、白い頬は自然と朱を浮かばせた。
寡黙な少年と過ごす時間は健やかに流れ。
何時の日にか、断ってしまったその感情を後悔してしまうのでは、ないだろうか。と、感じる程に。
一夜という存在は、桜架の中で変化していた。
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