お題・質問
困った上司に…
「ああー!!また逃げられた!!」
いつもであれば七緒はさほど驚きはしないし、溜息一つ吐き出す程度だ。怒りを露にすることが珍しい。
だが、珍しく怒りをあらわにしたのには理由があった。
七緒はまだ眠っていないのだ。
昨晩徹夜で仕事をし、そのまま仕事を続けて朝一で顔を見せた春水を捕まえ椅子に縛り付けて朝食を取りに行っていたのだが、どうやら縛りが甘かったらしい。逃げられてしまった。
このままでは折角の徹夜仕事が無意味になる。春水に徹夜をさせれば締め切りを破らずに書類ができそうなのだから。
疲れている体に鞭を打ち、七緒は春水を探しに向かった。
「見つけましたよ!!隊長!!」
声高らかに告げるものだから土手で寝転がっていた春水はぎょっとして反射的に起き上がり逃げ出した。
いつもの七緒ならば声を上げることなどしない。静かな声で語り掛ける。
春水が七緒を怒らせてしまえば声を荒げるが、基本的に上司に向かっては落ち着いた声で話しかけるよう心がけているようなのだ。
「隊長!!」
しかも珍しく息を切らして追いかけてくる。
そして、よく観察してみれば七緒の手には本がない。必死になって追いかけてきているというような様子なのだ。
春水は女性を虐める趣味はないし、七緒を心底困らせたいとも思っていない。立ち止まって振り返り七緒を抱きとめた。
七緒はというと突然春水が立ち止まるものだから止まり切れずに、春水の腕の中へと飛びこむ形になってしまった。
「ンフフ、捕まえちゃった」
「…何を言って…」
「あ、七緒ちゃん!また徹夜したんだね?女の子は早く寝なさいって言ってるでしょう?」
「何を呑気な事を。だったらサボらないでください。後始末をしてる身にもなってください」
春水が抱きしめたまま七緒の顔を覗き込み目の下の隈を見つけ説教をすると、七緒は盛大な溜息を吐きだし説教をし返す。
「駄目だよ、可愛いお顔が台無しじゃないか。まぁ、隈があっても七緒ちゃんは可愛いんだけどね…」
「そういう問題ではありません!」
「そういう問題だよ!深刻だ!」
こういう事に関してはどうしても二人の論点は見事にずれまくる。
首を振り大きな溜息を吐きだし、七緒は睨み上げた。
「私を眠らせたいとお思いでしたら、さっさと仕事を片付けて下さい!安心して眠れません」
「それは一大事だ」
春水はようやく頷き七緒を抱き上げて八番隊へと向かった。
「全く…こんなにできるなら、さっさと片付けてくださればよいものを」
欠伸混じりの溜息を吐きだしながら書類を机の上で整える。呼びつけた三席の辰房に書類を一番隊へ届けるように申しつけると、七緒は大きく欠伸をした。
「では、私は自室にて休ませていただいますので」
「え?ちょ、七緒ちゃん?」
「失礼します」
頭を下げ春水に目もくれずに七緒は出て行く。
「待って!七緒ちゃん!帰っちゃう前に鎖解いてーー!!」
縄で逃げられた為に鎖で椅子に繋がれていた春水は慌てて七緒を呼び戻そうと声を上げる。
だが、徹夜明けで鬼ごっこをする羽目になり、更に眠らずに監視していた為七緒は疲れ果ててしまって春水の懇願の声など届かない。
「ふあああ…」
意図しない形で春水に一矢報いた七緒は温かな布団に潜り込み、穏やかな眠りについたのでした。
「七緒ちゃ〜ん!戻ってきて〜!!」
春水の懇願の声が空しく執務室に響くばかりなのでした。
おしまい
[前へ][次へ]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!