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漆。 たいめん



「夜久、お茶用意してくれ」
「はいっ」
「――――……」

数分してすぐに運ばれてきたお茶は、普段の悪評を思い出すと飲む気にはならなかったけれど。
それでも、動揺の渦にぐるぐると巻き込まれているこの心を落ち着かせないと。
もう、本当に、ぐるぐるだ。
架月は目の前のお茶をコクリと、飲み込んだ。
喉につっかえていたモノが少し流れた気がした。


「――――少しは落ち着いたか?」

私の心中を察してか、不知火会長が声を掛けた。


「はい……先程は迷惑を掛けました」
「いや、いいんだよ」


会長が姿を見せてから数刻後、なんと“夜久 月子”が現れたのだ。
その時の私はといえば、それはもう完全に、パニックに陥ってしまって。
とにかく慌ててその場から逃亡を試みたのだが、あえなく会長に捕まり。
さんざん宥めすかされて、今に至る。


「――ってば……恥ずかし」
「ん、なんか言ったか?」
「いえ独り言ですから」

ぺたりと笑みを貼りつけた。

しかし、私はなんて馬鹿なんだろう。
あれだけ月子とは接触しないように心がけていたはずなのに。
何の考えもなしに生徒会室、になんて。
もう既にいるか、もしくは暫くもしないうちに姿を現すようなことくらい容易に想像できたはずだ。
――あぁ、もう、馬鹿馬鹿。

そんな私の心中での葛藤を察し、さらに頭から否定するように不知火会長の言葉が耳に入った。


「あのな、何を悶々と考えてんのか知らないが。
お前が今現在、あの夜久 月子と直接対面しようがしまいが、関係ないんだ」

「……え?」

思わず自分の耳を疑った。
自分の都合のいいことを空耳で聞いてしまったのではないかと。
しかし、会長はそれをもう一度肯定していくように言葉を重ねる。


「架月は夜久に会っても、良かったんだ」

「ウソ、でしょう……?」
「いいや本当だ。考えてもみろ?
明らかに“異分子”であるお前が“こちら側”に何らかの影響を及ぼす者だったとして。
なんで、お前がトリップした瞬間にその“影響”とやらは表れなかったんだろうな?」
「……!?」


……。
ということは、何。
今まで私がこちらの世界で行動理由の一つとしてきた考えは。
初めから、間違っていた?


月子に私が会ったら何かしら“こちら側”に問題が起こると思って。

だから一番近いだろう、ニ年生には関わらない方がいいと思って。

でもそれを言い出したら、誰にも協力を仰げなくなるから。
本当に申し訳なく梓に助けてもらってて。

会長に初めて会ったときは、色々と驚いたりもしたけれど。

なんだかんだ、上手く運んでいると思っていたのは。


全部私の思い込みに過ぎなくて、事は……全く進んでなんかいなかった?


「――おい、大丈夫か?
まぁ、そのなんだ。あんまり思い詰めるな。
実際、夜久との接触を避けてくれていたのは混乱を防ぐのには役立ったわけだしな」
「あ……」
「だから、時間はあったんだ。
夜久に事情を説明したり、調べたり――原因を見つけたりな」
「……!」


原因?
見つけた?

架月はまたも自分の耳を疑うことになった。
不知火会長は、この短期間の内にトリップの原因を解明したというのだろうか。
彼女が、元の世界に帰れる方法を。


「しっ……不知火会長……!それ、なんで――」
「おう、まぁ落ち着け。な?」

今回の元凶を出すからさ、と。
今からお茶菓子を出すかのような軽い口調でそう言った。
嬉しい、という感情で満たされるはずだった私の心は、なぜだかキュッと 締め付けられていた――



いやだよ



(本当は)
(楽しかったあの時間を)
(残しておきたかった)
(それだけ)


fin.



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